南の国の太陽、空の色の獅子

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・フランクの結婚式の写真、更に追加

http://www.tageblatt.lu/index.php/photos/44046.html
・参列者の一部のリスト
Cancellara, Didier, O'Grady, Klemme, Nikki Sörensen, Fuglsang, Bobby Julich, Kim Andersen, Kirchen
(開催中のEneco Tourに出場中の人は、出席したくてもお仕事)
・フグルサングは、美人を同伴。
・黒・グレー系スーツがほとんどの中、「白」の上下のカンチェが目立ちそう・・ゲルマン・ケルト系の集団の中に1人イタリアン、みたいな雰囲気。


■チェーンゲート再考

第15ステージでの、コンタドールがアンディを置いていった件の自分の解釈は、TdF期間中に書いた通り。

改めて考えてみても、どこからみても、「F1GP2002年オーストリアのチームオーダー事件と同じ」である。
「現役最強の評価を得ている、3連覇を目指すチャンピオン殿」の行為は、ルール違反でもなんでもない。
ただ、「観客に歓迎はされない」行為だった。

「待つべき」と否定はしないが、「仕方ない」「やむをえない」といった言葉を用いた「消極的な容認」が、観客たちの感想の中に多くみられるところからすると、「観客たちの過半数は、『待った方が望ましかった』と感じた」という解釈をしていいのではないか、と思う。

「観客に歓迎されない行為」であっても、当事者が、「チャンピオンになるために、やる」という意志をもって行うならば、まかり通る。プロスポーツの世界では、「それもあり」と許容されている。
結果、本人は、連覇達成という「実利」をとり、十分すぎるほど満足している。名誉や、観客からの愛情を、多少失ったとしても、勝利と天秤にかけたら、本人にとっては、取るに足らない。

「美しい敗者となるより、醜くても勝者たる」ことを選択するのなら、世間の一部から批判を浴びることは甘んじて受け入れるもので、理解を求めるな、というのが、「醜い勝者」であった時代のミヒャエル・シューマッハーのファンをやった自分の考え方である。

もうひとつ。
私は、第15ステージでついた差の39秒が、最終のタイム差と一致することに、意味を全く見出していない。

なぜなら、コンタドールは、最終のTTで、「なるべく多くのタイム差をつけることを目標に」走ってはいない、と思うからだ。
レースは、タイムではなく、「順位」を競う。差がたとえ1秒でも、アンディの前にいさえすれば、マイヨ・ジョーヌは守れる。出走順がライバルの後だから、相手のタイムを考慮しながら走り、最後に此方が優っていればいいのだ。

結果が39秒で、世間の人が拘るのをみると、「中間計測時のすれすれでなく、終盤頑張って39秒まで広げたのなら、どうせなら、もう1秒広げていれば、世間からつまらぬことを言われずにすんだのに、運が悪かったわね」
その程度の話。

■認識と行動の乖離

自分は、第15ステージでコンタドールは待つべきだった、と主張しないが、謝罪ビデオの中で彼が述べ、雑誌等の記事でも追随者がみられる、ある主張に対して、「事実誤認」を指摘しておきたい。

コンタドールは、「自分は、スパ(第2ステージ)で、シュレク兄弟を待った」と言った。だが私の解釈では、第2ステージでの彼の行動は、「第15ステージの彼の行動の釈明の材料として」使うには、不適切だ。

第2ステージの状況を、思い出してみよう。
コンタドール、シュレク兄弟、ランスの総合上位候補たちは、全員、落車した。集団は、落車を免れた第1グループ、コンタドールとランスを含む第2グループ、更にそこから遅れたグループ・シュレク、に分かれた。

第1グループには、マイヨ・ジョーヌを着るカンチェラーラがいた。彼は、遅れてしまったエースを待つしかない。
同時に、「エースを後方に残してしまったチーム」は、サクソバンクだけではなかった。

「状況が他チームとは異なっていた」唯一のチームが、サーヴェロだった。サーヴェロは、フスホフトが落車を免れていたため、後ろを待たず、逃げ集団をつかまえて、勝利を得たかった。
中継画面を見ると、最初のうち、サーヴェロが第1グループを牽いている。だが、他チームは、誰も牽かない(協力しない)。
「多勢に無勢」である。やむをえず、サーヴェロは勝利のチャンスを諦めた。後方を待つという合意が、第1グループで成立し、カンチェや総合2位のマルティン、グティエレスたちが前列に並んでコントロールを始めた。

第2グループは、どうしたか。
エースを第1グループに戻すべく、複数チーム(レディオシャック、スカイ、リクイガス)のアシストたちが先頭交代して前を追った。

コンタドールは、第2ステージ終了後に、こう述べた。
自分は、アンディが、自分より後ろにいると知って、彼を待たねばならないと思った。彼は自分と一緒にいなければいけない。だから、チームメートに、待つよう頼んだ。でも、自分のいる集団の他の選手は、前に追いつきたがった。

彼は、心の中で、アンディを待つべきだと思った。チームメートにも頼んだ。だが、実際の行動としては、待たなかった。
彼のいた第2グループはペースを落とさなかったし、彼がグループから離れてアンディの所に下がることもなかった。

第2グループが合流して大集団になった第1グループは、引き続き、まだ後ろにいるシュレク兄弟を待った。
この時間帯を指して、コンタドールが、自分はアンディを待った、と主張するのだとしたら、それは「都合がよすぎる」主張だと思う。
なぜなら、あの場面では、大集団全体が、シュレク兄弟を救済することに合意して、ペースを作っていた、とみなすものと思うからだ。

シュレク兄弟を待ったのは、「プロトン全体の合意」であって、コンタドール個人の意志によるものではない。
その証拠に、彼は第2グループにいるとき、彼個人の意志としては待ちたかったが、集団の多数の意志が異なったため、実行できなかった。集団の多数派の意志に流されるしかなかった。

コンタドールは、第15ステージで、「アンディを待った方が美しかった」認識を持っていた。「マイヨ・ジョーヌのメカトラに乗じて、ジャージを奪い取る」ことは、観客からの批判に値することも、知っていた。
他チームの選手や元選手、解説者たちの中には、「待たなくてよい」という主張が数多くみられた。だが、コンタドール自身は、彼等と同様の確信はなかった、と思う。

彼は、第2ステージでも、第15ステージでも、アンディを待つべきだと思った。だが、どちらも、「実際には、待たなかった」
これが、私の解釈である。

(紳士協定の話、続く)
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