南の国の太陽、空の色の獅子

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「シークレット・レース」を、6/27の文章を書いた後に読み始め、2日で読了。

読みながら、ページに印をつけまくる、思うことが滝のごとく溢れる、声を出して笑い出す、涙がこみ上げそうになる、最後のページに辿り着いて本を閉じた瞬間、頭痛が起こる。まあ大変。

といっても、USADA報告書の宣誓供述書を読んだときの衝撃ほどではない。あのときは、先へなかなか進めないほど大苦労をした。
今回は、さっさと先へ進めた。ストレスの大きさは比でない。

さて、何から語ろう。一番重要な話題から、か。

アンディ~たったひとつのこと

私は、本書を読み進む間、「アンディはTdFでドーピングをしていたか?の問いの回答を得る材料」を、記述の中に探していた。
最初は、「無意識」だった。途中から、はっきり意識上にのぼった。

本書内にアンディへの言及は、一箇所もない。名を挙げられたのはフランクだけである。
「ああ。だとすればアンディはクロだよねえ」という発想を呼び起こしたのは、ハミルトンが具体的・詳細に延々と述べ続けた、様々な場面におけるドーピング(EPO及び血液ドーピング)の「効果」、「ドーピングをするとどのようにパフォーマンスが変わり」、「しないとどうなるか」の記述だった。

アンディのパフォーマンスが、「ドーピングをしている選手のパターンに一致する」ことは、以前指摘した。彼のサポーターは「認めたくない」ことだと思うが、否定するのは苦しい。
クロ説を否定する材料も存在する。だが肯定する材料の存在も否定できない、という理屈。

リンク先ページで書いた、2007年ジロではクリーンだった、という推測もかなり危なくなってきた。
理由は2つ。

・筋金入り"ドーパー"ディルーカや、フェラーリ医師の指導を受けて効果的なドーピングをしていた選手複数が参戦していたレースで、ドーピングなし(ハミルトンの表現によるなら「パニアグア」("pan y agua"スペイン語で「パンと水」)で、彼等に伍する戦闘力を示せることは、まずありえない。
絶対に無理とはいわぬが、確率的にはかなり低い。
EPO及び血液ドーピングがパフォーマンスを向上させる程度は、それほどまで大きいため。

・リースが、ハミルトンの在籍したシーズンにチームとしてドーピングを実施していたことを疑う余地はゼロである。
ハミルトンの証言が作りごとだとみなすのは無理があるから。

昨年9月の原著の出版時にネット上で流布したのは、リースがハミルトンにフエンテスを紹介した、という話だけだった。そのため自分は、それ以上のネタはないのだと勝手に思っていたら、とんでもなかった。
リースがチームで行っていたドーピングの描写が、延々続く。
これでは、当時、デンマークのメディアとアンチドーピング機関が無視できず、リースに説明を求めていたのは道理である。
(といっても、リースはノーコメントを押し通し、追及は尻つぼみになって、今に至る)

一例:
2003年TdFで、血液ドーピングを行った直後に、検査官が来てしまったことがあった。このままだと危ないが、チームが適切に対処した旨を、ハミルトンは述べている。

慣習に従い、選手には通知から検査の開始までに若干の時間的猶予が与えられた。わずかな時間ではあったが、"スピードバッグ"と呼んでいた静脈注射用の生理食塩水を打つのには十分だった。これでヘマトクリット値を3ポイントほど下げられる。
ソワニエやチームドクターがチームにとって重要な理由はここにもある。彼等はこのような場合に対処できるよう、いつでもスタンバイしているのだ。
CSCのクルーはポスタルと同じくらい優秀だった。スピードバッグをひとつ投与すると、僕の数値は安全なゾーンに戻った。
そう、これはチームスポーツなのだ。


2010年TdFで、検査官が来ないか常に見張る偵察係を配置しているチームがある、という指摘をWADAの調査報告がした。
この指摘の意味は、わずかな時間でも稼げれば、異常値が出ないような対処をできるので、そのための行動だ、ということである。

ちなみに、私が思わず笑い出したのは、この箇所ではなく(ここで笑ってもいいのだが)、9ページ先の箇所である。(後述する)

しかし、その100ページ先にあった記述を読んだとき、それまでの様々な感覚や思考が一気に吹き飛ばされ、不覚にも涙がこみあげそうになった。

ハミルトンが、ドーピングを家族に初めて告白したときの描写。

すべてを言い終えた後、母が僕を抱きしめた。

抱きしめられながらわかった。母はこれまで一度だって、僕がツールで優勝するとか、ビリになるかなんて気にかけていなかった。
母が気にしていたのは、たったひとつだけだった。
僕に元気でいてほしい。幸せな毎日を過ごしてほしい。ただそれだけだった。


そうだ。
ガビー母さんも、息子たちがツールで何位かなんて気にかけたことはなかった。
彼女が気にしていたのも、たったひとつだ。
彼女がいつもアンディに言ったのは、危ないことはしないで、ということだけだった。

そうだ。

私も、何度も書いた。
彼が、生きて、元気で、レースを走っていれば、それでいい、と。


そうであるなら、私も、彼が何をしたとしても受け入れることができるのではないか。

(続く)

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あっさり復活。
・・1ヶ月間更新しないと広告が表示されてしまい、鬱陶しいという点もありまして。
更新していない自分のブログに、何しにアクセスしているのかって。
「リンク集」を、「自分で」使っているのです。


●RSLT→Trek

昨日6/26、トレックがLeopard SAからUCIワールドツアーライセンスを買い取り、来季、ベッカに代わってチームオーナーになることを正式発表した。
噂はすでに流布していて、既知の内容。(情報元はTageblatt)
リリースでは、現在の体制をおおむね維持するとあるが、個々の選手については言及なし。

VeloNewsがグエルチレーナに電話インタビューしたが、情報は出さず。
RadioShack boss Guercilena sees future with Trek beyond 2014

●記者会見

本日のチームプレゼンテーションに先立ち、記者会見。
出席者は、グエルチレーナ、アンデルセン、アンディの3人
wort.luのliveticker
明日になれば、もう少し詳しい記事が出るであろうが、自分は、これだけで満足した。

アンディの発言は、まったく「彼らしい」。08年以来、「私の知っている彼」のまま。
自分の現在の戦力をありのままに受け入れて、カリカリもウダウダもしない。そう。彼はいつだってそうだった。

見ている此方は、彼が総合1位を目指していると、落車しないかパンクしないか事故に巻き込まれないか、変哲もないコースの日でも、連日、気の休まるときがない。
総合を最初から目指さないなら、心配をし続けないでいい。実に気が楽だ。今年のTdFは、カリカリせず、すっきり割り切って見られそうな。

Jスポ4を契約して真面目に見るのは止めようかとも思っていたが、見ることにしようと思う。
(今年が最後にならないとも限らないし)

Trekの買収と来季の去就について、コメントしたのはグエルチレーナだけで、残りの2人はノーコメントだったらしい。
Tageblattは、トレックは、ファビアンとアンディは欲しいがフランクは切るという話を書いたので、その点をつっこんだ質問が出た模様で、グエルチレーナは、フランクの残留を望む旨を発言した。

アンディは、「プレスに対して平然と嘘をつける」人で、彼にとって何より重要なこの件に関して「トレックの決定を既に知っていて」「腹の中に考えがあったとしても」、知らないふりを押し通すことができる、と私は踏んでいる。
よって、表に情報が出るまで、推測不能。

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J SPORTSが放映した「<Cycle*2013 第100回ツール・ド・フランス 記念ドキュメンタリー> ~ザ・レジェンド~ 」を見た。

TdFの過去の歴史を文字(書籍)で読む意欲を持ったことはないが、映像には、少々、関心があった。

私は、古い時代の映像に、関心がある。
今年の年初、東京都写真美術館でリュミエール兄弟の映像を久々にみかけたとき、モニターの前に張り付いてしまった。

・カラー映像

番組は、1900年パリ万博の映像で始まり、続いてTdFの第1回大会が紹介される。
驚いたのは、それらとその後の映像が、「カラー」であったこと。

戦前、すなわち1940年代まで、現存する映像の多くはモノクロだ。カラーはたまにしかみかけない。
ヒトラーとナチスの映像は数多く見たが、カラーを見たのは随分あとである。

そう認識していたので、この番組のカラーづくめには驚いた。
オリジナルのプリントがこんなに存在していたのか?それとも、後日に色をつけたのか?そういう技術が今はある。

・素性不明の番組

カラーに関して確認したくなったが、困ったことに、この番組は、素性がはっきりしない。
クレジットを、きちんと表示していないのである。

フランス製作なのはわかるが、ナレーションは英語。英語版に日本語字幕をつけてある。
英語版を作ったのが誰なのかも判らない。元のフランス語版のナレ-ションに忠実なのか、それとも違うのか。

J SPORTSは随分「いい加減」なことをしたものだと思うが、わざわざ確認するほどの気も起こらないので、ほっておく。(今のご時勢、聞けば、教えてくれると思うが)

・1960年代まで

私の興味を引いたのは、1900年代から1950年代までの前半(Part1)と、後半(Part2)の冒頭、1960年代まで。

70年代以降は、手垢に塗れた世界になる。
この印象は、否定的な描き方をしている番組の作り手のせいだけではない。ベースは、自分自身の蓄積した知識によると思う。

私は、F1の熱心なファンをやっていた頃に、古い時代の知識を取り込むことをした。書籍は数十冊読んだ
その結果、1960年代のホンダF1の中村良夫氏のファンになったし、1955年にレース界から最強のまま去ったメルセデスの伝説にロマンを感じていた。
しかし、1970年代以降の物語には、魅力を感じず、目を向けなかった。1970年代~1980年代の約20年間はふっとばして、1990年以降の「現在進行形」の世界に戻ってくる。

F1も自転車RRも、社会の中にあるスポーツとして同じ流れの中にあるのだと思う。
1970年代以降、プロスポーツの商業化は強力・急速に進んだ。

もし自分がF1の代わりに自転車RRを見ていたら、同じように、60年代以前を歴史として尊重したかもしれない、と思う。

ベルナール・イノーの箇所で、「チームのスポンサーがルノー」と述べられ、ルノーF1のマシンの映像が登場した。
そういう過去があったことは初耳ではなく、どこかで読んだことはあるが、イノーと結びついてはいなかったので、あ、そうなんだ、となった。

・・え~と、ルノーのフルワークス参戦は、いつだったっけ?・・確認はすぐできる。「1977~85年」

・シリル・ギマール

イノー絡みで、もうひとつ目に止まった件がある。
イノーのチームの監督が「シリル・ギマール」。

私にとって、シリル・ギマールとは、ジュニア時代のアンディの才能を見出した人で、アンディについて問われれば親身になって心配するコメントを発するおじいさん、である。

ええ?イノーだって?
改めて確認すると、イノーの次は、フィニョン、さらにグレッグ・レモン?
うわ、なんたるそうそうたる面々。口あんぐり。

この方のお眼鏡にかなったなら、才能に間違いない、とみなすことには十分理がある。
「シリル・ギマールに才能を見込まれた」ということの意味(価値)を、今頃知った。

ほんと、今頃、何言ってんだ、これだからにわかはしょうもない、と言われて当たり前。

ギマールは、今年、不調のアンディに関して、「自分は、ビャルヌ(・リース)に、アンディはまだプロになる準備ができていないから、プロ入りはもう1年待ってくれ、と言ったんだ」、こんな事態になって、いわんこっちゃない、キャリアの選択を誤ったんだよ、といわんばかりのことをコメントしていた。にわかの此方は黙って拝聴。

・英雄なき時代

番組の終盤は、「惨状」といいたくなるような様相を呈する。

見る者を興奮させた「英雄」たちは、みなドーパー。
クリーンであろうチャンピオンたちは、メディアからみても大衆からみても、いまひとつ魅力に欠ける。英雄扱いをするのは選手の母国一国に限られ、国を超えた人気はない。

といっても、F1でも、現在、強力な魅力を持つドライバーは不在だ。
そういう時代、とみなすのが正しいのだと思う。

大衆は「英雄」を好む。昔も今も。
でも、「英雄」は、いない方がいい。今の私はそう思う。