南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  フィギュアスケート
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男子Sの結果に関して、一つの観点のみで語るのは、適切でない。「複数の」観点で語る問題である、と自分は思っている。

今日は、田村明子氏が下の記事で記述している「冷戦」の観点について書く。
プルシェンコの連覇を妨害した!?米国人ジャッジ、疑惑のEメール。~五輪でのロビー活動の真実~

日本人は、歴史的に、特定の他国に対して深い憎悪を抱く経験を持たない、非常に幸福な国民だ。
物理的に隔絶された島国で、鎖国を長く続け、他国と長年戦争を繰り返した経験がない。戦争をやった期間はごくごく短い。
これに、過ぎたことは水に流すのをよしとする精神特性が加わり、結果、どこかの国を憎悪する、という感情を、実感として判らない人が多数を占める。
かくいう自分も、判らない。しかし、ヨーロッパの歴史に関心を持ち、様々なものを読んでいくと、その「負の感情」の存在に気づく。

北米とロシアの間の感情も、自分は実感としては判らない。だが、冷戦時代に生まれた世代であるため、東西対立がイコール世界の構造で、永遠に続くものと思っていた。
核戦争が起こって、いつ世界が滅んでも不思議ない、といわれた、緊張した東西関係の時代だった。ソ連が崩壊したとき、「こんなことが起こるとは夢にも思わなかった」という衝撃を受けた。

ソ連邦が消滅して20年が経つので、冷戦時代を知らない世代はかなり増えた。だが、少し上の年代なら、すぐに思い出すことができるだろう。

五輪で、ソ連と東ドイツがメダルを量産していたことも、思い出すだろう。されば、ロシアを負かすことは、長年、負けて悔しい思いをしてきた北米人にとって、達成すれば「胸がすく」目標だ、という理解は、誤りではないと思う。

田村氏の述べる、「北米メディアが煽って、打倒プルシェンコの空気を作り上げた」という認識が、客観的に妥当であるのかどうかは判らない。
しかし、「8年前のソルトレイクでの北米メディアの大キャンペーン」と「ISUがそれに屈したという事実」を知っているならば、今回もさもありなん、という見方はあって当然だろう。

田村氏は書いていない、自分の頭にあった観点を書く。
ジェーニャの復帰は、男子Sで金メダルの皮算用のできた北米にとって「歓迎せざる」ものではなかっただろうか。

彼が復帰しなければ、ライサチェック(アメリカ)、チャン(カナダ)ともにメダルを取る公算は十分ある、と考えてよかった。絶対王者が不在で混戦の状況で、チャンスは大きかった。
そこへ、突然、トリノで金を取って一旦ひっこんだはずのロシア人が、もうひとつ金を欲しい、としゃしゃり出てきたのだ。北米からすれば、プルシェンコは、「戻ってこなくてよかった」迷惑な乱入者、というのが本音ではなかったか。

結果を見れば判る通り、プルシェンコとランビエールの復帰組2人がいなければ、チャンが銅メダルだった。4回転を跳ぶ欧州の2人は、北米にとって、五輪直前に突然出てきて、北米が取れるはずだったメダルをかっさらっていこうとする憎き簒奪者、だったのではないか。

明言しておくが、私は、これらのことを、非難しているのではない。
フィギュアスケート界は、昔から、国際政治の対立を写した鏡だった。旧採点法時代、冷戦構造が持ち込まれていることをはっきり認識していた。
国家体制としての冷戦時代が終わっても、人間の感情は、すぐには変わらない。スポーツ界での冷戦はあとを引く。

「今回の五輪の舞台が北米でなければ、プルシェンコはおそらく五輪2連覇を果たしていただろうと、私は思う。」

田村氏のこの意見を、否定はしない。
しかし、私は、こうコメントするだろう。

「今年の五輪の舞台が北米であることは、とっくに決まっていたことよ。プルシェンコは、『敵地に乗り込む』ことを、十分考慮して、戦いに臨まなければいけなかったのよ。勝ちたかったならね。
だから、このたらればは、あまり上手い話にはきこえない」
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