南の国の太陽、空の色の獅子

Category :  自転車
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CICLISSIMO NO.37に掲載されたリースのインタビュー記事を読みながら思った。
私が目を留めた2008~2010年のリース・サイクリングは、「幸せな時期のチーム」だったのかもしれない。

メインスポンサー・CSCを失ってから後、リースはスポンサー探しの問題から解放されることがなかった。
サクソバンクと共同でスポンサーになるはずだった会社が、詐欺事件で突然倒産した2008年末以降、一年一年凌いできたが、5年目についに力尽きた。そういう描写が思い浮かぶ。

資金の問題は、2011年度の主力選手の大量離反を招いた要因のひとつだった。
代わりとして当時の最高の選手・コンタドールの入手に成功したことで、長年の資金問題も解決し、チーム崩壊からの形勢大逆転でグラン・ツールを制覇する成功をするかと思いきや、3年後、予想外の結末を迎えた。

ティンコフにチームを売却したことについて、大金を得たからリースも勝ち組と評する見方もあったが、私はこの解釈には疑問を抱く。
今や、チームはティンコフのもので、リースは、彼に雇われた立場だ。
来年のTdFでコンタドールが総合優勝すれば安泰だが、しなかったら、ティンコフがリースをお払い箱にする可能性は想定しておくものだろう。今年のTdFでのティンコフの言動からは、そう考えざるをえない。

(尚、ティンコフのツイートの「ヒステリー」ぶりを見た私は、「こんな人間が大きな顔をして歩くジャンルに関わりあいたくない」と自転車RRに愛想が尽きそうになった。
以前の自分ならスルーできた。プロスポーツの世界にはこういう種類の人間がいて当たり前だから。ランスも同じような言動をしていたと思う。自分が、年をとって、「変わった」のである)

シュレク兄弟たちは、リース・サイクリングでいい時間を過ごしたのだろう、と思う。
彼等が離反を決めたのは、リースとの間に問題があったからではない。当時の自分は知識を持たなかったので、あれこれ憶測し迷ったが、今になると、「多分、こうだった」という答が出てくる。

もしも、ベッカがルクセンブルグのチームという話をもちかけず、リースがスポンサーを確保することができていたら、彼等がリースの元から離れることはなかったのかもしれない。

シュレク兄弟とリースとが別れた日から3年後、シュレク兄弟は、自分たちを中心に作られたルクセンブルグ国籍のチームを失い、リースは、オーナーシップをティンコフに売却して、自分のチームを失った。

奇しくも同じ年に起こった。
両者とも、来季も外見上は、今季とほぼ同じといっていい体制のチームで、レースを続ける。
けれども、戦績次第では、さ来年チームに残れるかどうか判らない、という立場にある。

そう認識したとき、「私は、一番幸せな時期のリース・サイクリングに出会ったのではなかったか」という台詞が湧き上がった。
あの頃、CSCは給料が高くない、という話が出回っていた。
まだ若く、実績がさほど大きくなかった選手たちは、給料が他チームより安いことを受け入れて、チームメート同士とても仲がよく、レースで強さをみせつけた。

時が経ち、「スター」になっていった選手たちに、「金」を積んで引き抜こうとする人間たちが寄ってくるのは仕方ない。

どこの世界も同じだ。F1は、もっと露骨だ。慢性金欠病のルノー(エンストーン)は、チャンピオンを育てては、金持ちチームに奪われた。
他チームの育てあげた選手を、大金持チームが札束の山で引き抜いていく光景は、プロのチームスポーツでの恒例行事である。不愉快であろうと止める術はない。

この5年で、自転車RR界の様相は随分変わった。
トップに立つ選手もチームも入れ替わった。
このあとまだしばらくは、変革期が続くように思える。そして、その先の光景は、まだ見えない。
見えている人もいるのかもしれぬが、私の目には、見えない。

●Trek Factory Racing(TFR)

Trek Factory Racingの誕生を巡る「Trek側」の説明
41 Days and Counting! (Joe Vadeboncoeur)

グエルチレーナに取材して取ったコメントで構成した記事
Trek holds out hope for a Schleck comeback in 2014 (velonews 12/12)

キャンプでのインタビューからの記事
Fränk Schleck aims to rebuild career with Trek Factory Racing (cyclingnews 12/15)
Cancellara: Sagan will have to cope with burden of pressure (cyclingnews 12/16)
Q&A: Jens Voigt on his career, a final season, anti-doping and the 98 Tour samples (cyclingnews12/17 )
Premature to label Schlecks as contenders for Tour de France win, says Guercilena (cyclingnews 12/18)

TrekがRSLTからチームを引き継いだ事情、彼等の思惑、グエルチレーナの考え・態度、現場の状況、私が把握したいと思っていたことは、概ね確認できた。
大筋は、これまでしてきた憶測でOK。(初めの頃まったく判らず、徐々に絞っていった)

私は、アンディを贔屓にし、彼という選手個人の観点からものをみて語る観客だが、それと同時に、「チームの運営」という観点にも、かなり興味をもっている。F1でずっとやってきて、その習慣が顔を出す。
そのため、TFRという「新チーム」について、チーム運営の観点から、つい、あれやこれや考えてしまうが、深入りしないよう制御するつもり。(撤退できる体制を保たないと)

●コンチネンタルチームのレオパードは存続

Leopard Trek team remains in 2014, becomes Leopard Development squad (velonation 12/15)

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Category :  その他
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昨年の11・12月もアップ数が少ない。ふと、何を書いたのだろうと読み返して、あ、となったことがあったので書く。

東京国立近代美術館は、現在、所蔵作品展で、「何かがおこってる:1907-1945の軌跡」と題した特集を開催している。
私は、この企画に、単に「過去」を描くのではなく、「現在の」日本社会の類似性を指摘し警告する意図を感じた。

展示された作品そのものは、従来と同じものだ。しかし、各セクションに掲げられたプレートに記載されたタイトルと説明文が、これまでの私の記憶にはない、「衝撃的」といっていいものだった。

各セクションのタイトルは、
「坂の上の雲」「わたしと太陽」「ふるさと創生」「地震のあとで」「白昼夢」「遠くで銃声」「頭上の火の粉」「誰か故郷を想わざる」

説明文の内容は、うんとはしょると、
日露戦争後、大正デモクラシーによって個人の意識が高まるが、関東大震災後、徐々に軍国主義が台頭していく。
戦争は、大衆の目には「見えない」所で始まる。多くの国民が気づぬうちに、進んでいく。国民の多くが気づいたときには遅かった。

例えば、「遠くで銃声」の一部は

三崎亜紀の『となり町戦争』(2005年)という小説があります。
自分の町ととなり町が戦争状態に入ったと報じられる。
しかし日常は平穏そのもの。ただ広報誌掲載の戦死者数だけがどんどん増えて行く―という筋書きです。

1937(昭和12)年7月、日中戦争が始まりました。
一方でこの夏には、「別れのブルース」「アマポーラ」(淡谷のり子)、「アロハオエ」(灰田勝彦)といったヒット曲がリリースされています。
3年後の1940(昭和15)年には、東京オリンピックの開催も予定されていました(1938年、日中戦争のため中止が決定され、幻のオリンピックとなりました)。
見えないところで統制が進み、近所の誰かれが出征する。
しかし日々の暮らしは穏やかに続き、遠くの戦争の実感はなかなか得られない。
当時を生きた多くの人々が、もしかしたらこんな風に感じていたかも知れません。


「現在の日本社会に、敗戦前との共通性を想起する」発想・論調は、暫く前から流布している。近美の企画担当者が、その意識を持って、今回の企画を作ったという想像に無理はないのではないか。

最後のセクション「誰か故郷を想わざる」の一節は

1920年代から40年代にかけての日本画を振り返ると、若手を中心に、モダニズムから抽象表現へと至る西洋の新しい表現が実践される一方で、実に多くの画家たちが、日本の美しい自然を描き出していたことに気付きます。
富士山、海、農村、桜や菊の咲く温雅な風土……。
それらは、霧島の歌った「幼馴染のあの山この川、あゝ誰か故郷を想わざる」という歌詞にぴったりとはまるように見えて、その実は、国民全体の故郷たる国土の象徴として描かれ、国体を美化するはたらきを担ったものでした。


この説明は、「きれいな絵ね」と、脳天気に絵を愛でようとした観客に、冷や水を浴びせる。

これを読まされた後に、川合玉堂の代表作のひとつ「彩雨」の前に行けば、

自然美とともに暮らす人々の生活を情感豊かに描き続けた玉堂の作品は、「日本八景」ブームで作り出された「故郷」以上に、見る人の心に美しい祖国の姿を刻みつけたに違いありません。
この作品が発表されたのは、1940(昭和15)年の起元2600年奉祝美術展。
神武天皇の即位から2600年にあたるとされたこの年、さまざまなイベントが開かれ、それらが終了する頃、大政翼賛会が結成されました。


「彩雨」に、こんな解説文を付されたことが、いまだかつてあっただろうか?

この解説文は、たとえ芸術家自身に時の政権の政策に積極的に加担する意思はなかったとしても、「利用される」ことはありうる、そう言っているのではないか。

私の解釈は、外れているのかもしれない。
しかし、私には、この特集の「何かがおこってる」という「現在進行形」の時制のタイトルが、「過去のはなしだけをしてるんじゃないよ」と告げているように思える。

東京国立近代美術館は、1年前、「1950年代」の日本の社会を描く特集を組んだ。
私は、あれに強い衝撃を受け、ここに記した。

1年前に書いた文章の一部を、今日、繰り返して記す。

「敗北を抱きしめて」のエピローグで、ダワーはこう記した。
ひとつの時代が、1920年台後半に始まり、1989年に実質的に終わった。
「西欧に追いつくという目標をひたすら追求してきた日本が、経済と技術では目標を達成したものの、新しい進路を描くだけの構想力と柔軟性に欠けていることが誰の目にも明らかになった瞬間であった」

「日本の戦後システムのうち、当然崩壊すべくして崩壊しつつある部分とともに、非軍事化と民主主義化という目標も今や捨て去られようとしている。敗北の教訓と遺産は多く、また多様である。そしてそれらの終焉はまだ視界に入ってはいない」




●Trek Factory Racing

12/9から、スペイン、ベニドームでキャンプを行っている。
公式のFacebookはちょびちょび情報を発信しているがインタビュー記事が出るのは週末のプレスデー後。
写真は、Dan Mcdonoghが複数掲載。
https://twitter.com/danmcdonogh



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「下村観山展」(横浜美術館)へ行く前に訪問した三渓園にて