南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  散歩
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先週、文京シビックホールに行ったついでに小石川後楽園に立ち寄った。
ちょうど梅が盛りのはず。

ここには長く来ていなかった。遠い昔に来て、「わざわざ見る価値なし」と思った記憶が残っていて、気乗りがしなかった。
しかし、その頃の自分は「庭園の基準」が「修学院離宮」で、比較でそうなったのだと思う。今は、ハードルがうんと下がっているから大丈夫だろう。

見込み通りで、「梅は見に来るほどのものでない(皇居の方が数段よい)が、庭園としては見応えがある。別の季節に再来する意欲あり」
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かつて落第点をつけた理由の一番は、「背後に周辺のビルが見えてしまう」ことだった。
「庭園の借景は山に決まっている」という美意識だった自分は、ビルなんてとんでもない。

植栽の向こうにバカでかい東京ドームの屋根が見え、その上、公演中の音響が聞こえてくるなぞお話にならない。
その評価はそれとしてありだが、東京に居住している身は、ないものねだりをしても仕方ない。
「自宅から30分の所にある」ことに価値がある、のである。

上の写真の右ののっぽビルが文京シビックセンター(文京区役所)で、25階の展望室から見下ろした後楽園がこれ。
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木々のふわふわとした色が、春近いことを告げている。
地上から見上げると木々の佇まいはまだ寂しげだが、瑞々しく美しい季節がもうすぐ来る。



園内を廻って印象的だったことを書く。

関東大震災もしくは太平洋戦争の戦災で焼失した、と記された建築物の遺構が複数あった。
ここは二度ともやられたのか。

京都・奈良の建築・庭園は、元々レベルが高いだけでなく、震災も戦災もあわなかった。
「先の戦災で被害があって」と言った京都の人がいて、いつの戦争かと思ったら「応仁の乱」だった、というジョークがある。

東京には、江戸時代より後のものしかない。それも、建てては燃え、建てては燃えた。
江戸時代の江戸(東京)は、繰り返し大火に見舞われた。
建て直すごとに火事への対策レベルは向上していった。

でも、関東大震災が街を焼き、その次には、B29が焼いた。

近々、また大地震が起こる、といわれている。
繰り返し起こってきたから、起こるだろう。
ここは、そういう土地だ。

街は、繰り返し、燃え、壊れる。
その後に、再び建てる。
そうやって人々は暮らしてきた。

池の端のベンチに腰掛けて、そういうことを思った。

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