南の国の太陽、空の色の獅子

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北の丸公園、田安門前
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"牛ヶ淵"
田安門から東、清水門までの濠が牛ヶ淵。
向かいに九段会館。

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清水門から望む日本武道館と牛ヶ淵。

最後に真打、千鳥ヶ淵
私は東京区部の桜の名所をくまなく訪問してはいない。未見の場所は多い。
だが、この景観に勝る所があるとは思えない。
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北の丸公園の土手の斜面一面を染井吉野が覆う光景は、
外周の遊歩道(千鳥ヶ淵緑道)からの眺めがベストだが、
北の丸公園の土手上にも、遊歩道と展望スポットがある。
「桜の山の内側から外を見る」というちょっと面白い状態。

東御苑を挙げなかったが、理由は「桜の時期に関しては」優先順位が上でないため。
開花時期の異なる複数種類の桜は夫々に趣があり、幅広い時期に楽しむことができるが、「景観としての素晴らしさ」は、他のスポットに比べて劣る、と思う。


蛇足。
「写真を撮るなら、こういう感じのを撮りたいもの。・・写真はこの先もやらないけど」
という数年前の名残がフォルダにあった。
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首都東京の中心に存する「皇居=旧江戸城」の敷地のうち、本丸のあった東側エリアは、東御苑として整備され、一般人が通年自由に散策できるが、天皇が居住する西側エリアは、原則的に一般人が自由に歩き回ることはできない。
(入場できるのは、予約制の参観と、新年等の一般参賀のみ)

東御苑の出入り口のひとつ北詰橋の上からは、西側エリアの北側の一部をほんの少し眺めることができる。
ここから望める乾壕と石垣と並木道(乾通り)の風景は、私の気に入りのひとつだ。
壕の水面がきらきら光るのを見ていると飽きない。
いつ見ても穏やかで美しいが、桜の時期が最も絵になる。

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2008/3/31

並木道の突き当たりにある乾門は、重厚で美しい門である。
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皇宮警察の護衛官が立つ門の間から、我々が足を踏み入れることのできないエリアの光景が垣間見える。

あの門の先の道を歩ける機会があるとなれば行かねばなるまい。



天皇陛下の傘寿(80歳)記念で特別に行われた乾通り一般公開に参加しての自分の感想を言えば、
「景観そのものは、とりたてて素晴らしいものではない」

桜は、本数も多くなく、さしたる名樹もない。
ハイライトとなる景観もない。

皇居の周辺エリアは、桜の時期、あちこちに、素晴らしい景観が出現する。
山を背景に持たないコンクリートジャングルの大都会・東京は、四季の自然の景観の美しさの点では悲劇的に貧相だが、唯一、皇居周辺だけは救われている、と思っている。

つまり、今回公開された皇居内エリアよりも、周辺の既知のエリアの方が、美しさのレベルが高い。
というのが自分の率直な感想である。

今回の公開の価値は、「今まで入ることができなかった場所に入れた」という点。

一枚目の写真の対岸からの写真。
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先へ進んだ位置からの方が北詰橋がよく見えるが、絵にならないので、写真は載せない。
北詰橋側からの景観の方が美しいのである。
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今回撮ったもの。拡大すると、通りを埋め尽くす参観者の行列が見える。



<美しい皇居周辺・これまで撮った写真から>

乾門の向かいの北の丸公園内にある東京国立近代美術館工芸館。
旧近衛師団司令部庁舎(明治43)を改修・保存した赤煉瓦建築。
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これを右手に見て、半蔵門へ向かって西へ進む道が代官町通
この桜並木を私が気に入っている理由は、山桜が数多くあること。
山桜の他にも大島桜など複数種類が混在する。
現在の私は、染井吉野よりもこれらの種類の桜をより好む。
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"半蔵濠"
濠沿いに半蔵門まで続く千鳥が淵公園は、染井吉野と枝垂桜で埋めつくされる。
通り(内堀通)の向かいには英国大使館がある。
大使館敷地前の歩道も、桜のトンネル(染井吉野)が続く。
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半蔵門の先、"桜田濠"。
この箇所は石垣がなく、緑地が広がり、瑞々しい。
遠景には高層ビルが存在するが、水と緑のスペースが十分に広いお蔭で、
醜さは生んでいない。

通りの向かいには国立劇場
ここの前庭には、珍しい種類の桜が植えられており、見所のひとつになっている。
更にその先には、国会前庭庭園という、観光客が押し寄せない良好なスポットがある。
<続く>

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ミッドタウンのイルミネーションを眺めるスポットであるデッキの上からは、東京タワーも望める。
国立新美術館への行きがけに見たときは、これ。

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「いつもの東京タワー」である。

ところが、帰りがけに見ると、

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先程と違う。
イベントやプロモーションで特別のライトアップを行うことがあるが、今日、何かあるのか?

帰宅後、東京タワー公式HPを見て、判った。
ライトアップは原則2種類あり、金・土の20:00~22:00の2時間は、これだという。

そうか。自宅の玄関前からは、上の部分しか見えない。時々、いつもと違って見えるときがあるが、これだったのか。

自分は、「東京タワーが視界に存在しさえすれば」それでよい。(見えなくなったら一大事で騒ぐ)
仔細を追及する気もなくほっていたため、このデザインを今まで知らなかった。
スカイツリーの洒落たデザインのライトアップを見慣れた目には、野暮ったく、魅力的には見えない。

東京タワーは、いつもの「赤」でよい。
これは私のノスタルジーであることは、判っている。

子供の頃、自宅から中学校へ向かう途上の、遠くを見通せる場所から、輝く「赤色のA」が望めた。
夜の闇の中にぽつんと浮かび上がる姿を見るのが好きだった。


<シーズンオフの暇つぶしに>

・2011年のアンディ
DR Sportenの製作したドキュメンタリーのページがネット上にまだ残っていた。
NHKが購入して放映した番組のオリジナル(ノーカット版)他。
どうやら自分は、当時、掲載された映像を全部見なかったらしい。
"Se bonusscene: Schleck og Jarno Trulli"に、何?となり、急いで視聴。
(デンマーク語は、固有名詞以外は何がなにやらわからないのでそうなる)

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ジョサイア・コンドル設計の旧島津公爵邸は、現在清泉女子大学が所有し、有難いことに、外部の一般人を対象にした見学ツアーを行っている。
行きたいと思いながらタイミングがなかなか合わず日が経ち、ようやく実現した。

所在地:五反田駅から山手線内側、徒歩約10分

建物の感想
・一番の印象は、「思ったより広い」。
装飾で飾られた漆喰の天井は、4m以上ある。

・島津家が手放した後、日本銀行→GHQ接収→清泉女子大学という使用者の変遷の中で、内装にはかなり手が入ったようで、洋画家として知られる黒田清輝が指揮したという当初のものの多くは失われた。
個人の住宅の色が薄れ、オフィス的になっているが、悪い印象は受けなかった。広々とした空間は、教室や会議室、礼拝室等としての使用に十分耐える。
「展示物」でなく、今尚「現役で人が使っている状態の建物」を、私は好む。

・細部の意匠には、さほど目覚しさは感じない。しかし堅牢な全体の雰囲気が魅力的。
これはおそらく、大学、それもカトリックの修道会を母体とする女子大の校舎として利用されていることが影響している。華美でも質素でもなく、清廉さ、品のよさを醸し出している、と感じた。

ガイドの説明から
・建築当時、2階のバルコニーからは、海を望めた。
あ、そうか、と、今は見えないことを知りつつ、思わず窓の外を眺めた。このあたりは、東京湾に突き出た高台である。以前は「袖ヶ崎」という地名だった、とリーフレットの解説にある。

・公爵家が使用していた当時の写真を見せてもらった。
昭和11年に、1階ホールで、「福引」大会を開催している光景には、着物の奥方たちと、洋装の使用人たち。
「こういう『階級』が日本にあった時代」である。

女子大
清泉女子大学については、行くまで何も知らなかった。
コンドルの洋館を本館として使っているというが、他はどうなっているのだろう?
見学後、中庭にある構内地図を見ると、奥にいくつかの教室棟が配置され、確かに大学キャンパスの体であるが、小規模である。自分が今まで見知った大学は、マンモス校ばかりで、こういうこじんまりした所は初めて知った。

行き交う人の数も少なく、静かで、落ち着いて、良好な環境だ。
道ですれ違った女子学生は、挨拶の声をかけてくれた。感じがよい。

我々が滞在している間、1階バルコニーでは、ずっと写真撮影を行っていた。
卒業アルバム用の学生全員のポートレートを5月から撮るのだという。校内で背景が一番絵になる場所で、プロのカメラマンに依頼して撮るとは洒落ている。

本館の前面には美しい芝生が広がる。本館を望める位置にある木陰のベンチは、居心地が実によい。

春から夏の、芝の美しい季節の訪問をお勧めする。
建物内部の見学は日が限られ、予約が必要だが、外観見学と庭園散策だけなら予約は不要。
(要:正門脇の門衛所で入構許可を得る)



島津公爵邸見学前に、北隣の池田山エリアを散策した。
都内屈指の高級住宅地で、豪邸が並ぶ。
道を歩く人の姿が全くない。

皇后陛下の実家・正田家跡のねむの木の庭は、ちょうど花の盛りだった。
手入れのゆきとどいた庭には、バラをはじめさまざまな草花が植えられている。
予期せず、一番よい季節に訪れることができた。

インドネシア大使館の横を過ぎ、池田山公園へ。

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池田藩下屋敷の庭園跡の池泉回遊式庭園である。
樹木の間の小道を進んでいくと、ぱっと視界が開けた。
このときは驚いた。
遥か下に、池がある。
公園の内部に、これほど高低差があるとは思わなかった。地図では判らない。

手前の斜面は整えられた植え込みで覆われ、池の対岸はうっそうとした木立。
滴るような新緑。
池の傍まで行くには、狭い坂道(階段状)を降りなければならない。

池の周辺の回遊路は、木々の中。頭上を見上げても空がほとんど見えないほど緑で覆われている。
楓が多く、紅葉の季節はさぞ見事だろう。
住宅地の中に、こんな緑豊かな庭園があったとは、と初訪問の一同感心した。

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オランダ大使公邸庭園 特別一般公開に出掛けた。

行列に並ぶこと45分、滞在30分。
もう少し居たかったが、国別対抗戦の競技開始時刻までに代々木体育館に戻らねばならないので、切り上げた。
それに、相変わらず行列が続いていたから、長居しないのが適切だった、ともいえそう。

入場制限をした事情は、中に入ってよく理解できた。
さして広くないので、大人数を収容できない。

見学順路に従っていくと、まず公邸の玄関を入り、1階の室内を見学しながら直進してベランダに抜ける。次に、前面に広がる庭園内を巡る小道を進む。
庭園内のルートは細い一本道で、見学者は牛歩のごときのろのろである。
撮影ポイントでは多数が立ち止まって写真を撮る。撮影者を避けて進むことができない箇所で渋滞が発生する。

その様子に、同じ構図の写真が世の中に腐るほどあって、ネット上にも沢山アップされるのだろうな、と思った。

木立の中の道を辿っていくと、ある地点で、瑞々しいみどりの葉の隙間に、ぱっと、白く明るい邸宅の姿が現れた。

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ところが、視界が開け、全景が見えてくると・・

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うーむ。デザインがいまいち。野暮ったい感じが。
こうだっけ?異なる外観写真を見たような気がするのだが、記憶違い?
釈然としないまま、「撮影ポイント」で、写真は撮っておく。

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チューリップを前景にしたお決まりの構図。
(個人的にはチューリップなしの図が好みだが、「今の季節の写真」ということで)

この地点まで来ると、建物の側面(写真の向かって右側)が視界に入ってきた。
見覚えのあるデザインだ。

入り口で配布していた建物の解説の紙を取り出し、改めて眺めると、こちら(側面)の写真が、背面の写真の上に配置されていた。
間取り図を見れば、玄関の反対側の面(表記は「背面」)がメインの面の構造にみえるし、側面は側面に違いない。
しかし、2階にバルコニーを配したデザインは、背面に劣らぬバランスのとれた外観だと思った。

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建物の竣工は昭和3年。設計者は、ジェームズ・ガーディナーというアメリカ人。
代表作の中に、明治村にある聖ヨハネ教会、と旧知のものがあった。

尚、この建物の前身の公館は、関東大震災で消失したそうだ。
ああ、ここもやられたのね、と毎度の反応を呼び起こす。



入り口では、もうひとつ、パンフレットを配布していた。
政府観光局発行の観光案内。
目に止まったのは、「オランダ」ではなく、「オランダ+ベルギー・フランダース」であったこと。

共同ウェブサイトhttp://www.hollandflanders.jp/も作成されている。
自転車RRを知ってから実感が少し湧くようになったとはいえ、「ベルギー」という国は「ひとくくりでみるのは根本的に間違い」であることに改めて気づかされる。