南の国の太陽、空の色の獅子

Category : 
tag : 
■「服従の心理」(スタンレー・ミルグラム/河出書房新社/2008)

俗称アイヒマン実験といわれる心理学実験の詳細を記述した本。

面白い。
自分の場合、実験結果の概略は既に知っていて、詳細を読み進んでいったわけだが、全く退屈しない。

もっと早くに読めばよかった、「イェルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告」(ハンナ・アーレント)を読んだときに、いもづるで出てこなかったのかな?と最初思ったが、読み終わると、こう思った。

この本の感想は、「読み手の成熟度」を表す。20年前に読んでいたら、感想は、間違いなく今と違う。10年前でも、そうだろう。

今の自分は、「うん、人間はこういうもの。もし私が実験に参加していたら、最後まで電気ショックを送り続けた部類に入る」と、あっさりと言える。
20年前に、そう考えることができたか。無理だろう。

私は、心理学というものにあまり興味を持たず、書物はほとんど読んでいない。若い頃にフロイト等は読んだが、取り入れた知識は最小限だ。社会に出てからは、現実の人間関係の中から学ぶことが優先で、文字で書かれたものに注意を向けなかった。

今、自分が社会心理学の本を読んで感じる面白味は、自分が「経験で」既に知っていることが、理論的・体系的に述べられているので、「ああ、そうなのよね」となる共感・確認、だと思う。

自分だったら、電気ショックを送り続けた、と述べた理由は、こうだ。
自分は、「自分から」、この心理学実験に応募して、「自主的に」参加をした。強制的に連れて来られて、やらされたのではなく、エール大学が行う「科学的研究」に、自分から進んで、参加をした。そういうシチュエイションである。

人間には、一度自分のした決定(選択)を「正当化する」傾向がある。「実験を止めて、放り出す」という行為は、「実験に参加した自分の決定」を否定することになるので、困難なのだ。
これは、権威に対する「服従」とは、種類の違う心理である。チャルディーニが「影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか」で、「コミットメントと一貫性」として、「権威」とは別の章立てをして、述べている心理傾向である。

ミルグラムの心理実験は、人間のもっている心理傾向の中の複数を組み合わせた戦略でもって、被験者に実験の継続を承認させようとしているもの、という解釈ができる。

自分は、「一貫性を保とうという傾向」が強く、エール大学という最高学府の「権威」に弱い(権威には様々なものがあり、どういう種類の権威に弱いかは個人差がある)と思われるので、実験を途中で止めることには著しい困難を感じただろう。

おそらく、実験中のストレスは大きい。そして、終了後に真実を聞かされたとき、「電気ショックを送った行動は自分の責任で、指示に従っただけだという責任転嫁はせず」、「騙された(芝居であった)ことを見抜けなかった自分の無能力」に自己嫌悪を感じただろう。・・以上が、自分の予想。

これは、実験結果を受けての著者ミルグラムの主張とは、ポイントがずれているが、訳者が、あとがきで述べているミルグラム批判に通じる「読み方」である。

私も、ミルグラムの主張には同意せず、訳者の述べる「計測されているのは、権威vs個人の道徳ではなく、ふたつの別の権威」に同意するし、「権威への服従」そのものは、否定に値しない、これが存在しない社会は崩壊に向かう、と思いながら、本文を読んでいた。

訳者の主張の中には、同意しない箇所もあるが、最終ページの、「本書は、その読者の信念に応じて、見せる顔を変える。読者諸兄も本書を読むことで、何かしら思うところがあるだろう。だがそれは当然のことながら、自分が抱く信念の反映でもある」は、然り、である。

スポンサーサイト

コメント

承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2011/03/07 20:56  #[ 編集]


この記事に対するコメントの投稿
















この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://leonazul.blog87.fc2.com/tb.php/620-c444eb9b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)