南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  スポンサー広告
tag : 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category :  フィギュアスケート
tag : 
■女子シングルにおいては、昔から、高難度ジャンプが求められてはいなかった

新採点法と旧採点法では、「どういう演技をよいとみなすか」の価値観が違う、と書いてきたが、「ジャッジたちの持っている価値観」は、実は、旧採点法から新採点法への移行の中でも大きく変わってはいないのではないか、と最近思うようになった。

自分は男子について文句を言ってきたが、「女子」を見ると、「新でも旧でも、トップになるのは変わらないであろう」ことに気づく。
現在、最も高い評価を得ている選手はキム・ヨナだが、旧採点法で順位をつけても、同様だろう、と思う。

現行のルールと運用は、高難度ジャンプを武器にする選手に不利である、という不満・批判が一部にある。
だが、「ちょっと昔」を思い出してみよう。

日本では、女子選手たちがジャンプの難易度の高さを追及し、(専門知識を持たない)メディアが、それにのっかって、大技を礼賛してきた。
だが、これは、「日本の特性」で、日本以外では、歴史的に、女子Sではジャンプの難易度の高さは求められなかった。

そのことは、伊藤みどりさんの時代から見ていれば判る。
みどりさんは、ビットより高難度ジャンプを跳んだが、競技会の勝負でビットに勝つことはなかった。当時自分は、心情的にみどりさんを応援していた(ビットは「女を武器にしすぎ」で、好まなかった)が、「ジャンプの技術が優れるみどりさんが勝たないのはおかしい」という不満を持った記憶はない。

この頃は規定があり、みどりさんは規定の順位が低かった。規定が上手く、完成度の高い選手が、「FPの技術点」では負けても、最終順位は上、という勝ち方は十分ありだった。「この競技はそういうもの」と納得していたのだと思う。
(体操競技でも、規定と自由があり、自由の点は劣っても規定のリードで逃げ切り、という順位の決まり方を見慣れていたのではないか。体操競技の採点方法も、時代と共に変遷してきた。フィギュアスケートと体操競技は通じる部分がある)

みどりさん後、長く、みどりさんのレベル以上のジャンプを跳ぶ選手が女子シングルの世界に現れなかったのは、技術的に困難であったことも勿論だが、それ以前に、「ジャッジは、女子Sにそれを求めなかった」という事情があったからのように思う。

ジャッジの持っている「女子Sではどういう演技をよいとみなすか」という価値観(理想)は、旧採点法時代と新採点法時代で、大きな変化はなかったのではないか、と今の自分は感じている。

女子Sでの第一義は、「正確で美しいスケーティング」であり、「高難度ジャンプ」は、その後。
現状の採点でも、高難度ジャンプを成功させれば、TESで高い点を与える。但し、「美しくない・不正確な技は評価しません」という考え方が、回転不足やロングエッジを厳しく取る運用の根拠。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ここまで書いたところで、NHKBS1「情熱大陸/スポーツ史の一瞬 喝采が生んだ奇跡のスピン フィギュア デニス・ビールマン」の放送を見た。(2/28)

ビールマンスピンが、最初は評価を得ていなかったことは知っていた。何で読んだか、前後の話も忘れたが、「あれは『見世物』で、スケートの技ではないでしょ」と蔑んだ女子選手がいた、という記述があったことを覚えているので。

そして、旧採点法時代、ビールマンスピンは、ビールマンの専売特許で、真似る選手はほとんどいなかった。
取り入れて、自分の得意技としてアピールしたのは、両足ビールマンというアレンジ技にしたスルツカヤと、「男子」のジェーニャくらいだった。

選手たちがやらなかったのは、やってもジャッジの評価が上がるものではないので、練習する意味がない、と判断し、「自分は好きだからやりたい」というごく少数の選手だけしか試みなかったからだろう。新採点法で、レベル認定の技のひとつとして明記されて以降、多数の選手が実施するのを見たとき、その解釈が合っていたことが判った。

番組は、ピールマンスピンが、最初はジャッジに評価されなかったが、観客からは喝采を得、美しく完成させることによって、やがてジャッジの評価を得た、という成功物語に仕立て、いつかまた、こういう新しい技を創り出す、自由で独創的な選手がでてきてほしい、としめくくった。

実にもっともな意見で、反対する人はあまりいないと思うが、採点法の変化に適応する努力をしている最中の身は、「気持ちは判るけど、現実を見ると、そういう期待を煽るのはどうかねえ」という醒めたセリフが出てくる。

新採点法は、旧採点法より、「自由・独創性」を許容しない。エレメンツのひとつひとつにレベル認定の規則が細かく定められているから、それに合わないことをやっても点にならない。がんじがんらめ、といっていい。
NHKの番組制作の人の頭には、点にならないイナバウアーをやってトリノで金メダルを取った荒川さんがあるのかもしれない。だが、彼女があの独特のイナバウアーを身につけたのは、旧採点法時代であったことを忘れてはいけない。

新採点法は、「従来の採点法は、採点基準が曖昧で、公平性に欠ける」というメディアのキャンペーンの結果生まれたものだ。メディアの背後には、「五輪で、自国の金メダルが欲しい」という大衆の欲望の圧力がある。そう私は理解している。

私個人は、芸術という要素を兼ね備えるフィギュアスケート競技に、純粋スポーツと同様の客観性の高い採点を要求するのは無理であり、曖昧さを許容するもので、旧採点法の方がよかった、と思っている。
しかし、私はフィギュアスケート競技を見るのが好きなので、現在を否定して後ろ向きではいられない。新しい採点の基準に自分の物差しを合わせる努力をする。
現在はまだ旧採点法から新採点法への移行期だ。新採点法で育った選手たちばかりになったとき、「新採点法が何をもたらしたか」の正解が判るだろう。
スポンサーサイト

コメント


この記事に対するコメントの投稿
















この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://leonazul.blog87.fc2.com/tb.php/216-d7170f74
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。