南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  スポンサー広告
tag : 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category :  フィギュアスケート
tag : 
フィギュアスケート本その1。
バンクーバー五輪は「振り返って楽しい気分にならない」事柄だから、読む意欲が低かったが、マゾ(の一種)を発揮して、読んでみる。(傷跡を弄るようなもの)

パーフェクトプログラム―日本フィギュアスケート史上最大の挑戦」(田村明子/新潮社/2010)

男子Sについては、NumberやWFSの記事の転載部分が多く、目新しさはなかった。
田村氏の見識には一目置いている。北米メディアのロビー活動や冷戦構造の観点を冷静に記述する文章を書いたのは田村氏だけだと思う。

しかし、ジェーニャのFSについての記述に、ひっかかった。

「大きなミスなく終わったときは、プルシェンコが五輪タイトルを守った、と私は思った」

会場のプレス席で見ていた田村氏と、TV観戦の自分とでは、見えているものが違うので、一概にはいえない。
だが、ジェーニャのあの演技を見て、勝った、という判断は、今の採点法を十分理解していない見方、ではないだろうか。

また、北米メディアのロビー活動と国家対立感情の影響を五輪前から察していたのであれば、プルシェンコの敗北は予測できた、ともいえないか?

私は、SPが終わったとき、「勝てない」と、ほぼ絶望した。

田村氏は、競技終了の数日後にジェーニャに単独インタビューし、「SPの点数を見たときに、ぼくはフリーでどんなに完璧な演技をしても、おそらく勝たせてもらえないだろうという予感がありました」という言葉を引き出して、記事にした。

彼の発言が、後付けでない真実かどうかは判らぬが、「私自身は」、この言葉そっくりそのまま、だった。

ジャッジが、3-3の2人に、90点台のハイスコアを出したことに、打ちのめされた。
4-3を決め、ノーミスなのに、3-3のライサチェックに対してたったの0.55しか差がない。
PCSは、3-3の2人の方が高い。
ジャッジは、FSで、この2人がノーミスなら、彼等を勝たせる。2人のうちのどちらかは成功するだろう。相手が1人ならともかく、2人。
ダメだ。ジェーニャは勝てない。

SP後、沈鬱な気分に陥ったのは、この時点で、「敗北感」に叩きのめされていたからだった。FSの結果は予想通りで、一番落ち込んだ時期はすでに過ぎているから、立ち直りが早かったのだった。

FSの得点は、「ジャッジの立場になって」カウントしていた。
確かにジャンプの転倒・すっぽぬけはなかった。だが、GOEでプラスを望めないジャンプが多い。
SPから推測すれば、PCSで、ライサチェックより上の点をジャッジがつけることは考え辛い。ユーロではSPより上がったから、SPほど負けないかもしれぬが、SPで作ったリードはたったの0.55しかないのだ。
100%負けた、とはいわない。だが、もしも勝てたら、僥倖だ。

ジェーニャの演技終了直後の表情も、自分にそう思わせた要素のひとつである。
FS後の記者会見で彼は、「滑り終わったとき、自分が勝ったと思ったか」の質問に「勝ったと思った」と返答したが、自分がTVで見ていたとき、彼の顔から、その自信を読み取ることはできなかった。

競技終了後に出たプロトコルからは、「ライサチェクを勝たせようというジャッジたちの統一された意思」は、確認できない。
ジェーニャのPCSは、自分が思ったほど低くされなかったし、GOEも、抑えられたほどではない。ライサチェックも、GOEでしっかりマイナスをつけられていて、2人を比べたとき、明らかな不公平さは認められない。
現在の採点法に従えば、不適切なジャッジとはいえない、と思う。

ジャッジの中には、ジェーニャにライサチェクより高い点をつけた人もいた可能性がある。公表されるプロトコルは、選手ごとにジャッジの順番を入れ替えて、特定のジャッジが誰を上に誰を下につけたか判別できないようにしてあるので、確認ができないが、その可能性はあると思う。

とすれば、「ジェーニャがFSで完璧な演技をしても、ジャッジは彼を勝たせなかっただろう」という解釈が妥当かどうかは、保留が必要だ。
解釈を述べるとすれば、「SPで出された得点」から、「ノーミスでも勝てないかもしれない」というプレッシャーを受けた彼は、あれ以上、技の難易度を上げることができなかった。
決して転倒もすっぽぬけもせぬよう、確実に慎重にエレメンツをこなす必要があった。そのために、あれが、彼のできる演技の精一杯で、公平な採点をしても、ライサチェクを上回ることができなかったのだ。
さすれば、「彼の敗因は、SPの採点にある」という解釈は成り立つと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

田村氏は豊富な情報・知識を持ち、見識も高いと思うが、本書における採点法の問題についての意見は、物足りない。
バンクーバー五輪で、ISUが、「4回転は苦労して練習する価値はない」というメッセージをはっきり発したことに疑いの余地はなかろう。
そのことに賛成でないのであれば、明確に記述するべきだと思う。

天野氏や城田氏に話を聞く機会がある立場であれば、我々一般観客よりも、深い見識の意見を書けるはずだ。
現行の採点システムがどうしてこうなったのか、これからどこへ向かうのか。

フィギュアスケートの将来の姿は、採点法が決める。素晴らしい選手が1人2人いたところで、採点法が作る流れを変えることはできない。
どれほど素晴らしい選手が目の前にいようとも、それでフィギュアスケートが廃れることはない、という科白は、センチメンタリズムにしか見えない。
はっきり言おう。甘ったるい「幻想」に過ぎない。

時代の大きな流れを個人が止めることはできない。押し流される。どこの世界でもそうだ。

(五輪で日本人選手たちが成功を収めた直後に執筆した本書に要求するのは無理がある、とは承知しつつ)
スポンサーサイト

コメント


この記事に対するコメントの投稿
















この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://leonazul.blog87.fc2.com/tb.php/492-3e7b690c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。