南の国の太陽、空の色の獅子

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●スポーツの本質について

○○は△△とは全く違います。
○○の本質は「理不尽」と「僥倖」、総じて「不条理」です。
・・・・
△△は薀蓄のスポーツでしょう。かなり合理的なスポーツで、実力や采配が直接勝敗に結びつくからです。
だから「負けた理由はこれだ」という薀蓄に情報としての意味がある。○○は不条理なスポーツだから、負けた理由をあれこれ詮索して薀蓄を傾けても、多くの場合は、情報として冗長、すなわち単に無意味です。


○○に入るのはサッカーで、△△に入るのは野球。
出典は、「憲法対論―転換期を生きぬく力 (平凡社新書)」(宮台真司・奥平康弘/2002)
02年のW杯を取り上げ、ナショナリズムの問題を論じている章の中の一文だが、「ああ、そうか」と腑に落ちた。

宮台氏が引用した朝日新聞の細川周平氏のコラムは、当時、自分も印象に残り、サイトに記している。
2002/6/24付「実力ではどうにもならない運命の力を信じることにサッカー愛は集約される」
しかし、多分、そのコラムでは、他の競技はこう、という言及はなく、自分も考えなかったと思う。
宮台氏の指摘を読んで、気づいた。
そう。野球は、実力で勝敗が決まる。そして、F1も。

昔、母とこういう会話を交わしたことがある。
「なぜ、貴方たち(「巨人が負けると飯が不味い」という夫と、ミハエル・シューマッハーが負けると不機嫌になる娘)が、自分の贔屓が勝って当然で、負けるとカリカリするのかが分からない。だって、スポーツの勝ち負けというのは時の運でしょう?」
そう言った(スポーツのファンは全くやらない)母に対して、「そうじゃない。勝敗は、実力で決まるもの。実力を反映してるの。実力が上の者が勝つようにできてるのよ。運で決まるものじゃない」
私はむきになって力説したが、ようやく分かった。

スポーツには、実力が勝敗を決める割合が高いジャンルもあれば、低いジャンルもある。程度に幅がある。
私の見てきた野球やテニスやF1は、実力が反映される割合が高いジャンルなのである。

そして、私は、実力が勝敗を決める割合が高く、「戦略」が正しかった・間違いだった、真の戦闘力はこうだった、勝因・敗因はこれこれだ、とああだこうだと「薀蓄を傾ける」ことのできる競技を、好んで見てきた、のである。

このことは、ツール・ド・フランスに興味を持った後、長く、クラシックレースには興味を惹かれなかった自分の心理の説明を可能にする。

ツール・ド・フランスは、実力が勝敗を決める割合が高いレース、といっていいと思う。
21日間をトータルで考えて戦い、戦略・戦術がものを言う。文字通り、「総合力」の勝負だ。
対して、1日で決着をつけるワンデーレースは、「運」と「レース展開」が勝敗を左右する割合が高い。

ツールを見始めた当時、私は、21日間のレースの総合計時間を競うツールは、年間20戦前後を行って、ポイント総合計でチャンピオンを決めるF1と似ている、と思った。

特定の一人の選手が何連覇もできるのは、実力が反映する競技であることを示している。
運が結果を左右する割合が高く、実力が高ければ勝てるとは決まっていない競技では、連覇は難しい。

実は、自分が「ワンデーレースも、それとして面白いものだな」と楽しめるようになったのは、この春だ。
自転車RRファンの人には、「はあ?今頃?」と言われそうであるが、このことは、自分の心理の変化、「運に身を任せる」ことを容認できるようになったことを示す、と解釈するのが正しいのであろうと思う。
過去の自分は、「自分にはどうにもならない不条理」を受け入れることを拒否していた。

嗜好は、自分の内面の反映だ。
物事の解釈・評価等の思考が、自分の内面を映し出したものであることは自明だが、嗜好も同様。
昔は気づかなかったそういうことに、段々と気づくようになっていく。

今シーズンのF1は、例年と様相が大きく異なり、「不条理さ」が支配している。
毎戦、勝者が代わり、結果が実力を反映しない状態を、肯定して受け入れることができるか、そうでないかは、夫々の人の内面の反映である。

そして、ランキング表の一番上にフェルナンドの名があるのを見て気分がよいのは、私が今も、彼がタイトルを獲ることを望んでいることを示している。
(開幕時に、「今年もダメだねえ」と諦めたので、ホクホク)

●TdL

Tour de Luxembourg (Lux) - UCI 2.HC (May 30 - June 3)

Riders: Laurent Didier, Jakob Fuglsang, Linus Gerdemann, Andreas Klöden, Maxime Monfort, Gregory Rast, Fränk Schleck & Jens Voigt

Directors: Kim Andersen & Luc Meersman

●本日のセレモニー

Den Andy Schleck krut de Maillot jaune vum Tdf 2010(ビデオ 29分)
TdF 2010: Andy Schleck im Gelben Trikot(写真)
Andy Schleck endosse (enfin) son maillot jaune(写真)

使用言語はルクセンブルク語とフランス語で、理解できない。後日、一部は英語で出て読めるだろう。
写真で確認できる出席者は、ブリュイネール、キム、フグルサング。
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コメント


ごめんなさい。途中で間違って送信してしまいました。

ご無沙汰しています。

私は、「実力のあるものが、その実力を発揮し、美酒に酔う。その姿を一緒に楽しむ」のが好きです。

”運は自分でつかむもの”

私がRIHOさんから教えられた、一番共感でき、かつ、一番つらい言葉です。
2012/05/29 23:41URL  ないじぇる #-[ 編集]


こんばんは。
お変わりないようで何よりです。

「運は自分でつかむもの」
そう、自分、この台詞を繰り返していましたね。

あと、ライバルの不運は此方の幸運、つけこんで勝ちにいくのは容認するが、他人の不運を喜ぶ態度は「ひととして」好ましくない、「王者に相応しい」言動ではない。・・という話とかしましたね。

私は、自分の人生は自分が選択して決めてきたから、何があっても、責任は自分で負う。
自分以外のもののせいにはしない。すべて自分で背負う。

数年前、年上の友人と会話していたとき、そう話したら、友人は、首を傾げ、「それは、ちょっと違うんじゃないかと思う」と言いました。

友人が指摘したのは、自分が全部責任を負うという考え方は、幸運も自分のおかげということを指し、運に恵まれた人間の傲慢さではないか、ということです。

その会話をしたときから年をとった今の自分は、友人の言った意味が分かるようになりました。
2012/05/31 00:52URL  RIHO #-[ 編集]


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