南の国の太陽、空の色の獅子

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・佐藤のシート獲得騒動を巡る解釈
佐藤は、持ち込みスポンサーの金額の競争でブルデに負けて、トロ・ロッソのシートを獲得できなかった、という見方は、正解なのだろうか?

世間に出回っているこの説に自分が首を傾げるのは、「ブルデが多額の資金を集められた、という推測には無理があるのでは?」と感じたため。
上記説の主張者たちは、ブルデの資金源を、「マネージャーのニコラス・トッドのつてで、フェラーリがエンジン代金を値引きした」と言う。
この憶測を、「それってありうる?」とひっかかった人は、多くはないらしい。


実は、自分も、これだけの話だったら、気にせず、スルーした。
疑念が浮かんだのは、今宮氏が、「レッドブルにエンジンを出しているルノーが、代金を減額する」という説を、上記説に付け加えているのを読んだときだった。
「なぜトロロッソは佐藤琢磨を選択しなかったのか? その理由とは…。」

「ルノー」の名を出されると、私は反応する。ルノーは、「私のテリトリー」だからだ。
ヤルノ次いでヘイッキゆえに、「ルノーのドライバー人事」に自分が払ってきた注意は尋常でない。結果として、ルノーのドライバー人事に関する推測が当たる確率は、世間一般水準より高い自負がある。推測が当たる確率は、対象物に関して蓄積した情報量に比例する。

自分のルノーに関する情報の蓄積から判断すると、今宮氏の説には説得力がない。
ルノーがこれまでフランス人ドライバーをサポートしてこなかった事実を今宮氏は認めている。そのルノーが、今になって資金援助をした、という説は、根拠のない想像でしかないと思う。
フランスGPがなくなるとか、フランス人ドライバーが一人もいなくなるとかいったことが、ルノーの変節の根拠になるとは、自分には認められない。

ルノーは先日も、来期カスタマーエンジンを出さないとFOM会議で発言したとか、人員削減を実施したとか、資金難と撤退の噂が途切れなく続くチームである。ルノーF1チームがそういう状況にある最中に、資金援助を公に認めて感謝を示すこともないブルデに、「名を隠して、裏で金を渡す」ことに、何のメリットがルノー本社にあるのだろう。

今宮氏の説の蓋然性が低いとみるのは、氏が別のところで、佐藤にルノーのシート獲得の可能性がある、という趣旨を繰り返し述べてきたことにもよる。

昨春のアグリ撤退後、あるフランスメディアが、成績不振のピケJrのシーズン中の更迭と代わりの候補として佐藤の名を挙げる憶測記事を書いた、というニュースが流れた。
自分からみれば、真剣に取り上げるに値しない、毎度のメディアの憶測のひとつだったが、とびついた日本人が大勢いた。

今宮氏もそのひとりだった。「トルコのマッサ、ハミルトン、そして琢磨?」

ルノーといえば新人ピケが伸びてこないので、早くもウワサが立ち込め始めた。フランスの中では佐藤琢磨を(!)という声も出ている。ホンダ側との交渉が行われる一方、あくまでN・フライCEOが“22戦無得点中”のバリチェロに固執するなら、GPドライバーとしてタクマ・サトウも考えねばならない。ルノー、すなわちニッサン、日本も関係してくる・・・。

この記述には、「へ?」となった。

ルノーF1チームのドライバー人事にニッサン(日産)が関わる可能性はゼロだ。(通常、断定は避けるようにするが、この件は、疑う余地が残っていない)
過去繰り返し述べているので、要点のみ書くが、ルノーのドライバー人事は、フラビオが握っている。フランス側、ルノーの意向は通らない。(復帰以降のルノーのドライバー人事に纏わるすべての事象が、この解釈によって説明がつく)

自動車メーカーが所有するチームで、この「本社が、自分たちの希望するドライバーを、チームに強要する権限を持たない」人事システムは特殊ではない。具体的にどういうことを指すのか、ホンダの大島氏の説明が非常に判り易かった。
大島氏は、こう説明をした。
ドライバーを決めるのはHRF1で、自分にはそれを拒絶する権限はある。だが、それをやめて代わりに佐藤にしろ、という権限はない。自分にあるのは承認権だけ。

ピケJr更迭の噂を、ルノー(フラビオ)が否定せず、流布するままほっていたのは、このチームの「いつものドライバーの尻叩き」とみなして十分辻褄が合った。
このチームの「結果を出せ」のプレッシャーのきつさは、ヤルノとヘイッキの情報を追いかけているとき、いやというほど身に染みた。(経験者は語る、である)

今宮雅子氏は、顔見知りのシュヴリエに、ピケ更迭の噂の真偽をただしにいき、返答を得ている。シュヴリエの答は、ドライバーがチームに馴染むまでには時間がかかるから、シーズン途中の変更はメリットよりデメリットの方が大きい、というもので、雅子氏としては、佐藤の可能性の何らかの希望を引き出したかったのであろうが、生憎どうにもならなかったと思われる。

ブルデの資金源の話に戻る。
ルノーと同様の疑念が、フェラーリについても可能である。
ニコラス・トッドの要請で、トロ・ロッソへのエンジン代を値引きするとは、言いかえれば、ニコラスに金銭供与をすることを意味するが、フェラーリに、それをする理由があるか?

ドライバーのシート獲得に、マネージャーのコネがものをいうケースは間違いなくある。ライコネンがFルノーの経験しかないのにザウバーのテストのチャンスを得られたのは、マネージャーが、ジェンスを発掘した実績を持つロバートソンだったからだ。
実力を高く評価する声が多かったのに、カネとコネがなく、F1シートを得られなかったブルデが、5年に渡るアメリカでのレースの後にトロ・ロッソのシートを得られたのは、マネージャーとして新たにニコラス・トッドを迎えた結果とみなすのが当たっていると思う。
しかし、「多額のカネの調達」となると、話はまた別ではないだろうか?

メディアの憶測は、願望希望が入り込んでいるケースが多分にある。フランスメディアが、自国のルノーに対し、自国のドライバーをサポートしてほしい、という希望・要求をもっていることは自然だ。この傾向は、ドイツでもどこでも(日本でも)みられる。
フランス人のトッド親子の力に期待する気持ちもあろう。結果、彼等は、事実を正確に伝えるとは限らない。

メディアが、持ち込みスポンサーの金額の競争でブルデが佐藤に勝った、と伝えるのは、当初から、資金競争になると当事者が公言し、誰もがそう思い込んでいたからだろう。
佐藤側の敗北宣言も、読み手にそう伝わる文面だったので、疑わなかった人が多いことは頷ける。

シートを取れた側は、「資金で勝った」とは公言しないのが普通なので、持ち込み資金で決まったのではない、というブルデの発言は無視された。

しかし、落ち着いて考えてみると、「ブルデは嘘をついておらず」、「佐藤側も嘘を言っていない」ケースはありうるのだ。
「ブルデも、佐藤も、両者とも、十分な資金をトロロッソに提示しなかった」ケースである。

「両者ともが、資金を持ちこめなかったので、チームはブルデを選んだ」
この回答が正解であった蓋然性は、低くはないのではないか。

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「持ち込み資金競争」にスポットを当てながら、日本のメディアが明確に指摘してこなかった点がある。

佐藤は、そもそも、「まとまった金額を出す」彼個人のスポンサーというものをこれまで持っていたのだろうか?
「彼のレース活動の資金源」は、彼を応援していた時期から、私にとって、謎だった。ファンをやめた後、追及することもなかったので、謎のまま残っていたが、今思うに、彼は、「『シートを買えるだけの金額』をドライバーのために用意する、いわゆる『ドライバーに付いてくるスポンサー』」というものを持ったことは一度もなかったのではないか?

イギリスF3の時代までは父親に面倒を見てもらったと推測される。その後は、ホンダという「別格・最強のスポンサー」が常についていた。
ジョーダン、BAR、アグリ、F1キャリアのすべての期間、彼のシートは、ホンダが用意した。チーム側から見たとき、佐藤とは、「ホンダエンジンにくっついてくるドライバー」であった、とみなすのが妥当だろう。

トロ・ロッソが、佐藤側とどういう交渉を持ったかの実情は判然としないが、「多額の持ち込み資金を要求した」ことは当たっているだろう。
交渉期間中、佐藤は、日本のメディアやファンに対して、プロのドライバーとして、金でシートを買うことはしたくない、といった趣旨の発言をし、トロロッソの要求する資金を用意できるかできないかという「決め手」の話題を回避し、メディア側も触れようとしなかった。

そうこうするうちに、世界的不況の影響は拡大の一途を辿った。
私は昨秋、この経済状況では、新たなスポンサーどころか、従来のスポンサーから金を引き出すこともままならぬだろう、シート獲得に楽観的な見方が流れているが、考えにくい話だ、と思った。

トロ・ロッソのシートを獲得できなかった結果に対して、日本メディアの中には、不況の影響や、日本国内のモータースポーツへの理解のなさを嘆く文言もあったが、佐藤は、「不況が起こらなくても」、もともと、「シート獲得のために多額の持ち込み資金を用意する」能力はもっていないドライバーだったのではないだろうか。
F1界に残るには、ホンダのコネさえあれば十分で、それ以上は必要がなかった。今になって、突然、金が要る、と駆け回ったところで、多額の金をポンと出す人間がいなくても、理不尽な現象とはいえまい。

自分は、同じような文章を、アグリのときにも書いた。正直にいうと、私は、日本社会がモータースポーツに理解がないという「毎度の泣き言」には、いい加減うんざりし始めている。
「自分にとっては価値があることでも、他人にとっては同じような価値はない」ことを理解しようとせず、他人が自分の思い通りにならないことに不満をこぼすのは、幼い子供のやることではないだろうか。

アグリの名から、ひとつ思いついたことがあるので付け加える。
アグリが資金難に陥ったとき、佐藤は、自分のスポンサーから資金を引き出すことをしたのだろうか。

無論、アグリの存続に必要な金額は莫大で、佐藤が多少調達しても、チームを支えられなかったことは明らかだが、この類の話を読んだ記憶がない。
当時、いくばくかでもアグリに資金を入れられなかったとしたら、今回、トロ・ロッソに資金を入れることができないのが当たり前、という理屈が浮かぶが、事実はどうだったのだろうか?

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資金を持たなくてもF1に残ってきたドライバーはいる。
ヤルノはそれに当たる。ルノーまではフラビオのコネだが、フラビオと別れたのち、彼のシートを維持しているのは、純粋なドライバーとしての評価だけだ。

イタリアという国籍は、シート獲得に何の役にも立たない。イタリアのメディアと大衆は、「まずフェラーリ」である。フェラーリは、イタリア人ドライバーをサポートしてはくれない。
ヤルノは、カートで名を馳せたが、フォーミュラに上がるつてをなかなかみつけることができなかった。フラビオに認められてようやく道が開け、その後、フラビオの庇護から離れても、生き残っている。

フィジコも、元々は「フラビオの子」で、ヤルノと同様に、「自分から」フラビオから離れたが、やはり「腕で」今まで生き残ってきたドライバーである。

今宮氏が非常に低く評価するバリチェロに、ロスは、今季のシートを与えた。ブルーノ・セナを選ばなかったのは、噂されたほど大きな持ち込み資金を、実際には持っていなかったからだろう。
資金で差がなければ、チームに慣れていて実力の判っているバリチェロを選択した。としたなら、これは、トロ・ロッソと同じパターンということになるのではないか。

いうまでもなく、ロスは、佐藤を候補として考えなかった、「佐藤<バリチェロ」と評価していることも、意味している。
昨年、福井社長が、「客観的なデータを見ても、琢磨くんがバリチェロに勝つのは結構大変」という発言をして、佐藤のファンから大層な反発をくらったことがあった。
今、思い返すと、社長にデータを見せて、ドライバーの実力はこうですという説明をしたのは、ロスだったのではないだろうか。フライではなくて。
フェラーリで6年間バリチェロを使い、彼と共に9勝をしているロスの、理路整然とした、つけいる隙のない説明に、福井社長は反論することができず納得させられたことは十分考えられる。

(面白いことに、「ホンダ」「福井社長」「フライ」に対する、佐藤のファン・ホンダのファンからの批判の声は随分目にしたが、ロスの悪口は見かけたことがない。過去の実績・人徳ゆえか)

チームの責任者たちのドライバーの評価と、チームの外から見ている自分の評価とが大きく異なるときは、彼等の評価がおかしいと文句を言う前に、なぜ差異があるのかを一度考えてみた方がいいのではないか、と思う。
私は、今宮氏のレースの分析・解釈、洞察等には、今も一目置いている。ただ、昨年のアグリ撤退後、佐藤に関して「だけ」は、理性がぶっとんで、はるか彼方のどこかへいってしまったかのような文章をみかける。今宮氏は一般ファンに対する影響力を持っている。そのため、あえてチャチャを入れさせてもらった。

(繰り返すと、「ルノーが」とさえ言わなければ、スルーしたのだが・・触れてはいけない箇所に触れたというか)
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