南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  F1
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・F1で働く日本人エンジニア

オートスポーツの、写真で色々伝えるページで、トヨタの永島勉さんとルノーの徳永直紀さんのツーショットがあり、キャプションが「99年までニスモで一緒だった旧知の仲」。
あ、そうなんだ。
永島さんは、あまり表に出てこないので、注意を払っていなかった。(スポークスマンは、高橋さん→新居さん)
ちょっと検索してみると、99年ル・マン24時間のニッサンのリリースに、「チーフデザイナー」として名がある。

F速をめくると、トヨタF1の舞台裏という新連載記事の1回目に取り上げられていた。それによると、もともとは日産で量販車のサスペンション等を作っていて、それからニスモに異動し、レースカーを作り始めることになった。
ところが、ゴーンが来て、ニスモのモータースポーツ活動が縮小され、量販車部門に戻された。レースをしたい気持ちがやまず、退社して、トヨタの採用試験を受けて合格し、国内のGTを経て、F1に呼ばれたそうだ。

徳永さんも、表に出てこない人で、04年に川井君が、「ルノーの圧倒的なスタートシステムを開発したのは、実は、元ニッサンの日本人エンジニア」と話をしながら、「他チームに引き抜かれたくないのでルノーが隠している」と、名前を言わなかったような記憶がある。
おかげで「知る人ぞ知る」人で、自分は、顔写真を今回初めて見た。

日産は、会社が潰れそうになり、ゴーンが大リストラをしたから、モータースポーツ活動が縮小されるのも必然といえる。このとき、量販車部門へ異動になり、レースをしたくて会社を辞めた人もいたわけだ。
それが、「99年までニスモで一緒」だった2人のエンジニアが、今、夫々トヨタとルノーのF1チームウェアを着て、サーキットで顔を合わせるシーンの背景にある事情。

「トヨタF1の舞台裏」の記事は赤井氏によるもので、こういうものを書かせると上手い。注意を払いつつ、選択して読むのが適切な対応か。

*断り書き*
雑誌を立ち読みした記憶で書いているので、記事の文面の引用の中には「記憶違い」で、誤った部分があるかもしれません。後日に気づけば訂正します。また、誤りのご指摘を歓迎します。
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