南の国の太陽、空の色の獅子

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Mein Lieber Michael

尻切れトンボにしてあったサイトを整えた。
久しぶりに読み返して、「よくこんなものを書いたな」と呆れる部分もあるが、これほどの思い入れを抱いていた自分は幸せだった、と思う。
今はもはや、こういう文章は、書きたくても書くことはできない。

●アロンソ

2005年の終わりに書いた文章の中に、「私は、まだ、ミヒャエルの幻影を、アロンソの中に見ている。それは、10年前の水色のベネトン・ルノーのミヒャエルを愛した観客の限界であり特権だ」というくだりがある。

7年後の今年の夏、私は、いままた、フェルナンドに、ミヒャエルのかつての姿を見た。
「97年のミヒャエル」を。

1997年、フェラーリ2年目のミヒャエルは、ライバル、ウィリアムズ・ルノー(FW19はエイドリアン・ニューウェイ作)より明らかに戦闘力の劣るマシンを駆ってタイトル争いをし、「ドライバーとしては、ヴィルヌーヴより間違いなく上」と高い評価を受けていた。
あの夏、ミヒャエルの名声は、これ以上ない頂点に高まっていた。

フェルナンドは、ここ数年で、現役最強ドライバーという評価を得るようになっていたが、今夏、真紅の駄馬を駆る彼は、まさに、「勝てるはずのないマシンで勝ち、ライバルの自滅と不運につけこんでチャンピオンシップの首位に立つ」97年のミヒャエルそのままだった。

当時、口に出すことを控えたのは、「97年」の連想は、結末に目を向けたとき、「不吉」な連想であったから。

勿論、たとえ最終戦で同じシチュエイションになったとしても、フェルナンドは「ミヒャエルと同じこと」はしないことに、自信はあった。
築き上げた名声と尊敬を失う不安は、全くなかった。
ただ、この連想は、「今年もタイトルを獲ることはできない」予想を導き出した。

いつか、彼が3個目のタイトルを獲る日が来たなら、私は嬉しい。
しかし、その日が来ても来なくても、私が彼に望んだことは、既に、叶った。
「引退するとき、一番素晴らしかったのは05・06年だった、と私に言わせないで」
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コメント

迎春
RIHOさん

新年明けましておめでとうございます。

最近、自転車の話題がめっきり少なくなりましたが、時々こうしてBlogにお邪魔させていただいています。

私は純粋に自転車RRが好きなので「いつの時代のどのような世の中でも起こりうる、暗黒面の出来事が再び!?、歴史の一頁に書き込まれたのか」、と思いながら・・・今年も懲りずにレースを見ることと思います。

単純でしょ。呆れないでくださいね。

もしもまた、自転車に興味を持たれることがあったら、話題に取り上げてください。

今年一年(だけじゃなくずっと)、良い年でありますように。
2013/01/02 16:57URL  KUMI #-[ 編集]


KUMIさん

年始のご挨拶をいただきましてどうも有難うございます。
いつもお世話になります。

えー、自分が自転車の話題を書かなくなったのは、「アンディが、レースに対するモチベーションをなくしていたことのストレートな反映」だろう、という解釈を、自分でしています。

私は、公称の「負傷」を全然信用せず、「やる気ないんでしょ」と受け取っていたクチです。
「たいしたことない。とっくに治ってる。やる気の問題だけ」

今、たくさんレースに出る!と言ってるらしく、本当に復活したら、たぶん、自分も復活する可能性が高いと思います。

ただし、フランクの件がどうなるか、で読めない部分が残りますが。
もっとも、いずれにしても、なるようにしかなりません。

アンディの話題を読みに来られている方がいらっしゃるのは判ってますので、彼が復活することを願いましょう。
2013/01/03 21:24URL  RIHO #-[ 編集]


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