南の国の太陽、空の色の獅子

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大多数の日本人にとって、桜(サクラ)といったら染井吉野(ソメイヨシノ)だ。
自分も長い間その1人だった。
長じて後、山桜を好むようになったが、それ以外の種類の桜に積極的に目を向けることはなかった。

新宿御苑は、「御苑の桜のベストシーズンは晩春(4月中旬~下旬)」と堂々と謳うほど、多種の里桜(サトザクラ)を擁している。
一度行こうと思いながら、毎年ソメイヨシノを見ると満足してしまい、続けて花見に行く意欲が湧かないまま年月が過ぎた。
今年ようやく、4月中旬に訪問した。

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なるほど、ソメイヨシノに劣らず艶やかに咲き誇っている。
御苑が胸を張るのは道理で、充分に美しい。

けれども、私が再び見に来ることはおそらくないだろう。

フゲンゾウやイチヨウの幾重にも重なった花弁は、昔ちり紙で作った花を連想させた。
「人工的に作り出した」感が強すぎる。作為がいやらしさになる一歩手前。

東京で見られる主なサクラ(早咲きから遅咲きの里桜まで)をひととおり見ての私の好みは、
1に、山桜(ヤマザクラ)
2に、大島桜(オオシマザクラ)


オオシマザクラは、自宅の近く、定期的に通る公園に植えられている。
冬に小さなつぼみをみつけ、大きくなっていくのをみつめ、花が咲き、散り、実がなり、葉が茂り、紅葉する姿を、好んで眺めている。

ソメイヨシノとは異なる種類の桜であることは判った。
ソメイヨシノより少し早い時期に花が咲く。
花弁はソメイヨシノより大きく、白い。

ソメイヨシノとの最も大きな違いは、花と同時に緑の葉を出すこと。
瑞々しいみどりの葉と真っ白の花が共にある姿が、私の好みに沿った。

名は、長い間、知らなかった。
知りたいと思わなかった。
美しいと感じ眺めているだけでよかった。

正確に名を認識したのは、最近のことだ。

新宿御苑から帰った後、種類を把握しようという気が湧き、サクラに関する本を図書館で数冊借りた。
そこで初めて知ったことは、

植物分類学上、日本にある桜の種類は、10(あるいは9)種

ヤマザクラ、オオシマザクラ、カスミザクラ、オオヤマザクラ、マメザクラ、タカネザクラ、チョウジザクラ、エドヒガン、ミヤマザクラ、(カンヒザクラ)

これ以外の桜はすべて、雑種や変種。
ソメイヨシノは、エドヒガンとオオシマザクラの雑種。
枝垂れ桜は、種でみればエドヒガンで、枝垂れるという性質を持ったもの。野生にはなく、栽培されて全国各地に広まった。
新宿御苑にある八重咲きの栽培品種は、オオシマザクラが母体。

10種のうち、自分が名も実物も知っているのは、ヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガン、カンヒザクラ。
残り6種は判らない。

本に掲載されている写真を見ていて、「ん?」となった。
「カスミザクラ」の写真が、私が以前心惹かれた花に似ている。

2008/04/14  白い花
この写真の花の名は、「エゴノキ」ではない。
そのことに、まもなく気づいたが、正しい名はわからないままだった。

2冊の図鑑の「カスミザクラ」の写真は、似てはいるが、間違いなく同じにはみえない。
特に葉の形が違うような気がする。
ネットで画像検索すると、花も葉も違ってみえる。

こうなったら実物を確認しよう、と記憶を辿って公園に探しに行った。
ところが、みつからない。
たしかこのあたり、と思った場所にある樹木に掛かっているプレートに記された名は「アンズ」。
アンズの花は知っているので、見間違いはしないはず。
場所の記憶が誤っているのだろう。8年前では止むを得ない。

もやもやしていたところ、予約順が回ってきて借り出した「桜 (岩波新書)」(勝木俊雄)の口絵のカラー写真に、目が釘付けになった。
掲載されているカスミザクラの写真が、私の撮ったものと非常に似ている。
花の形、葉の形、枝の形、そっくりだ。間違いない。

なぜ、他の画像では異なってみえて、なかなか確認がとれなかったのかも、この本の中の記述で理解できた。

「カスミザクラは、その古風な名称とは異なり、存在自体が認識されるようになったのは比較的新しい」

「カスミザクラの認識が混乱している理由のひとつは、その形態の差異が大きいことが考えられる」


疑問が解決してすっきりしたが、もうひとつ気づいた点がある。

ヤマザクラ、オオシマザクラに加えてカスミザクラが好みという私は、「人が手を加えていない、自然のままの桜が好き」といえそうだ。
人々は昔から、「より魅力的」な品種を求めて、様々な種類の桜を作り出し、育て、努力をしてきたのだが、私は、「栽培品種はけっこうです。野生のシンプルな木がいいです」ということらしい。

本書の著者は、多摩森林科学園のサクラ保存林で研究・保全を担当している研究者で、記述の内容には説得力がある。
自分が初めて知る知識が満載で、世に流布しているソメイヨシノについての通説に対する反対意見なども興味深く読んだ。

個人的に最も好きな野性の桜はカスミザクラだそうだ。
あまり目立たずひっそり咲く佇まいが好きだ、と。

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東京大学五月祭に初めて行ってきた。
若い人のためのイベントで、自分が行くものではないと思いこんでいたが、「普段は入れない建物内に気軽に入ることができる」絶好の機会であることに、はたと気づいた。

行ってみると、思惑通り、興味を惹かれていた建物に入れただけでなく、魅力的なスポットを新たに発見するわ、次回の楽しみを幾つもみつけるわの大収穫であった。

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・安田講堂
時計台のそびえる正面の外観が有名だが、その名の通り、ここは講堂、ホールである。
小杉未醒(放庵)の壁画で飾られていると知って以来、いつか内部に入りたいと思っていた。

客席の形状は半円で、天井も弧を描いたデザイン。
2013~14年に大掛かりな改修工事が行われ、小奇麗になっていて、年季の重みの趣は薄い。
とはいえ、飾り気がなく、木材で設えられた内装は心地よい。

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「学」のマークが、舞台中央、壁画の間の他、椅子の横にもある。

日曜日は、一日中、クラシックの演奏会が開かれていた。
同じ時刻、正面出入り口の真ん前にべったりと正面を塞ぐ形で設営された大きな仮設ステージでは、ダンスやバンド演奏が繰り広げられている。
講堂の中はクラシック、観客は中高年齢層多数。一歩外では、ポップな音楽・パフォーマンスと若年齢層の観客、とギャップのある光景が面白い。

・医学部2号館本館

キャンパスツアーで訪れたとき、「中に入ってみたい」欲をかきたてた建物である。
普段は部外者お断りの舘が、今日は、どうぞどうぞと呼び込んでいる。

どきどきしながら敷居を跨ぐと、一歩踏み入れただけで、いにしえの建物の気配を感じる。
吹き抜けの階段を上ると、最上階3階ホールの壁には古めかしい肖像画がずらりと掛かり、胸像が並び建つ。
歴代の教授らしい。こういう景観は、そうそうお目にかからない。

今日はイベントの掲示や飾りで覆われ、雑多な群集がひしめきあっているが、それらを「脳内で消して」、普段の光景を想像してみる。
そうすると、下の写真に近い、アカデミックな雰囲気の空間が出現する。

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中庭を囲む廊下、教室は、「改修は最低限、全面的な改装はせずの方針で、古いものを粛々と使っている」という感。
新しい施設と比べたら、そのギャップたるやすさまじい。

でも、これが日本国内最高峰の学部ならではの環境ということで、学生さんたちは受容するのだろうな。
などと思っていたら、パンフレットのアンケートの中に
Q  東大医学部に入って意外だったことは?
A  「建物の中が暗い・偉そうな人の銅像が立っている(まあ1930年の建物なので仕方ないですが)
という素直な感想の回答があった。

*ちなみに、医学部医学科4年生を対象に行ったこのアンケートの内容は、なかなか面白い。
上記の質問の他の回答:
「意外とまともな人が多い印象」
「意外と宇宙人みたいな人が少ない(ただし宇宙人がいることは間違いない)」

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・付属病院、御殿下記念館

医学部2号館から東へ進むと御殿下グラウンド。
その向うは、医学部付属病院のエリアである。
境界になる道路に立ち、南へまっすぐ伸びる道の先を見遣ったとき、奇妙な感覚に襲われた。
「こういう風景を、どこかで見たことがある」
「日本ではない」

この道路は東大の敷地内で、走行するのは「東大構内」行きの路線バスと、ゲートで入構を許可された車だけである。
病院が休診の日曜日の今日は、往来する車はほとんどない。

歩く人もまばら。祭りの喧騒もここには届かない。
人の気配の薄い、からっとした広い空間と、街路に面して並ぶ、高さがあまりなく横に長い年代ものの建物の雰囲気が、どことなく日本でないような錯覚を呼び起こした。

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東側に伸びる付属病院の建物正面。
これに似たデザインの建物が連なる。

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西側。煉瓦造り(のようにみえる)古典的な三連アーチは、御殿下記念館のエントランス。
向いの赤煉瓦の建物は理学部化学館。
キャンパス全体を支配するウチダゴシックとは異なる様式で、珍しいなと近づき、案内板の掲示を読むと、本郷キャンパスで最古の建物だという。
関東大震災で、明治・大正に建てられた建物がほぼ壊滅した中で残った希少なもの。

安田講堂に戻り、工学部エリア、次いで言問通にかかる陸橋を渡って弥生キャンパスへ向かう。
農学部、野球場、地震研究所。ここが、キャンパスの北端になる。

野球場では、選手たちが練習をしている。
学祭とは無関係の、日常の風景。
周りにいる見物人は数人。

広大なキャンパスは、緑に恵まれ、歩き回るのが気持ちよい。
イベントを行っているエリアは人で溢れるが、一本道を外れると人影は少なくなる。

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樹木の影が校舎の壁と地面に落ちる。
これは農学部1号館の西面だが、似た光景を随所で見ることができる。

別の季節にまた訪れよう。
また、今回は建物探訪をメインにし、催し物をほぼスルーしたが、中には興味を惹かれるものがあった。
混雑に怖れをなし入口で踵を返したが、いつか気力が出るときがあったら参加したい。

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今年の3月、久しぶりに六本木ヒルズの52階から外を眺めたとき、北東方向の足元にある建築群に目が留まった。
白いブロックを積み重ねたようにみえる、一風変わったデザインである。

まとまった大きさの敷地で、商業ビルにもマンションにも見えない。
何の施設だろうか。
地図で探すと、記された名称は、「アメリカ大使館宿舎」

なるほど。どうりで個性的なわけだ。
今度、近くに行ってみよう。外側からある程度見られるだろう。

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上の写真は、アークヒルズサウスタワーの屋上から撮ったもの。
六本木ヒルズからの景観の方がインパクトが大きいのだが、生憎ヒルズでは撮らなかった。

敷地内に入ることは、はなから頭に浮かばなかった。
アメリカ大使館もハーディーバラックスも、道路からしげしげ眺めているだけで警備員に追い払われそうな雰囲気を漂わせている。

ところが、意外にも、簡単に入れる機会があることを知った。
年に1回開催しているフリーマーケットには、一般人が入場できるという。
事前申し込み不要、定員なし、無料。
入場時にゲートで手荷物検査と身分証明書提示のみでOK、というハードルの低さ。
今年の日程は5月7日(土)。
それでは、と出掛けてきた。

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ゲートを入ったところに設置されていた敷地配置図の看板。
2方の道路沿いに低層のタウンハウス、中央に高層棟3棟が建つ。
高層棟の間には池、北側には広い空地を配し、ゆとりのある贅沢な造り。
容積率があまりまくっている。

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遠方からはエキセントリックにみえた高層棟は、近くで見ると、それほど奇抜な印象は受けない。
現実感のある「住宅」で、年季もけっこう入っていることが察せられる。

誰が、いつ作ったのか。
後日に調べたところ、「日米合作」。
基本の設計はHarry Weese & Associates。Harry Mohr Weeseはアメリカ人建築家 。
構造、設備、実施設計が日本側。
施工が大林組。
竣工は1983年3月。
だそうだ。(大林組百年史から)

室内の水回りの設備は、アメリカ製品らしい。
タウンハウスの階下の駐車場の一画に、一見して日本製ではないパーツがまとめておいてあるのを見かけた。

総じていえば、「外国」の雰囲気は薄かった。
そもそも、入り口の敷地配置図の看板が「日本」そのまま。もし名称を隠して連れて来られて、敷地内を一周して、どこだと思うかと問われたら、アメリカ大使館宿舎という回答は出てこないかもしれない。

■■■

来場客の大方はフリーマーケットが目当てで、常連さんが多そうな雰囲気であった。
子供の服を出品している人がかなりいて、小さな子連れの家族が集り、格好のレジャーになっていた。
建物や施設全体への興味で訪れた自分のような客は少数派だった模様。

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上は、「三井タウンハウス」と名づけられた道路際の低層棟。
敷地内に入らずとも外からある程度見られるだろう、と推測したら、「ある程度」どころでなかった。
開口部が公道に面していて、敷地外から丸見え。
これでいいのだろうか。

さて、自分がここに来た目的は、「建築への興味」の他に、もうひとつあった。

「三井山の崖」を見ることである。

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