南の国の太陽、空の色の獅子

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Category :  自転車
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今後、自転車ロードレースに対する自分の関心は低下していくかもしれない。そんな気がしている。

あちら(自転車ロードレース界)は前と何も変わっていなくて、変わったのは自分。
「この世界にドーピング事件は付きもの。それが気に入らないなら、見るものじゃない」が、ランスの現役時代からの持論だった。(「死亡事故を受け入れられないなら、自動車レースを見るものじゃない」と同様)
今までは、呑み込んできたが、呑み込む気が失せてきた。3.11以後は。

人間は、欲深い生き物で、自分の欲望を満たすことを追求するのは、生まれ持った性だ。
でも、他者との競争に勝つこと、勝って成功を得ること、それを目指して必死になる、という生き方には、興味が薄れてきた。

3.11より前から、そう、アンディを選んだときから、そのけらいはあった。どうしても勝ちたい、そのために何でもする、というタイプでは全然ないから。

昨年、バッソやヴィノクロフが画面に映ると、いい気分でなくなった。今年ディルーカが映れば同様。
彼等個人がどうこう、というよりも、ズルをしても、復帰を許されて堂々と表舞台でまた活躍できるという、絵に描いたような「正直者がバカを見る」世界を見ることが嫌になってきた。

選手全員がドーピングをしているなら、公平だ。数年前までは、トップ選手たちは全員が何かしらをやっていた。
皆がやるから、やらなければ負けて、いい結果を出せない、という理解で合っていると思う。だから、「全員同じ穴のムジナ」で、「そういう時代だった」で片付けて、目をつぶる。
でも、今は、前とは違うと思う。やらずに、いい戦績を出している人もいる。
誰がクリーンなのか、私には判らない。誰か判らないけれど、「今は」本当にクリーンな人もいる。全員が、「ウソつき」ではないと思う。

もしも、「全員ウソをついている」なら、「そういうこと」と割り切れるから、此方は楽だ。
でも、そうとは認められない。
みながウソつきとは思いたくない。・・当たり前といえば当たり前の話だ。

「少し前の時代までトップ選手は全員クロ」という認識に至るまでには、時間がかかった。知識を持たないライトな観客のうちは、なかなか受け入れられない。
「表向きの世界」では、堂々と認めてはいない。ドイツのように「自転車=ドーピング」の認識が広まった国もあるが、世界規模でみるとそうでもない。日本もそう。
ドーピングはルールで禁止されているのだから、「表向き」は認めるわけにいかないのだ。

活躍している選手がドーピングをしていようがいまいが(ウソつきだろうがそうでなかろうが)気にならないなら、いい。
「ルールを守り、ウソをつかないで競技をしている人」が損をする世界である、そのことに「目をつぶって」、「着飾った表舞台」を楽しんでいられるうちは見ていればいい。
そうでなくなったときは、視界から外すことにする。

ジロを報じるイタリアメディアは、コンタドールを賞賛しているのだそうだ。そういうことなら、ASOも、彼を拒絶はできまい。
世の中の大多数の人は、自分とは違うのだ。自分が少数派なのは毎度のことである。



3.11後、自分の「生き方」を、恥ずかしいと思う経験をした。
どのように生きるのが、人としてよいのか。

もしももう一度人生をやり直せるなら、自分の幸福を追い求めること以外の価値を人生に見出して生きていく人間になりたい、と思う。
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