南の国の太陽、空の色の獅子

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Category :  フィギュアスケート
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久方ぶりのスケート観戦に行ってきた。
最近TV放送を見てもあまり楽しめなくなってきて、長年見てきたこのジャンルからもそろそろ撤収か、少し寂しいなと思っていた。
が、生観戦したらあっさり復活した。今後も楽しむことができそうで有り難い。

●チケット

この大会のチケットは、毎回、完売はしなかった。出場選手は豪華だが、真剣勝負の競技会が優先のファンにとっては価値が低いからだ。
プレイガイドの先行販売で入手容易だが、こちらで売る席は(同じ席種内での)条件が悪い。当日券の方が良い場所を出すことに気づいて以降、当日買う方針にして首尾よくいっていた。

ところが今回は、例年当日出していた分を、大会2日前にネットで販売する、という方法をキョードー東京が採った。
接続は可能だったが、1人あたり1日分のみと規制され、4日の公演中の1日しか取ることができなかったのは計算外だった。

チケット取り作業を久々にやって吃驚したのは、大賑わいのチケット転売サイトがあって、正規ルート完売直後に大量の転売が出ていたこと。
これだと、男子Sのある日は、代々木の1万席のうち転売分が1割を超えるのではないか。

チケット転売は、音楽のジャンルで問題になっていることをニュースで読んでいる。
私は、営利目的の転売が行われていなかった時代にチケットを取っていた年寄りだから、転売屋が興隆してきた頃に強い不快感を抱いたものだ。
今は、社会の情報化の進行に加えて、「個人の欲望の充足の追求」を全面肯定したことの当然の帰結なのだろう、と思っている。

人気の興行は昔もあった。今と違ったのは、チケットを入手できなかった人のほとんどが、仕方ないと「諦めた」ことではないか。
どうしても観たかったら、現金を持って当日現地へ行けば、ダフ屋がいて、入手できるケースは多かった(席数の多い公演であれば)。
しかし、そこまでする人は僅かで、多くの人は正規にチケットを買えなければその時点で諦めていたのだ。

転売屋から買うことは正しいことではなく、「すべきでない」という倫理観があって、やる場合は隠れてこっそりやるものだった。
今は、ネット上に転売が堂々と掲載されるようになったため、買うことに抵抗もなければ、定価を大幅に超える金額を転売者に払うことを辞さない人の数が増えた。

買い手がいるのだから売り手がいる、市場原理で、否定できないという見方は成立する。

興行側が、電子チケットや本人確認をする等の対策はとり始めている。
それでも、「自分の欲望を満たすためには、いくらでも金や手間をかける」という人間が多数存在する以上、つつましかった20年前に戻ることは不可能なのだろう。

●連想

羽生君の立ち振る舞いが、私にジェーニャを連想させた。

オレが王者。会場の観客の一番の注目は自分。
それを充分に自覚して、振舞う。

ジェーニャのような図太さ、図々しさはなく、横柄さは感じさせない。
基本はいつも礼儀正しく周りに気を遣う。
が、「オレが主役。オレを見ろ!」と観客にアピールし、場を支配しようとする「気」が、彼が幼い頃から崇拝してきた対象と通じる。
こういう選手を日本人で観た記憶がない。

金曜日の競技終了後、キスクラに散乱した小道具の片付を、村元さんと一緒に延々と続けた。
客席には大量の観客が居残り、一斉に注目している。

2F南の私の席の隣はTV朝日の特設スタジオで、荒川さん、織田君、修造君が来て収録を始めた。
アリーナから出て1F通路を通る観客たちが興味深けに頭上を振り仰いでいたが、2Fの私の周りは全員、スタジオに背を向け、双眼鏡を反対の方向に向けていた。


Category :  散歩
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新宿御苑、花の絨毯

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目黒川、花筏

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ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ダニエル・カーネマン 村井章子

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放送大学の「認知心理学」「錯覚の科学」の講義を視聴後、参考文献にとりかかった。

面白いのなんの。
絵に描いたような「一次文献に当たるのは必須です」。

何らかの情報に接したとき、ぱっと頭に浮かんだ感情や考え(=直感)の中に「間違い」は多く、時間をかけて材料を集めて検討すると、最初の判断を翻すことは普通にある。
改めて指摘されなくても経験則で知っている。

だから、例えば私はインターネットで情報・発言を読んだとき、即座に反応を書き込むことはしない。

とりわけ「感情的な反応」はNGで、「一晩おいて頭を冷やす」のが鉄則。
これは、自分がパソコン通信からインターネットへ移行した頃(1996~7年頃)、「インターネットのルールやマナーのひとつ」として流布していて、納得して採用してきた。

と、多少判っていたつもりでいたが、本書を読み、「直感」のエラーっぷりの凄まじさ、それに気づかぬ自信過剰の凄まじさ、自分もこれから逃れてはいないという現実を悟って茫然自失、頭を抱える。

そうなのだ。じっくり考えるのは疲れる。
できれば考えずに済ませたい。楽な方に逃げる。

人間はそういうものなんだから、別にいいじゃん、と開き直ってすませる手もある。
しかし、本書を読んだ以上、読む前には戻れない。

考えるのは疲れるし、自分の愚かさや傲慢さや下劣さを認めるのもしんどいが、できる範囲の努力をしてみよう。

*読んだのはまだ上巻のみ、下巻はこれから。
上巻の内容 : 思考の二つのシステム、ヒューリスティクスとバイアス、自信過剰
下巻の内容 : プロスペクト理論、フレーミング効果 等

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日本会議をめぐる四つの対話日本会議をめぐる四つの対話
菅野 完 村上 正邦 魚住 昭 横山 孝平 白井 聡

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日本会議の研究 (扶桑社新書)」の補遺として読んでおくといい本。
菅野氏と、白井聡、村上正邦、横山孝平、魚住昭との対談集。

前作は、「今まで誰も書かなかった」事実を暴いた野心的な著作で、ベストセラーになり、価値が高いことに疑いはない。
ただ、評価・解釈の面での記述は、些か「視野が狭い」印象を受けた。

その点を、本書において魚住昭が指摘している。

日本会議や谷口雅春さんにしても、そうした長い歴史の中に位置づけた上で、様々な角度から総合的な見方をした方がいいと思うんです。だから、僕は「日本会議の研究」はとてもいい本だと思うし、すごく評価しているんだけども、見方がちょっと一面的なところがあるな、と。そこがある種、あの本の欠点だなと。それは今後気をつけてほしいなと思ったんです。


4人は、それぞれ立ち位置も主義主張も異なる人物で、結果、幅広い話題・見解が一冊の本の中に収まることになった。
ちなみに私は、横山孝平なる人物は初耳だった。
なにせ民族派という単語の意味を理解していない。条件反射的に無視して近寄らない範疇。
章の最後に、楠公祭における「祈願詞」が掲載されているのだが、これと白井聡が同じ本の中に入っているのはキツネに化かされたようだった。

Category :  その他
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昨年5月に放映されたNHKBS世界のドキュメンタリー「ヴィスコンティ VS フェリーニ」。
後日に存在を知り、先日の再放送を視聴した。
陶酔と快楽に満ちた過ぎ去りし美しい日々を思い出させた50分だった。

私は20代に、両者の作品のほとんどを映画舘で見た。
ヴィスコンティは既に亡くなっていたが、岩波ホールが次々に上映をしていた時期だった。

フェリーニとヴィスコンティの活動時期がほぼ同じであることは「知識としては」持っていた。
しかし製作・公開のリアルタイムには居合わせず、後の時代に後付で追っていたから、実感がなかった。

生前の2人がイタリア国内で激烈なライバル関係にあり、作品の公開の度に、人気・評価を競って火花を散らしていた、という描写は、今回の番組で初めて目にしたように思う。

1954年 「夏の嵐」 VS 「道」
1957年 「白夜」 VS 「カビリアの夜」
1960年 「若者のすべて」 VS 「甘い生活」
1963年 「山猫」 VS 「8 1/2」
1969年 「地獄に堕ちた勇者ども」 VS 「サテリコン」
1973年 「ルードウィヒ」 VS 「フェリーニのローマ」「フェリーニのアマルコルド」

この勝負のラインナップに、目が眩みそうになった。
これらの作品が、イタリア国内で同じシーズンに公開されて、世の注目と話題を集めていたとは。
想像すると、興奮で眠れなくなりそう。
なんという輝かしい時代があったのだろう。

  ◆

当時の私の趣味は、ヴィスコンティ>フェリーニだったが、フェリーニの新作も公開されれば必ず見に行っていた。

そのため、実物ご本人の姿を見る機会に恵まれた。
「ボイス・オブ・ムーン」の日本公開の際に、来日した。

今のようにネットで情報が駆け巡る時代ではないので、来日のことは知らずに日比谷のシャンテに見に出掛けたら、表に、本日の最終回の前に舞台挨拶がある、という告知が出ていた。
折角だから、と予定のスケジュールを変更し、他の映画を先に見ることにして、出直した。

話の内容は覚えていない。
記憶に残っているのは、夫人のジュリエッタ・マシーナが一緒で、2人に目を凝らしたこと、客席後方のみならず両側の壁際まで立ち見の観客でびっしりと埋めつくされていたこと。

フェリーニは、その3年後の1993年に亡くなった。

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