南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  スポンサー広告
tag : 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category :  展覧会
tag : 
・出光は、小杉放菴を280点持っている

出光美術館は、縁あって、280点に及ぶ小杉放菴の作品を所蔵しているが、小杉放菴という画家は一般にはあまり知られていない。作品どころか名前も知らない人が多い。
9年ぶりの作品展を開催するに際し、テーマを探し、よく知られた横山大観との交流、にすることにした。といっても、こじつけではなく、この2人の間には実際に深い交流があり、作品に反映されている。それを見て頂きたい。
・・列品解説の冒頭でされた説明。

はい。つい先日まで、名前すら知らなかった輩のひとりです。
近美で「青鸞」を見たとき、「小杉放菴(未醒)」という表記に、「未醒とは面白い名だが、なぜ名が二つあるのだろう」・・「まったく知らなかった」証拠。

しかし、近美が「椿」を出してくれたお陰で、この展覧会に間に合った。近美に感謝である。
この展覧会を機に、小杉放菴をより知っていただければと思っております、という解説のしめくくりに、「はい、これから積極的に見たいと思います。出光さん、せっせと出して下さい」

・池大雅と小杉放菴

1月終わり、東博平常展。池大雅の「林圃帰亭図」屏風の前のソファに座って、思った。
前回(正月)同じ場所には伊藤若冲のニワトリ屏風があり、しげしげ眺めたが、どうやら「今の自分」は、若冲より、こういう方が好みに合うらしい。
若い頃は、刺激的で興奮や驚きをもたらすものに惹かれる。劇的なもの、破滅的・破壊的なもの、豪奢で頽廃的なもの、毒のある美。
けれども同時に「品のあるもの」に対する趣味も持続していて、その部分が復活しているのだろうと思う。きらびやかでなく、かといって素朴でもなく、洗練され、和やかで静かなもの。

池大雅は、名は馴染みだが、作品をまともに知らない。これから探そう。
そう思っていたら、次に赴いた「書の力 文字のチカラ」(出光美術館)の会場の、様々な般若心経を並べたコーナーで、小杉放菴と池大雅が、隣り合わせて並んでいた。
「興味をもったばかり(次回の小杉の展覧会のチケット購入済)の二人が並んでいるとは面白い偶然」と、両者の絵と字を興に入って見た。

そういう経緯があったため、小杉は洋画家から日本画家に転向した作家だが、そのきっかけは、ヨーロッパに留学したとき、パリで見た池大雅の画帖「十便帖」の複製だった、という今回の解説での話は、実に面白かった。
自分がほぼ同時期に、東博と近美という別々の場所で見て興味を引かれた池大雅と小杉に繋がりがあったとは、出会いのタイミングというのは異なものだ。

・小杉放菴の魅力

今回の展覧会は、洋画から日本画、漫画・挿絵の面影を残す画帖まで、小杉の生涯全般を網羅した作品展示がされている。
自分が近美で目を止めた椿の幹の文様は、「梅花小禽」の梅にあった。(「書の力」の「般若心経梅図」にもあった)
この花鳥画は、小杉のキャリア後期のもので、会場での展示は最後のパートだった。

画風としては、チラシの一面に使っている「天のうづめの命」に代表される、柔らかで、愛らしさを感じさせる人物描写が知られているらしい。
この画風にも魅力があるが、より惹きつけるものを持っていたのが、一連の画帖だった。いちどきに一場面しか展示できず、会期中にページを変えるらしいが、できることなら、手にとって、全部見たいものだ。見ることのできるここの学芸員がうらやましい。

近代の日本の画家は、洋画と日本画というふたつの間で揺れ動き、其々の道を模索した。開国で西欧文化が流れ込んできたとき日本人を襲った問題は、絵画というジャンルに限らない、巨大なものだが、自分はこれまで、日本の絵画を見るとき、この観点を意識したことがなかった。
主に戦後の昭和の「完成された」日本画を、単体として見ているだけだった。遅ればせながら、これから、観点を増やしていきたいと思う。
スポンサーサイト

コメント


この記事に対するコメントの投稿
















この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://leonazul.blog87.fc2.com/tb.php/221-ea33ff15
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。