南の国の太陽、空の色の獅子

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私は、正規の法学の勉強をしておらず、専門知識を持たない素人だ。ところが素人ながら「法的思考というものをしてみよう、とする」タイプの人間らしく、今回の事件については、判決文の要旨だけを読んで感想を言うのではなく、判決全文を読みたい、と思った。
そして、「これを書いた人間は、どのように考えて、これを書いたのか」、具体的には、「彼は、どの事実を、どのように評価し、どの規定のどの条項を採用して、この理論構成をしたのか」を把握したい、という、判例読解もどき(論理を読み解く、という意味)をやりたがる。

以下、この観点の話を書く。
(こういう見方に興味のない人は、ほって下さい)

「法的思考」の観点からは、CASの結論は、公正なもの、だと自分は思う。
自分は昨年のツールスタート時に、此方に伝わっている情報に依るなら、制裁を取り消すケースに当たらない、と考えた。
「論理的に考えれば、今回のケースを無罪にするのは、理に合わない。現時点までに私が入手した材料から考えると、そう思います」
2011/07/02 : 【コンタドール事件】価値観と愛情

判決文からは、コンタドール側は、私が知りえた以外の、汚染肉説を補強する「重要な証拠」は提出しなかった、と読み取れる。
証拠に対しては互いに反論する機会が与えられていた。議論の記述がないことは、提出がなかった、と推測する。
重要な新証拠がないのであれば、制裁を科すのが「ルールの運用として」正しい、という結論に変わりはない。

私が判決当日まで有罪判決が出る確信を持てなかった理由は以下。

1.私の知らない、無罪の裏付になる証拠が存在する可能性があった。

事件報道当初から再三記してきた通り、私は、メディアが報道した情報しか知らない。
報道された情報ですら、そのごく一部分しか捕捉しなかった。(具体的には、英語情報がメインで、スペイン発信のスペイン語の記事はほとんど読まなかった)
ゆえに、重要な材料を私が知らないという可能性を、排除できない。

2、CASが、外部のどこからも影響を受けない中立・公正な機関という確信がなかった。

過去の事例の十分な知識を持っていなかったので、CASの中立性を信用していなかった。
今回の事例で、「CASは、特定の誰かの影響を受けずに、中立・公正な判断をできる機関らしい」という認識を得た。

3.アンチ・ドーピングルールの「厳格責任」原則が適用されることに確信がなかった。

CASの判断がどのようになされるかの知識の不足が、このことも招いた。
もっとも、本件に厳格責任原則を適用することは、議論の余地のない決定事項ではなかった。
コンタドールは、自分のみに立証責任があることは不適当で、3つの説のうちのどれが最もありそうかを示すべき、と主張し、RFECは、推定無罪の原則を要請した。
仲裁人パネルは、争いのあることを配慮した上で、「妥協した」結論を出している。
(この結論については、後述する)
よって、厳格責任原則が適用されるかどうかを疑った私の思考は、完全な的外れ、ではない。

とはいえ、上記の保留は、総じて、過去のドーピング事件に関する自分の知識が貧弱であることが引き起こしていた。
知識が豊富な方は、もっと自信をもって予想することが可能だった。
(7/3にコメントを下さったmumeiさんは、この時点で、「正しい」見解を記されている。敬服します。)


判決文の理論構成は、次のようなもの。

1、適用する規定・条項と、運用方針を提示する。
本件には、「UCI規則」の中のアンチ・ドーピング・ルール(ADR)を適用する。

・・私はこれまで、WADAコード、と記載してきたが、UCI規則、と書くのが正しい。
UCIライセンスを交付されている選手は、UCIのルールに従う。現代の競技スポーツの世界では、参加する競技者が服務しなければならない規程が必ずある。ない競技はない。
当たり前の話だが、正確に理解しておらず、間違いを書くのが、所詮素人、である。
尚、UCIのアンチ・ドーピングルールは、WADAコ-ドを採用している(この文言は、本件の判決文の中にはないが、ウルリッヒの判決文の中に存在し、確認済)ので、内容は同じである。

適用する条項は上記だが、国際的な法も考慮に入れ、立証責任の運用に変更を加える。
基本は厳格責任の原則だが、アスリートのみに立証責任を負わせることはしない。
提示された3つの説を検討し、「アスリートの主張する説が、最も可能性が高い場合」には、その説を採用する。
可能性が同程度の場合には、立証責任は、アスリートに戻る。

・・WADAコード(UCI・ADR)では、「禁止薬物がアスリートの体内に入ったルートの証明責任」はアスリートにあり、WADA(UCI)に、証明責任は「一切」ない。
今回CASは、それを改変し、3つの説を比較検討する、とした。

2.上記の方針に基づき、まず汚染肉説を検討する。

WADAとアスリート両サイドから提出された証拠と主張を検討した結果、仲裁人パネルは、以下の観点について判断する。
(1)肉のサプライチェーン(供給ルート)
WADA:カスティーリャ・レオンの“Lucio Carabias”農場である可能性が高い、と主張。
アスリート:肉の出所は不確かで、Lucio Carabiasとは限らず、南米である可能性もある、と主張。
パネルの判断:肉の出所は、Carabias農場以外である可能性は低い。

(2)クレンブテロール使用の規制の枠組
WADA:当該エリアでは、クレンブテロールの使用は禁止されている
アスリート:現実には、違法に使用されている
パネルの判断:WADA説を支持

(3)統計
WADA:公式の統計で、当該エリアでのクレンブテロール検出事例は極めて少ない。カスティーリャ・レオンとバスクは、スペイン国内でも特に低い。
アスリート:WADAの示した公式データは、サンプル数が少なすぎ、実態を反映していない。
パネルの判断:WADA説を支持

パネルの結論:肉の汚染の可能性は非常に低い。
よって、他2つの説も検討する。
他2つの説の可能性がゼロもしくは低ければ、汚染肉説に戻る。

3.血液ドーピング説(直訳では「輸血シナリオ」だが、WADAが主張しているのは「血液ドーピング」なので、こちらを使う)

(1)過去の環境
自分は過去、ドーピングに関係しない人々に囲まれた環境にいた、というアスリートの主張に、WADAは同意せず。
有罪となった元チームメート12人、サイス、リース、フエンテスのノートに名前があった等を列挙し、関係する人間に囲まれていたことを示す。

パネルの判断:過去の環境は、証拠として採用しない。
コンタドールが血液ドーピングをするのを見たという証人はいない。
WADAの示したシナリオでは、複数の協力者が必要になるが、その証明もない。

(2)化学的な分析による仮説
WADAは、血液パラメータ、フタル酸エステル(可塑剤)等複数のデータから、血液ドーピングが実施されたシナリオを提示。
アスリート側の証人の専門家は、シナリオの中に、論理的、及び化学的に、不合理な点・矛盾する点・誤りのある点を探し出して指摘し、シナリオを否定。

パネルの結論:血液ドーピング説は、「理論的に可能だが、可能性は、汚染肉説と同じ程度に低い」。

前提として留意する点として、「WADAとUCIは、アスリートに対して、血液ドーピングをしたとする懲戒手続きを開始していない」
最初から、汚染肉説以外の可能性として提示したものに過ぎない。

2つの説の可能性が同程度に低いので、残る3つ目の説へ進む。

4.サプリメント説

WADA:サプリメントの汚染によるドーピング陽性は、近年、複数の事例がある。
著名なメーカーの製品が汚染されていたケースもあったことから、信頼できるメーカーの製品でも汚染の可能性はある。

アスリート:アスタナチームが2010年ツール中に使用したサプリメントのリストを提出。
アスタナは2010及び2011年シーズンに同じサプリメントを使用し続けていたが、チームの誰もドーピング検査でクレンブテロール陽性になっていない。サプリメントが汚染されていたなら、全く出ない可能性は低い。
使用したサプリメントの製造元はすべて、これまで、クレンブテロールに汚染されていた事実はひとつもない。アンチドーピングテストも独立した機関によるテストでもすべてにおいて。
上記の事実は、WADA・UCIも認める。

UCI:アスリートが、チームの他の選手とは異なるサプリメントを摂取しなかった証明はない(各人の主張を要約した章に記載)

パネルの結論:サプリメント説は、汚染肉説と血液ドーピング説よりも可能性が高い。

よって、UCIルールに基づく制裁を科す。

5.制裁の内容

資格停止の開始日については、UCI規則に規定があるが、総合的に判断する。
本件の決着がここまで遅延した原因は、まず、第一審のRFECのCNCDDが、UCIとWADAに対して情報の提供を求めたとき、両者が無視(沈黙)したことであり、CASの手続きが9カ月も遅れたのは、WADAが複雑な血液ドーピング理論を提出し、アスリートはそれに対応する必要があったためで、その事情を考慮する。

・・つまり、遅延した責任は、UCIとWADA側にあり、アスリート側にない、とみなし、考慮した、と記している。


*以上は、「私の理解」であって、客観的な要約ではないことを断っておく。

・仲裁人パネルの結論は、最初から固まっていたのではないか?

判決文とは、書き手が考えたことを時系列に並べたものではなく、結論を決めた後、それを説明するために構成した作文、だと思う。

本件は、「実は」非常に簡単な事件で、「今回のケースでは、原因が肉と証明するのは、本質的に不可能でしょうね。提出したものは、証拠と認めるには足りないですよ」、チョン。
表向き、厳格責任の原則をアレンジし、3つの説を比較検討した、としているが、実質的には、厳格責任の原則を貫いた、ようにみえる。

可能性が「同程度」とか「より多い」という評価には、明確な根拠がなく、実質は、仲裁人パネルの心証にしかみえない。
サプリメントの検証の記述を読むと、「汚染肉と血液ドーピングより可能性が高そう」とする根拠は、弱いどころか、ないに等しい、と自分には思える。

「汚染は過去にあったから、ありうる」という論理は、汚染肉説と血液ドーピング説の章で却下した論理と同じである。
Carabias農場主の兄弟が、クレンブテロールを使用していた過去を持つ件、コンタドールは過去複数回ドーピング疑惑をかけられてきた件。
他2説では「過去の経歴」を証拠として採用しなかったのに、この説だけ採用することには、明らかな矛盾がある。
2説より可能性が高いと結論づけるには、何らかの具体性が必要だと思うが、それを示していない。あまりにも論理性に欠ける。

ここで、ひとつの解釈を思いつく。
仲裁人パネルが、サプリメントが他2説より可能性が高いと結論づけたのは、論理的な検討の帰結ではなく、厳格責任原則から逸脱することなく、制裁を科す結論にもっていく方策に過ぎないのではないか?
これは、血液ドーピング説の検証の中に記されていた、「WADAは、彼等が展開している仮説によって、血液ドーピングが実行されたことを証明したいのではない」という(パネルの)解釈から、連想した。

4000ページの資料を読み、ヒアリングに臨んだ3人は、3つの説のうちのどれの可能性が高そうかについては、それぞれ考えを抱いたであろう。しかし、どれを選んだとしても、「高い確実性」はなかったであろう、と思う。
判決文の回りくどい表現は、そのように解釈するものではないだろうか。

仲裁人パネルは、コンタドールが持ってきた証拠は、汚染肉説の立証には足りないと判断したので、規則を「公平に」適用して、2年の資格停止にした。
しかし、(肉なのかサプリメントなのか不明だが)「全くの不運」であった可能性がかなりの程度存在すると思ったので、実質的にレースできない期間を短縮し、半年で復帰できるようにした。
規則を公平・公正に適用した上で、事情を勘案してのさじ加減、ではなかったか。


言及したい点は他に色々ある。追々書きたい。
・選手・関係者のコメントに対して
・コンタドールの弁護団の作戦に対する疑問・解釈
・判決文には出てこなかった論点・・「超微量であること」から導き出せる論点
・メディアの報道
・WADAの思惑
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