南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  自転車
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●RSNTの内紛・続き

一旦収まった内紛報道が、ベルギーのTelesportが掲載したブリュイネールのコラムのおかげで再燃。
Luxemburger Wortのサイトは、cyclingnewsの引用記事を孫引きして、5/27のトップ記事にするといううろたえよう。
例年なら、TdLを前に明るく盛り上がる時期なのに。(やれやれ)

ステージレースのリーダー(キャプテン)を任せた選手たちが、ここまで全員、相応しい働きをしていないので、ツール出場は保証しない、シュレク兄弟も含めて、というブリュイネールの発言は、「彼の側」からすれば、十分理がある。
実際、シュレク兄弟の今季ここまでの状態はボロボロだ。これでいいです、全然構いませんと容認するチームボスがいたら顔を見たい。

しかし、である。
私のような「シュレク兄弟側」に立つ人間は、ブリュイネールに対して、冷笑に近いものを向けている。
前回書いたように、「やり方が不味いって。君の指示に大人しく従う相手じゃないのは、最初から分かってるのにさあ。
真正面から説得に取り組む正攻法を最初から諦めて、搦め手で行くと決めて、巧妙・高度な策略を周到に巡らして操ろうとしたならまだしも、何もやってないとしかみえない。
彼等がなぜリースと別れたのか、もしかしたら分かってないのかね?」

ブリュイネールがシュレク兄弟より立場が弱い、と私が踏んでいる理由のひとつは、シュレク兄弟が不振であっても、チーム内に代わりになる選手はいないこと。

彼の手駒のクレーデンも、今季ずっと不調で、結果を全く残していない。
今年のツールのコースが発表された昨秋、TT距離が長いことは、クレーデンがシュレク兄弟よりも総合で上を取れる可能性がある、アンディのエースの地位は安泰ではないかも、という見方があった。
この可能性はゼロではない、と自分も思った。(それほどまで、兄弟がTTで失うタイムはでかい、とカウントしていた)

もし、クレーデンの競争力がアンディより高そうであるのなら、ブリュイネールの脅しは意味がある。だが現状のクレーデンをみれば、まったく意味をなさない。

シュレク兄弟は、今季の不振の言い訳を、なんとでも言える、と私は思っている。
怠けていたわけではない、今までそうしたきたように、一生懸命やった。
でも病気や落車など運の悪いことが重なった。

フランクは、ツールに向けて、準備をしてきた。それを急遽変更して、ジロに出された。ジロの準備をしていなかった割には調子は悪くなかった。リタイアしたのは、運悪く負傷したから。
ツールでコンディションが悪かったら、ジロでの負担のせい。十分言い訳が立つ。

アンディは?
今季、これまでとスケジュールを大きく変えて、ツールへ向けての準備をした。それがうまくはいかなかった。

うまくいかないときもある。
それがレースだし、それが人生。
今年はこうだったけれど、来年、また頑張るよ。

それで済む、と思う。
人生がこれで終わるわけじゃないし、世界が破滅するわけでもない。
勝てなかったことにぎゃあすか文句言って騒ぐのは、「本人以外」の人間たちだ。

既に書いてきたように、今季の元レオパードの選手たちの不振の原因を考察するなら、第一は、「モチベーション低下」。
シュレク兄弟に関しては、「サボタージュ」という言葉を使っても、全く間違いではあるまい。
当人は当然否定するし、自覚がないという解釈もできるので、登校拒否児童とか雅子さんと同種、程度に言っておこうか。
登校拒否児童は、「本当に」お腹が痛くなるし、現代人は、ストレスで、いとも簡単に、仮病でない「本物の病気」になるのである。
・・以上、現在の私の解釈。

●2010年ツールの勝者

明日、アンディは、2010年ツールのマイヨ・ジョーヌを受け取る。
コメントが出るであろうが、その前に。

彼は、コンタドール事件が未解決の間に、こういう発言をしていた。
「公式の裁定が有罪なら有罪、無罪なら無罪」

文字面だけ読むと、意味がない文章にみえるが、私は、次のように解釈する。

彼は、コンタドールがドーピングをやったか否かの「真実」の追及には、意味を見出していなかった。
三代続く自転車選手一家に生まれた彼は、ドーピングが「そういうもの」であることを知っている。

フランクは、ドーピングが広く行われていた2006年以前からプロで、「フエンテスと関わっていた」選手の一人だ。
2008年末の彼の事件の経緯を、私は、よく覚えている。
これはダメだ、逃げられない、と思った。
私の現在の解釈は、「ルクセンブルクのアンチ・ドーピング機関と自転車連盟がフランクを無罪放免にしたのは、スペインのそれが今回コンタドールに対してやったことと同じ。自国のスターを守った」。

コンタドールとフランクとの違いは、フランクの事件では、WADAがCASに不服申し立てをしなかったこと。
それだけ。

コンタドールの件について、フランクが発言したのを私は一度も読んだ記憶がない。
メディアが気が利いていて聞かないのか、振られても返答を拒否しているのか定かでないが、彼が言及しないのは「自分の前歴」ゆえ、と私は受け取っている。

ここから、「公式の裁定が有罪なら有罪、無罪なら無罪」のアンディの台詞が導き出される。
彼は「フランクと一体」であり、フランクは「公式の裁定が無罪だから無罪」。コンタドールもそれと同じ扱いをする。それが適切な対応。
彼の台詞は、そういう意味ではないかと思う。

2010年ツールで、コンタドールは、いわゆる(故意の)ドーピングをしたのだろうか?
謎のままだ。
しかし、仮に、彼が故意のルール違反をしておらず、CASが示したように禁止薬物の原因がサプリメントであったとしたら、陽性を出したのは、「彼のミス」だった。そういえると思う。

彼は、CASにおいて、検査前にサプリメントは摂取していないし、チーム支給のサプリメントは汚染されていない、と主張した。
CASの仲裁判断は、「サプリメントを摂取していないという彼の主張は嘘」であることと、「チーム支給以外のサプリメントを摂取した可能性がある」ことを指している。

CASの指摘が正しいのであれば、彼は、「サプリメント摂取には最大限の注意を払うこと」を怠ったことを意味する。
チーム支給以外のもの(彼専用の何か)を摂取してはいけなかったし、摂取するのであれば最大限の注意が必要だった。

CASの指摘が間違いで、原因は、彼の主張通り、スペインからの差し入れの肉だったとする。
その場合も、同様に、注意が足らなかった。
ヴィノクロフが同じテーブルに着いて食べていないものを、食べてはいけなかった。

「注意不足」という解釈は厳しい、一歩譲って「不運」だった、としよう。
そうだとすれば、第15ステージで、アンディが、アタック直後チェーンを落としたのと同じことである。

チェーン落としと直す手間に時間がかかったのはアンディの「ミス」という見方もあることと合わせると、お互いに、「不運もしくはミス」という、「同じこと」をやった。

アンディは第15ステージでの「不運もしくはミス」でタイムを失い、コンタドールは第17ステージ前日のドーピングコントロールでの「不運もしくはミス」でレースから除外された。
両者共に「不運もしくはミス」をした場合、「ダメージのより小さかった側が勝者となる」のが、勝負の常である。

もしも「第15ステージがなかったら」、この「素晴らしい我田引水」は、成り立たない。
どこをどうやっても、2010年ツールの勝者は「不在」というのが適切であろう。
しかし、現実には、第15ステージの出来事があった。

もし、アンディが、コンタドールは2010年ツールの勝者として相応しくない、とみなすことがあるとしたら、その理由は、禁止薬物検出ではなく、第15ステージでの行為ゆえだと思う。

そして私が、その主張を否定はしないのは、私自身も、かつて、2003年のツールを見て、「自転車RRは、F1と違って、ライバルの不運につけこむことをしない競技」と感激をした観客の一人だからである。
(それが勘違いであることに気づくまでには時間を要する)
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