南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  自転車
tag : 
アンディの性格や気質に関して、「あ、そうか」と気づいたことがあり、それを。

これまで、いくつかのエピソードや、表現する言葉を読んできたが、納得する表現に出会わなかった。どれも、「なんかちょっと」違うというか、ぴったりこない感じがする。
Procyclingの兄弟の記事を読んでいるとき、「奔放」という言葉を思いつき、「天然」よりこっちの方が近いかな?と思った。

そして、インタビューの場(釣り池の端)に長兄のスティーヴも来て、喋った箇所で、ふと、思いついた。
この兄弟は、3人兄弟である。スティーヴの年齢は定かでないが、年が離れている、と描写される。次男のフランクと三男アンディは、5才違う。
このことは以前に知り、アンディは「年が離れた末っ子」だから、家族の中で可愛がられて育って、甘えっ子(もしくは甘え上手)というのはありそう、と思った。

その程度しか思っていなかったが、「末っ子の気質」として、この他にも一般的に言われていることがあって、奔放というのも、あったような。
類型的な人間の見方はあまり好きでないので(血液型とか、星座とか生まれた日とか、そういう類の話は敬遠する)、これまで注意を払わなかった。
が、思い立って少し調べてみて、「あらまあ」となった。

「のびのびしている」「マイペース」「自由奔放」「やりたい放題」
「人懐っこい」「要領がいい」「外交的」「ユーモアがある」「楽観的」

・・これじゃないか。
そう、「のびのび育って」、「自由奔放」で、「マイペース」。
超の付くマイペース・・だと思う、多分。

Procyclingの記事の中の話。
・子供の頃、フランクは、学校で、いつも「とても真面目」な子だったが、アンディは、「集中が全然できない」という問題を抱えた子で、お母さんは、しょっちゅう学校に行かねばならなかった。・・いい子の次男と、問題児の三男だったらしい。
・ アンディは、このインタビューの日時を設定するとき、クリテリウムのスケジュールを忘れていた。
・ 兄弟は、池へ行く途中で、バーベキューの材料をスーパーに買いに行くが、アンディが車のキーを店に置き忘れ、フランクが気づく。いつものこと、とフランクは笑ってすます。
・アンディは、キム・アンダーソンから、トレーニングであれをやれこれをやれという指示を受けても、疲れると、やめて家に帰ってしまう。それをキムに言わないときもある。

「物事をあれこれ考えて、ストレスを抱える」ことをしない彼の気質は、レースでも、存分に発揮される。
今年のツールのいくつかのステージではナーバスになったけれど、自分は深くは考えないんだ、と彼は言う。
彼は、コースマップを当日の朝まで見ない。前夜に読む選手がいるが、明日は厳しいコースだと前夜から思って、いいことは何もない、朝読めば十分、というのが彼の持論だ。
フランクが、コースが厳しいとぐちぐちこぼすとき、そうさ、ツールなんだから。厳しいに決まってる。言ったって始まらない、兄さんは強いよ、単に自信の問題だよ、と叱咤した。
物事の悪い方を考えて、気弱になる神経質な兄さんを、肝の太い弟が励ます、という図である。

「明日のことを思い患う」といった心理には無縁で、図太い。「怖れる」ことがない。
記事でみかける「飄々」とか「超然」などの形容は、とりすましたイメージがあって、しっくりこなかったが、指している気質は同一だ。
「ストレス耐性(メンタルのタフネス度)が非常に強い」のである。

ストレスを回避する能力の高さは、プレスへの対応でも示される。プレスを刺激する発言・態度は避ける。彼等を歓ばせる(記者ウケする)発言もしないが、諍いも起こさない。敵を作らない。ストレスを招かぬように、そつなくこなす。その態度が、「のらりくらり」にみえるときもある。「要領がいい」という側面だ。

他の選手たちとの関係でも、おそらく、軋轢を起こさない。19才という若いときにプロ入りしたので、家庭だけでなく、職場でも、ずっと「末っ子」で過ごしてきた。
元気のいい子犬みたいとチームメートに喩えられたことがあるように、人懐っこいから、可愛がられる。

だから、ランスやコンタドールとも愛想よく会話する。彼にとって「深い意味はない」のだ。自分に好意をもって話しかけてくる年上の人間たち(お兄ちゃん・おじさんたち)に愛想よく応対するのが習慣だから。
意識して媚を売るのではなく、無意識に振舞っても、年上の人間たちに「かわいい」と思わせる魅力を備えている。・・これは、「末っ子気質のひとつ」として挙げられていたことで、彼に当てはまるのでは、と思った。

忘れ物の常習犯で、整理整頓が全くできなくて、スケジュールも忘れるような無頓着を続けていても、兄さんや周りの大人たちは、許して、フォローしてくれる。
ホテルに何かを忘れては、チームのスタッフに取りにいってもらうと自分で堂々と喋るので、迷惑をかけて悪いから注意しようとは思っていないのだろう。


そういうことか、となると、レースでの振舞の解釈も、これまでとは少し違ってくる。
今年のツールを彼がどういう心持で闘っていたかの解釈には、今まで少し迷いが残っていたが、ようやく納得した。

彼は、競争相手(コンタドールとかランスとか)に負けたくないとか、ステージ優勝をしたいとか、そういった欲は持っていなかった。高い目標を持って臨んでもいなかった。
コンタドールとの力の差をみせつけられたからといって、悔しくもなければ落胆もしなかったのだろう。

「これだけの差があるんだな」と「事実の認識をした」だけで、そのためにネガティブな精神状態にはならなかった。彼の流儀でいえば、「だから何?」。
「明日はまたステージがある。自分のできることをやるだけ」という調子だったのだろう。

コンタドールにミスか不運があれば、勝利が転がり込む可能性はある。これは、「客観的な事実認識」であって、彼の自滅を期待したわけではない。結局、最後までコンタがミスしなかったから、彼が勝って、自分は2位で、それで不満はない。

ステージ優勝に対する欲が「全く」ないわけではなかったろうが、「優先順位として」、自分のステージ優勝より、「兄フランクを助ける」ことが上だった。
第20ステージ(モン・ヴァントゥー)を、兄のためではなく自分自身のために走るべきだったという他者からの批判に対する返答で、彼はいつも同じことをいう。「フランクは、3週間、僕のために働いてくれた(犠牲になった)。だから、彼を助けたかった」

これを、「家族の愛もしくは絆」と受け取るか、それとも、本人の発言を字面だけで受け取らず、裏には他のものがあるのではと憶測するか、彼等家族の人間関係の心理の解釈の結論は、将来に先送ろう。(所詮他人に真実が判るわけがなし、不明のまま終わりそうだが)

ただ少なくとも、彼は、自分が強いことを示したいとか、目の前にある勝利は欲しいとか、プロスポーツのトップ選手の多くが備えている、強い競争心・優越欲は持っていないようにみえる。
それが、シュレク家の、そしてチーム・サクソバンクの「末っ子」の、生まれつきの気質なのだろう、と思う。

Procyclingの記者は、兄スティーヴのこういう発言を記事に書いた。
この池で、一日中誰も一匹も釣れないとき、アンディが来て始めると、すぐ、大きな魚を釣り上げるんだ。近所の人はいつも、アンディは宝くじを買うべきだ、必ず勝つよ、て言う。この子は、生まれついてのラッキーボーイなのさ。(意訳)

才能と愛情と運に恵まれて生まれ育ったこの子の未来は、果たしていかなるものになるのだろう?
スポンサーサイト

コメント


この記事に対するコメントの投稿
















この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://leonazul.blog87.fc2.com/tb.php/381-46b35642
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)