南の国の太陽、空の色の獅子

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絶版の「鈴木亜久里の冒険」の加筆・改訂判。文春文庫。
発売は、日本GP直前の10/10。同じ頃発売のNumberに、亜久里さんのインタビューが載り、ばんせい証券の件を自ら口から出していた。

ばんせい証券の「呆れて何もいえなくなるような話だが、どうもガセではないような。自分がこのチームの応援をしていたら、破綻を完全に覚悟するぞ」話は、破綻の前からネット上で堂々と流れていた。
ところが、表向きの場では、多くの人が知らないふりをしていて、外から見ると、かなり妙だった。

「キレイごと」にしておきたいので、「不都合な現実」を見てみぬふりをし、必然的な破綻を迎えたそのときにオロオロ嘆く、という絵に描いたような事例にみえた。

F1という世界が、金まみれのピラニアクラブで、夢をみた数多くの人々が金を注ぎ込んでは破綻して去るのは、長年繰り返されてきた光景だ。
その過去を顧みず、「少年の夢物語」がかなうと、どうして、多くの日本人が思ったのか。

懸念を抱いた人間は皆無ではなかった。最初の時点で、「準備不足のチーム立ち上げ」であることは明らかで、「スポンサーが不明」すなわち「資金の出所が不明」というのは、決定的な不審点だった。
自分もこの見方をした一人だが、「スポンサーは、これから探せば、それですむ」と多くの人がなぜ考えたのかは、今だに謎だ。

私は、スーパーアグリの顛末を、必要以上に「美化して」語る文章に、違和感と薄ら寒さを覚える。
今宮雅子氏がその代表だが、そこには、アグリの美化だけでなく、他者を貶める意味も含まれていた。
自分は、アグリは運がよければ生き延びることができるが、すぐ潰れても当然、という見方を最初からしていた。つまりアグリは滅ぶべくして滅びたのであって、その消滅について何かを貶め非難する筋合はないと思う。

そして、小さなチームが、大メーカーチームに伍して戦う姿に気持ちよさを感じ、称賛する声に、こういう心理が、日本人がいまだにF1でトップを取れない根底にあるのかもしれない、と思った。
この心理(嗜好)は、「どうやったら勝てるのか」の方法を冷静に見定める、という合理的な考え方の対極にあるからだ。

アグリの立ち上げの頃、タンクで攻めてくるアメリカ軍に竹槍で応戦しようとした旧日本軍に喩えた人がいた。多分それは揶揄であったのだろうが、無謀(意味=深い考えがないこと)の指摘としては真実をついていたのではないか。

本は未見。(「鈴木亜久里の冒険」に付加した部分を読むだけなため)。読んだ後に追記するかも。

「鈴木亜久里の冒険―走れ、F1ビジネス!!」 
2008/6/1  ビジネスとしてのF1~アグリを巡って
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