南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  自転車
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J SPORTSが放映した「<Cycle*2013 第100回ツール・ド・フランス 記念ドキュメンタリー> ~ザ・レジェンド~ 」を見た。

TdFの過去の歴史を文字(書籍)で読む意欲を持ったことはないが、映像には、少々、関心があった。

私は、古い時代の映像に、関心がある。
今年の年初、東京都写真美術館でリュミエール兄弟の映像を久々にみかけたとき、モニターの前に張り付いてしまった。

・カラー映像

番組は、1900年パリ万博の映像で始まり、続いてTdFの第1回大会が紹介される。
驚いたのは、それらとその後の映像が、「カラー」であったこと。

戦前、すなわち1940年代まで、現存する映像の多くはモノクロだ。カラーはたまにしかみかけない。
ヒトラーとナチスの映像は数多く見たが、カラーを見たのは随分あとである。

そう認識していたので、この番組のカラーづくめには驚いた。
オリジナルのプリントがこんなに存在していたのか?それとも、後日に色をつけたのか?そういう技術が今はある。

・素性不明の番組

カラーに関して確認したくなったが、困ったことに、この番組は、素性がはっきりしない。
クレジットを、きちんと表示していないのである。

フランス製作なのはわかるが、ナレーションは英語。英語版に日本語字幕をつけてある。
英語版を作ったのが誰なのかも判らない。元のフランス語版のナレ-ションに忠実なのか、それとも違うのか。

J SPORTSは随分「いい加減」なことをしたものだと思うが、わざわざ確認するほどの気も起こらないので、ほっておく。(今のご時勢、聞けば、教えてくれると思うが)

・1960年代まで

私の興味を引いたのは、1900年代から1950年代までの前半(Part1)と、後半(Part2)の冒頭、1960年代まで。

70年代以降は、手垢に塗れた世界になる。
この印象は、否定的な描き方をしている番組の作り手のせいだけではない。ベースは、自分自身の蓄積した知識によると思う。

私は、F1の熱心なファンをやっていた頃に、古い時代の知識を取り込むことをした。書籍は数十冊読んだ
その結果、1960年代のホンダF1の中村良夫氏のファンになったし、1955年にレース界から最強のまま去ったメルセデスの伝説にロマンを感じていた。
しかし、1970年代以降の物語には、魅力を感じず、目を向けなかった。1970年代~1980年代の約20年間はふっとばして、1990年以降の「現在進行形」の世界に戻ってくる。

F1も自転車RRも、社会の中にあるスポーツとして同じ流れの中にあるのだと思う。
1970年代以降、プロスポーツの商業化は強力・急速に進んだ。

もし自分がF1の代わりに自転車RRを見ていたら、同じように、60年代以前を歴史として尊重したかもしれない、と思う。

ベルナール・イノーの箇所で、「チームのスポンサーがルノー」と述べられ、ルノーF1のマシンの映像が登場した。
そういう過去があったことは初耳ではなく、どこかで読んだことはあるが、イノーと結びついてはいなかったので、あ、そうなんだ、となった。

・・え~と、ルノーのフルワークス参戦は、いつだったっけ?・・確認はすぐできる。「1977~85年」

・シリル・ギマール

イノー絡みで、もうひとつ目に止まった件がある。
イノーのチームの監督が「シリル・ギマール」。

私にとって、シリル・ギマールとは、ジュニア時代のアンディの才能を見出した人で、アンディについて問われれば親身になって心配するコメントを発するおじいさん、である。

ええ?イノーだって?
改めて確認すると、イノーの次は、フィニョン、さらにグレッグ・レモン?
うわ、なんたるそうそうたる面々。口あんぐり。

この方のお眼鏡にかなったなら、才能に間違いない、とみなすことには十分理がある。
「シリル・ギマールに才能を見込まれた」ということの意味(価値)を、今頃知った。

ほんと、今頃、何言ってんだ、これだからにわかはしょうもない、と言われて当たり前。

ギマールは、今年、不調のアンディに関して、「自分は、ビャルヌ(・リース)に、アンディはまだプロになる準備ができていないから、プロ入りはもう1年待ってくれ、と言ったんだ」、こんな事態になって、いわんこっちゃない、キャリアの選択を誤ったんだよ、といわんばかりのことをコメントしていた。にわかの此方は黙って拝聴。

・英雄なき時代

番組の終盤は、「惨状」といいたくなるような様相を呈する。

見る者を興奮させた「英雄」たちは、みなドーパー。
クリーンであろうチャンピオンたちは、メディアからみても大衆からみても、いまひとつ魅力に欠ける。英雄扱いをするのは選手の母国一国に限られ、国を超えた人気はない。

といっても、F1でも、現在、強力な魅力を持つドライバーは不在だ。
そういう時代、とみなすのが正しいのだと思う。

大衆は「英雄」を好む。昔も今も。
でも、「英雄」は、いない方がいい。今の私はそう思う。
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