南の国の太陽、空の色の獅子

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政府の主催する復興構想会議のメンバーになってしまった。公的な会議のメンバーになった以上、この「雪月花」の役目は終わり、という考え方もあるかもしれない。
しかしそれでは実質上、口封じみたいなことになってしまう。総理もそんなお考えではないだろうから、ここでの報告や主張は続けることにしたい。

・・・中略・・・

そういえば3・11以後、震度4以上の地震の震源分布を見ると茨城県沖が最も多い。また3・11以降、震源地が次第に南下してきているような気もする。
 想像を絶するほど大きな地震が来ても、東海村は大丈夫なのか。
 この問題はそういうふうに考えなくてはならない。

 全国あちこちの知事選ではどこも原発容認派の現職が勝利したようだが、その地域ではいったい、この震災と原発事故から何を学んだのだろう。もっと安全装置を万全にすればいい?
 電源のバックアップももっと完全にすればいい?
 ならば、それも壊すほどの巨大地震に対してはどうするのか?
 もっともっともっと強力にすればいい?

 ははぁ。つまり彼らはこれまでどおり人間の考える「万全」や「完全」が、自然に勝てると思っているのである。ならば自然よ、もう一度、いや、何度でも吠えるがいい。恐ろしいけれど、我々の意識を変えるためには、もっともっともっともっと強い地震が必要らしい。できれば自然よ、もうすっかり意識が変わり、作業員たちが必死に戦っているこの辺りでなく、もうちょっと南や西の、原発地域で吠えてくれたらありがたい。


 こんなことを書くと、復興構想会議から外されるだろうか?
 しかしこの国は、臓器移植が不自由な状態でさまざまな根本的医療方法を編み出したように、原子力が不自由な状態でこそ今世紀の世界を牽引する発電技術を編みだすはずである。
 少なくとも、福島県人の意識はすでにそんなふうに変わっている。

 今晩始まる少年からの臓器移植と、原発容認派の知事の当選は、私のなかで強力にリンクしている。どちらも時代遅れの欲望の技術化なのだ。
 世界は東北地方から、「明るい諦め」を学びつつある。
 日本だけがまだそれを学ぼうとしない。


これは、禅宗僧侶である芥川賞作家、玄侑宗久氏のブログ「雪月花」の4月13日の記述からの引用。
(強調と行空けをしたのは私)
住職を務める福聚寺は、福島第一原発の西方45kmの福島県三春町にある。

原発により近い地域からの避難者を受け入れつつ、今後自らも更なる被爆のリスクがあると認識をした原発から45kmの距離の土地で暮らしている当事者の言葉は、遠く離れた安全な場所にいる人間のそれとは、重みが違う。

玄侑氏の著作は、仏教に関する本を読み始めた頃、なかなか面白く、複数冊読んだ。が、住職を務める寺が福島第一原発の近隣であったことは、今回の事故まで気づかなかった。

尚、玄侑氏が、外されるだろうか?と記した「復興構想会議」の今日開催された初会合は、TVのニュースで報じられ、玄侑氏の姿も映っていた。
<メンバー>
【議長】五百旗頭真(防衛大学校長)
【議長代理】安藤忠雄氏(建築家)・御厨貴(東大教授)
【議員】赤坂憲雄(学習院大教授)▽内館牧子(脚本家)▽大西隆(東大大学院都市工学専攻教授)▽河田恵昭(関西大社会安全学部長)▽玄侑宗久(臨済宗福聚寺住職)▽佐藤雄平(福島県知事)▽清家篤(慶応義塾長)▽高成田享(仙台大教授)▽達増拓也(岩手県知事)▽中鉢良治(ソニー副会長)▽橋本五郎(読売新聞特別編集委員)▽村井嘉浩(宮城県知事)
【特別顧問】梅原猛(哲学者)

*最初、間違えて「東方45km」と書いた。気づいて訂正。
「東風が原発からの風」というNHKの番組での話で、「東」という単語が頭にインプットされ、思考が働かずそのまま書いてしまった模様。
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