南の国の太陽、空の色の獅子

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フィギュアスケート本その2。

フィギュアスケート王国ロシア (ユーラシア・ブックレット)」(村田隆和/東洋書店/2006)

トリノ五輪直前に出版された、トリノ五輪のフィギュアスケート観戦の手引きになるような本。
メインは、ソルトレイク五輪事件の解説と、トリノ五輪に臨むロシアのエース4組(プルシェンコ、スルツカヤ、トットミアニーナ・マリニン、ナフカ・コストマロフ)の紹介。

著者は毎日新聞の記者で、こういっては失礼だが、「新聞社に、これほどまともなフィギュアスケートの記事を書ける人がいたとは知らなかった」。

昨今のフィギュアスケートブームに便乗した、女性向けのライトなタレント本的な出版物とは一線を画した、社会背景を把握した上での記事である。

ソルトレイク五輪事件は、「冷戦思考に引きずられた」ものであり、01年9月の「同時多発テロで高まったアメリカの愛国心」を背景に、「北米メディアによる扇動的なキャンペーン」が引きおこした、という解説を記している。
「異常」だったのは、ジャッジの不正ではなく(不正を告白したとされたジャッジは、後日主張を翻し、真相は闇の中である)、「北米メディアのパワー」、というこの解釈は、田村氏も採用しているものである。

ソルトレイク五輪事件を、著者や田村氏と同じ解釈で受け取っていると、ソルトレイク以来の北米開催の今年のバンクーバー五輪でプルシェンコが発した採点に対する批判を理解することが可能だ。
彼の発言の背景には、8年前の事件がある。
8年前の事件がなければ、話は全く違う。ソルトレイク事件のとき、彼は、北米メディアに袋叩きにされたロシアチームの一員として現場にいた。

フィギュアスケートに最近興味を持ち、ソルトレイク五輪事件の知識を持たないファンは、一読する価値のある本ではないか、と思う。(ごく薄いブックレットで、文章量は多くない)

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翻って、自分は、冒頭の「はじめに」の中にあった文章に、「そうよ、そうなのよ~、私は、ずっと気づかなくて、ごく最近、『そ、そうだったのか』と目から鱗だったのよ~」

何が書いてあるかというと、「スポーツとしての発祥も古いフィギュアスケートの歴史に、旧ソ連・ロシアが名をとどろかせ始めたのは、1960年代に入ってからと意外に新しい。

そう。フィギュアスケート界に長く君臨してきたかのようにみえる旧ソ連(ロシア)は、実は、そうでもなかった。「後からやってきた」新参者だった、のである。
バンクーバー五輪前、ペアの五輪金メダルが12連覇で止まりそう、という話題が出て、ちょっと興味を持ち、過去の記録を確認してみた。
本棚にある「フィギュアスケートへの招待」(初版)の巻末には、94年リレハンメルまでの五輪と世界選手権のメダリストの一覧表がある。

見て、「ありゃ?」。
記録は、夏季五輪大会の一部として行われた1908年から始まる。1924年が第1回冬季大会で、ペアの優勝者の国籍をみると、オーストリアで、その後に続くのは、フランス、ドイツ、ベルギー、カナダ・・
1964年インスブックまできて、ようやく、初めてソ連が登場する。ここからずっと勝ち続けるわけだが、歴史の中の最初の60年間に、ソ連(ロシア)は存在しなかった。

アイスダンスをみると、世界選手権は1952年からで、トップはずっと「イギリス」組である。少しチェコが入るが、ほとんどをイギリスが占めていて、ソ連が入ってくるのは、1969年から。
五輪種目に正式採用されたのが1976年。この大会で、ソ連は金を取り、その後、イギリス組が意地をみせて取り返したときもあったが(T&D)、上位を占め続けてきた。

シングル種目では長年王座に君臨できなかったことは、実感としてよく知っている。
男子Sは、トリノまで5大会連続五輪金を取ってきたが、この連続記録の最初の1992年アルベールビルのペトレンコが、初の旧ソ連出身の五輪金メダリストだった。それまで、長い歴史の中でただの1人も取れなかった。
女子Sにいたっては、ソ連・ロシア国籍の金メダリストは今だに誰もいない。(94年リレハンメルのバイウルが、「広義の旧ソ連」とはいえそうだが)

本書第1章「フィギュア王国への歩み」での記述。
フィギュアスケート冬季五輪では、初期の大会では欧州勢が圧倒的な強さを誇り、第二次大戦後、アメリカ・カナダの北米勢が伸長してきた。
ソ連が冬季五輪に初めて参加したのは、1956年。

「五輪参加を決めた背景には、戦後の国家再建と米ソ冷戦の深刻化という国内外の問題を抱えていた事情がある。国際社会に対し、ソ連自身の優位性を示す必要に迫られていた。つまり、国威発揚の場の手段として、スポーツ振興政策が取られ始めたわけである。

1960年代初頭には全国各地の選手発掘・育成制度が確立したほか、外国の指導法などを分析したトレーニング・指導理論の研究も進み、国家のスポーツ政策の態勢が整った。フィギュアスケートでメダルを初めて獲得したのは、そのさなかの1964年インスブルック五輪に出場したベロウソワ、プロトポポフ組だった。第1次、第2次の両世界大戦中を除き、毎年行われてきた世界選手権を見ても、1960年代半ば以降、急激にソ連の選手がメダルを量産し始めている」


目新しい話ではない。はい、そうですね、とスルーしそうな話だ。だが、バンクーバー五輪で、ロシアフィギュアスケートチームが金メダルをすべて失った今、こうは言えないか。

「フィギュアスケート王国ロシア」を生んだのが「60年代の米ソ冷戦」であるのなら、ソ連が崩壊して冷戦が終わった今、王国の覇権もまた滅びたとしても、それが自然ではないか。

100年の歴史を持つ競技では、覇権は、移動し続ける。ひとつところにとどまることはない。一国の覇権は、栄え、やがて滅びる。
フィギュアスケートの覇権は、今、アジアに移ってきた。
それでいいのだ。

私は、冷戦時代に生まれ育ち、ソ連の覇権の時代のフィギュアスケートを見てきた世代だから、今のロシアの凋落に寂しさを禁じえない。できるなら、踏みとどまってほしいと思う。
しかし、時代は流れる。それが宿命だ。

「プルシェンコは、ソ連最後の遺産」という科白を、ロシア人の誰かが言った、とどこかで読んだ。
確かにそうだ。

「ソ連最後の遺産」に魅せられて、王国の終焉を見届けることになったのも、悪くはない。

といっても、「今季最大の収穫は、イリニフ・カツァラポフ組。ジュニアのシーズンに生を見て、目をつけることができたなんて、なんて幸せ。先が楽しみ」と笑っているところからすると、「終わった」と神妙に諦めてはいないようだが。
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コメント

ありがとうございました
はじめまして。「フィギュアスケート王国ロシア」を編集したユーラシア研究所のものです。本書を的確に論評してくださり、ありがとうございました。

来る5月15日に、この本の著者、村田隆和氏をお迎えして、フィギュアのセミナーを行ないます。本書の書かれた時期以降の世界のフィギュアスケート界について、色々とお話を聞けるかと思います。ご関心のある方は、お越し下さい。
http://www.t3.rim.or.jp/~yuken/
(管理人様、コメントとして、このようなお知らせが不適切でしたら、削除をお願いいたします)
2010/05/06 20:01URL  ユーラシア研 #a3kXzz/E[ 編集]

失礼しました
こんにちは。
数日間ブログをチェックせず、コメントに気づくのが遅くなりまして、失礼しました。

ご案内のセミナーですが、興味深い催しと思います。
生憎と私はこの日所用がありまして、参加することができないのですが、紹介のエントリを別途立てておきます。
関心をもたれる方の目に触れることを願っております。
2010/05/10 12:25URL  RIHO #-[ 編集]


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