南の国の太陽、空の色の獅子

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●別離の理由

会社を辞めるとか、離婚をした後、なぜその選択をしたのか、自分が思っていることを、外部に対して正直に話したら、支障がある、と判断したとき、人は、そのままは言わない。
誰かを傷つける、と他人への配慮の場合もあれば、外聞がよくない(他人が聞いて良い印象を持たない)と自分の体裁への配慮の場合もある。
自覚している理由がひとつでなく、複数挙げられ、どれが一番の理由なのか、自分で意識していることもあれば、一番を決めきれないこともある。
そして、自分ではこれ、と思っていたが、時間が経った後に振り返って考えてみると、本当の理由は別にあった、と気づくこともある。

クリスが、自分が思ったこと「まさにそのもの」をコメントしていた。
サクソバンクを離脱した選手たちは、メディアから、繰り返し、離脱の理由を聞かれる。その度に答えねばならない。
クリスの言うように、「こう喋る方が簡単」だから、喋る場合もあるだろう。確かに。

そして、メディアは、発言全部を記事にはしない。どの発言を選び、どう並べるか、「記事というものはすべて、記事を作る人間の主観が入る」。
だから、読み手の此方は、一つの文章、一つの段落、極端にいえば、一つのインタビュー記事によって判断をすることは適切ではない、のだ。


そういう考え方でもって、今回の移籍についてのカンチェの心情も、記事の中の言葉そのままをダイレクトに受け取ることは避けたいと思う。

頭が冷えてから考えると、彼の振舞は、シュレク兄弟と「かなり違う」ことに気付く。
シュレク兄弟は、リースに対する「批判」だとメディアが受け取って見出しにする言葉を、口から出さない。
ブエルタでのリースの決定には、2人して不満を言ったが、これは、特定の件に対してであって、リース自身とうまくいかなくなったとか、チームの居心地が悪くなったとか、まして、リースはこういう人間だ、といった、今回カンチェが述べたようなことは、言っていない。

では、シュレク兄弟は、カンチェと同じようなことは全く思っていない、のだろうか。

兄弟とカンチェとでは、境遇で、大きく違う点がある。
ひとつ。兄弟は、今年で契約が満了し、来季の選択権を「正当に」持っていたのに対し、カンチェは、来季まで契約期間が残っていた。
ひとつ。兄弟は、彼等を中心に作られる彼等の母国のチームへ行くのに対し、カンチェは「自分のための母国のチーム」に行くわけではない。

人は、何等かの選択を迫られて、決定した後、自分の選択を「正当化」しようとする心理傾向がある。
迷った場合は、それがより大きくなる。間違っていたかもしれない、とは思いたくない、からだ。

今回のBasler Zeitungの記事のカンチェの発言には、「自分の選択を正当化する」けらいを感じる。
指摘する人はあまりいないが、彼には、リースとの契約を解除してルクスに移籍した自分の行動を「正当化する必要」があったのではないだろうか。
(シュレク兄弟には、移籍の正当性を主張する必要は「欠片も」ない。自分自身に対しても、世界中の誰に対しても)

契約解除は可能であって、必ず非難される行為ではない。だが雇主が解除を望んでいない場合に、此方の意志を押し通して解除を認めさせるのは、倫理上、褒められる行為ではない。原則的に、契約は遵守すべきものなのだ。その意識が、彼に「微塵もない」ことはないのではないか。

Basler Zeitungのインタビュアーは、サクソバンク離脱の是非を追及してはいない。だが、ルクス移籍を歓迎しているように聞こえない箇所がある。
アンデルセンは複数回のドーピング違反で、初めて永久追放された人物ということから、彼をよく思わない人にどう言う?と、挑発的ともみえる質問をしているのだ。

こういう質問をされたカンチェの、アンデルセンの長所の説明は、アンデルセンを選んだ自分自身の「正当化」だろう。

これは、私の勘違いかもしれぬけれど、今回の彼の移籍を「歓迎しない」人々が存在する、という事実があって、そのことが、彼のメディアに対する発言になにがしかの影響を及ぼしているような気がする。

彼がシュレク兄弟と行動を共にするのでは、という憶測は、かなり以前から流布し、同時に、それを明確に「嫌がる」意見が、存在した。
デンマーク国内のリースの支持者(メディア、ファン)の多数がそれだった。自分は、デンマークの記事に日々注意を払っていたので、その「空気」を感じた。

彼個人のファンについては、全体としてはどうだったのか、の事実を把握していない。しかしスイスのメディアをみると、「スイス人のアンディ・リースのチームのBMC」を「我国のチーム」扱いし、彼の移籍先の最有力候補として、常にBMCの名を挙げていた。
「我国のヒーロー」が、「シュレク兄弟のために作られるルクセンブルクのチーム」へ行くことは、積極的に歓迎することではない、という印象を、此方に与えた。

この思いつきには、自分の個人的な経験も影響している。
8月から9月にかけて、カンチェは移籍したいと思ってなぞいない、ルクスにいくはずがない、あんたがブログに書いていることは気分が悪い、書くな、と、複数人から非難を浴びせかけられる、という経験をした。

彼等が「カンチェのファンの多数派」であったという根拠はなく、調べる意欲もなかったので、ファンの全体傾向の事実は、今も不明だ。
しかし、程度は判らぬとしても(一部分だったとしても)、拒否反応というものは存在した、のではないだろうか。


現時点での私の憶測を書くと、彼とリースとの関係は、破綻した、という表現をするほどのものではない、と思う。
一番大切なものは何?」(8/5)を書いたとき、私はまだカンチェを「ルクス一派」に含めてはいないが、今回彼がリースについて語ったことは、私がここで書いたことと同じ意味だと思う。

ルクス一派が、リースとの間で、問題があったかどうかは判らない。あったのかもしれぬし、ないかもしれない。
「OVERCOMING」を見れば、リースは、専制君主的な古いタイプのボスであることが判る。選手に対しては、「やれ」「いけ」と有無を言わさず命令するタイプで、自分自身の考えを持って、ああしたいこうしたい、と思う選手は合わない。サストレがいた時代のリースはそうだった、その後少し変わっていったみたいだけれど、という話を、長年リースのチームに在籍し、サストレと共にサーヴェロに移籍したベテランメカニックが語った記事を読んだことがある。
若く経験のないうちは、疑問を持たずに、ボスの命令に従順に従っていても、年を経てゆき、自分の考えを持っていくにつれ、合わなくなるケースはありうるだろう。


しかし、エースたちが「リースと完全に破綻して出ていくわけではない」ことは、サストレが、「シュレク兄弟がいなくなるなら、戻れないだろうか?」とリースに打診した、という出来事が示している。
(コンタドールとの交渉が進んでいたので断った、がリースの弁)

サストレはリースと諍いを起こして出て行った、とスペインメディアたちは書いてきたが、2年後の今、また一緒にやろうという意欲をサストレが持つ程度に、両者の関係は修復可能だった、ということだ。
08年のCSCには、「シュレク兄弟の台頭」という「彼が出ていきたくなる事情」があったのは事実だが、新チームのサーヴェロから、エースの地位を保証する、希望するスタッフも連れてきていい、ギャラもいい、と非常にいい条件でのオファーを貰い、新たな挑戦としてそちらを選んだ、という「今回のシュレク兄弟に似た」状況だった、とはいえないだろうか。


カンチェが、移籍の理由を問うメディアに対して、「シュレク兄弟と一緒にやりたい」という言葉を発したことは一度もない。(私の目に触れたメジャーどころでは)
まるで、「そうは言わない」と決めているかのように。

彼が口から出したのは、せいぜい、このくらいだ。

Basler Zeitungの最後のやりとり>

Was würde es Ihnen bedeuten, wenn Sie Andy Schleck 2011 zum Tour-de-France-Triumph verhelfen könnten?
2008 gewannen wir die Tour, mit (Carlos) Sastre. Ich muss mich aber immer wieder daran erinnern; wir haben etwas ganz Grosses vollbracht, ohne uns hätte Sastre sicher nicht gewonnen. Bei Andy, auch bei Fränk, wäre das was anderes, viel persönlicher. Deshalb würde es mich extrem freuen, Teil eines solchen Erfolgs zu sein. Auf den Champs-Elysées mit dem Gesamtsieger im Schlepptau einzutreffen, das gibt Hühnerhaut.

Machen Hühnerhaut-Erlebnisse die Faszination Radsport aus?
Erlebnisse mit Teamkollegen sind manchmal schöner, als ein Rennen zu gewinnen, wenn man sich auf und neben der Strasse sehr gut versteht. Das wollte ich nicht missen. (Stuart) O’Grady wird nie vergessen, was ich 2006 für ihn tat. Ich war in Topform, hatte WM-Gold im Zeitfahren gewonnen. Kam an die «Züri-Metzgete», mein Heimrennen – und halte den Kopf runter, fahre für ihn. Er sagt mir heute noch, das sei das Grösste für ihn gewesen, das habe nie jemand für ihn getan. Solche Worte kann man nicht kaufen, das bleibt hängen.


swiss olympic 11/22の最後の一段>(太字をつけたのは私)

Grundsätzlich gibt es Wichtigeres im Leben als der Sport. Radfahren ist nicht alles: Der Sport ist mein Beruf und damit nur ein kleiner Teil in meinem Leben. Wenn der Tag X kommt, an dem ich aufhöre, ist alles fertig. Dann will ich sagen können: Ich habe alles gemacht, was ich machen konnte. Was jedoch für immer bleibt, ist die Familie. Wenn ich mit ihr etwas erlebe, prägt mich das viel mehr, als wenn ich ein wichtiges Rennen gewinne. Die Familie ist es denn auch, was für mich zählt im Leben. Und der enge Freundeskreis. In dieser Hinsicht hat mich der Erfolg vielleicht verändert: Materielles befriedigt mich nicht. Gegenstände sind auf Dauer nicht wichtig. Ich habe ein schönes Zuhause, das ist mir viel wichtiger. Und wer weiss: Vielleicht werden wir die Familie ja bald ausbauen.

(日本語の翻訳文は作らない。ドイツ語の読解力がないというだけでなく、英語であっても、日本語を作る過程で、必ず自分の主観が入ってしまうから。「ここを選ぶことで自分の解釈を示す」ことに止める)
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コメント


非公開希望のコメントを書かれた方への返信を書きます。

(実は、「システム上」、非公開コメントの扱いになっておらず、自分のレスをアップするとき、ボタンを押したら、公開になってしまったので、泡を食って、コメントを削除しました。
控えを自分の手元に残して。そのため、ブログ上ではコメントが消えています。申し訳ありませんでした)

コメントをお書き下さってありがとうございます。

ご指摘の通り、私を攻撃した人々は、カンチェラーラファンではなくサクソバンクファンであった可能性もあると思います。

ああいうふうに書けば、「彼のファン」のどなたかが、自分はこう思っている、もしくは、カンチェ(orスイス)のファンの傾向はこういう感じだと思う、と何かしら教えて下さるんじゃないか、と思いました。
本文に書いた通り、本当に「彼のファンの傾向は判らなかった」ものですから。

アンディを贔屓にしている私自身も、今年の初めから先月までのサクソバンクを巡る件に気をもみ続け、「兄弟の選択を最初から肯定・歓迎していたのではない」ことが伝わっていれば幸いです。

お互いに、これでよかったと思える将来が来ることを願っています。

こんなことしか書けなくて、申し訳ないです。当方は、「この先どうなろうとご本人のせいだし、なるようにしかならん。どうにかなるさー」と、相手のキャラに倣ったスタンスでいこうと思っているものですから・・

*ああ、そう・・、「この文章の書き手は、カンチェのファンなんだろう」という判断は、文章の表現、雰囲気、言葉遣い、といったもの、でしました。自称に関係なく。
文章全体から漂ってくる匂い、といいますか。
「何よりカンチェに失礼じゃないかなと。」という「言い回し」とかね。
2010/12/13 23:44URL  RIHO #EwfaK8Ww[ 編集]


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