南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  散歩
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先週末、銀座に行ったついでに、久々に、東銀座へ足を伸ばした。
歌舞伎座の建て替えがまもなく完成する。さて、どういう様子になったか。

銀座から晴海通りを進むと、こう。

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前とそんなに変わらないかな。
「背後に高層ビルを背負った古い建物」の構図には、もはや「見慣れ」て、鈍感になり、気にならなくなったのかも。
いや、それよりも、もともと、歌舞伎座の建物に魅力を感じていなかったことが大きいのだろう。

歌舞伎座には、毎月のように来ていた時期がある。「芝居小屋として」は、気に入っていた。
ここの内部空間は、最初に来たとき感激・興奮したほど、「非日常の雰囲気」を持っていた。

国立劇場の公演にも行ったが、「普通のホール」で、無味乾燥で趣がなく、つまらなく感じた。新橋演舞場や浅草公会堂にも出掛けたが、歌舞伎座で見るのが一番好きだった。

しかし、「建築物」という観点を取り上げれば、私の美意識には沿わなかった。
決定的な難点が、ファサード。見たいと思わない。落第点。
それで、建て替えに対しても明確な反対意見は持っていなかった。

設計者が誰かも認識していなかった。
そのため、私の美意識「ど真ん中」で、見惚れる明治生命館の設計者、岡田信一郎の作品リストの中に歌舞伎座の名をみたとき、「まさか」と目を剥いた。

気を取り直して調べると、岡田が設計したものは、昭和20年の空襲で大きな痛手を受け、修復工事をしたので、原形から遠ざかっているらしい。
1925-1945の写真を見て、「今のと違うぞ?・・これなら落第とは言わないのでは・・え~と、今とはどこが違うんだ?

「東京大空襲で全焼、大屋根も焼け落ちた」
大屋根!
そう。屋根だ。

現存の左右二つの小さな屋根の中央の位置、上部に、「大きな屋根」がのっている。
更に、側面にも屋根が設けられ、「複数の屋根を組み上げて構成したデザイン」だ。
これなら、バランスがとれている。

一挙に解決した。
現在の形状が、明治生命館や黒田記念館と同じ設計者といわれても納得しなかったのは道理だった。
今の外観が、原形から「欠けた」状態であるのは明らかだ。
私が「気にくわん」とボロクソ言っても、岡田信一郎に失礼には当たらなかった。

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交差点を渡り、近づいて眺めると、ほぼ出来上がっている状態であった。
目についた大きな変更点は、正面玄関右手の建物の内部に、地下鉄東銀座駅への出入り口が設けられていること。
そうだ、以前は歩道にあった出口がない。消えている。そうか、駅直通か。

建物に沿って、道を左折する。
この道は、よく通った。この先には、マガジンハウスの本社屋がある。
1階に設けられていた外国雑誌を閲覧できるギャラリー(ワールド・マガジン・ギャラリー)に通った。

ギャラリーが閉館してからは通らなくなったので、久々の道を、高層ビルを見上げながら、歩を進める。

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端まで来て、何気なしに路地を見やると、ちょっと気になるものが目に入った。

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新築のビルの谷間に、古い家屋が一軒、取り残されている。

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完全に周りを取り囲まれている。
「割烹恵川」という看板がかかっていて、営業しているようだ。

工事中は、振動(地響き)・騒音が、とてつもなかったろう。いや、割烹なら夜営業で、工事は夜間はやらないから、大丈夫とか?
いやいや、これだけの超高層ビルの工事だと、こんなしょぼい木造家屋は、土台からの振動でダメージを受けそう。大丈夫な気がしない。ほんとにずっとここにあったのかな?

表の晴海通り側に戻ると、道行く人々が足を止め、真正面からの写真を撮っていた。
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