南の国の太陽、空の色の獅子

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Category :  フィギュアスケート
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自転車のシーズンが終わる頃、フィギュアスケートのシーズンが始まる。(自転車とF1はバッティング)

「絶対王者のまま引退して、3年のブランクの後、復帰しようとしている」こちらのお方、ジェーニャが、点数の出る試合に(ついに)出た。
小さい大会らしいので点数は参考にしないが、SPで4+3を決め、FPでは4+3+3を跳びにいき、最後の3Rが回転不足で転倒、認定は4+3+2だそうだ。

正直、3年間、競技用の練習をせず、今年27才になる身で、4+3+3が戻るとは思わなかった。この人の天賦の才は別格だったか。
(此方は、この人が14才のときから、特別な才だとは思ったが、早熟の天才が10年後も天才とは限らぬから)

負傷が復帰の障害になるだろう、と予想していた。故障はずっと前から抱えていて、復帰の試みも、数回怪我で中断した。だから、来年の本番まで怪我なく、コンディションをピークにもっていかれるかどうかが一番のポイントだろう。
どういう結果になっても失うものはないし、此方も穏やかに見ていかれる。

これで、勝負がちょっと面白くなった。4回転を回避していた組も安全策を取り辛くなる。

ミヒャエルの復帰断念を聞いたとき、あれ、それじゃジェーニャも故障でダメになるかな、となったが、とりあえず試合に出て、ある程度のレベルまで戻したことは示した。
擬えるとしたら、ミヒャエルではなく、「勝者のまま引退して、自分の意志で復帰したいと思い、真剣に準備をした」ランスの方が適切なのだろう。
結末は、神のみぞ知る。



どうして自分がジェーニャとミヒャエルを連動させるかというと、2人の戦績がたまたま「同時期に」連動してきたため。
97年末から、2人は共に、毎年優勝候補の身で、毎年コケ続けた。
此方は、毎年、F1のシーズンの終る秋に、今年もミヒャエルがタイトルを取れなかったと落胆し、翌年春、ジェーニャが世界選手権でタイトルを取れずに落胆した。
半年ごとに落胆し、4度目に、ミヒャエルが念願をかなえ、半年後に、ジェーニャがかなえた。
01年の世界選手権前、私はおおまじめに、「ミヒャエルが取れたから、ジェーニャも取れる」と思い、その通りになった。

ジェーニャは、最も望んだ五輪の金メダルを、02年ソルトレイクで逃し、4年後、06年トリノで手に入れた。
金メダルを手にすれば、満願成就で引退する、ソルトレイクで負けたときから、そう私は思っていた。
そして、ミヒャエルも06年まで。私は、見続けた2人を、同じ年に失うことになるだろう。それは、05年から明確に抱いていた認識だった。

「4年待つ」ことを、私は、ジェーニャの前の贔屓のペトレンコのときも、した。
彼を好きになったのは88年カルガリー五輪で、彼は、優勝を争った2人のブライアンに次いで3位だった。その後の4年、彼は世界選手権のタイトルをカート・ブラウニングと争った。
毎年、カートに負け続けた彼は、92年アルベールビル五輪で、金メダルを取り、世界選も勝って、念願成就で引退した。

「4年待つ」のは私の常なのだ。
ちなみに、ペトレンコは、ジェーニャが最も尊敬するスケーターとして常に名を挙げ続けてきた選手で、私にとっても、永遠の男子シングルのNO.1である。
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