南の国の太陽、空の色の獅子

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願わくは花の下にて春死なん その如月の望月のころ (西行)



3月に読んだとき、今年読んだ本の中でベストの1冊になるだろう、と思った。

私の母は、8年前に亡くなったが、平均寿命からみれば明らかに早かった。体調に異常を感じたとき、すぐに病院に行っていれば、治療が間に合って、今も生きていてくれたかもしれない、という未練を、私は心のどこかにずっと抱えていた。
だが、本書を読んで、「母は、あれでよかったのだ」と、初めて思うことができた。

母は、「できる限り長生きをしたい」という考えを持った人ではなかった。私が子供だった、若い頃から。
執着や欲望が強くなく、どこか達観したところがある人だった。若い頃に結核を病んだせいかも、と母自身から聞いたことがある。

「何歳まで生きればいい」という年数を持っていて、「あと何年」という数字が年毎に減っていくので、その台詞を聞くと嫌な感じがした、という話を、後日、同居していた家族から聞いた。(何歳まで生きればいい、という発言をする人は多いが、年が経るにつれてずるずる延び、残り年数は減らないことが多い)
母のやったことは、本書の著者が提案していることそのままだった。

著者は、人生を苦しまずに終わるために、「むやみに長生きを求めず」、「自分の死に時を設定すること」を提案している。
「ある年齢以上になったら、病院へ行かない」というのは、そのためのひとつの方法だ、と。

現在の医療は、無理矢理命を延ばすものだ。かつては、大方の人は、自然の寿命で死んでいった。だが、今は、「少しでも長く生きたい、生きてほしいという欲望に振り回され、多くの人が苦しい最期、過重な介護、膨大な医療費を背負い込んで」いる、という著者の主張に、私は完全に賛同する。

母に生きていてほしかったという私の望みは、母本人の苦しみも気持ちも無視した、「家族の自分本意の欲望」そのままだ。

母は、西行が好きだった。「花の下にて」の歌を、私は母から教わった。
母の病気が判明して入院したのは、桜の花が開いた季節だった。私は母のために、桜の枝を手折って、病院へ持っていった。
1年後の3月の終わりに、母は逝った。

母が、西行と同じように桜の季節に死にたいと思っていたのかどうかは知らない。
ただ、母の死を思うとき、西行の歌を、いつも思い起こす。
そして、自分の死に時を考える。

私も、自分の死に時を定め、病院に行かず、天寿を受け入れられるようになりたい。
母の血を受けているのなら、私にもきっとできるだろう。

P191 
死に時のすすめ
何ごとにも、ころ合いというものがあります。
食べ時、買い時、勝負時、踏ん張り時、潮時、やめ時。
死ぬのにも、死に時というものがあると思います。
これまで医学は、命を長らえさせることを目的としてきました。病気や怪我で自然な寿命を縮めらていたあいだは、それでよかった。しかし、今はもうその時代を過ぎています。自然な寿命以上に命を長らえさすと、悲惨な老後になってしまう。
多くの人がそれを知らずに、素朴に長生きを求めています。そして、実際に長生きしてから、そのつらさに気づく。
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