南の国の太陽、空の色の獅子

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40年ぶりの「ポーの一族」の新作が掲載されたフラワーズ7月号をようやく入手した。
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漫画というものをこの20年読んでいない私のようなオールドファンが、情報を知って慌てて書店へ走ったくらいだから、売り切れ続出は当然。
出遅れてみつからず、重版も入手できず、単行本が出るのを待つか、デジタル版を買うか暫く迷ったが、雑誌を手にとりたい欲望がくすぶり続けたので手配することに。

冒頭の数ページは違和感があったが、進むにつれて感じなくなり、終わり近くでは完全に引き込まれていた。

私の知っているエドガーだ。

物語の舞台は、1944年。第二次大戦中のイギリス。
エドガーが出会うのは、ドイツから逃れてきたユダヤ人の少女。

「グレンスミスの日記」(1972年)では、イギリスからドイツへ渡ったイギリス女性を描いた。
今度は逆。

44年前の物語に登場したのは、2度の戦争に翻弄されるドイツで、運命をただ耐え忍ぶ人物像だった。
今回は、黙って耐えるのではなく、「怒っている」キャラクターを描いた。

「あたし 今の世界中を怒っているの!
こんな世界 大っきらい!」

「グレンスミスの日記」では、辛く苦しい現実の中で、「争いもなく 貧しさもなく 絶望もなく」、死の恐怖からも解放されて、永遠の命を生きる一族へのあこがれを、かなわぬ夢として、登場人物に語らせた。

67才になった萩尾望都は、少女に何を語らせるだろう。
物語の後編の掲載は冬だ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

少女漫画には、長い間、夢中になった。

最も入れ込んだのは、LaLaとプチフラワーを毎月買っていた頃。
LaLaが月刊化した最初の1年間、萩尾望都が表紙を担当したことを覚えている。
購読したのは、1979年から「日出処の天子」(山岸涼子)の連載終了号まで。
プチフラワーは、「訪問者」(萩尾望都)が掲載された創刊号(1980年)から、「メッシュ」(萩尾望都)が掲載された頃までだと思う。
(フラワーズは、プチフラワーの後継の雑誌と今回知った)

「ポーの一族」は、私にとってNO.1の少女漫画作品だった。
少女コミック連載時には間に合わず、読んだのは単行本。
今も手元にある。

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大半の漫画は捨てたが、本当に好きだった幾つかは残した。
今回の新作発表のニュースで、久しぶりに書棚から取り出しページを開くと、あっというまに虜になった。
強烈な魅力が、時を超えて、蘇る。

自分にとって、萩尾望都は、当時から、お気に入りの作家たちの中でも「別格」の存在だった。
が、今回、山岸涼子や竹宮恵子といった同時代の作家の発言を読み、今更ながら、彼女の天才ぶりを知った。

山岸涼子は、打ちのめされるのが怖くて、「ポーの一族」を最近まで読まなかった、と言う。(フラワーズ掲載の対談内の発言)
私からみれば、山岸涼子も充分「異才」だったから、これには驚いた。
(もっとも、私の知る山岸涼子は「日出処の天子」で、若い頃の作品は読んでいない)
竹宮恵子が萩尾望都に対して抱いていた感情についても、今の今までついぞ知らなかった。

時間が経ったから語れる話もある。
自分も、熱に浮かされた時代は、遠い過去だ。
今、穏やかな気持ちで振返ってみるのも悪くない。
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