南の国の太陽、空の色の獅子

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■ 「政策」の評価・選択と、「個人の基本的生活の方針」の選択は、別ものである。

私は、「地球温暖化を防ぐためCO2を削減しましょう」という運動に参加しよう、と思ったことがない。
「チームマイナス6%」が目につきだした頃、個人に対する推奨行動リストを一瞥し、「自分に関係ない」と思った。

エアコンをできる限り使わないのは昔からの主義で、自宅の暖房の設定温度は19度である。
数年前から、スーパーに行くときは買い物袋を持参するし、ゴミの分別はルール通りやっている。
電気ガス水道料金には「定番の節約術」があり、自分に合ったものを選び、負担を感じない範囲で実行している。
自家用車は10年前に手放した。

これらは、「地球温暖化を防ぐためCO2を削減しよう」と思ってやってきたわけではない。一部は子供のときに身についた生活習慣であり、一部は「個人の価値観や哲学」の反映だ。

限りある資源は大事に使うもの。水道は出しっぱなしにしない、使わない場所の電灯は切る、冷蔵庫のドアはすぐ閉める、といったことは、子供の頃、母親から躾けられた。
ゴミの出し方のルールは、地方自治体によって異なるし、変更がある。その都度確認をして、暮らす地域のその時々のルールに従う。これは、生活をしていく上で当たり前のことだった。

「こういった生活習慣が当たり前であった時代」は、私の世代で終わっているという現実に、改めて気づかされる。

政府やNHKをはじめとするメディアが、国民ひとりひとりがCO2を削減する努力をしましょう、と呼びかける光景に、「胡散臭さ」を感じ、一歩引くのもまた、「私の世代の感覚」ではないかと思う。

水や電気を節約しましょう、ということ自体は結構だが、個人の日常の生活習慣に対して政府から指図されることは、是としない。
戦時中の「欲しがりません勝つまでは」を連想するとまではいわぬが、政府が口を出すことではない、という考え方がある。

かつ、自分は流行・ブームに背を向ける気質の人間で、世の中が一つの方向に盛り上がると、「数年前まで別のこと言ってなかったっけ?」と冷めた目で見たくなる。

こういう風に疑いを持ったのは、自分だけではなかった。暫くしたら、環境政策に対する懐疑論がポツポツと出てきた。
レジ袋削減にはCO2削減の効果がない等のエコ活動批判から、京都議定書を順守してもCO2排出軽減に実質的な効果がなく日本が不利益を被るだけ、という京都議定書批判、はては根本である地球温暖化論の予測に対する疑義まで、程度は様々。
読んでみるか、と思ったが、「偽善エコロジー」は、ベストセラーになっているおかげで、図書館の予約冊数が半端でない。何か月も経ち、忘れた頃に、順番が回ってきた。

こういう話は、1冊読んでも意味をなさない。のそのそと読み進んで、上の3冊を終了した。
次に予定しているのは、以下。
(図書館の)予約は入っていないので、世間のニーズは薄いらしい。終わったら、できればメモを記したいと思う。

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