南の国の太陽、空の色の獅子

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<追記>(5/8)

記述中に間違いをみつけたので訂正する。

ポポヴィッチについて、UCIのターゲットリスト(ドーピング疑わしさランキング)で、ただひとり「ランク10」をつけられた、と記したが、「ただひとり」ではなかった。
「10」は、もうひとりバレドがいた。

UCI's suspicious list leaked from 2010 Tour de France(cyclingnews 5/13)

ついでに補足を記す。
4/30にアップしたときは、cyclingnewsの記事を読み返さなかった。
今日、改めて読み返し、「2011年5月当時とは大きく異なる」解釈をする。

ランク6以上の選手は、99%クロ、という解釈でいい、と思う。
「2009~2010年」の期間で、である。
真っ黒であることが立証済の「2007年以前の時代」のことではなくて。

ランク5は、70~80%か。



CICLISSIMO NO.33を書店でパラパラ読みながら、「ブログに自転車RRの話題を書くのを止める潮時みたい、やっぱり」と思った。

ただ、私が今まで書いてきた動機のひとつは、自分が海外のサイトで読んだ情報が、「日本語では紹介されていない」、あるいは「正確に流布していない。誤認が広まっている」ので、「読んで!知って!」という欲だった。
この欲が生じる機会は今後もありそうで、そのときは改めて考える。
「伝えたい特定の相手はいない。不特定対象は無視。誤認しようがほっておくもの」と割り切ることができれば、沈黙を守れるだろう。

●ランス・アームストロングがもたらしたもの

「ランス・アームストロング」の事件によって自転車RRから離れる観客がいるのは残念だと、雑誌を作る側にいる人々は言う。
そういった記述は、私を少しいらつかせる。

雑誌記事を執筆する人々は、ランスより前から自転車RRを知っていて、この業界で生活して(自転車RRでメシを食べていて)、ランスがドーピングしていたことは、じゅうじゅう承知していた
ランスがクリーンだと思っていた人など、業界の内側には誰もいない。

自転車RR界の内側にいて、ランスがクリーンだと「本当に」思っていた人がいたとしたら、「自分の周りの世界に関心を払わず、それでも生活していかれる」奇特な能力あるいは環境を持った人だと思う。

業界の内側だけでなく、観客も、「知識を持っていれば」、事実を認識できた。
だから、あれほど大声で、疑惑を主張し、糾弾する声が繰り返されたのだ。

ランス以前を知らず、ランスを賞賛する報道をきっかけにTdFを見た「新参者」の私は、「批判者たちの主張が正しかった」ことを悟るまで、随分時間がかかった。
それはいたしかたない。最初の時点で批判を信じたら、興味を持って見始めるわけがない。

その後、クロの可能性を否定できない、と傾き始めたが、当初は、「たとえクロだとしても、ドーピングだけで7連覇はできないから、評価できる」という擁護をした。

これは、「後づけの正当化」だ。
自分が事実を見誤ったことと、都合の悪い事実を認めざるをえなくなったとき、不快・失望から逃れるための方便である。

私は、ランスに対して、「我々観客を騙した」という非難はしない。
不快を引き起こすのは、「彼の嘘を見抜けなかった自分の愚かさ」である。

耳に心地よい賛美の声を選び、心地悪い指摘を切り捨てた。快のために、事実を捻じ曲げて受け取った。

「ランス・アームストロングとツール・ド・フランス」は、最終的に、私に「自分の愚かさ」と同時に「醜さ」を悟らせる存在になった、といえる。

仮に、当時の私が、「TdFで活躍するトップ選手は全員ドーピングしていて、ランスもその1人」という「事実」を正確に認識していたら、私は彼を批判し、疎んじただろうか。
いや。彼に対する賞賛に変わりはなかっただろう、と思う。

彼や、彼と同種の英雄ミヒャエル・シューマッハーを賞賛した頃の自分は、「強いこと」「勝つこと」「欲しいものを手に入れること」に価値を置き、弱者・敗者に目を向けなかった。
スポーツにおける「公平さ」という価値も、無視した。
それは、自分自身の優越欲・支配欲・達成欲の深さ、利己主義を意味している。

みつからなければ、ズルをしてよい。
罰せられなければ、ルール違反をしてよい。
人を騙し、ふみつけにして勝利を目指すのは正当な行為。
勝利がすべてに優先する。

ランスやミヒャエルの持っている、極度に自己中心的な価値観を、私自身が持っていた。
更に、それを公言することに、何のやましさも恥ずかしさも感じなかった。
今の私にはできない振る舞いを、かつての私は平然とやっていた。

●失われた信用

私の知る限りでは、自転車RR界の内側の人々(日本人)は、我々「新参の観客」に対して、「自転車RR界は、ドーピングをなくす努力を続けていて、昔と違って今はクリーンになった」と、常に、語ってきた。

ランスが09年に復帰したときも、ドーピング疑惑を伝えることはせず、レースが面白くなると歓迎した。
誰かが検査で陽性を出し、有罪が決まれば、その度に、「残念」という感想と、それでも「自転車界の検査は他の競技に比べれば格段に厳しい。昔と違ってクリーンになってきている」という弁解と正当化をし続けた。

彼等は、5年前も4年前も3年前も2年前も1年前も今も、同じ台詞を繰り返す。
「今は、前よりクリーンになった」「自転車界は努力をしている」とまったく同じ言葉を。

彼等は、ランスがクロであることを知りながら、隠し続けた。一緒に嘘をつき続けた。嘘を聞かされ続けたことに気づいた観客に、今尚信じてもらいたいのなら、いい加減別の説明を工夫した方がよい。

「過去のドーピングについて自分の知っていること」を正直に話すことができないのは判るから、譲歩はする。
しかし、「本心ではドーピングを容認している」と此方に受け取れる言葉を繰り返すのが適切とは、私は思わない。

スポーツ界のドーピングに関しては、競技側の人々よりも、アンチ・ドーピング機関(WADAやUSADA)の主張の方が、「信用」するに足る。
それが、現在までに辿り着いた私の見方だ。

●フェラーリの顧客たち

USADA報告書の中の、カラビニエリ(イタリア軍警察)から提供されたベルタニョッリの供述書を、先日読んだ。
イタリア語のPDFを機械翻訳にかけられず読めないでいたら、クロイツィゲルの記事で、英語翻訳のページの存在を知った。

クロイツィゲルは、アルデンヌのレース会場で彼にコメントを求めに通ったvelonewsに対し、「あとで話す」「今はレースに集中する」という返答で逃げ回った。

もし、彼がフェラーリの顧客ではないのであれば、「ベルタニョッリとビレカが言ったことは嘘だ。自分はフェラーリの客だったことはない」と返答すればよい。ノーコメントを押し通す必要はない。
コメントしないのは、フェラーリの顧客だったことを認めたのと同義である。

ベルタニョッリの供述書から幾つかを。

・フェラーリのキャンプや家で会ったり、選手同士の会話から、顧客だったとして挙げた名:
ポポヴィッチ、ビレカ、ヴィノクロフ、ベルトリーニ、キッキ、ペリゾッティ、ガスパロット、クロイツィゲル、ポッソーニ、フランチェスコ・モゼールの甥のひとり

・彼は2007年からリクイガスに在籍した。リクイガスのチームメート複数が、上記の他にもフェラーリの所に来ていた。
リクイガスは、所属選手たちのフェラーリとの関わりを知っていて、容認していた。

・2008年になると、リクイガスはフェラーリとの関係を禁止した。

・2007年、Adams(居場所報告システム)により、レース時以外でのEPO使用が発見されるリスクが高くなったので、血液ドーピングを始めた。
それまでは、レース以外の時間(レース前)での使用という、「身体能力を高め、かつ検査で発見されることのない」薬物摂取を、フェラーリが選手に合わせて個別の(綿密で巧妙な)計画を策定し、実行していた。

・2009年と2010年にも、血液ドーピングを行った。

・2010年末、調査が始まり、みつかる危険が生じたとき、フェラーリから対処のアドバイスを貰った。現在持っている道具を処分しろと言われ、別の道具を教えられた。

(注:USADA報告書内の供述書一般にいえることだが、供述を取った側の第一目的は、ランスやフェラーリの有罪の立証であって、証言者のドーピングを詳らかに暴くことではない。そのため、内容には、不鮮明で、解釈を迷う点が多数あり、読み方には注意が必要)

2007年のリクイガスといえば、ジロのエースがディルーカである。結果は優勝。
ディルーカは、ジロ期間中の検査では陽性を出さずとも、ドーピングしていたとみなすのが妥当だ。

彼は、一度でなく繰り返し疑惑を追及され、最終的には自白した、「常習」とみなしていい部類に入る選手だ。
2007年にリクイガス在籍の選手複数がドーピングしていたとする今回の証言資料は、そのチーム内で優る力をみせてエースでいるのはドーピングしていたとみなすのが妥当、という新たな論理を生む。

とすれば、「ディルーカはアンディから優勝を盗んだ」というファンの主張はごもっともである。
もっとも、この主張には、「アンディはドーピングしていない」ことが前提として必要で、「客観的には」、2007年度のCSCの信用度が、リクイガスより高いという主張は無理、という難がある。

2007年は、オペラシオン・プエルト直後で、ドーピングが下火になったと、今までは思っていた。だが、様々な証言が表に出てくるに従い、そうではなかったとみなさざるをえなくなった。
これまでは読むことがなかった「供述書」という「一次資料」は、私の認識を大きく変化させた。

OP後も、フェラーリ医師は相変わらず仕事を続けていたし、薬物供給ルートやサポートは絶えてはいなかった。

USADA報告の資料にあるイタリアから提供されたもうひとつの供述書、ビレカのそれは、読めないので、内容は判らない。

ポポヴィッチ、ペリゾッティ、ガスパロット、ベルトリーニ、ベルタニョッリ、ポッツァート、ガルゼッリ、マシャレッリ、クロイツィゲル、ルイス・レオン・サンチェス、ポッソーニ。とベルタニョッリの供述と概ね共通する名が連なっている。

ヴィノクロフ、カシェチキン、クレーデン、ケスラー、グセフ、は別の文脈。
ポポヴィッチの名が、数十回登場する。

ポポヴィッチのクロは、110%確定といえると思うが、彼は何のお咎めもなく、今も元気にレースを続けている。
「どうみてもおかしい」という感覚は、「自転車RRファンでない人間の感覚」なのだろう。

UCIのターゲットリストで、ただひとり「ランク10」をつけられたときはネタになったが、今は、ネタでは済まされない。
振り返れば、このときのレディオシャックとアスタナ2チームの点数の高さは、「事実」を反映していたのである。

USADA報告書内の、WADAの2010年TdFのドーピングチェックの調査報告書で、検査官の来訪を、ホテルの窓辺で監視しているスタッフがいるチームが複数ある、という記載がある。

チーム名の記載はないが、これはレディオシャックあるいはアスタナでは、という想像が湧く。
いずれにせよ、WADAは、2010年TdFでのドーピングチェックは、十分に満足できるレベルで実施されてはいなかった、とする評価を出している。

●ツール・ド・フランス

今年は100回記念大会と宣伝しているが、公式サイトは、過去の大会の公式記録一覧を、「誰でも見られる場所」には掲載していない。

以前は掲載していた。
私は昨年、2010年の優勝者の記載をいつ書き換えるのかに興味があったので、時々見に行っていた。
CASの裁定が出た後、けっこう長い期間そのままで、暫くしたら、サイト全体をリニューアルし、Historyのページが丸ごと消えてなくなっていた。

これには「やられた」となり、その後はマメにチェックしなかったので経緯は判らぬが、現在、Historyのカテゴリーに、過去99回分の公式記録を記載したページはリンクされていない。
Searchで閲覧できるのかと思いきや、IDとパスワードを要求してくる。なんだそれは?

開催回数を誇るイベントが、歴代公式記録を堂々と掲載しないのは、どうみても不自然だ。
合計99回の直近14回のうち9回の総合優勝者が後日ルール違反で優勝取り消し、7年間は優勝者なしの空白、という記録は「みっともない」からだろう、と此方は思う。

この「歴史の汚点」は、主催者ASOが引き起こしたことではない。しかし、一方的な被害者でもない。
ランス・アームストロングによって、TdFの世界的知名度は上昇し、アメリカからの資本が流入した。
ランスだけでなく、TdFも、巨大な利益を得た。

ランスのドーピングが、なぜ今まで隠され続けてきたのか。

その回答は、「ランスという存在によって利益を得た範囲が極めて広かったから」だろう。
「奇跡の英雄」によって、TdF(ASO)のみならず、自転車界全体、関係する企業、メディアたちが、大きな利益を手にした。
ランスが英雄のままでいることが、ファンの願望であり、ランスによって利益を得た諸機関の利益でもあるため、英雄像を維持することに、一致協力した。

(そして、真実を訴えた少数の人々を、ランスと一緒になって、嘘つき呼ばわりをして、貶め潰した)

それが、自転車RR界に利害関係を持たない完全なる外部機関のUSADAが、脅迫にも屈せず、決然と調査を続け、表の場に引きずり出すまで、真実が隠され続けていた、本質的な原因だと思う。

自転車RR界を擁護・応援し、TdFを賛美する人々は、そのことをはっきり認めた方がいいと思う。
過去の汚点に向き合うことをしない者は、同じ失敗を繰り返す。歴史は、それを教えている。

●突き刺さった棘

長々とした文章の終わりに。

フランクが、昨年のTdFで陽性を出すことがなかったら、ドーピング問題に関する現在の私の態度は違っていたと思う。

彼の事件がなかったら、多分、今頃は気にしていなかっただろう。
ランスの事件は乗り越えられる。自分の内では、2010年時点でクロの結論を出していた。USADA報告が出る前に、見限って、突き放していた。

自転車RR界全体が、2006・07年と比べたなら、明らかにクリーンになった、ということを、私は、事実として認めている。
一足飛びではないが、クリーンな方向へ向かっている。
「真に」願い、努力を続けている人々がいて、成果が出ていることを、否定はしていない。
クリーンな自転車界を願うファンは、未来を悲観せず、希望を持ってよい。

けれども、「2012年TdF・フランク」。
この棘が、私の喉に突き刺さっている。

総合して出す結論としては、今回の件は汚染であった蓋然性が高いといっていいのだろう、と思う。

そして、私がアンディを見初めた2008年TdFと、2009年TdFと、2010年TdFでアンディがみせた力は、ドーピングによるものではなかった、と判断してもいいのだろう、と思う。

けれども、私は、ランスのとき、間違えた。

私は、自分の判断力を、疑う。

自分の判断に対する懐疑を消し去ることはできない。
ものごとの考え方として、それが正しい、と思う。

ゆえに、棘は、突き刺さったまま、抜けずに、今もそこにある。

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Category :  自転車
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●現状の認識

アンディの「モチベーション」を阻害する最大要因と私がみなしていたフランクの問題が解決し、やる気が出て元に戻るか、と思いきや、身体能力が思ったように回復しない、というのが現状、らしい。

2年の出場停止をくらわずにすんだフランクは、精神的に回復し、TdF明けの復帰に向けて元気にトレーニングし始めただろう。それを見たアンディも、やる気にはなったが、あにはからんや、脚(身体)が思うように動いてくれない。

おそらく、運動生理学とかいった類の観点からの説明もできるのではないかと思う。
彼は、昨年1シーズン、練習を怠けていた。本人は、負傷のせい、と主張するが、物理的に完治した後も、痛い痛いといって、きちんとトレーニングをしないで過ごしていた期間が長い。その「ツケ」が回ってきた。
ご本人は、ブランクを、「たかをくくって」いたので、今、ありゃ?となっている様子。

彼がこの事態を乗り越えるのか、このまま終わるのか。
とりあえず、今年のTdFでは、山岳ステージでついていかれずずるずる遅れるシーンを想定しておくのが正解だろう。

Schleck: Liège is not easy when you’re not 100 per cent (cyclingnews.com 4/18)



「応援した最初がランス・アームストロングで、今アンディ・シュレクです」と自己紹介したら、他人から、「そりゃお気の毒」と同情されそうなパターンだと思う。
「ええ。自分は自転車RRには相性が悪かったみたいです。手を出したのが失敗でした、あはは」と返答していいが、続いてこういう台詞も。

「でも、ランスを見ていた時期も、アンディを見ていたこの4年も、楽しかったから、いいんです。
アンディは、パーソナリティの情報を入手した後、勝利に対する執念を欠くから、チャンピオンになれる資質ではない、『私が選ぶタイプじゃない。どうみても違う。なんでこの子なんだろう?おかしい』と延々言ってましたから、『最初の見立てが合ってたのね』で済ませます。
現状についても、この子ならこうなるよね、と完全に納得できます。納得しすぎるのもどうかと思うこともありますが、実際にそうなので。

今振り返ると、彼を見初めた2008年の夏というのは、私の『空白の期間』だったんですよ。ミヒャエルもジェーニャも消えて、アロンソも不調。
アロンソって、私が目をとめた03年は、ピッカピカに輝く若者で、目がくらんだんですよね。その彼にも5年目に落ち込む時期がきて。
ちょうどそのときにTdFで見かけた若い子が、キラキラ輝いていて、魅力的に写った、んじゃないかと思いますよ、たまたまのタイミングというか。今になれば、の話ですけどね」



●来季

来季どうなるか、という見通しの話題。
兄弟は来季までRSLTと契約している。ゆえに、「ベッカがチームを続ける場合」は、残留。

「ベッカがチームを続けない場合」、判らない。
チーム終了の可能性は、アンディの飲酒スキャンダルのとき、ベッカが口に出した。

そうなった場合、兄弟のエージェントが移籍先をみつけるのは相当の難題だと思う。
現在の契約条件(待遇)がよすぎるのである。
兄弟の現在の商品価値は、契約を締結した2010年時から100分の1くらいに暴落している。

ベッカ側からみれば、東電の株を大量に買ったみたいなもの。(我ながらものすごい喩えだと思うが、「2010年時点で、価値が暴落する未来を予測できた人はまずいなかった」というのが共通点)

Category :  散歩
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オランダ大使公邸庭園 特別一般公開に出掛けた。

行列に並ぶこと45分、滞在30分。
もう少し居たかったが、国別対抗戦の競技開始時刻までに代々木体育館に戻らねばならないので、切り上げた。
それに、相変わらず行列が続いていたから、長居しないのが適切だった、ともいえそう。

入場制限をした事情は、中に入ってよく理解できた。
さして広くないので、大人数を収容できない。

見学順路に従っていくと、まず公邸の玄関を入り、1階の室内を見学しながら直進してベランダに抜ける。次に、前面に広がる庭園内を巡る小道を進む。
庭園内のルートは細い一本道で、見学者は牛歩のごときのろのろである。
撮影ポイントでは多数が立ち止まって写真を撮る。撮影者を避けて進むことができない箇所で渋滞が発生する。

その様子に、同じ構図の写真が世の中に腐るほどあって、ネット上にも沢山アップされるのだろうな、と思った。

木立の中の道を辿っていくと、ある地点で、瑞々しいみどりの葉の隙間に、ぱっと、白く明るい邸宅の姿が現れた。

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ところが、視界が開け、全景が見えてくると・・

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うーむ。デザインがいまいち。野暮ったい感じが。
こうだっけ?異なる外観写真を見たような気がするのだが、記憶違い?
釈然としないまま、「撮影ポイント」で、写真は撮っておく。

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チューリップを前景にしたお決まりの構図。
(個人的にはチューリップなしの図が好みだが、「今の季節の写真」ということで)

この地点まで来ると、建物の側面(写真の向かって右側)が視界に入ってきた。
見覚えのあるデザインだ。

入り口で配布していた建物の解説の紙を取り出し、改めて眺めると、こちら(側面)の写真が、背面の写真の上に配置されていた。
間取り図を見れば、玄関の反対側の面(表記は「背面」)がメインの面の構造にみえるし、側面は側面に違いない。
しかし、2階にバルコニーを配したデザインは、背面に劣らぬバランスのとれた外観だと思った。

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建物の竣工は昭和3年。設計者は、ジェームズ・ガーディナーというアメリカ人。
代表作の中に、明治村にある聖ヨハネ教会、と旧知のものがあった。

尚、この建物の前身の公館は、関東大震災で消失したそうだ。
ああ、ここもやられたのね、と毎度の反応を呼び起こす。



入り口では、もうひとつ、パンフレットを配布していた。
政府観光局発行の観光案内。
目に止まったのは、「オランダ」ではなく、「オランダ+ベルギー・フランダース」であったこと。

共同ウェブサイトhttp://www.hollandflanders.jp/も作成されている。
自転車RRを知ってから実感が少し湧くようになったとはいえ、「ベルギー」という国は「ひとくくりでみるのは根本的に間違い」であることに改めて気づかされる。

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生きる力 心でがんに克つ生きる力 心でがんに克つ
なかにし 礼

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がん闘病記に分類されるのだろうと思うが、がん治療に関する情報を期待すると外れる。
描かれているのは、著者自身の像である。
私は、著名な作詞家であることしか知らなかったので、内容に少なからず驚いた。

2012年2月に食道がんが発覚したとき、毎年受診していた精密検査をこのときに限って怠っていたことを後悔したが、原因は、東日本大震災だった、と記している。
2011年は、例年通り胃カメラ検査に行こうという心境でなかった。

東日本大震災という国家的危機の状況において、国が一体何かをしてくれるか。その点に関して、旧満州からの引揚者としての私は相当にすれっからしだ。
国というものは情報を隠すし、必ず加害者側の利益保全を考え、犠牲者側には立たないということを、私は第二次世界大戦のときの満州ですっかり味わってしまっている。ソ連軍が攻めてきたとき、関東軍は居留民を置いてさっさと逃亡していた。しかも、彼らは自分たちの“影”をつくろうとして、15・6歳の少年に軍服を着せて、銃に見立てた木の棒のようなものを持たせて、ソ連国境に全員配備した。


もし自分たちが逃げたということを居留民が知ると、居留民はパニックを起こし、国へ帰る引き揚げ列車を出せという騒ぎになる。それをソ連が聞きつけてソ連の侵攻が早まってしまうかもしれないので、「静謐を保て」ということが軍上層部の命令になる。だから、一般居留民にはそういう情報は一切届かない。


日本の陸軍は満州そのものを捨てて、併合していた朝鮮半島を守れということになった。それから大混乱が起きる。私たちは、牡丹江からハルビンに行って、そこで収容所生活が始まる。一日二度のコウリャン粥を食べながら生活しているうちに父親と再会したが、その父親はソ連軍の強制労働に連れられていってしまった。
そこで大人たちは絶望に浸っていた。日本政府は、「居留民は、満州の地で生きるも死ぬも勝手にしろ、日本は、あなた方を迎える余裕も食べさせていく余裕もない」というとんでもない理屈を言ってきた。“国に捨てられた”のは、それが二度目。


お上というのはこんなものなんだ、私は骨身にしみ込んでいるから、原発事故が起きたら国は当然うそをつくし、犠牲者の目線で物事を絶対に見ない。それがわかっていたから、なおのこと3.11及び原発の問題というのは、国が関わっているということで、私にとっては大事件だった。SPEEDIの問題なんかもみんな後でわかることだけれども、「甲状腺の異常と原発事故との因果関係は考えられないと話を合わせましょう」などという秘密会議を開いているわけだから、どうしようもない。第二次世界大戦のときに国家を支配していた人間たちと同じで、今も何も変わっていない。
このような国にあって、どう行動し、どう考えることが一番正しいことなのか、そのことで頭がいっぱいになり、胃カメラ検査を受けている暇がなかった。


著者は、満州での経験次いで帰国後の兄との愛憎といった波乱の人生を、自伝的小説(「兄弟」「赤い月」「黄昏に歌え」)で描いているのだそうだ。初めて知った。



著者の特殊な来歴やパーソナリティを考慮に入れても、本書は、これまで読んだがん闘病記とは非常に異なる印象を私に与えた。
その原因は、「がんに勝った(生還した)」立場での記述だから、だろうと思う。

私が読んできたのは、亡くなった人の遺稿だった。
私ががん闘病記を読む目的は、「自分ががんになって死んでいくことを想定して、死を受け入れる心構えを学ぶこと」であり、ゆえに生還者の本は役に立たないとみなして、選ばない。

実際にがんが発覚する日が来たら、その後は、生還した本ばかり読むようになり、それまでのことなのだろうけれど。

Category :  自転車
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アルデンヌ・クラシックは、ルクスに近く、シュレク兄弟の重点レースなので、ルクスメディアたちがスタート前に記事を作るのが毎年の恒例だ。

今季、活躍を期待できないことは明らかだが、各紙がアンディにインタビューをし、彼は応えている。
WortとTageblattは、ごく一部をネットに掲載し、続きは紙面で、と本紙の販促をしているが、Le Quotidienは、長い記事を掲載した。
Cyclisme/Andy Schleck : «Je suis enfin sorti du tunnel» (Le Quotidien 4/11)
( "I'm finally out of the tunnel ")

"Ich bin immer noch der alte Andy" (Luxemburger Wort 4/10)
Schweigen ueber seine Ambitionen (Tageblatt 4/10)

表で喋ってくれると安堵する。

Category :  フィギュアスケート
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フィギュアスケートの過去の映像は、いまやネット上に大量に存在しているが、私は漁る趣味がなく、ほとんど見ていなかった。
先日たまたま、あるブログで伊藤みどりさんの3Aの映像を見かけ、いもずるでリストを少し眺めて、「あっ」となる映像を発見した。



1990年11月27日、NHK杯のエキシビジョン大会。
新横浜プリンスホテルスケートセンター。

私は、会場で、これを見た。
お目当ての一番はペトレンコ。二番が伊藤みどりさん。
そんな私にとって、アンコールで2人が一緒に滑ったのは、文字通り夢のようだった。

TV放映をしたのは神奈川のローカルTV局だったため、神奈川在住でない私は、視聴することができなかった。
この日の出来事は、記憶の中にだけ存在し、映像を見たのは、これが初めてである。

会場で自分の目で見てから22年が経った後に、映像に巡り合う。
不思議な経験をした。

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Category :  自転車
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●パリ~ルーベ

クラシックレースの見方を、少し判った気がする。
「ああ。こういうことか」とストンと落ちた。

そして、来年も見る気が起こるかも、と思ったのは、ファンマルケとスティバルゆえ。

・レース分析
Roubaix Wrap-Up (Bicycling)
Paris-Roubaix analysis: Cancellara adds brains to brawn (cyclesportmag)

ふんふんと読む。
ただ、この世界では、「英語」は「周辺」であり、読むべきは「他言語」の国のライターのものではないか、と思う。
しかし、他言語は、英語変換でしか読めず、意味をちゃんと理解できない。簡単な文章ならなんとかなるが、(F1の)ウィンザーみたいな文章を書かれた日にはお手上げだ。

Fabian Cancellara Interview: Paris-Roubaix winner speaks to the press after third career victory in race (velonation)・・質問付・書き起こし

・写真・ビデオ
Let's dance on the RSLT bus with Fabian and his wife
グエルチレーナがフェイスブックに載せたビデオ。レース後のバス内。
RSLT公式に写真を提供しているEmily Mayeが自身のHPに、一部セレクションの異なる写真群を載せている。
Epic behind the scenes video of Paris Roubaix (SHIMANORaceTV)

・RSLT
チームメートたちの満足度には温度差があった。
デヴォルデルは落胆を隠さない。彼は、もっと後まで前線に残るつもりでいた。
若いボブ・ユンゲルスとジェシー・サージェントは明るい。この2人はレースを通してほとんど一緒にいたという。
Bob Jungels : «On a dansé et chanté dans le bus» (Le Quotidien)

・Trek
Trekの公式サイト
担当者は、こういうトップページをアップできる日を2011年から待っていたのだろうから、「よかったねえ」。
「来年はできないもんね」は小声。(ファビアンが勝てないという意味でなく、Trekのライダーではなくなるだろうという意味)

●自分の陥っている状況

2011/05/30 : まっとうに生きること
2010/05/26 : ドーピングの心理

●【フランク・シュレク事件】解釈

WADAは、いかなる判断によって、控訴をせず、ALADの決定を追認したのだろう?

1.故意のドーピングではない(汚染事故)と判断した。

2.100%汚染事故と認定はしていないが、何らかの事情によって(たとえば、他に大規模な案件を抱えていて繁忙)、目こぼしした。
無罪放免ではなく有罪判決だから、まあいい、と妥協した。

どちらだろう?

私は、WADAの控訴を予想していたので、頭を抱える。
控訴してくれなかったおかげで、これ以上の資料=判断材料は出てこない。一番困る事態だ。

暫く考えないといけない。

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●フランク

復帰日が確定した4/3の翌日4/4、ファンクラブの会合を催した。写真をwortが掲載。
Schleck-Begeisterung flaut nicht ab (Luxemburger Wort 4/4)
«Ça fait chaud au cœur» (Le Quotidien 4/5)

●アンディ

アンディは、ルクスから遠く離れたバスクで、苦手の悪天候の中、レース出場中。
いくつかのメディアのインタビューに応じている。

調子は以前と同じ。
リカバリーに苦労していることを認めつつ、悪いことは言わない。以前のレベルに戻りたい、少しずつだけれどよくなっている、これからも続けていく、というポジティブシンキング。

Andy Schleck: «No puedo estar mirando lo negativo» (GARA 4/2)
Schleck: ‘I cannot dream of winning the Tour this year’ (velonews 4/3)

スケジュールは、この先も予定通り。
アルデンヌ・クラシック、TOC、トレーニング・キャンプ、TdS、TdF。

●ロンド・ファン・フラーンデレン

・負けた理由


レース終盤、独走するファビアンを眺めながら、「なぜ、今年勝てて、2年前勝てなかったんだ?」という「設問」に悶々としていた。
そういう自分を振り返り、「人間の本性は、簡単に変わらない」。

「負けた理由」を詮索し、「不確実性」を受け入れることができない人間に、クラシックレース観戦は向かない。
2012/05/29 : 不条理と薀蓄

・Team Cancellara

ファビアンをサポートしたRSLTクラシック班のメンバーは、「ブリュイネールが集めた」選手たちだ。
「自分の作ったチーム」が勝ったと誇っていそう、とブリュイネールのツイッターを見にいったら、予想通り

皮肉なものだ。ブリュイネールは、栄誉を何一つ得ない。

・サガンのセクハラ事件

私の頭に浮かんだ発想。「F1では絶対にありえないよな」。
「イメージ」を重視する「スポンサー」様の巨額のマネーの上に成立しているスポーツでは、あってはならない事柄。

本件は、自転車RRという競技が、世界規模で見れば「ローカル」で「マイナー」であることを示している、というのが、ひとつの解釈。

と、最初思ったが、F1でなくても、テニス、ノルディック、メジャーマイナー問わず、私がこれまで見たことのあるジャンルで、こういう話は記憶にないぞ。
TVで生中継されるトップレベルの大会の表彰式で、トップレベルの選手がカメラマンに向かってセクハラ行為をみせびらかす、なんて。

アメリカのスポーツや格闘技などのショーアップ度が高いジャンルでは、お飾りの女を使うことが多いから、ありそうだ。
自分は、この類のジャンルには興味がなく疎いが、実は、自転車RRもこれらと一緒で、そもそも私が近づくべきでなく、それが今の事態に陥った本質的原因とか?(どこまでも因果関係を欲しがる性癖)

Category :  自転車
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●【フランク・シュレク事件】WADA控訴せず

WADAが控訴しない決定をし、ALADの決定が確定した。
3ヶ月後、7/14から復帰できる。

Fall Schleck: Wada geht nicht in Berufung (Luxemburger Wort 4/3)

・・彼等の話題(自転車RR全部ということになるだろうけど)を書くのをいつ止めるか逡巡する日々が始まる。(やれやれ)

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