南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  スポンサー広告
tag : 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Category :  自転車
tag : 
1998年TdFの再検査の公表で、また一騒動起きているが、選手たちに対して非難の類を断言する人には、三船雅彦さんがFBに記した文章を一読することをお勧めしたい。
そして、自転車界のドーピングについての意見を、ネット上で(意味:不特定多数に向かって)発する時には、ハミルトンの「シークレット・レース」が必読だと思う。

私はこれまで、検査で陽性を出しても否定し続ける選手たちを、「しらを切り続ける」という表現で侮蔑していた。
でも、ハミルトンの語ることを読んで、少し変わった。

自分が彼等の立場に置かれたとしたら、「自分は、ドーピングを選択はしない」し、「嘘をつかない」と言えるか。
私は、言えない。
「自分自身を振り返り、自分のエゴと醜さ・弱さを認識できる」程度には、私は年をとった。

もう一点ある。
ドーピング漬けの時代を作った根源にあるのは、「強い選手」、「血沸き肉踊る熱い勝負」、すなわち「ワクワクドキドキ興奮・感動させてくれる見世物」を要求する「観客」ではないか。

そもそも、TdFの始まりは、「見世物」だった。
選手たちがバテバテになって苦しむのを見るのを観客たちは楽しむから、主催者は、「観客にうけるように」、困難なコースを作った。

「今でも」、この下り坂は危険だ、と一部の選手が声を上げると、「腰抜け」と罵倒する観客たちがいる。
彼等は、選手が怪我をしようが死のうが構わない。
リスクを負う負わないは、選手の「自己責任」で、死んだら、へたくそか、運が悪いか。
「見たくないものを見たな」ですませ、翌日には忘れる。

「観客」とは、「人間の持つ残忍性」を露出する存在だ。どこの地域もいつの時代も変わらない。
「安全性」と「レースの面白味」は本質的に相反する。繰り返される論争を、私はF1で延々見てきた。

私は、危険を主張する選手の発言を尊重する観客ではあったが、他方では、「勝利至上主義」の観客だった。
「勝つこと」を、要求した。

勝つために手段を選ばない選手であることをはっきり認識し、「大魔王」と呼んだ、7度のチャンピオン、ミヒャエル・シュマッハーのファンであり、彼と同種のチャンピオン、ランス・アームストロングを賞賛した。

ゆえに私自身も、「ランス・アームストロングという化け物を生み出し、真っ黒の時代を容認してきた観客」のうちの一人なのである。
私は、そのことを、肝に銘じる。

元々は「興行」だった自転車RRは、時の経過の中で、いつしか「スポーツ」に「変質」した。
レースをやる人々は、自分たちの行っているものが「スポーツ」のジャンルに入る道を選んだ。

「スポーツ」は、「公平性」が求められる。
グローバル化する世界の中で生き残るためには、「前と同じまま」ではいられない。
スポーツに限らず社会のあらゆる分野で情報化が急速に進んだことで、隠し事ができなくなってきた。

多くの競技が、「閉鎖された社会」で長い年月営まれてきた。「内輪」では「当たり前」として通ってきた慣例が、外の世界から見ると容認できないということに、初めは気づかない。
「透明性や公平性」が求められる時代になって、あちこちの競技団体が、問題に直面し、変革が求められているのではないか、と思う。

TdF100回記念大会は、華やかに終了し、成功であった、様子である。(情報をほとんど集めていないので判らない)
結構なことであるが、その裏では、いくつかのチームが来季のスポンサーがみつからず、存続が不確かという恒例の報道が流れている。

多額の費用をかけた、大規模で派手なイベント一般に対する興味が徐々に失せていっているのは、私個人の価値観・嗜好の変化だ。
しかし、一部は、自転車競技の舞台から去って、ささやかな生活の中に幸せを見出して暮らしているという、ハミルトンの本の末尾の記述に影響されたかもしれない。

・オグレディとフォイクト

1998年TdF陽性名簿にオグレディの名が出ることは、発表の直前、彼が来年の予定を前倒しして突然引退を発表したときに気づいた。

ゾロゾロ名が並ぶにしても、みな引退していて、現役で影響を受ける人はいないのでは、と軽く考え、うっかりしていた。
そうだ、オグレディは1998年に出場している。

TdF中に、出場回数の記録がどうのという話題が出ていた。
回数が多いという事実は、「真っ黒の時代にやってました=ドーピングやってました」と同義である。
今や明らかとなった事実に目をつぶった報道は、「矛盾」を通り過ぎて、もはや、滑稽で、悲惨だ。

あわてて戦績を確認すると、マイヨ・ジョーヌを3日着て、ステージ優勝もしていた。
それだと間違いなくサンプルを取られている。こりゃダメだな。やれやれ。

同じく1998年出場者で現役のフォイクトは、TdF中に、今年が最後のTdF、と公言したが、自転車競技からの引退ではない、と、現役続行の意欲を表明した。

ということは、彼は、「今回、自分の名が出る危険はない」とみなしている。
検査を受けて検体が保存されているのは出場選手の一部だ。彼は「検査を受けていなかった」、あるいは、「検査のあったときは何も使っていなかった確信があった」。

といっても、今回はクリアしても、過去がバシバシ暴かれる時代になったから、かなり危ない。
オグレディと同じ目にあう前に、今季で引退した方が本人にとっていいようにも思えるが、ご本人がリスクを背負うというなら、仕方ない。

たとえ引退後でも、バレる日がきたら、やはり何か喋らなければならない、現役でいようが引退しようが変わらないさ、走りたい間は走るよ、と言われればその通り。
スポンサーサイト

コメント


この記事に対するコメントの投稿
















この記事に対するトラックバック

トラックバックURL
http://leonazul.blog87.fc2.com/tb.php/1407-e06b23da
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。