南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  F1
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■ブラウンvsレッドブル

木曜の記者会見で、昨年後方にいたジェンスが今年タイトル候補筆頭なのは、チャンピオンシップはマシンで決まり、ドライバーは重要でない、ということを意味するのか?どう思う?という質問に対するフェルナンドの返答の中にこういうセリフがあった。

僕らは皆、F1がパッケージであることを知っている。チーム、マシン、ドライバー、エンジニア、そして運。多くの要素が、レースの勝利やチャンピオンシップの勝利に作用する。

マシンが速いことは、レースで勝ちタイトルを取るために必要だが、それ「だけ」では十分ではない。
「ニューウェイが、F1界で最も速いマシンを作る」という環境で、ニューウェイのマシンに乗らず、常に彼を相手に回してタイトル争いを続けた95~99年のミヒャエルを見続けた時期に、私の頭にはそう刷り込まれた。

彼の競争相手は、(ニューウェイの作った)マシンが速くとも、壊れたり、ドライバーがミスしたり、レースマネジメントでミスしたり、運が悪かったりして、しばしば勝利を落とした。
ミヒャエルは、相手のミスや不運につけこんで、勝利をかっさらった。

総括すれば、マシン戦闘力が明確に劣る側は基本的にはタイトルを取れない。取れる年もたまにあるが、例外的なケースといえる。
マシン戦闘力がほぼトントン、あっても僅差という場合は、他の要素がタイトルを決める。
マシンの信頼性、ドライバー、レースマネジメント、運。

スペインGPでは、ブラウンとレッドブルのスピードはトントンにみえた。
結果を決めた要素のひとつは、レース戦略だった。10年前から、ニューウェイのいるチームと、ロスのいるチームとの間のレース戦略の優劣は、ロスに軍配が上がる。

ブラウンがレッドブルより優っている要素が、もうひとつある。運だ。
ここまでのところ、ジェンスが運をしっかりつかまえていて、レッドブル側は巡り合わせがあまりよくない。

フェッテル君は、ミヒャエルを連想するポテンシャルを示している。だが、まだ若く経験が少ないために取りこぼしをする。
おっつけすぐジェンスより高いレベルにいくにしろ、現時点では、2チームのドライバーの要素は、合計でほぼトントンのようにみえる。
(念のため、フェッテル君が今シーズン中にあっというまにスーパーになって勢力図をひっくり返す可能性を記しておく)

「ブラウンvsレッドブル」の頂上対決は、かつての「ミヒャエルvsニューウェイ」を連想させて、なんだか面白い。共通するメンバーは、ロスとニューウェイ一人ずつだけで、他は違うのだけれど。
フェッテル君がロス側なら、ぴったしカンカンで転げそうだが、あいにくと反対側である。

フェラーリ・マクラーレンが後退し、違うチームがトップ争いをする図は、目新しく新鮮であると同時に、かつての馴染みの要素も見出すことができるので、自分は楽しく見ていられるのかもしれない、と思う。

■トヨタの優勝の可能性

「レースやチャンピオンシップでの勝利を決める要素は、マシン、ドライバー、レースマネジメント、運」という見方を、トヨタの優勝の可能性の話にあてはめて考えてみよう。

トヨタは、今季、「最も速いマシン」を持ってはいない。GPによって戦闘力の相対関係には変動があるが、開幕から1レースたりとも、明らかに一番速かったことはないと思う。
とすると、勝つためには、その他の要素で、自分より速いマシンを持つチームに優らないといけないことになる。

ドライバー。
あてにはできない。トヨタのドライバーは2人とも、ブラウンとレッドブルに比較して上のレベルではないし、「マシンの劣性を覆して勝つ」という芸当を期待できるのは、チャンピオンクラスのドライバーに限られる。(例:ミヒャエル、昨年のフェルナンド)

レースマネジメント。
此方が有効な手を打つのと同時に、相手がミスをしてくれることが必要だ。そうでないとマシン戦闘力差を逆転はできない。
生憎ブラウンのレースマネジメントを司るロスは、全盛期を思わせる采配で、ライバルにつけこむ隙を与えていない。

そうすると、残るは運だけである。
レースで波乱が起きたり、ライバルがミスや不運で後退したときにかっさらう、というパターンしか可能性はない、ということだ。

こう書くと、景気の悪い意見にみえそうだが、落ち着いて整理すれば、しごく当たり前で、悲観的でも楽観的でもない常識的な考え方だと思う。

上で書いた状況は、開幕時から今まで変わらないし、この先も同じである。
シーズンの最初から、優勝の決め手は「運を掴めるかどうか」なのである。

ゆえに、この先、マシンの速さでブラウンとレッドブルに追いつけないとしても、「優勝の可能性がシーズン序盤はあったが、もうなくなった」という結論にはならない。
かつての、フェラーリが盤石で、自滅する隙が全くないシーズンであれば、可能性は限りなくゼロとみなすが、現在は、盤石といえるハイレベルのチーム力を持つチームが存在しない。
残り12レースで、ブラウンとレッドブルが自滅するケースが起こりえないとはいえない。上位チームが潰れたとき、拾える場所にいれば、可能性はある。昨年のBMWもルノーもそのパターンだ。

だから、この先、開発が進まず、マシン戦闘力の相対位置がずるずる後退してしまうなら、上が潰れたとき拾える場所にいられる確率が減り、その分、優勝の可能性は減る。でも、諦めずに頑張り続ければ、報われる可能性がゼロにはならないと思う。

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「運を掴めるかどうか」が決め手、と言うと、「それじゃあ、勝っても運がよかっただけかい」と蔑む人がいるだろうが、自分の考え方は、「運を掴むのも実力のうち」である。

「運とは、自分で呼びこむもの」というミヒャエルの15年前の言葉を、私は今も、肯定している。
ミヒャエルは、とてつもない強運の持ち主だったが、同時に彼は、タイトルに対して鬼のような執着を持っていた。あれを見ると、幸運の女神も、執念で、自分の元に引き摺ってくる、と受け取っていいと思った。

ドライバーの中には、ドライビングの才能は十二分にあるが、運に恵まれず、結果がいまいち、というタイプの人がいる。
これらの「不運・悲運の主」たちが、「負けることが死ぬほど嫌い」で、凄まじい執着心で勝利にしがみつくキャラクターかというと、自分の知る限りでは、おおむね、そうは見えない。

強い運を持っているか、運に恵まれないか、は、チームではなく、ドライバー個人に属性として認められる要素なので、その点からいうと、チームは、勝利を望むのなら、「運を持っていないタイプのドライバー」は避けた方が賢明だ。彼が、「不運の女神」をチームに一緒に連れてきてしまうかもしれないからである。
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