南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  F1
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今年のF1は、自分が長年見ていた対象についても大きな変動のあったシーズンだったが、自分の心を揺り動かしたことが起こったとはいえない。
シーズン終了後気にかかっていた件はひとつだけ。
ルノーの去就の結論である。
発表があり、区切りがついたので、久々にF1の話を書く。

来季2010年、F1にエントリーするレーシングチームと自動車メーカーは、「15年前と似た様相」に戻る。
これが、私の頭に浮かんだことだ。

1995年にエントリーしたのは、以下の13チーム。

ベネトン・ルノー
ウィリアムズ・ルノー
フェラーリ
マクラーレン・メルセデス・ベンツ
リジェ・無限ホンダ
ジョーダン・プジョー
ザウバー・フォード
フットワーク・ハート
ティレル・ヤマハ
ミナルディ・フォード
フォルティ・フォード
パシフィック・フォード
シムテック・フォード (財政難でシーズン中に撤退。オーナー、ニック・ワース)

今年「自動車メーカーの撤退が相次いだこと」が話題になったが、撤退したホンダ・BMW・トヨタは、15年前も、F1にいなかったメーカーである。

自動車メーカーたちは、景気がいいとき、続々参入し、悪くなったら去る。
過去に関する知識をひととおり得るならば、このテーゼの蓋然性は高い、という認識に達する。

過去数年間のF1は、自動車メーカーたちと旧体制側との闘争に明け暮れた。コース上での競争とパドックでの闘争とどちらが激しいのか判らなくなるくらい。
紆余曲折があるにせよ、結末は「レースを生業にしない自動車メーカー」の負けになることは、思考力のある人は疑わなかっただろうと思う。
小倉さんの言葉を借りれば、「冷静で、広い視野と、深い洞察力と、豊かなバランス感覚」を持っている人ならば。

自分の応援する相手の勝利をひたすら望み、一つの価値観に凝り固まり、極めて狭い視野しか持たぬファンであった私が「視野を広く持つ」ことを知ったのは、中村良夫氏の著作を知った2003年以降だ。
中村氏のおかげで、その後の「大きなうねりの到来」を見越し、覚悟をもって現実を見つめることができるようになったと思う。

中村良夫氏に関して

しかしながら、同時に、私の心の奥底には、「1995年のミヒャエルに結びつくもの」に対する、理屈のない、素朴な愛着の欠片が、今も残る。
ルノーの名が来季も残ることを喜んでいる自分がいる。
小倉さんからは、モータースポーツに対する愛情を持たない人間と断罪されたフラビオも、否定しきることはできない。彼は、私にとって愛憎が入り混じった対象だ。憎んだけれども見捨て切れない。

過去に私はF1に纏わるいくつかの夢を抱いたが、その源はすべて1995年にある。2010年のF1の参戦体制は、改めてそのことを想起させた。
15年の歳月を超えて、今も存するもの、消えたもの。今もいる人、いない人。
変わったものと変わらないもの。

もはや新しい夢をみることはない私の目に、時折、昔の夢の残像が映る。
残像は、現れては消える。そのとき、少しだけ心が震える。

Mein Lieber Michael
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