南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  自転車
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2回非公開コメントを書かれた方宛です。

「貴方が私に伝えたかった、本当の意図」が、2回目のコメントで、此方に通じました。

1回目は、私は読み取ることができず、勘違いをして、返信を書きました。
だから、「通じていない」と、再度、コメントを書いたのですね。
「用が済まなかった」と。

「貴方がブログに書いたことを読んで、私は気分が悪くなった。
そのことを、貴方に認識してほしい」


貴方が私に伝えたかったことは、そういうことですね。

では、私の返事を書きます。(長文です)



貴方は、9月に私が書いた「再開します」をお読みになっていませんね。
読まれていれば、私に対して、今回のようなコメントを向けることはしないでしょう。

勿論、ネット上で、自分の気に入らぬものに出会ったら、「無視する」のが正しい対処法で、相手にケチつけるのは「子どものすること」です。

こう書いているブログ主に対して、今回貴方がしたようなことをすれば、ブログ主から、「この人間は、精神的に未熟な『子供』とみなされる」ことが、十分に予見できます。

9/10のエントリを読まずに、今回のコメントを書かれたのだとしたら、「災難」でしたね。
いえ、「迂闊」といえます。
なぜなら、今回の記述の中で、私は、自分が非難を受けた時期を「8月から9月」と明記しています。
参照しないのは、「ミス」です。

貴方は、ご自分の言葉に「矛盾」があることに気づいてらっしゃいませんか。

その前に、ひとつ指摘しますと、貴方の文章は、非常に回りくどく、不明瞭です。
貴方は、「自分は、カンチェラーラのファンである」という文言は、一言も書いていません。
書かなくても、通じる、通じて当たり前、と勝手に思い込んでらっしゃる。

相手に言いたいことを、そのまま書かず、丁寧な言い回しで「オブラートに包んで」いるので、極めて判りにくいです。
こういう文章を書かれると、此方は、表記されていないことを推しはかり、書き手がいわんとしている意味を「想像」しないといけません。
だから、1回目の文章の理解を間違えました。

2回目も、最初の段落は、最初に読んだとき、「何を言わんとしているのか」、全然判りませんでした。

全体を数回読み返して、「最後の文章が、言わんとしたことか」という結論に達しましたが、私の解釈が、またもや貴方の本旨とはズレていても、それは、貴方の文章の書き方が原因です。

もし、「私の読解が、また、誤っている」のであれば、次は、意味を読み間違えようのない文章を、書いて、送って下さい。

「ストレートに書いていない」貴方の文章から、「貴方の思ったこと」を推測すると、以下です。

「このブログの書き手は、カンチェラーラのファンが、自分を非難した、と書いているが、(自分はカンチェラーラファンだが、)カンチェラーラのファンがそんなことはしないだろ。サクソバンクのファンじゃないのか。カンチェラーラファンだと決めつけて、書くのは、失礼なやつだ。許しておけない」

ムッとなり、黙っていることができず、コメントを書いた。

だから、一行目に、いきなり、「それは」という指示代名詞を書いているわけです。
最初の文章で、「それ」と書いても、指しているものが判らないですから、普通は書きません。
でも、貴方の頭には、自分が頭にきた箇所しかないから、「それ」で相手に通じる、と思いこんでいる。

(付け加えれば、「はじめまして」の挨拶がないことは、「相手とよい関係を築きたいという意志がないこと」を示しています)

貴方の言動には、矛盾があります。

貴方が、気分を害したのは、なぜですか。
「カンチェラーラのファンが、アンディ・シュレクファンのブログ主を非難した、というのは、ウソだ。濡れ衣だ。自分らカンチェラーラファンは、そんなことはしない」と思ったからですよね。

濡れ衣だ、と思うというのは、「あんたがブログに書いてることは気分が悪い」と非難することが「いいことではない」という認識が、前提ですよね。

問題がないのなら、「カンチェラーラファンが、そういうことをした」と書かれたところで、気分を損ねはしませんよね。

そうでありながら、貴方は、私に対して、「貴方の書いた文章で、私は気分が悪くなった」と、書いてよこしました。

貴方は、8~9月に私にコメントを寄こした人々と、同じことをしているんですよ。



貴方は、自分と貴方(私のこと)とは、タイプが違うし、スタンスも違う、と書いておられる。
タイプやスタンスが違うため、考えることが違い、自分は、貴方の記述に、気分が悪くなったのだ、と。

タイプやスタンスが違えば、物事の解釈・評価が違うのは当たり前のことです。
そして、応援する相手が違えば、思考から、喜怒哀楽から、何もかもが違って、当たり前です。

貴方は、他人のブログを読んで、自分が思うこととは「違う」ことを書いている書き手には、いちいちそう伝えて、「自分が気分を害した」ことの理解を求めるんですか?

私は、F1のファンサイトを長くやりましたので、「ファンサイトの世界」での「他人に対する配慮」というものは認識しているという自負があります。
一定レベルの注意を払って作文し、アップするときは、これでいいか、常に確認してきました。

改めて、「別離の理由(2)」を読み直してみましたが、「他人を害する不適切なこと」を書いた、とは思いません。

このエントリの趣旨は、「Basler Zeitungの載せたカンチェラーラの発言は、リースに対して不満・批判があった、という印象を強く与える。だが、その読み取り方は正しいのだろうか?」という「記事の読み方」に対する疑問と、「今回の彼の移籍を「歓迎しない」人々が存在する、という事実があって、そのことが、彼のメディアに対する発言になにがしかの影響を及ぼしている」のではないか、という仮説の提示です。

私が非難を受けた件は、仮説の根拠のひとつとして挙げたにすぎません。

しかも、私は、
彼等が「カンチェのファンの多数派」であったという根拠はなく、調べる意欲もなかったので、ファンの全体傾向の事実は、今も不明だ。
という文章を、記載しています。

貴方は、「自分が、『名指し』で批判された」と、受け取ってらっしゃる。

私の書いた文章が、貴方を「名指し」で、おとしめた、と仰る。

私は、文脈を無視して、一部分だけを取り上げ、自分が批判された、と受け取る、貴方の「文章の読解の仕方」を、理解しかねます。



更に、貴方は、2回目のコメントで、まずいことを書かれました。

自分は歴が長い、つまり、ファン歴が長い、と書かれた。

このことを相手にわざわざ言うのは、「あんたは、ファン歴が短い、と見下す」意識があるからです。

丁寧な言葉をことさらに選び、へりくだった態度の作文をしていらっしゃいますが、相手を尊重する気持ちを持っていれば、「ファン歴の長さ」は、触れない点です。
文章はへりくだりながら、実は、「ファン歴の短い貴方が、自分とは異なる考えをブログで書くことは容認しない」と、此方に伝えてらっしゃるのです。

私は、自転車のファン歴は短いですが、F1ファン歴は15年あり、ファンサイトを持っていたため、「ファンの世界の、ファン心理の修羅場」を、経験しています。
自転車と同様、チームスポーツで、選手のファンとチームのファンが混在し、利害の一致・不一致の変遷で、昨日の友が今日は敵、強烈なエゴとエゴのぶつかり合いの文字通りの地獄(膨大なストレス)を経験したこともあります。

貴方は、自分はファン歴が長く、スイスの自転車界の事情にも通じていることを示唆する文章を書かれました。

そうと自称するのであれば、ファン歴が短く知識を持たない私に対して、豊富な知識・経験と高い見識に基づいた意見を伝えて下さって然るべきです。

たとえば、「自分は、海外のカンチェラーラのファンフォーラム等を見て、情報を集めているし、ファンの友人・知人が複数いるが、ルクスへの移籍を歓迎していないことはない。だから、あなたを非難したのは、カンチェラーラのファンとは限らないと思う」
こういった意見であれば、説得力があり、私が受け入れることができると思います。

しかし、貴方は、具体的で論理的な意見を此方に伝えることはなく、「貴方とは考えが違う私の気持ちを理解してくれ」としか仰らない。



そもそも、私は、アンディ・シュレクのファンです。
貴方とは、「応援している対象」が、違います。

繰り返しますが、応援する相手が違えば、喜怒哀楽も、物事の見方、解釈、評価も違って当たり前です。


同じチームに在籍し、利害が一致している間は、ファンの喜怒哀楽が共通しますが、今回の分裂騒動によって、利害の相違が発生しました。
今回の事態は、サクソバンクと所属選手を応援してきたファンの多くにとって、ストレスになったと思います。

しかし、これは、仕方のないこと、と「受け入れるべき」こと、だと思います。

ルクス移籍を喜んでいないカンチェラーラのファンの気持ちは、想像することができます。
しかし、だからといって、「こっちは気分が悪いんだ」という感情を、アンディ・シュレクのファンに向けることは、「一人前の大人」のすることではない、と私は思います。

私の経験を書きます。

99年、シューマッハの事故後、自称シューマッハファンの間で、大分裂が起こりました。
チームメートのアーバインにタイトルを獲ってほしい、アーバインが勝つことを喜べないシューマッハファンはおかしい、シューマッハはアーバインのサポートをすべきで、それを嫌がるファンはおかしい、と批判されました。

「それは、シューマッハファンじゃなく、フェラーリのファンとアーバインのファンの言い分だろ!こっちは、ベネトン時代からのミハエルファンだ。フェラーリのファンじゃない。シューマッハファンならアーバインを応援すべき、なんて言われる筋合いないわ。
私は、アーバインにタイトル取らせるのを見るために、4年待ったんじゃない。なんのためにフェラーリ来たんだ。なんのために97年も98年も泣いたんだ。4年待ったんだ。こんなバカな話があるか。じょーだんじゃない!」が、私の「心の叫び」。

ストレスで日常生活に支障が出ましたが、外部のファンサイト・掲示板へは一切近づかず、自分のサイトにひき篭り、かつ、「ネット上で愚痴はこぼさん。見苦しい」という主義で、ありったけの忍耐力を動員して、3カ月を乗り切りました。

「ファンをやるというのは、しんどいもの」なのです。
対象のやることが、自分の意に沿わないときもあるし、他人の言葉に怒り狂うときもあります。

「こっちが大人しく黙っていれば、好き放題書きやがって、怒鳴りこまれないのを幸いに思え、この野郎」という経験もあります。いくらでも。

言いたいのは、こういうことです。
「気に入らないことを書いているブログに出会っても、我慢しましょう。赤ん坊でないのならね」



ここまで、お読みになった皆さま、お疲れさまでした。

「ドン引き」なさった方多数でしょう。
F1サイトをご存じの方は、「RIHOさん節が久々に出た」で済むと思いますが。

尚、この件について、ご意見おありの方がいらっしゃいましたら、(メールでもコメントでも)お伝えいただければ、有り難いです。
宜しくお願いいたします。
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