南の国の太陽、空の色の獅子

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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件知事抹殺 つくられた福島県汚職事件
佐藤 栄佐久

平凡社 2009-09-10
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本書は、前半と後半とで、テーマがばっきり分れる。
後半は、2006年に汚職事件で逮捕され、有罪判決を受けるまでの次第、前半は、それを招くことになった知事時代の活動の記述。
もし、出版直後に読んでいたら、関心は、冤罪を主張する後半部分に向き、前半の内容は、おそらくそれほど心に止まらなかったであろう。
3.11が、事情を大きく変えた。

佐藤栄佐久氏は、汚職事件で辞職するまで、原子力政策、地方分権等の問題で、本人曰く「霞ヶ関と闘い続けた」福島県知事であった。
本書の出版は、原発事故が起こる前の2009年9月である。

目次
第1章 知事誕生
第2章 地方に生きる
第3章 原発をめぐる闘い
第4章 原発全基停止
第5章 「三位一体改革」と地方分権の死
第6章 逮捕
第7章 自白と自殺
第8章 裁判


(第4章 原発全基停止から)(太字にしたのは私)

原子力委員会が、今後数十年先を展望し、今後10年程度の国の原子力政策の基本方針をまとめた「原子力政策大綱」案が(2005年)7月に発表された。
8月25日、福島県ではパブリックコメントとして、県のエネルギー政策検討会で討議した政策決定過程、核燃料サイクル、安全確保の3つの視点から13項目の意見をまとめ、「原子力政策大綱(案)に対する意見」として原子力委員会に提出した。
この中では、ヨーロッパ諸国の原子力政策決定過程について触れ、国民投票や国会の議決など、より開かれた議論の必要性について述べるとともに、これまでも一貫して主張している原子力安全・保安院の経産省からの独立についても述べている。(P.105)

10月11日に開かれた国の原子力委員会で「原子力政策大綱」が了承され、14日の閣議で国の原子力政策として決定されることになった。
もちろん、福島県が提出した意見はまったく採用されていない。国民の意見を形式的に聞いてこれまでの路線を強引に推進する。
まさに日本の原子力行政の体質そのものの決定の仕方である。
しかし、この大綱を決めた原子力委員並びに策定会議委員一人ひとりに、この核燃料サイクル計画が本当にうまく行くと思っているのかと問えば、実は誰も高速増殖炉がちゃんと稼働するとは思っていないだろうし、六ヶ所村の再処理施設を稼動して生産されるプルトニウムは、プルサーマル程度では使い切ることができないと思っているであろう。
使用済み核廃棄物の処分方法について具体案を持っている人もいないのである。
しかし、責任者の顔が見えず、誰も責任を取らない日本型社会の中で、お互いの顔を見合せながら、レミングのように破局へ向かって全力で走りきる決意でも固めたように思える。
つい60年ほど前、大義も勝ち目もない戦争に突き進んでいったように。
私が「日本病」と呼ぶゆえんだ。(P106~107)


(第8章 裁判から)

森本検事は、東京拘置所の取調室で祐二にこうも言った。

「佐藤知事は日本にとってよろしくない、抹殺する」

どういう意味なのであろうか。
たしかに、210万福島県民の安全を考えて数々の原発の事故隠しやデータ改ざんなどの問題に対応していたら、日本の原発が止まった。
結果として国を一時的に窮地に追い込んだことは事実だ。
また、全国知事会では、中央省庁出身の知事たちがひるんだり日和見する中、叱咤激励しつつ地方分権の大原則から道州制に反対し、また小泉政権下での「三位一体の改革」が、真の意味で行われるように闘ってきた。
また、まちづくり条例で大型ショッピングモールの出店規制を行い、大手スーパーや経産省とも激しく対立してきた。

もちろん「霞ヶ関」からの反発や圧力は、有形無形を問わず続いていた。しかし、ある日突然、「霞ヶ関」からの別のパンチが繰り出されてきたのである。それが東京地検特捜部の捜査であった。

私が闘ってきた「霞ヶ関」の官僚の行動原理は、基本的に「自己保身」であった。官僚は自らの責任として何かをなすことを嫌い、「顔」がなかった。
対して特捜検察は、その行動が「自己目的化」しているのだ。しかし、公判の最後には、その自己目的化の筋書きが破綻していることが明らかになった。だが、最初の見込みが外れても、無理矢理私や祐二から虚偽の自白をとり、人間を押しつぶしながら進んでいくのである。(P.328~330)


引用終わり。

私は、子供の頃、ずっと、「日本は、なぜ、国力の規模が全く違うアメリカを相手にして、勝ち目のない戦争をしたのか」、理解できなかった。
「どこからどうみたって負けるに決まっているのに、どうして?」
ある日、咎めるニュアンスで、この質問を父親にしたとき、返ってきた言葉を、私は今も、忘れることができない。
「アメリカに石油を止められたから、仕方なかったんだよ」

「仕方なかった」。石油を止められたから。

私の次の、もしくはその次の世代の人間が、いつか、私に聞くだろう。
「核燃料サイクルという、どこからどうみても破綻したシステムの原発を、日本はなぜ維持し続けたの?理解できない」
私は、自嘲を込めて、「日本人は、同じ失敗を、何度も繰り返すの。性質が変わらないんだろうね」と、長々と説明をすることだろう。

でも、「現在、既に事故を忘れ、原発に関心を払うことなく日常を暮らす大多数の日本人」は、そのとききっと、「電気が要るから、仕方なかったんだよ」という返答をするのだろう。
「アメリカに石油を止められたから、仕方なかったんだよ」と答えた私の父親のように。
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