南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  スポンサー広告
tag : 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category :  自転車
tag : 
負けたレースの表彰台に上がって公衆に笑顔を振りまく前の、こういう表情の彼を見るのが私は嫌いじゃない。
http://nos.nl/video/235396-andy-schleck-zit-stuk-na-Luik/
マルティーヌさんが彼の背を撫で、リーアちゃんを手渡すと、表情が変わる。

下は、アップしなかったロンド・ファン・フラーンデレン後に書いた文章


●お疲れさま

以前の自分なら、がっかりしていたと思うが、やっぱり変わったようで。
チームの皆様方の落胆が想像できるので同情はするが、自分個人は、「いつも勝てるわけはない」と、はなから思っているし、昨年の勝利を、それほど喜ばなかったので。(当時の記述
あの勝ち方は、自分の趣味でなかったというか、宇宙人とか人間離れとか、人間以外のものに喩える賛辞が好きでなかったというか。

実をいうと、自分にとって彼は、負けたときの姿が、勝ったときよりも、印象深く残っている。
レース後の彼の姿で思い浮かべるのは?と聞かれたら、ぱっと、「09年世界選ロード」。

連想で、「じゃあアンディは?」
ちょっと考えて、「昨年ツール第19ステージ後、トラックの裏で、地面に座りこんで膝抱えた背中かな」
あれれ?こちらも負けたとき?

いや、マイヨ・ブランやマイヨ・ジョーヌの表彰式でにっこりした顔が魅力的なはず・・なのだが、今、思い出さないんだよね。
他は・・第15ステージの、コンタドールのマイヨ・ジョーヌの表彰式を見ている横顔。・・あれ?

「負ける」ことを受け入れることができるようになった、以前と違って。
前は、「勝利は生、敗北は死」のランスの台詞に「然り」だったけれど、変わったんだよなあ。

(ほんとに時間がかかった、この境地に達するまでに。自己愛が強烈で、「諦めきれない」タイプの典型だった。でも、「望んだものを手に入れることのできる」人間は、世の中のほんの一部だ。大部分の人間は、どれほど頑張っても、望みが叶わないことがあることを、受け入れねばならない。受け入れることを拒否し、「諦めきれない」のは、成熟していない人間のすること。人が成熟するとは、「諦めることを知る」こと。そのことがやっと判った。
己の欲望を、限りなくどこまでも追及する営みを、肯定しなくなった。ランスがツール8勝目の野望を諦めて去ったことを歓迎するのは、その心理だ)

今回のレースで、カンチェは、「誰かの後ろについて走る」ことはしなかった。
「つき位置で勝つより、前を走って負ける」男が、断然、美しい。勝負は負けてもね。

(記事は全く読んでいない。しばらく日本語の原発の記事ばかり読んでいたら、英文が皆目読めなくなってしまった。リハビリしないとダメ)


追記。
昨年来、カンチェに関して、「メディアの描く像が、実際からどんどん乖離していっている」ような気持ちの悪さ、を感じていた。
スーパーな選手であるのは事実だし、化け物呼ばわりが賛辞であることも判っているが、「なんかどこか違う」という感が否めない。

かつてのミヒャエルに通じる感覚かもしれない。ジェーニャもそうかも。宇宙人とか人間離れという賛辞を、時を経るにつれ、歓迎しなくなった。
彼等は、確かに強い。でも、いつもいつも強くて、勝てるわけじゃあない。欠点も弱点もあるし、ミスもする。いつも運が強いわけでもない。

世間はいつも、スーパースターに対して勝つことを要求する。自分も、そのひとりだったから、批判する筋はない。
せめて、今、自分は、全力を尽くしたなら、結果に囚われないようにしたいと思う。がっかりする感情を全く抱かないのは無理だけれど、引きずることはすまい。

ランスは、「勝利は生、敗北は死」だった。でも、アンディは、そんな価値観は全く持たない。
・・そうだな、もし、ドーピング陽性を出すことなくキャリアを終わってくれたら、ツールに勝てずに終わってもいいな。・・
弱さは判っている、頭を使ったレースをできないことも。でも、そういう観点をぐちぐち言いながら見る見方は、F1で終わりにできそう。
スポンサーサイト

コメント


この記事に対するコメントの投稿
















この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://leonazul.blog87.fc2.com/tb.php/907-5b538add
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。