南の国の太陽、空の色の獅子

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自転車ロードレースに関する和書は、ごく少数しか出版されていない。自分がF1を見始め、F1の本を探した、10数年前と同じように。

「ランス・アームストロング」を読み終わったあと、ジャン=マリー・ルブランの本があったような気がして、探してみると、図書館にあった。

本書の元々のコンセプトは、幼年時代から、自転車選手、自転車ジャーナリストを経て、ツールの総合ディレクターになるまでのルブランの半生の口述伝記で、前半はそれである。
1960年代のフランスの社会と自転車レースの世界の話は、自分には新鮮で、面白く読んだ。

後半は、ツールの運営とドーピング問題の話題が中心になる。
インタビューが行なわれたのが、フェスティナ事件直後の1999年だったため、ルブランには不運なことに、ドーピングの話題が多くなってしまった。(本書の出版は2000年)

ルブランと、聞き手のジャーナリストとの会話によれば、ルブランが選手をやっていた1960年代に既に、ドーピングは「日常的に」行なわれている、と報道されていた。
1968年にアンチ・ドーピング・コントロールが一般化され、この年はクリーンだったが、1970年以降、コントロールを逃れる薬物が絶えず見つけられ、使用されてきた・・という。
この認識に、2人とも異論はなく、争っていない。

今後についての会話。
ルブラン「けっして私が、すべての選手がドーピングしていると言っているとは思わないで下さい。なぜなら、正直に言って、すべての選手がドーピングしているわけではないことを知っていからです!
ですから、すべてが取り返しがつかないほど腐敗しているわけではないし、われわれスポーツ関係者の力を結集し、全力を挙げて戦えば、ドーピングを減少させられるという希望を私は持っています」

プノー「ドーピングは存続するでしょう。21世紀になっても、20世紀がそうだったように、存続するでしょう。
すでに1896年に、アルテュール・リントンのような有名な選手が、歴史家の眼から見てドーピングしたとしか思えない状況で死んでいるのですから。
したがって、知的側面、倫理的側面、あるいはスポーツ的側面といったいずれの側面から反省するにしても、この、ドーピングは存続するということの確認から出発するしかないのです」

ルブラン「あなたの仰ることに異論はありません。ドーピングは存続するでしょう。理想的な社会というものは、どの道存在しないのですから。
腐敗したメンバーが1人もいない政党というものも存在しません!麻薬の問題に直面していない国も存在しません!会社であれ、スポーツであれ、とにかく人間の集まるところに、泥棒やうそつきやペテン師が存在しないわけがないのです!
とすれば、自転車界に不可能なことを要求することは止めましょう!とりわけ高額の金が動くこの世の中でけっして実現できなかったことは、自転車界でも実現できません。そんな奇跡はけっして起こりません。そのことははっきり認識すべきです!」

「ドーピングが存続するにしても、そのレベルは低くなるだろうと想像してみて下さい。数字を示しましょう。10%です!
2003年には、ドーピングをする選手は全体の10%を切るだろうと想像してみて下さい。よろしいですか!私は王でも王党派でもありませんが、こう言いましょう。私はこれでいいのだ、と」


2人の会話から10年経った今も、自転車界では、同じことが繰り返されている。見事なまでに。
EPOは1990年代に検出不能だったため、ルブラン言うところの「推定無罪」の選手たちを生み出した。後に検出が可能になり、多くのトップ選手が使用していたことを否定することは、いまや難しい。
これまで検出不能だったので使用されていた薬物の検出方法がみつかると、新たに、検出されない別の方法が開発される。いつまでたっても、いたちごっこが続く。

だから、今年のツールで、ドーピング問題が起こらなかったとしても、「現在は検出されない、新たな方法」が用いられた可能性を否定する根拠はないのだ。
「過去の経緯をきちんと認識し、忘れていなければ」、そう考えるのが論理的だ。

私は、上記のルブランの記述と同じ見方を、記したことがある。(2008/10)
ドーピングは存続する。その現実を受け入れることができず、事件が起こる度に反応して、スルーすることができないのなら、自転車競技を見るのはやめた方がいい。

「無邪気さ」や「不誠実さ」は、私の性に合わない。辻褄の合わないことも。だから、「ドーピングは存在し続ける」ことを前提に、自転車競技を見るつもりでいる。

「なぜ選手たちがドーピングをするのか」、「選手がドーピングをする心理」を理解しておくことは、観戦側の自己防衛に有用だ。
この「心理」を理解していれば、「この選手はしているかもしれない」「この選手はしないだろう」という推測が当る確率が増す。
選手のパーソナリティーと境遇(外的環境)の情報を積み上げることによって、リスクの高さの判断ができるようになるだろう。
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