南の国の太陽、空の色の獅子

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■円山応挙ー空間の創造(三井記念美術館)

展示室4(屏風・襖絵のセクション)の入口から、中に足を踏み入れた瞬間、目眩(のようなもの)がした。
部屋の三方に屏風・襖絵がずらりと並んだ光景が、目に飛び込んできたから。
焦るな、絵は逃げない、と一度立ち止まり、深呼吸をし、逸る自分を抑えてから、改めて歩を進めた。


美術の展覧会に出掛けたときの私のスタンスは、いたって単純だ。
「感覚」を、最大限稼働させる。

感じるものがないときは、はい、おしまい。次。
名高い作品だろうが、関係ない。

そのため、基本的に、会場で「解説」は不要だ。
昨今の展覧会は、どこも音声ガイドを提供しているが、自分は使ってみようと思ったことは一度もない。

本物の作品に面する会場では、大事なのは、作品から直に自分が得る感覚だ。
「感じる」ためには、「言語による情報」は、邪魔になる。

自分は生来、理屈っぽくて、感覚が鈍い、典型的左脳型の人間である。つまり、芸術鑑賞能力が低い。
うっかり言語情報(知識)を取り込むと、左脳が活動してしまい、元々貧弱な右脳の活動が一段と低下する。
だから、作品を目の前にしたときは、意識して、左脳を使わないようにする。

5点の襖絵・屏風が並んだ部屋に一目で幻惑されたら、それで充分。

その後、じっくり見ていくと、「筆致が、いまいちか。いや、襖絵・屏風は、構図が命で、構図がよければ、筆致がどうでも七難隠すか。・・でも、水墨画の筆致をいうと、××の方が、言葉にしがたい絶妙なものがある。線一本、ひとはけそのものが絶大な魅力を持つ作品があるから、それに比べると・・障壁画の構図をいうと、先達として○○があるのでは?△△もあるな、時代順がそうだ。とすると、芸術史上の評価では、さしたるものではない?いや、そんなことないか?」と、左脳がもぞもぞ動き始める。

「評価がどうだろうと、私は好き」としっかり確認をした後、次の作業として、知識を仕入れる。
会場に備え付けの図録の記述は、簡単なものだったので、いざ図書館。

応挙は私の趣味では、と気づいたのは、東博で何かを見たときだろうと思う。多分、応挙館の襖絵。
だが、大雅や一蝶ほどインパクトが強くなかった。その後、「美の巨人たち」で大乗寺障壁画を見て、非常に興味をそそられたが、行きたいというまでの気は起こらなかった。(現在は、保存のためレプリカに替えてしまい、本物を見られない、という情報のせいもある)

それでも、応挙は「展示があれば、見に行きたい」作家の1人で、屏風・襖絵を多数出す今回の展覧会を楽しみにしていた。
大当たり、である。今年の収穫は、春の小野竹喬展(近美)とこれ。

会期後半、展示室4の襖絵・屏風は、すべて入れ替える。展示替があるからと2回行くことは滅多にないが、今回は行く。

展覧会公式サイト
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