南の国の太陽、空の色の獅子

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●【フランク・シュレク事件】UCIの決定について

UCI控訴せずのニュースは、ルクス国内メディアしか扱わず、英語メディアたちは紹介しなかった。
実は、「期限が3/22である」ことの裏はとれていなかったので、続報に注意していた。が、一週間経って何も報道がないので、事実とみなしてよさそう。

先月までに自分が得た情報では、UCIが引き下がると見込むのは「希望的観測」にしかみえなかった。
控訴しなかったUCIの腹は、自分には判らない。
色々想像できるが、どれと推定する根拠はない。

UCIの腹の推測ではなく、決定に対するひとつの「評価」を記すと、

・「コンタドールと同種のケースとみなす」なら、「彼と同程度の出場停止期間を与えた」ことになり、公平。

コンタドールの「実質的にレースに出られなかった期間」は、2012年シーズン開始からTdF終了時までの約半年である。
一審の国内機関が無罪にしたため、上級審のCASが有罪を出すまで、2011年シーズン丸々1年レースに出続けることができた。
CASは、出場停止2年を課したが、起算日を遡らせ、レースに出ていた期間を含めたので、「事実上の停止期間を半減した」といってもよい。

今回、フランクに「コンタドールと実質的に同程度の出場停止期間」を与えるとするなら、「今年のTdF明けまで」であり、ALADの決定でOKである。

UCIがこう考えたかも、という想像ではなく、「コンタドールと比較した場合のバランスはとれている」という評価。

といっても、「コンタドールと同種のケースとみなすのが妥当なのか」も「コンタドールの件についてのCASの判断が妥当なのか」も、依然疑問だ。
念を押して記すが、「フランクの件についてのALADとUCIの決定は妥当」だと私が判断したわけでもない。

WADAの判断が出るまで待ちの体勢が続く。

●アンディ

Criterium Internationalを完走。
山岳ステージの最終日は、逃げに乗った。
少し前進。

レース後コルシカに残ってトレーニング。
今年のTdFのスタート地だからである。
同伴は、モンフォール、クレーデン、ディディエ。

RSLT公式がビデオを掲載。


この面子はそのまま来週スタートのTour of the Basque Country (1-6 April)に出場。
今日付でリストが発表されている。

Tour of the Basque Country (Spain) – April 1-6 – UCI WorldTour

Riders: Matthew Busche, Laurent Didier, Ben Hermans, Andreas Klöden, Maxime Monfort, Andy Schleck, Jens Voigt & Haimar Zubeldia

Directors: Kim Andersen & Josu Larrazabal

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●【フランク・シュレク事件】UCI控訴せず

Affäre Fränk Schleck: Kein Einspruch der UCI (Luxemburger Wort 3/22)

UCIが、ALADの決定に同意。
CASへの控訴期限が今日終了するが、UCIのプレスオフィサー、Enrico Carpaniは、今日リリースを出す予定はない、と金曜朝に語った。

この次は、WADAの決定を待つ。期限は21日間。
とのこと。

●酔っ払い

アンディの飲酒に目くじらを立てる人がけっこういるが、私は鷹揚だ。これは、F1で、飲酒スキャンダルで有名だったライコネンを見ていたせいもあるかもしれない。

ライコネンは現在、ルクセンブルク人の投資家ジェラール・ロペスの所有するチーム(ロータス)所属なので、自分がシュレク兄弟の情報目当てで日参しているwortに、自国関連ニュースとして掲載され、目に触れる。

思うに、ライコネンとアンディの違いは、「天才度」。
ライコネンは「超一流」の才能で、アンディは、ワンランク下がって「一流」。

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Tirreno-Adriaticoをリタイアして帰宅する途上のミュンヘンの空港のホテルで深夜に泥酔状態でいるとき、運悪く、自転車RRファンのフランスの国会議員に遭遇し、氏がfacebookでバラしてしまった。
あっというまに広まって騒動になり、慌てた氏は、悪意はなかったと謝罪の声明を出し、facebookの記載を削除したが、後の祭りで、「スキャンダル」に発展した。

だまてんですませられない状況になってしまい、アンディは(やむを得ず)RTLのインタビューに登場した(3/18)。
毎度のルクセンブルク語で、お手上げでいたら、親切にもアーカイブに英語字幕付のビデオを掲載してくれ、会話が理解できた。
Andy Schleck: The Munich story is ridiculous 
察するに、私と同じくルクス語に歯が立たないユーザーから、なんとかしろと要望が押し寄せたのでは。

発言内容は、ざっくりいえば、以前と同じ調子。「いつもの彼」。
顔がちょっと痩せこけたような感じもするが、久しく見ていなかったので、なんともいえない。

今後については、今日、スケジュール通り今週末のCriterium International (March 23-24)に出る、とチームのスポークスマンがvelonationに喋ったとのこと。
Schleck’s racing programme continues as planned, will ride Critérium International this weekend (velonation 3/20)

・事件の資料

元凶のPierre-Yves Le Borgn' 氏の文章は、the Inner Ringが、原文(フランス語)のコピーと英訳、及び彼のコメントをアップしている。
iinrngのページ

A French parliamentarian says he met a drunk Andy Schleck in a lift.

Here’s my translation of Pierre-Yves Le Borgn’:

Late check in at a Munich airport hotel. A well-soaked guy enters the lift with difficulty and tries without succeeding to press the button. I recognized a great cycling champion, twice second in the Tour in recent years. Depressing.

It was Andy Schleck. He was wearing the jacket of his old Leopard-Trek team. He couldn’t stand up straight. I pressed the button for his floor. I found the situation very sad. He had abandoned an Italian race they day before and hasn’t finished a single race since spring 2012. His brother Frank is suspended for a year for doping. I got the impression that I saw a young man on the slide, drunk and alone at night in a hotel airport.


There’s been a lot of snow in Northern Europe causing delays and it’s possible Schleck had to wait at Munich airport for a flight home on his way back from Tirreno. Munich is a busy transport hub for flights in Europe.

It’s not healthy but it’s not the first time a rider’s had too much to drink during the season. Here’s hoping this is nothing more than a boring night in an airport hotel and that his head wasn’t too sore the next day.


関連記事
Le député regrette d’avoir accablé Andy(L' Essentiel 3/14)
Facebooker unterstuetzen Andy Schleck(Tageblatt 3/14)
Facebook-Enthüllungen über Andy Schleck: Politiker entschuldigt sich(Luxemburger Wort 3/14)
Is Becca losing patience with Andy Schleck?(cyclingnews 3/15)
Schleck: ‘My goals are still the same – the Classics with Liège and the Tour de France’(velonation 3/19)
Andy Schleck speaks about his troubled 2013 (cyclingnews 3/19)

the Inner Ringが記す通り、アンディがシーズン中でも深酒をするのは今に限ったことではない。
過去に何度も言われている。確実な目撃証言を読んだこともある。
飲むなとか醜態晒すなとか評判がとかいった「評価」の観点は横におき、泥酔自体は気にする必要はないとみなせなくもない。

私の目に止まったのは、以前のLeopard-Trekのジャケットを着ていた、という箇所。

現在彼の契約しているチームのスポンサーの筆頭格は、Radioshackだ。
2シーズン前のLeopard-Trekのロゴのウェアを着て外を出歩くって・・?

第三者から見ると、「本人が意識をしていないことはありうる。でも、『意識下にあるものの現れ』という解釈は瞬時に出てくる。心理学の知識をほんのちょびっとでも齧ると」

RSLTに関するもうひとつの最近の話題は、Radioshackが今季でスポンサーを終了し、更新しない、というレキップの報道。
この件は、昨年から判っていて、自分は指摘済み。
2012/12/26 : 2013年シーズンへ向けて

RadioShack: Becca "not amused" (Luxemburger Wort 3/19)
«Moi aussi je peux dire que j'arrête» (L' Essentiel 3/20)



サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書)サブリミナル・マインド―潜在的人間観のゆくえ (中公新書)
下條 信輔

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これを読み終わったところだったので、「無意識」云々という発想が湧いた。
非常に刺激的な本で、同じ著者の著作を読み進み中。

Category :  自転車
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アンディは、Tirreno-Adriaticoをstage 6の途中でリタイアした。

ここまで楽観的な見通し(希望的観測)を述べ続けてきたチームもついに、「厳しい現実」を「公に」認めた。
認めざるをえなくなった、といえばいいか。

RSLT公式サイトのstage 6のレポート

◆時系列で言うと、昨年のドーフィネでの落車後、北京の前頃までは、「身体面」のダメージが長引いている、としていた。
北京の後、シーズンオフは、身体は治っている、「心理的(精神的)なもの」と認めた。

今季、TDUに出場するも、プロトンについていかれず、最終日、メカニカルトラブルを理由にリタイア。
次のTour Méditerranéenは、初日にリタイア。GP Camaioreを完走するが、Strade Biancheはまたリタイア。
チームは、その都度、病気だの時差だのあれこれ理由をつけ、徐々に向上している、と説明してきた。

Tirreno-Adriaticoのstage 1のTTTで、チームは彼をローテーションに入れずゴールまで連れて行くことを計画した。しかし、彼は、残り数キロで千切れてしまった。
これには、遅れたのは下りのハイスピード区間だった、ドーフィネでの落車の影響で、下りに対する恐怖心があるせい、という解釈をDSのデモルが述べ、グエルチレーナも同じ解釈を喋った。

しかし、stage 6、アンディは「上り」で遅れた。下りではなく。
もはや理由づけも限界、とチームのスポークスマンが窮した、ような。

‘Andy Schleck moet schrik overwinnen' (Het Nieuwsblad 3/9)
Demol: Fear is a big problem for Andy Schleck(velonation 3/9)
Andy Schleck may not be a contender, but team says he’s on the comeback trail(velonews 3/10)
RadioShack Leopard to focus on ‘psychological recovery’ for Andy Schleck after Tirreno withdrawal(velonation 3/11)

◆アンディの内面の本当のところは、私かて判らない。判らないに決まっている。
ただ、本人及び周辺の人々の過去の言動から、「現状を、納得することはできる」。

何度も書いてきたように、彼は、「ツールで勝つことが人生で一番大事ではない」と4年前に、はっきり記した。
そして、「レースをする限りフランクと同じチームで走る」、「フランクが引退するとき、自分も引退する」と言った。

そういう彼であれば、フランクがドーピング有罪となって出場停止を課せられ、復帰は早くて今年の8月、遅ければ2年後、最終結果の確定がいつになるか未定、という現在、モチベーションが上がらないのは当たり前といえる。
今、シュレク家は、UCIに、控訴するしないの決定を引き延ばされ、待たされている。フランクの胃に(ストレスで)穴が開いてないかと本気で思う。

◆最近、それとは別に、ひとつの見方を思いついた。
「アンディの自転車RRに対するモチベーションは、2010年TdFをピークにして、それ以後、下降していったのではないか」という解釈。

あの年、彼は優勝こそできなかったが、自分のなしたことには満足をしたと思う。
翌年、移籍した新チームでは、前年から跳ね上がった額の年俸を手にした。薄給といわれていたサクソバンクから一転して、トップクラスの高給取りになった。
これが、モチベーションにつながったかといったら、疑問だ。
大金を手に入れたことは、逆の効果をもたらすことが起こりうる。

私はこれまで、彼のモチベーション低下の起点を、ブリュイネールの到着(レディオシャックとの合併)と記してきたが、そうではない可能性もあるのではないか?

2011年にすでに下降線だったという説の材料としてもうひとつ挙げたいのは、5月のジロでのウェイラントの事故死だ。
あの事故の後、アンディは、下りを速く走れなくなり、ゲルデマンに先導してもらっていた、と父ジョニーがTdFで喋った。

ジョニーの発言の受け取り方は注意が必要なので、この件も保留をつけていたが、「2011年のアンディの戦闘力は、2010年のそれを下回った」という事実には留意すべきでは。

◆以上のように、私は、フランクの件が「アンディが回復しない唯一の原因」と主張はしないが、「大きく影響する」ことを否定するのは無理がある、と思う。

RSLTが、それを認めないのは、私の目には奇妙だ。
解釈その1
「RSLTの中のシュレク家に近くない人たち」が、認識を欠いている。

3年前のチーム発足時は、シュレク家に近い人が多数を占めたが、今は、少数しか残っていない。
「その事実も、アンディの現状を招いた原因のひとつ」といえるのでは、と思うが、その話は別に書く。

解釈その2
「フランクが原因だったら、手の施しようがない(解決不可能)」という理由で、認めたくない。

解釈その3
昨年、兄弟を引き離したブリュイネールの方針に反対せず、手を貸した。とどのつまりがこうなった(アンディをぶっ壊した)とは認めたくない。
すなわち、自分の過去の判断と行為を否定したくない。



実のところ、私は現在、UCIの引き延ばしに、神経をやられそうだ。レースどころでない。
・・というのは嘘で、そこまでアンディに入れ込んでいないが、本人たち(シュレク家)が強烈なストレス下にある想像はできる。

私がストレス下にないのは、「2年出場停止になるのが筋だから、そうなればよい。そしたら、キャリアを諦めて、引退しなさい。アンディが一緒に引退したいなら、そうすればよい。ドーパーのくせに、とねちねち言われながら続けるより、バサッと消えてくれた方がすっきりする。こっちは、4年楽しかったわ、で済ます」と覚悟を決めているから。
当人たちは、そうはいかない。

Category :  散歩
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先週、文京シビックホールに行ったついでに小石川後楽園に立ち寄った。
ちょうど梅が盛りのはず。

ここには長く来ていなかった。遠い昔に来て、「わざわざ見る価値なし」と思った記憶が残っていて、気乗りがしなかった。
しかし、その頃の自分は「庭園の基準」が「修学院離宮」で、比較でそうなったのだと思う。今は、ハードルがうんと下がっているから大丈夫だろう。

見込み通りで、「梅は見に来るほどのものでない(皇居の方が数段よい)が、庭園としては見応えがある。別の季節に再来する意欲あり」
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かつて落第点をつけた理由の一番は、「背後に周辺のビルが見えてしまう」ことだった。
「庭園の借景は山に決まっている」という美意識だった自分は、ビルなんてとんでもない。

植栽の向こうにバカでかい東京ドームの屋根が見え、その上、公演中の音響が聞こえてくるなぞお話にならない。
その評価はそれとしてありだが、東京に居住している身は、ないものねだりをしても仕方ない。
「自宅から30分の所にある」ことに価値がある、のである。

上の写真の右ののっぽビルが文京シビックセンター(文京区役所)で、25階の展望室から見下ろした後楽園がこれ。
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木々のふわふわとした色が、春近いことを告げている。
地上から見上げると木々の佇まいはまだ寂しげだが、瑞々しく美しい季節がもうすぐ来る。



園内を廻って印象的だったことを書く。

関東大震災もしくは太平洋戦争の戦災で焼失した、と記された建築物の遺構が複数あった。
ここは二度ともやられたのか。

京都・奈良の建築・庭園は、元々レベルが高いだけでなく、震災も戦災もあわなかった。
「先の戦災で被害があって」と言った京都の人がいて、いつの戦争かと思ったら「応仁の乱」だった、というジョークがある。

東京には、江戸時代より後のものしかない。それも、建てては燃え、建てては燃えた。
江戸時代の江戸(東京)は、繰り返し大火に見舞われた。
建て直すごとに火事への対策レベルは向上していった。

でも、関東大震災が街を焼き、その次には、B29が焼いた。

近々、また大地震が起こる、といわれている。
繰り返し起こってきたから、起こるだろう。
ここは、そういう土地だ。

街は、繰り返し、燃え、壊れる。
その後に、再び建てる。
そうやって人々は暮らしてきた。

池の端のベンチに腰掛けて、そういうことを思った。

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Category :  自転車
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●イタリアの空の下で

昨夜は、ノルディック世界選手権・複合チームスプリントとストラーデ・ビアンケが同時進行。
両方ともイタリア。いいお天気だ。

ノルディックのクロスカントリーのTV中継は、「美しくて」、好きだ。
一面の銀世界に、鮮やかな色とりどりのウェアの選手たち。自転車RRの風景と通じるものがある。
解説者が、走り方の解説で、自転車のケイデンスに喩えたときがあった。そう、通じるのである。

途中で、はたと気づく。
「そういえば、(これも進行中でリザルトページを時々チェックしにいっている)フィギュアスケートの世界ジュニアの開催地も、イタリア、ミラノ。室内なので、気にかけず忘れていたが、全部イタリアだった、あらまあ」

●ライプハイマーの宣誓供述書

HDDの整理に着手したら、2011年のTOCやTdS、という代物が出現した。
残しておくこともないと思っていたが、Leopard Trekが「うたかたの夢」となって消えた今になると、残しておこうか、という気が起こった。
そしてもうひとつ、複雑な感情を呼び起こしたのが、「ライプハイマーの活躍」である。

この頃のライプハイマーは、レディオシャックのステージレースのエースで、チームのファンからの支持も高かった。
しかし、実は、彼はUSPSだけでなく複数チームを渡り歩く間ずっとドーピングをやり続けていた選手であった。
そして、それを2010年10月に大陪審で自白したため、チームから冷遇されていた時期だった、ということが、後日、USADA報告書の供述書で判明した。

2011年当時の此方は、そんなこととは露知らず、ヘラヘラとTV放送を見ていたのであった。

USADA報告書の宣誓供述書の内容の日本語での紹介は、ネット上でもほとんどみかけない。
自分は、読みながらメモを取った。
それをここにアップする。

ライプハイマーの宣誓供述書原本は、全16ページで、そこからの抜書きである。

・EPOは、USPSに移籍する前から使っていた。
・1999~2001年、コーチ(伏字)からEPOの供給と指導を受けていた。
・1999年12月、移籍したUSPSのキャンプで、デル・モラル医師から、ドーピングの経験を質問され、結局、告白した。
・2000年、小さなレースに出ていた間、チームから薬物の支給はなく、以前のコーチから調達していた。
・2001年8月、カスティーヤ・レオンのレース後、デル・モラル医師から、薬物使用をするか尋ねてきて、イエスと返答した。その後、デル・モラルの指導の下で使用を始めた。

・2002年、ラボバンクへ移籍(2002~2004)。チームドクターからEPOの供給とアシストを受けた。
・USPSのペペ・マルティが薬物の売人であることを知り、2003年から、彼からもEPOを購入した。
・ゲロルシュタイナー在籍時(2005~2006)は、ペペから、EPOとテストテロンを購入した。

・血液ドーピングは、2005年から始めた。
ランディスから、USPSでの血液ドーピングプログラムの話を聞き、デル・モラルに依頼すると、引き受けてくれた。
・2005年3月、ランスのキャンプでフェラーリ医師を紹介された。彼の顧客になり、薬物使用を含むトレーニングプログラムの提供を受けることになった。
フェラーリ医師との2回目のキャンプの参加者の中には、ポポヴィッチ(現RSLT)、カシェチキン、ヴィノクロフ、マイケル・ロジャースがいた。同年6月のキャンプには、サボルデッリ、ポポヴィッチ、ロジャース、マッツォレーニ

・2005年、ランディスと一緒にアパートを借り、血液ドーピングをお互いにアシストした。
・ランディスは、USPSでの血液ドーピングについて色々話した。2004年のTdFでは、ステージ後に、チームバスの中で、チーム全員が血液ドーピングを受けた、と言った。
*このチームバス内での件は、ヒンカピーも、供述で認めている。この年のUSPSのTdFメンバーは、ランス、ヒンカピー、アゼベド(現RSLT・DS)、ベルトラン、エキモフ(現カチューシャGM)、ノバル、バドルノス、ルビエラ、ランディス)

・2007年、ディスカバリーチャンネル(=USPS)に戻った。2007年4月にブリュイネールに、今年のTdFでチームは血液ドーピングをオーガナイズするのか尋ねると、自分でやってくれ、と返答された。
チームのアシストがなければやらない、と返し、最終的に、ブリュイネールが受け入れた。
・2008年に、伏字(Rider15)が、2005年のTdS前、怪我からの回復のためEPOを使っていた、と話した。
(Rider15は、ホーナーという推測がなされている)
・2009年TdFで、ランスに、Schumi(フェラーリ医師)とまだ話をしているかどうか聞くと、直接にはない、人を介して連絡をとっている、と言った。

・2010年10月、カリフォルニアの大陪審に召喚され、正直に証言をした。
・大陪審で証言した後、レディオシャックのチームメートやスタッフたちとの関係が悪くなった。
・2011年、来季の契約についてエージェントがブリュイネールに尋ねると、大陪審で証言したので、契約更新はしない、と言われた。

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アンディは、昨日(2/28)のGran Premio Città di Camaioreに出走、完走した。

彼が長い期間完走していなかったことは、揶揄するカウントページを作る輩が出たくらい話題にされていた。この雑音は消したことになる。
世間は批判の意見で溢れている(と記事に記者が書いている)が、支える意思のあるメディアもある。

ルクスのLuxemburger WortとLe Quotidienは、これまでずっとシュレク兄弟をサポートするスタンスで、今もそう。
TageblattとL' Essentielは、野次馬的スタンスで、日本の週刊誌的なノリ。

Cyclisme: Andy doit retrouver le sourire (Le Quotidien 2/28)
Niemand sagt ihm, "Andy, du bist ein Trottel" (Luxemburger Wort 2/27)
この記事が紹介したcyclismactuの記事
Chronique Le Roc'h : « Il faut tendre la main à Andy Schleck ! »

アンデルセンは、クリスマスにスキーで骨折したために、シーズン序盤レースに来ず、The Tour du Haut Varから戻ってきた。本人がそうコメントしている。
事故は報じられたが、負傷の程度が判らなかった。アンディがTDUに出走するのにキムが同行しなかったのは、すきこのんでではなく、治っていないことを示すのだろうと思っていた。
キムの復帰は、アンディにとってよいことだ。

チーム(グエルチレーナ)は、外部の批判からアンディを庇い、サポートする意思がある。

cyclismactuの書き手の記者は、10年前に出会った18才のアンディを回想し、彼の才を惜しむ。



私は、淡々と見ていくつもりでいる。お気楽とはいかぬが、寄り添うとはいえない距離をとって、現実ありのままを受け入れる。

10年前の自分であれば、cyclismactuの記事と同じ意見を持っただろうと思う。
天から優れた才能を与えられたのだから、無駄にするな、生かせ。
我々「凡人」の観客がそう要求するのは、よくある傾向だ。

でも、今は判っている。
「努力できる」こと、言い換えれば「勤勉さ」もまた、「天から与えられた才能のうちのひとつ」なのだ。

優れた競技の素質を備えていても、「努力する」才能と、「競争に勝ちたい」という欲望を備えていなければ、戦績には結びつかない。

多分、こういうことだ。アンディは、祖父と父と兄がプロの自転車選手という家の末っ子に生まれて育ったので、成り行きでプロ選手になったが、生来、「怠け者」で、「勝ちたい」「人より優りたい」という「強い優越欲」も持っていない。
酒を飲み、女の子と遊び、釣りをして過ごす、そういう生活が好き。いたって「平凡な人間」の部類。

それでも、彼は、これまでずっと、「頑張って」暮らしてきた。
自転車選手の生活は過酷だ。我々一般人のそれと比べて桁違いに。
高い身体能力を持ったプロ選手でも、苦しいし辛い。自転車RRという競技は、「苦しみに耐える」競技だ。ランスですら、そう書いていた。
世の中には、もっと楽な仕事がいくらもある。

もし、彼が、シュレク家の三男に生まれず、一家随一の才能を持って生まれなかったら、平凡だが暢気で穏やかな暮らしを得ていたことだろう。
自転車で速く走ることができなくても、家族と友人たちは彼を愛しただろう。

ものごとの見方は様々だ。
彼がレースを続けたければ続ければいいし、そうでないなら続ける必要はない。
人生は一度だ。
27歳は、子供ではない。自分の人生は自分で選択しなさい。

・・以上、私のスタンス。

アンディの次の予定は、明日のStrade Bianche、 次いでTirreno-Adriatico。
Strade Biancheは、オーガナイザーに出した最初のリストには入れていなかったのを差しかえた。
ファビアンの戦績よりアンディの調整を優先したらしい。RSLTにとって一番大事にしなければならない選手がアンディであることは判るが、ファビアンが納得してのことなのかが少々不審。



●TdF

wortが紹介した100回記念大会オフィシャルトレーラー

ドーピング有罪確定者を省いて作らざるをえない、100回記念にしては苦しい代物。
選手はぱっぱと短い時間しか映らない。アンディははっきり映っている。
最後に登場する選手をファビアンにしたのは、「今年、出ないなんていわないで出てね」というラブコール・・というわけではない、よな?