南の国の太陽、空の色の獅子

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私が愛した東京電力―福島第一原発の保守管理者として私が愛した東京電力―福島第一原発の保守管理者として
蓮池 透

かもがわ出版 2011-09-22
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東電の原子力部門に勤務していた事実に間違いのない、「身元がはっきりしている」人の著作である。
北朝鮮による拉致事件の被害者、蓮池薫さんの兄、蓮池透さん。

蓮池さんは、1955年新潟県柏崎市生まれ。高校まで柏崎で過ごし、大学は東京理科大へ進んだ。専攻は電気工学科で、電磁波を研究した。
柏崎。そう。東京電力柏崎刈羽原発が立地する地。
数年に渡る誘致活動の後、1号機が着工したのは1978年。蓮池さんが大学を卒業する翌年である。

東電に入社したのは、積極的な希望ではなかった、と述べている。希望していたレコード会社に落ち、東電しか合格せず、行くところが他になかったからだそうだ。
(その説明の真偽は横に置き)、東電に入ると原子力部門に配属され、退社まで他部門への異動はなかった。
2009年に退職するまでの32年間のうち、福島第一原発へ2回の赴任で述べ5年半、残りの26年半は東京の本店もしくは本店付の電力中央研究所、日本原燃などに在籍した。

32年間の前半は、原子力発電所の業務、後半は、核燃料サイクルに関係する業務に携わった、と総括している。
新規原発の安全審査の旧通産省対応の窓口、原発建設計画立案、高速増殖炉の研究等、具体的な業務内容の記載を読むと、著者が、発電所の現場に始まって、本店における発電から核燃料サイクルまでの広い分野に渡る業務とその実態の知識を得られる環境にいたことが分る。
私は、このことに価値を見出す。東電の内部を「本当に知っている」人の言葉は、外部の人のそれとは一線を画す。

東電を退社し、現在、「原発はフェードアウトすべき」という意見を堂々と口から出せる事情も記している。
拉致問題の家族会の事務局長をやっていた2002年当時は、本社から原燃に出向していた。原燃の上司や同僚は、活動に理解があり、応援してくれたが、その後、本店に戻ったら、勝手が違った。窓際に回され、居づらくなった。
それで、55歳のとき、早期定年退職制度を選択して辞めた。
「東電と縁を切った」ので、今、自由にものを言える。関連会社に行ったOBたちは、そうはいかない。
納得できる説明である。

そして、これを読んで分ることは、もしも、弟の薫さんが拉致の被害にあうということがなかったなら、蓮池さんも、同僚たちと同じように、今、本を出すこともなく、黙って、自分と自分の家族の生活だけを考えて、ひっそりと暮らしていたであろう、ということである。
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