南の国の太陽、空の色の獅子

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日中に起こった出来事の不愉快な気分を引きずったまま夜中になってしまったので、着替えてベッドに入ると、横になって目を閉じる前に、長田弘の詩集を開く。

すると心が鎮まり、眠りに向かうことができる。

世界はうつくしいと世界はうつくしいと
長田 弘

みすず書房 2009-04-24
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   なくてはならないもの

 なくてはならないものの話をしよう。
 なくてはならないものなんてない。
 いつもずっと、そう思ってきた。
 所有できるものはいつか失われる。
 なくてはならないものは、けっして
 所有することのできないものだけなのだと。
 日々の悦びをつくるのは、所有ではない。
 草。水。土。雨。日の光。猫。
 石。蛙。ユリ。空の青さ。道の遠く。
 何一つ、わたしのものはない。
 空気の澄みきった日の、午後の静けさ。
 川面の輝き。葉の繁り。樹影。
 夕方の雲。鳥の影。夕星の瞬き。
 特別のものなんてない。大切にしたい
 (ありふれた)ものがあるだけだ。
 素晴らしいものは、誰のものでもないものだ。
 真夜中を過ぎて、昨日の続きの本を読む。
 「風と砂塵のほかに、何も残らない」
 砂漠の歴史の書には、そう記されている。
 「すべて人の子はただ死ぬためにのみ
 この世に生まれる。
 人はこちらの扉から入って、
 あちらの扉から出てゆく。
 人の呼吸の数は運命によって数えられている」
 この世に在ることは、切ないのだ。
 そうであればこそ、戦争を求めるものは、
 なによりも日々の穏やかさを恐れる。
 平和とは(平凡きわまりない)一日のことだ。
 本を閉じて、目を瞑る。
 おやすみなさい。すると、
 暗闇が音のない音楽のようにやってくる。

 
長田弘の詩は、ごく最近知った。
私は詩を読む習慣を持たない。
書籍の中で引用されていたものに目が止まった。

表紙とページの中に登場するミミズクは、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの絵だという。
この作品は今まで知らなかった。

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逮捕されたらこうなります!逮捕されたらこうなります!
Satoki 國部 徹

自由国民社 2013-06-27
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先日、借金を申し込んできた某との会話の後、頭に浮かんだ。

「今現在のイヤな思いから逃れたいがために、将来確実にやってくる破綻を無視するのか、この人は。
こういうパーソナリティの人は、事件の容疑者になって、警察に引っ張られ、厳しく取調べされたら、やってもいない犯罪を、やりました、と簡単に言うぞ。

将来自分が蒙る不利益を考慮して現在の苦痛に耐える、という理性的な行動をできないのだから。

今の苦痛から逃れることが優先で、先のことを考えない。思考停止する。
これでは、自白を引き出そうとギューギューに締め上げる警察にかかったら、イチコロだ。赤子の手を捻るに等しい。
早く家に帰りたい、という思いで、警察の言いなりで供述するだろう。

つまり、冤罪は、必ず起こる。

ゾッとしたが、次いで、「まてよ。他人を見下して偉そうに言うが、自分は大丈夫だと言い切れるか?」

わが身を振返って疑いが湧き、「取調べに屈せず、冤罪から身を守る策」の知識を探し、本書をみつけて、読んだ。

★読み終わったときの感想

「う~~
厳しい。相当厳しい。
こういう本で知識を仕入れておいても、本当に逮捕されて取調べされたら、最後まで屈せず、容疑を否定し通せると言い切る自信なんかない。
よくよく強く心を持っていないと危ない」



どんよりしてしまったが、気を取り直す。

★最低限覚えておくこと

1.逮捕されたら、とにもかくにも、まず弁護士を呼ぶ

容疑に覚えがなく、否認する=「警察と闘う」なら、弁護士なしではどうにもならない。
知り合いに弁護士がいなくても大丈夫。
いたとしても、民事が専門で刑事に疎い人では役に立たないので同じこと。

どうするかといえば、日弁連が作ってくれた当番弁護士という制度を使う。
「当番弁護士を呼んで下さい」
警察の捜査官にそう言えばOK。

24時間以内に来てくれることになっている。(半日程度過ぎる場合もある)
72時間以内は、家族や知人は接見不可で、唯一会えるのが弁護士。
  
当番弁護士との接見は無料だが、1回だけ。
この人の印象が悪くなく、頼れると思ったら、今後も続けることを頼む。
ソリが合わず、他の人にしたかったら、日弁連に斡旋を依頼して、派遣してもらう。
    
2.弁護士を信頼し、しっかり相談し、アドバイスに従え

此方を犯罪者と思い込み、容疑を認めさせるために違法ギリギリ、人権無視、あらゆる手を使う警察のプロ集団に対抗するのに、頼りにできる唯一のプロの味方が弁護士。

どのように対応すればよいかを教えてくれるので、「弁護士と話すまでは取り調べに応じられません」と黙秘するのは、ひとつの手。

弁護士と話す前、法的知識が何もない状態で取り調べを受けると、警察の手管にのせられて、不利な供述調書を取られてしまう危険があるから。

3.供述調書は、決して妥協しない

供述調書に、容疑を認めた旨が記録され、署名・押印してしまったら、あとになって、違います、やってません、と主張しても手遅れ。自白した、とみなされる。

被疑者が全く言ってもいないことや、有罪をほのめかすように受け取れる、「嘘の供述調書」を、警察は平気で作る。
そういうことをすると頭に置き、署名する前に、一言一句、徹底的にチェックする。

「自分は、こんなこと喋ってない」と納得できない箇所は、書き直しを要求する。
「このくらいはいいか」の妥協は絶対ダメ。
「書き直してくれなければ、署名しません」とつっぱねる。

自分に不利な供述調書は、1本たりとも作らせない、という信念を持つ。
ここが、大きな勝負所。

4.拘束は原則最長23日、ただし再逮捕を覚悟せよ

1回の逮捕で警察に拘束されるのは、原則、最長23日間
容疑を否認した場合はマックスで拘束されると覚悟して、耐える。

ただし、複数の容疑をかけ、複数の逮捕状を取れた場合は、「再逮捕」の可能性がある。
拘留満期日に釈放手続を終えた直後、「また逮捕状が出ています」と新しい逮捕状を突きつけて、再逮捕する。

一旦自由になれると思った被疑者に、また最長23日の拘留が始まってしまうというのは精神的にダメージで、最初の逮捕拘留中は懸命に容疑を否認していた被疑者でも、この再逮捕攻撃で心が折れてしまい、シャバに帰りたいと、やってもいない容疑を認めてしまった人もいる。

再逮捕攻撃の対抗策は、「あらかじめ再逮捕を覚悟しておくこと」。



自分や身近な人が逮捕される可能性は低いであろうが、本1冊読むのにさしたる時間はかからない。
知識があるとないで大違いなのは間違いない。

私を含め、刑事事件に巻き込まれてしまった人の多くは、逮捕から起訴までの刑事手続に関して
「前もって知っていれば、こんな目には遭わなかった」
と痛感する人ばかりで、我々一般市民にできることは、万が一、間違って逮捕されちゃったときに、”警察や検察のカモにされないよう、最低限のルールを知っておく”ことです。


堅苦しくなく、ユーモアを交えた読みやすい本なので、一読をお勧めする。

Category :  自転車
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シュレク兄弟の映画「The Road Uphill (ロード・アップヒル)」を視聴した。
6月のフィルムセンターでの上映を見逃し、今頃になった。

寂寥感と表現したくなるような、淡々とした描写だった。
そう感じたのは、レース(2011年TDF)の結果(敗北)と、彼らのその後のキャリアの顛末を知っているからか。

そうではなく、自転車ロードレースの映像作品は概ねこういう雰囲気だったろうか。
長く見ていないので忘れてしまった。

内容に、目新しく感じた点はない。
2011年末のルクセンブルクでの公開時に見ていたら、自分の事実認識や解釈の材料として用いたろう。
が、今になると、もはやあれこれと考える意欲はない。

最も印象に残ったのは、アンディの話すときの、穏やかな佇まいだった。

シーンは製作者がセレクトしたものだから、たまたまという見方もできる。
しかし思い起こせば、10代の頃から、飄々あるいは悠然、といった表現をされる人だった。
その後、数え切れないほど映像を見てきたのに、なぜ、「今更」改めて感じ入ったのだろう。

「この映像作品を見るにあたって私の内にあった望みは、そういう彼の姿だった」
ことを意味するのか?

Of course in the coming years, I will try everything to win.
But one day,when I stop cycling, who knows when that will be,
and I never won the Tour, It won't make me an unhappy person.
     ・
     ・
You don't always have to win.
You can't always win.


製作者は、作品の最後に、アンディの上記のセリフを置いた。

このとき、彼が3年後にツール未勝利のままキャリアを終わる未来を知っていた者はいない。

しかし、彼の言動を数年間追い、彼のパーソナリティを知る人間には、言われなくても、とうに判っていた。
ツールで一度も勝つことなくキャリアを終えたとしても、それによって彼が不幸になることはない。

「チャンピオンの器」のアスリートたちをずっと見てきた私には、彼がその範疇に入る選手でないことは最初から認識できた。
だから、残念と惜しむ気持ちもない。

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総括をするなら、彼は、とても恵まれて、幸せな選手だった、と思う。
キャリアの最後の時期を除けば、ずっと幸福だった、と呼んでよい。

2009年シーズンから後は、「1年のうち、まともに仕事をするのは、ツールの1ヶ月間だけ」といって過言でない暮らし方をしていた。
シーズン前半はコンディションが悪く、途中で帰ること多々。戦績はさっぱり。
「ツールに間に合えばいい」の一言で片付け、ツールを大活躍して終わると、その後は予定をキャンセルしまくり、実質的にツールでシーズン終了。

そういう、責任を背負わず気侭に振舞う特別待遇を、チームから認められていた。
具体的には、ボスのビャルヌ・リースは、それを許していた。

それ以上に、彼にとって幸せだったのは、強い信頼で結ばれた仲間たちに囲まれてレースをできたことではなかったか。

チーム・CSC(サクソバンク)で出会った数人の選手たちは、とても仲良くなり、強固に結束したグループを作り上げた。
彼は、そのグループの一員だった。

実のところ、彼等の関係を私が理解するまでには時間がかかった。
完全に吞み込んだのは、レオパード・トレック発足後になる。

“I would just love to keep this group of people together because I love them, I trust them, I like to work with them.”(フォイクト)

「真の信頼で結ばれた人間関係を持つこと」は、人が幸福になる重要な要件だ。
ミヒャエルも、ロス・ブラウンとジャン・トッドという、深い信頼と尊敬と愛情で結ばれる相手と巡り合った。
この2人は、今も変わらぬ「友人」で、多分、現在のミヒャエルの状態を知っている。知っていて、決して口外しない。
そうなのだろう、と私は思っている。

ファンが、アスリートに対して、キャリアの最後の時期を幸せに過ごしてほしいと望むのは、贅沢だ。
満ち足りて幸せな状態であれば、競技を止める理由がない。
競技力の低下や、その他何等かの要因によってモチベーションがなくなるから、止めることを決める。

競技力がまだ高いうちに引退すると、未練が残って、復帰したいという欲望を招く。
復帰した場合、大抵は、思ったようにうまくはいかない。

最後は、「現実を受容」して、ようやく退く。
このとき、心の底から、「勝てなくなった自分」を受容できる人もいれば、できずにいる人もいる。

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私の記憶に残るアンディの姿は、兄を引き連れて、山を登る姿だ。

ふきすさぶ強風をものともせず、長い坂道を上っていく。

駆け引きは不得手。
得意なのは、長く厳しい上り坂を、誰の後ろにもつかず、風を受け、顔を上げて、ペダルを踏み、前へ進んでいくこと。

それができれば、充足することができた。
高い目標を達成したいとか偉大な選手になりたいとか、そういう種類の欲望には無縁だった。

私が好きになった最後のアスリートは、そういう人だった。

Category :  その他
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KDDIから、ホームページ公開代理サービスを終了するとの通知が来た。先月下旬。
期日は来年10月末。

いずれ他社に乗り換える、そのときに同時に終了、のつもりでいたが、予想外に、KDDI側が先に止めてしまうことに。

さて。どうするか。
これまでは、消えていいと思っていた。
が、アクセスして読んでいるうちに、未練が少し湧いてきた。

彼がいま普通に暮らしているのであれば、心残りは、多分、ない。
そうではないから、後ろ髪をひかれる。

Category :  社会
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●見通し

8月8日の天皇のビデオメッセージ放映後、暫くの間、新聞・雑誌の関連記事を読んでいた。
如何せん知識・情報が低レベルの身だから、解釈に迷う。幅広い論考・見解を知りたい。

自分の関心のひとつは「今後どうなりそうか」の見通しで、先日その目処がたった。

安倍首相のブレーン、百地章が、「生前退位できるよう皇室典範を改正。一代限りの特別立法は無し」の意見を表明した。(8月26日「朝まで生テレビ」)
彼が言った以上、この路線でいくと考えていいのではないか。

百地は、7月のNHKの報道直後は、「生前退位反対。摂政で対応」とコメントしていた。
皇室典範改正などもってのほか。日本会議の基本方針からすれば当然なのだが、天皇直々の言葉と、世論調査で判明した世間の支持を見て、対応を変えたらしい。

どういうことかと考えてみると、彼らの現在の第一目標は憲法改正で、具体的方法として「緊急事態条項の創設」から着手することを決めている。
本音の望みは9条改正だが、これはまだ反対者が多く、実現が難しい。そのため、多数の同意を得られやすい内容のものから始めるという作戦を採用した。

目標実現のためには、天皇の生前退位問題が延々議論になって憲法改正の作業に支障が出るのはまずい。
皇室典範改正は不本意ではあるが、大きな目標のためには目をつむる(譲歩をする)のが得策。
さっさと片付けて、宿願の憲法改正を進めたい。

百地のコメントの豹変の裏は、こんなところではなかろうか。

右派の一部には、生前退位を認めるには憲法改正が必要という説を唱えて、天皇問題を憲法改正につなげようという動きもみられる。しかし日本会議は、その方法は採用しないようである。

また、特別立法という方法は、皇位継承は皇室典範の定めるところによるとする憲法第2条に違反する、という見解(憲法解釈)を、百地は表明している。

とはいえ、実際に皇室典範の条文改正の検討に入れば、議論が色々出ることは予想できる。
最低でも「皇太子が不在のままでよいか」「秋篠宮の身分をどうするか」は決める必要があり、これは「皇位継承」すなわち「女系・女性天皇」の議論に飛び火する可能性を孕んでいる。

憲法改正に関しては、日本会議が政権に及ぼす影響力が強く、彼らの思惑が実現する可能性が高い、と読むのが基本だが、かといって彼らの力が鉄板とはいえない。
事態がどう進んでいくか不確実性は残る。

●天皇制の終焉の可能性

天皇の意見表明は、一般には、「生前退位の希望」と受け取られ、報道もそうである。
しかし、「真の意図」、「ことの本質」は、それではなく、「皇位継承問題」ではないか。

「現行の皇位継承ルールのままでは、皇統の将来に渡る安定的な継続に大きなリスクがある。政府が適切に対応してくれるのを待ち続けたが、何もなされぬまま今に至ってしまった。これ以上先送りしないでくれ」

私が当日すぐ思いついたこの解釈は、複数の人が述べている。
あのメッセージのキモは、最初と最後の段落にある、という解釈をしたのも私ひとりではない。

「男系男子限定ルールは、皇統が途絶えるリスクがある。そのリスクは、許容可能レベルを超える」という判断は、合理的・論理的な思考をできる人なら採用する、と思う。
安倍政権は、女系天皇に反対し、解決策として旧皇族の復帰を主張する。しかし、旧皇族を復帰させる具体的な法律制定の作業を進めることはしない。
自分の在職中に皇位継承資格者がゼロになる等の切羽詰った事態にならなければ手をつけなくてよい、と将来に問題を先送りし続ける。

旧皇族復帰の問題点については、小泉政権時の「皇室典範に関する有識者会議報告書」が明快・的確に述べている。
「今上天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代までさかのぼる遠い血筋」だそうだ。

この報告書を今回の天皇のメッセージと併せて読むと興味深い。
「象徴天皇の制度は、国民の理解と支持なくしては成り立たない」ことを前提とみなし、論理的・合理的に述べている。
そして、天皇のメッセージは、この報告書を貫く原理及び論理展開と矛盾するところがないように、私には思われる。

それでも、「天皇制は、男系男子継承であることに価値があり、女系では価値がなくなる」という「価値観」を、一部の人は持っている。
彼らが女系に反対し皇位継承ルールを変更させないことによって何が起こるかといえば、時間の経過と共に、皇位継承資格を得る可能性を持つ人々が、どんどん年を取り、どんどん数が減っていく。

以前はうまくいっていた制度が、時間の経過によって不都合が出て、このままでは将来の破綻が予想できるが、根本的な改革をせず、破綻するときまでずるずる続ける。
現在の日本では、その現象が多々みられる。年金制度がそれで、天皇制も同類なのかもしれない。

ただ、今上天皇は、「自分の一族の存亡の危機」である自覚から、問題を次世代に残さず、自分の代でなんとかしよう、それが責務と考えているのではないだろうか。
天皇の内面の推測はなるべく避けたいが、「合理的・論理的な思考ができて、思慮深く、責任感の強い人」であれば、そうではないか、それが理にかなう、と思う次第。

付記すると、私は、「天皇制、なくなるなら、それでいいじゃん」派である。
今上天皇個人に対しては、その言動から、尊敬の念を抱いている。しかし、「国家の制度」としては、話が別である。