南の国の太陽、空の色の獅子

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久々に、ブログの作文をする気が湧いたので。

昨年、父が死んだ。それを巡る話題。

●がん検診が、父の寿命を縮めた

先日、遺品整理中に、「がん検診の受診が、手術とそれによる死亡を招いた」ことを知った。

父とは別居だったので、手術に至るまでの詳しい経緯を知らなかった。
健康診断で異常が発見されて精密検査を受け、「胸部大動脈瘤」と診断された。
破裂を予防する手術を提案され、迷った末に選択した。
私が把握していたのはその程度だった。

遺品の中に、健康診断の記録があった。
中身を読み、異常の発見は、基本の健診ではなく、「肺がん検診」であったことを知った。

基本の健診には、レントゲン検査が含まれていない。
肺がん検診のレントゲン検査で、「肺がん以外の要精密検査」と判定された。

大動脈瘤は、自覚症状がない。
父は不都合を何も感じていなかった。
80を超えてからは腰を痛め歩行に不自由が生じていたが、家の中での移動はでき、介護の必要なく日常生活を送れていた。

もしも、肺がん検診を受診していなければ、大動脈瘤は発見されず、父は、今も生きていたのではないか。

父の大動脈瘤の大きさは、「4.6cm」とメモにある。
大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドラインを見ると、「手術を勧める」のは「5.5cm以上」とある。
「4.5cm未満」であれば「半年経過観察」。

診療を受けた病院の運が悪かった、という見方をしてもよかろう。

別の病院であれば、破裂の危険性が高いとみなせる大きさには達しておらず、高齢で手術による危険性が高いので、手術を勧めなかった可能性が充分あると考えてよいのではないか。

あるいは、医者の腕がよくて、手術が成功したかもしれない。

父が手術を受けた××××××病院の心臓血管外科は、今夏、心臓や大動脈などの手術を受けた患者複数が術後間もなく死亡したことが問題となり、調査が入り、手術を中止している、という報道が流れた。

父の死亡は昨年だから、報道された死亡者数にはカウントされていない。
が、手術した医師は同一人物である。

がん検診の受診を決めたのも、当該病院での手術を決めたのも、父自身だった。
同居の家族は、手術に消極的で、最低でも、信頼している別の病院での手術を望んでいた。

こういった事情ゆえ、家族の心情としては後味の悪さがある。

といっても、こうなったのは「本人の選択の結果」なので、「これが寿命」とみなすのが道理、と思う。

ただ、手術後、「お寿司を食べたい」と呟き、食べること叶わず、そのまま病院のベッドの上で半年過ごし、最後は薬漬けで死んだ姿をふと思い出し、「がん検診が手術のきっかけだったとはなあ。検診を受けていなければ、手術することもなく、もう暫くの間、好きな寿司を食べて暮らせたのだろう」という台詞が浮かぶのである。

*一度、病院名を明記してアップしたが、考え直し、伏せることにした。
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