南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  F1
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■蘇った亡霊

ミヒャエルの復帰説は、ドイツメディアの報道に止まっているうち保留にしていたが、モンテゼモロの発言(12/18付フェラーリ公式サイト)によって、蓋然性が急速に高まった。

まず、一言。
「メルセデスとミヒャエル」の増補改訂が必要になる日が来ようとは、予想だにしなかった。

ここに書いた通り、「ミヒャエルはいつかメルセデスに乗る」夢を、私は2000年の終わりに諦めた。
叶わなかった夢として終わらせた。

それが、今になって蘇ろうとしているとは。

7月の復帰騒動のとき、私は復帰を望まなかった。拒否反応を引き起こした最大の要因は、「モンテゼモロに熱心にくどかれて」という「きっかけ」だった。
かねがね公言してきたように、私は、モンテゼモロに信を置かない。なぜなら、彼は、ミヒャエルを真実愛してはいないからだ。彼の愛の対象で最も大切なのは、未来永劫「フェラーリ」である。この尊大なイタリア貴族にいいように利用されるのは御免蒙りたい。

私が変わらぬ信頼と尊敬を置いたのは、ロスとトッドの2人だった。彼等2人は、真実、ミヒャエルを愛し、尊敬していた。そう私は思っていた。

ミヒャエルの現役復帰を私が歓迎するかといえば、今も、NOだ。
しかし、現在流布する復帰説が現実になったとき、私が受け入れることができるとすれば、その理由は、「フェラーリではなくメルセデス」であることと、「みたびロスと再会する」ことだろうと思う。

「メルセデスとミヒャエル」を読み返すと、これを書いたときの私は確かに、銀色の夢を諦めている。
「メルセデスとミヒャエルは、F1で再会することなく終る」と断定している。しかし、同時に、「銀色の夢は、幻となって遠い日の記憶の中に眠っている」という文章がある。

眠りについていた銀色の夢が、目を覚ますのか?

■復帰したがる帝王の皆様方

ワールド・フィギュアスケート40号のロシア大会の競技終了後の記者会見の記事を先日読んだら、ジェーニャの発言の中に、競技を休んで3年過ごしたら、闘いのない日々に飽き飽きした、というセリフがあった。

要するに、「帝王の皆様方は、みな同じ」である。
闘うのが本性で、闘わずにはいられないのだ。

全員、トップに君臨した状態でやめて、「これ以上やれない、己の限界を悟ってやめた」のではない。自分のやってきた競技そのものに対する深い愛情も枯渇していない。
現役の面々を見ると、「これなら、まだまだ自分が通用する」という自信を持てる。
そうすると、生来の猛烈な競争心、これを持つゆえに長きに渡りトップに君臨し続けた、並はずれた闘争本能が、疼いて、抑えきれない。

それで、3人揃って復帰、と相成ったわけである。(ミヒャエルはまだ確定ではないが)

みたところ、さっさと復帰を決めたのはランスで(最近の記事によると、08年ツールのレベルが「冗談」なくらい低すぎたから、という、毎度の傲慢発言をしたそうで)、ミヒャエルは、ランスの復帰から刺激を受けたと思う。
そう発言したという記事は読んでいないが、彼は、ツールの1ステージを走ってみたい、と言ったことがあるくらいだから、ランスの復帰には注目しただろう、という推測に無理はないと思う。
ジェーニャは、この2人とは関係がなく、偶然だろう。

帝王とか皇帝とかいった類の呼称を持った3人が、引退から3年後に復帰するのは、「不思議な一致」と言ってもいいが、3人が3人とも「3年後」というのは、「3年がタイムリミット」という見方もできるかもしれない。
それ以上過ぎると、力も衰えるし、情勢も変わる。3年だと、本人も世間も可能だと判断をして、実現する。

私は、3人全員に対し、復帰を歓迎せず、「困ったもんだ」が正直な心境だ。
しかし、こうなってしまっては、腹を括るしかない。ミヒャエルにもジェーニャにも、延々ぶつぶつ文句を言い続け、「ご自分のやりたいようにして下さい。結果は自分が被るんだから」の境地に辿りついたはずなので、「できれば見たくなかった」シーンを見ることになったとしても受け入れよう。
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