南の国の太陽、空の色の獅子

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・平常展

第7室
「武蔵野図屏風」(作者不詳)

武蔵野は 月の入るべき山もなし
草より出でて 草にこそ入れ


解説に記してあった歌が、しみじみと沁み入ってきた。

京都では、月は山から出て、山に入る。
東山から上り、西山に沈む。

大阪から、阪急や京阪電車に乗って夕刻に帰宅するとき、車窓から眺めていた、西山の稜線が、ふいに蘇る。
窓の外を見ている自分の姿や、車両や、座席や、窓と共に、鮮やかに。

いま私が暮らす家から見える月と太陽は、建物から出て、建物に入る。
見渡す限り、地の果てまで建物が連なり、山のない東京。
この地に生まれた者にとっては、これが、原風景として焼き付けられたもの。

・表慶館

アジアギャラリーになってから入っていなかったので、立ち寄る。
玄関を入ると、ドームの下に立って、上を見上げる。
やはり、好きだ。
大きさがちょうどいい。大きすぎず、心地よさを覚える空間だ。
首が疲れてくるから、やってもいいなら、大理石の床に寝転がって見上げていたいくらい。

展示スペースは1階のみ。2階を使っておらず、展示品はごく僅か。だが悪くない。
大量に陳列している東洋館では、「有難味」が薄くなり、飽きてきたものだ。とりあえずクリアするために、「どんどん歩いて、片づける」という調子だった。

建物の内装・照明器具に似合った展示ケースを並べていて、雰囲気がよい。
東博の最近の特別展の展示は、懲りすぎ、特に照明が懲りすぎていて、「こういうディスプレイをすれば、価値のないものでも、価値ありげに見える。売らんかなの商品ではあるまいし、こういう手法でアピールする必要があるか?」と非好意的な目で見ているが、ここは、わざとらしさが薄く、さりげないセンスで、よい。

中国の「紀元前13世紀」の品に、「5月に根津美術館で、このくらいの時代のものに感心したが、ここに来ればあったんだなあ」となった次に、エジプトの部屋に進むと、「紀元前5千年」。
ああそうだ、紀元前13世紀で感心してはいけない。このくらいが普通にあるんだっけ。これの前では、今から千年前とかいった数値は、さしたる意味もない、ちょっと前、みたいなものだ。

此方の「時間の感覚」を変えさせる、表慶館であった。
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