南の国の太陽、空の色の獅子

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●日程の見込み

UCIの控訴期限についての情報。
AFFAIRE FRANK SCHLECK : C'est loin d'être terminé (Le Quotidien 2/20)

UCIは、期限を引き延ばす行動に出た。
書類は2/4に受領したが、不足がある、と最近CDDに要求した。このことによって期限は先に延びる。
UCIはALADに不満を感じている旨を、Carpaniが回答。

(wort、Le Quotidienとルクスメディアが入れかわり立ちかわりUCIのスポークスマンにコンタクトし、コメントを貰っている)

そして、仮にUCIが控訴しなかったとしても、WADAが控訴する権利をそこからの起算期限で持つので、決着は4月までかかる、という推測を記している。
(なかなか決着がつかないのは毎度のこと)

●アンディ

アンディに関する意見色々。
アンデルセンは、デンマークメディアに楽観的なコメントを言い、
Kim Andersen: Det går fremad med Andy (feltet.dk 2/17)
シリル・ギマールは、深く憂慮し、
Cyrille Guimard est très inquiet pour Andy Schleck (wort.lu/fr 2/19)
ギマールの発言に、ジャーナリストが楽観的な意見を返す。
Stéphane Thirion: "Andy Schleck n'a jamais été un coureur du début de saison" (wort.lu/fr 2/19)

私の意見。
アンディはこれまでも「毎年」、シーズン序盤は競争力が低かった。病気だ負傷だとスケジュールを変更し、大丈夫かと危惧されながら、TdFまでには間に合わせるのが恒例だった。
だから今の彼を見てパニックに陥ることはない、というジャーナリストの意見に、一理はある。

また、ブリュイネールの去った今季のチーム体制は、アンディにとって悪くはない。
グエルチレーナは、アンディの意思を尊重している様子で、アンデルセンをアンディの担当に戻した。(外されたギャロパンは不満を抱えたようだが)

だから、いずれ復活する、騒がなくても大丈夫、という見方は、それとして成り立つ。
その希望を持って見守っていてもいい。

しかし、別の見方も、成り立つ。
「フランクの出場停止の影響」を、上記3者とも軽んじていることに、私は首を傾げる。

現在までに私が辿り着いた人物解釈では、アンディの自転車レースに対するモチベーションの源泉は、「フランク」だ。

彼は、フランクと一緒にレースをして、フランクと一緒に勝って、2人で幸せになりたい。
自分ひとりが成功することを望んでいない。

昨季モチベーションを失って1シーズンを棒に振ったのは、ブリュイネールが、TdFのリーダーをアンディ1人に命じ、フランクをダブルエースの地位から追い落としたことが、そもそもの原因だ。

ブリュイネールとの抗争の意味についての私の考えは、昨季繰り返しあれこれ書いている。
代表的なエントリ:2012/06/11 : 壊れる道理

ブリュイネールはいなくなったが、今度は、フランクがドーピング陽性を出してレースができず、この先いつ復帰できるのか未定、悪ければこの先2シーズン出場停止、という事態になった。
これでは、何も解決していない。

アンディ本人は、ジャーナリストに対したときは前向きな発言をするし、もしかしたら、自分の心理を分析して把握することをせず、「自覚」がないので、モチベーションに欠けていることを認めないのかもしれない。
そのあたりはわからぬが、第三者の目からみれば、これまでの彼の言動から、やる気が出ないままであることに十分納得する。

私個人は、彼が選手として終わるとしても、それならそれでよい。受け入れる。
私が目を止めたのは、兄を勝たせようと尽くす、小鹿のような2008年TdFの彼だった。
彼のモチベーションの源が兄にあり、兄と運命を共にしたとしても、私は「見誤った」のではなかった。
否、このことは、私自身の価値観の変化、かつて私が絶対的な価値を置いた「己の勝利を目指す」ことに価値を見出さなくなったこと、を意味するのではないかと思う。

「自転車競技の選手」である前に、「フランクの弟」であり「ジョニーの息子」であり、「レースの勝利」よりも「家族」が大事。
もしも、彼がそうであるとしたら、否定する気は全くない。

彼が復活する道は、ひとつある。
フランクが、己の運命を受け入れ、アンディに、お前の成功は俺の成功だ、俺がいなくても走れ、と説得すること。
但し、そのためには、フランクが、本心から、そう思うことが必要だ。アンディが、兄の言葉は真実だと信じることができれば、モチベーションが回復する見込みは十分ある。
でも現状では、フランクが、自分の成功を諦める悟りに至ることはまだ見込めそうにないようにみえるので、あてにはしない。

Denis Bastien
「彼等は囚人のようにもみえるが、彼等にとっては何等問題ではない」
自由を奪われているようにも見えるが、彼等は自分から望んで互いに繋がれている。
彼等を引き離すことはできない。引き離したら、彼等は壊れる。
私は最初、そのことに確信がなかったが、今は、そう認識している。

Lecoqは、彼等の間で「犠牲」は成立しない、と述べる。
犠牲がなされる場面はあるが、それは「アンディがフランクに対して」であることを、記者は指摘している。私は、この見方に賛成だ。
アンディは、フランクを踏み台にすることができないが、それは、彼が「弟だから」だと思う。彼は、どこまでいってもシュレク家の「末っ子」で、「父」と「兄」は、彼の上にある。ヒエラルヒーは、生涯変わらない。

2人は、勝つときも負けるときも一緒だ。だから、昨年のツールのリザルトは、彼等にとっては、「真実」、よかった。フランクが犠牲になってアンディが勝利を得るよりも、2人とも負けた方がいい。2人は、それを選択する。
そのことによってツールで勝つことなく終わっても、後悔は欠片もない。

昨年のシーズン開始前やツール直前にも、私は同じことを記した。彼等兄弟の特殊な関係性は、他人には理解し辛い。年月を重ねていくに従い、段々と判っていく。
オグレディやフォイクトは、知っていて、昨年、語った。2人の言葉は、他の誰の言葉より、理解の助けになった。

2012/01/06 : シュレク兄弟シンドローム


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Category :  自転車
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●UCIの決定は3月初旬

ALADの決定をUCIが不服としてCASに控訴する期限は、自分が当初記した2/20でなく、もう少し先。
書類がUCIに届いた日から算定するので、3月に入りそうとのこと。
UCIのスポークスマン Enrico Carpaniのコメントとしてwortが伝えている。

Fall Fränk Schleck: Die UCI hat noch keine Entscheidung getroffen (Luxemburger Wort 2/19)

最近の話題としては、フエンテス裁判絡みで、顧客のコードネームの正体探し。
オランダのnrc.nlが、"Amigo de Birillo"がフランク、と書く。
フランクが顧客であることそのものは、目新しい話ではない。
目新しいのは、このソースによると、アンディは顧客ではない、という付記の部分。

ハミルトンが、コードネーム"Luigi" は、ファビアン、と示唆。
このネタ(爆弾)はすぐ広まり、ファビアンは否定

面倒なのは、ハミルトンは、嘘をつく可能性は低いとみなすのが合理的だと思うが、彼がフエンテスの所で行き違ったり、本人から聞いたりといった直接的な証拠に基づいた「事実である可能性が極めて高い」例と、直接的な証拠はなく、状況証拠や伝聞等による推測に基づいた「事実でない可能性もある」例の両方があるように思えること。
進展を見守る。

Category :  散歩
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先週末、銀座に行ったついでに、久々に、東銀座へ足を伸ばした。
歌舞伎座の建て替えがまもなく完成する。さて、どういう様子になったか。

銀座から晴海通りを進むと、こう。

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前とそんなに変わらないかな。
「背後に高層ビルを背負った古い建物」の構図には、もはや「見慣れ」て、鈍感になり、気にならなくなったのかも。
いや、それよりも、もともと、歌舞伎座の建物に魅力を感じていなかったことが大きいのだろう。

歌舞伎座には、毎月のように来ていた時期がある。「芝居小屋として」は、気に入っていた。
ここの内部空間は、最初に来たとき感激・興奮したほど、「非日常の雰囲気」を持っていた。

国立劇場の公演にも行ったが、「普通のホール」で、無味乾燥で趣がなく、つまらなく感じた。新橋演舞場や浅草公会堂にも出掛けたが、歌舞伎座で見るのが一番好きだった。

しかし、「建築物」という観点を取り上げれば、私の美意識には沿わなかった。
決定的な難点が、ファサード。見たいと思わない。落第点。
それで、建て替えに対しても明確な反対意見は持っていなかった。

設計者が誰かも認識していなかった。
そのため、私の美意識「ど真ん中」で、見惚れる明治生命館の設計者、岡田信一郎の作品リストの中に歌舞伎座の名をみたとき、「まさか」と目を剥いた。

気を取り直して調べると、岡田が設計したものは、昭和20年の空襲で大きな痛手を受け、修復工事をしたので、原形から遠ざかっているらしい。
1925-1945の写真を見て、「今のと違うぞ?・・これなら落第とは言わないのでは・・え~と、今とはどこが違うんだ?

「東京大空襲で全焼、大屋根も焼け落ちた」
大屋根!
そう。屋根だ。

現存の左右二つの小さな屋根の中央の位置、上部に、「大きな屋根」がのっている。
更に、側面にも屋根が設けられ、「複数の屋根を組み上げて構成したデザイン」だ。
これなら、バランスがとれている。

一挙に解決した。
現在の形状が、明治生命館や黒田記念館と同じ設計者といわれても納得しなかったのは道理だった。
今の外観が、原形から「欠けた」状態であるのは明らかだ。
私が「気にくわん」とボロクソ言っても、岡田信一郎に失礼には当たらなかった。

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交差点を渡り、近づいて眺めると、ほぼ出来上がっている状態であった。
目についた大きな変更点は、正面玄関右手の建物の内部に、地下鉄東銀座駅への出入り口が設けられていること。
そうだ、以前は歩道にあった出口がない。消えている。そうか、駅直通か。

建物に沿って、道を左折する。
この道は、よく通った。この先には、マガジンハウスの本社屋がある。
1階に設けられていた外国雑誌を閲覧できるギャラリー(ワールド・マガジン・ギャラリー)に通った。

ギャラリーが閉館してからは通らなくなったので、久々の道を、高層ビルを見上げながら、歩を進める。

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端まで来て、何気なしに路地を見やると、ちょっと気になるものが目に入った。

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新築のビルの谷間に、古い家屋が一軒、取り残されている。

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完全に周りを取り囲まれている。
「割烹恵川」という看板がかかっていて、営業しているようだ。

工事中は、振動(地響き)・騒音が、とてつもなかったろう。いや、割烹なら夜営業で、工事は夜間はやらないから、大丈夫とか?
いやいや、これだけの超高層ビルの工事だと、こんなしょぼい木造家屋は、土台からの振動でダメージを受けそう。大丈夫な気がしない。ほんとにずっとここにあったのかな?

表の晴海通り側に戻ると、道行く人々が足を止め、真正面からの写真を撮っていた。

Category :  自転車
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・IOCに嫌気がさした

ジャック・ロゲIOC会長は、マッケイドUCI会長を支持する、と発言したと報じられた。
IOC president Rogge voices support for McQuaid

というのは横に置き、真面目に書くと、私が東京の2020年オリンピック招致を支持しない理由は、根源的に、2つある。

ひとつは、

・この活動は、石原慎太郎が、己の権力欲・名誉欲を満たすために始めたことだから

自分が、「石原慎太郎と同じ階級に属し、彼と利害が一致する・共有するカテゴリーに入る人間」であったなら、話は別だ。
その「カテゴリー」の人々は、支持するがよかろう。生憎、私は違うので、支持する理由がない。

もうひとつは、

・過去の日本の諸都市の五輪招致活動の愚行の連続が目に余るから

名古屋(1988)、大阪(2008)、東京(2016)。

日本人は過ぎたことをすぐ忘れるので、覚えていない人が多いようだが、私は、たまたま、その時期に地元に居合わせ、金をジャブジャブ使い、お祭り騒ぎをした挙句に失敗した醜態を、覚えている。

他府県の住民は、「日本で五輪が開催されればいいわね」とのんきに言うが、地元住民にとっては、話が違う。

五輪招致は、誰のためのものなのか。
競技者か。
「日本国民全体」?

開催都市住民の意思は、無関係だと?

住民の招致希望の率が高いのであれば、招致の道理はある。
そうではないのに、招致しようというのは、話の筋が違うのではないか。

メディアたちが「支持率の向上が課題」という文言を平然と書くが、この「本末転倒ぶり」には、開いた口が塞がらない。

五輪の招致活動というのは、要するに、「招致活動を担当する人間たちが、好き放題に金を使う」ということだ。

あちこちに、多額の金をばら撒く。
その金に群がる人々が、招致を支持する。
広告代理店とメディアは、「儲かる」から、せっせと旗を振る。

2016年の東京の招致活動費の総額は、149億円。
財源は都税から100億円、残りは民間から。民間からの額が見込みより少なく、6.9億不足した。

電通には、67億払っている。IOC総会で流したプロモ映像(約10分)の制作費が5億で、なんだそれはと批判されたので、電通に不足分の債権放棄を依頼したと当初報道されたが、結局、電通からの借入金として処理し、その後、2020年招致活動予算で精算をした、という。
電通の丸儲けで、東京都は、引き続き、電通の金づるになった。
電通は、名古屋、大阪の招致も担当してきて、東京の招致委員会には、電通社員複数が、出向している。

2016年の招致活動のカネに関しては、更に、経理書類の一部が紛失していて、明細が不明だの、石原の海外出張の豪勢ぶりだのといった報道が流れた。

「そんなの、別にいいでしょ」と言う都民もいるのだろうが、心の狭い私は、「五輪招致活動という名の利権」に人々が群がる光景に、嫌悪を抱く。

Category :  自転車
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●フランクの今後の見通し

ALADの文書をようやく読んだ。
(好きこのんで読みたいものでないから遅くなった)

これを読んで、「UCIが控訴しないことが起こりうる」と思っている人がいたら、ぜひ名乗り出てほしい。

UCIは、
・出場停止2年、起算は2012年10月4日。
・罰金126万ユーロ(総収入180万ユーロの70%)
を要求した。
ALADは、UCIの要求をはねつけて、出場停止1年、起算2012年7月14日、罰金なし、という軽い罰にした。

CASへのアピールは、決定から21日以内。
2月20日まで。

UCI、WADAともに、この件についてこれまでコメントしておらず、報道も何も出ていない。そのため自分は推測ができなかったが、それは単に、ALADの文書原文という「読むべきものを読んでいなかった」せいだった。

UCIは、通常、控訴期限をぎりぎりまで使う。
フランクは、なんらかの奇跡を待つしかない状況だろう。
私に言わせれば生殺し状態。

他方、フエンテスの件が進み、顧客の名前が新たに出てきている、という状況がある。
フランクにとっていい材料には見えない。
彼がフエンテスの顧客であったことは2008年時点で明らかになっている。今回は、実質2回目だろ、と指摘されて当然。

●アンディ

早々にシーズンインしたが、ズタボロ。
TDUでは、連日、プロトンのスピードについていかれない。「プロツアーレースに出られるレベルでない」という、唖然となる状況。
2戦目のTour Méditerranéenも、初日から依然プロトンから落ちる状態で、(音をあげたか)ついにリタイア。

TDUでは様子を見ていたメディアも、さすがに言及し始めた。
レキップが書き、他メディアが引用。

身体でなくメンタルの問題、モチベーションを失ったままで、シーズンオフにトレーニングをしなかった、「ウルリッヒ」みたい、という譬えは、記者の台詞かアラン・ギャロパンが言ったのか、引用記事からは正確なところは判らない。

とまれ、アンディの本心が、前向きな発言とはうらはらであることには間違いあるまい。
上記のALADの文書を読んだ私は、彼がレースに対する情熱を取り戻さないことに、何の不審も抱いていない。

アンディを知ったのが2008年であった私は、まもなく、彼の特異なパーソナリティを知り、それを了解した上で、見てきた。今更驚きも失望もしない。同時に、同情もしない。

とりあえず、フランクの結果が出るまで、此方も待ちの体制である。

●ALADの文書から

・ALADが罰の軽減の結論を導き出した方法は、「規程の解釈・運用」の範囲、と受け取れる。

私は、コンタドール事件のとき、WADAコードと真剣に取り組んだ。おかげで、本件のALADのやり方も理解できる。

規程の条文の解釈と運用には幅が出る。一般社会の刑事事件の裁判と同じである。
裁判官によって意見が異なり、裁判所によって判決が異なるのはおかしくもなんともない。

ALADは、コンタドール事件はじめCASの事例をじゅうじゅう承知し、引用もし、論理を作り上げている。
コンタドール事件で、CASが、WADAコードの字面そのままに縛られない論理展開をしたことには、私も、気づいた。

・記載された事実で、興味をひいた点、メモ

・フランクは、7/14の尿検査の翌日、血液検査を受けていた。
これの分析結果は、EPO使用及び血液ドーピングを認められない、というのがALADの判断。

・7/24に採取した毛髪の検査も、禁止薬物の痕跡はなし。
・摂取したサプリメントを、すべて、検査機関に分析に出した。実施は9月。製品名を列挙し、結果が陰性であったことを、フランク側は報告している。
この2点は、「コンタドールは実施しなかった」調査(検査)。(CAS仲裁判断の文書の中に言及がなかったから、そう判断する)
解釈=フランクは、原因をつきとめるために、思いつくことはすべてやった、という態度を示した。

・2012年TdF中、ドーピング検査を受けたRSNTの選手は、フランクの他は、ポポヴィッチ、スベルディア(7/15)、モンフォール(7/13,19)
・・ん?これだけ?
前2人は理解できる。
でも、そうか、モンフォールは、「ターゲット(目をつけられている選手)」なのか。・・と知った。言われれば、理解できるが、言われるまで考えていなかった。

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「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか
石飛 幸三

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毎日考え続ける必要はないが、一度はじっくり考え、そして時々再考すべき問題だと思う。

私は、口から食べられなくなったら、死ぬときだと思う。

人は、食べることによって生きる。食べなければ生きられない。
それが摂理だ。

老衰で終末期を迎えた人の身体に、栄養や水分を無理に与えるのは、負担をかけ苦しめる行為だ、と著者は述べる。

食べることを欲しない身体に無理に食べさせるのは苦しみを与える、という主張に、私は賛同する。
私は、痩せ過ぎで、もっと多く食べた方がいいのだが、自分が食べたい量を超えて食べることは、苦痛でしかない。

胃腸が負担を感じ、辛くなる。多分、消化器官の能力が耐えられない、のだと思う。
どれほど美味しいものを食べていても、許容量をちょっとでも超えたら、それまでの快感が一気に不快に転じる。
だから、満腹まで食べることは決してしない。手前で止める。

老衰でも病気でも、食べたくないときがきたら、それが終わりのときだと思う。
食べたい食べたい、と欲しながら餓死するのは悲惨だが、食べたいという欲望を失って衰弱しての死は、悲惨ではない。むしろ自然だ。

「孤独死」は、否定的に受け取られる向きがあるが、衰弱して静かに死んでいくのであれば、病院で管につながれて生き長らえた果てに死ぬよりも悪い死に方だとは言えぬと思う。


といっても、現実の例を前にすると、一日でも長く生きてほしいと家族が願うことを否定する気持ちは起こらないものだ。

昨秋、数年間入院している伯母が危ないと連絡があり、病院へ会いに行った。
実に「奇怪」なことだが、病室に入ると、胃ろうをつけ、意識があるのかないのか定かでない伯母も、こうやって生き続けることが「まったく当たり前」な光景で、明るくテキパキ世話をしてくれる看護士さんたちに感謝しこそすれ、「これでいいのか」という疑問は全く頭に浮かばない。
数値が持ち直したから大丈夫ですよ、と看護士さんにからっと言われ、親戚一同は、よかったよかった、と退出した。

これは完全に「家族」の立場の感覚であって、「本人」の立場には全く立っていない、ということに気づくのは、帰宅して1人になってからである。

Category :  フィギュアスケート
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先週、代々木で開催された国体(正式名称:冬季国民体育大会フィギュアスケート競技大会)を観戦してきた。

感想、第一声
「こんなにすばらしいものを無料で見せてもらっていいんでしょうか?」

感想その2
本大会を心底から楽しむことができた自分は、どうやら、「フィギュアスケート競技そのもの」を見ることが好き、と言えそう。

今回、深い充足感を得たことで、来シーズン、NHK杯と世界選手権が代々木(またはさいたま)で開催されるのに、チケットを入手できず観戦できないという事態に諦めがつきそう。・・な気がした。

「世界のトップの争いを見ることだけが楽しいのではない」と判ったことが、大いなる収穫。

来シーズンの観戦問題が頭に浮かんだ観客が、国体の会場に他にいたかどうか知らぬが、自分にとって、世界選の日本開催は、ストレスのタネだった。
NHK杯も東京と聞いた日には、うんざりした。勘弁してもらいたい。

しかし、考えてみると、「正規ルートで定価でチケットを購入することが困難」な状態は、来シーズンがピークと予想してもいいのではないだろうか。
来季が最悪の状態で、それ以上悪化はせず、好転に向かう。・・多分。

いざとなれば、「来季1年、自分の内ですっとばして」、なかったことにすればよい。
乱暴な発想だが、前向きな対処である。
自分にはどうしようもないことに不平不満を並べても仕方ない。こういう時期もある、と受け入れないと。

翻って、今回の国体。

・観客が少ない

国体なるものには、初めて来た。
観客はそれほど多くはあるまい、でも入場無料だと入るかな?宣伝もやってるし、鈴木さんと織田君出場が記事に出たし、とも思ったが、自分のこれまでのスケート観戦を基準にすると「非常に」少なかった。

休憩時間にトイレで「全く」並ばなかった。

代々木体育館にスケートを見に来て以来「初めて」の経験である。
これは、現地観戦経験者には意味が通じると思う。

(経験のない人に説明すると・・スケート観戦では、女子トイレには必ず長い行列ができます。うっかりすると、休憩時間内に順番が回ってこず、焦ることになります。それで、観戦熟練者は、対策をします。行列大嫌い人間の自分は、裏技を使います。勿論他人には教えません)

ベストの席で見ることができた。

入場無料、全席自由。通常ならSS席が、出入り自由。

後にも先にもないであろう、ど真ん中、ジャッジ席正面の前列(高さを含めていうと、真正面は貴賓席)に座って見た。

そこで見ていて、「自分が、なぜ、フィギュアスケートに惹かれるのか」に気づいた。
「他のスポーツ・パフォーマンスにはない、フィギュアスケートの持つ特質が何か」も。

自分の見知らぬ選手、見たことがないほど(低い)点数の演技を眺めながら、「それでも、見ようという意欲を、私に抱かせるものの正体」を考え、答に至った。
(それが何かについては、もう少しまとまってから書きたい。いずれにしても、「中央前列の席」から見たゆえに得られたものだった)

別の観点から、観客について。

「内輪」の色合いが濃い。
多分、過去の大会はいつもそうだったのではないだろうか。
フィギュアスケートがブームになったので、今回は、「赤の他人の一般観客」も数多く来たが、国体という大会は、本来、競技者及び関係者を参加者として成立している大会だろう。

それで、今回の代々木も、南スタンドの3分の2は、選手団・関係者席として確保してあった。
ところがそこにはパラパラとしか人がおらず、一般観客に開放した端の一部のブロックを、熱心なファンが埋め尽くすという、反対側の北スタンドから眺めると、ちょっと妙な光景になっていた。(北スタンドはすべて一般に開放)

選手団席は、スカスカとはいえ、各県チームの人々が陣取って、自県選手の応援をする。
「××、ガンバ!」「△△、落ち着いていけよ!」
野太い男の声の声援がとぶ。

リンクの出入り口近くのリンクサイドには、チームメートたちが大量に集って、応援する。
少なくても10人、多いと50人近くがわらわらと柵に鈴なり。電線に止まったスズメみたいにみえる。
あそこにあんなに大勢の人がたかって応援する光景は、普段見ない。
国体というのは、県別対抗戦であり、大人数の団体戦なのである。

南スタンドの一般観客席に陣取っているのは、早い時刻に来場した熱心なファンである。
自分のいる北スタンドとは雰囲気が違う。
あちらの様子を見て、自分がかつて出掛けたフォーミュラニッポン(自動車レースの国内選手権)を、連想した。
国内戦のサーキットには、F1のように大量の観客は来ない。少数の熱心なファンがいて、彼らは日本国中をおっかける。
どこのジャンルも共通するということだ、と気づく。

・選手たち

知らない選手たちを、「どういう選手なんだろう?」という新鮮な興味をもって見た他方、馴染みだが、久々に見た選手もいた。

村主章枝さん、澤田亜紀さん
村主さんは、今季も、全日本選手権の出場権を取れなかった。
澤田亜紀さんは、2011シーズンで引退していた。

私は、この2人を、7年前に、同じここ代々木で見た。
2005年全日本選手権FS。

ありありと思い出す。
澤田さんが、第3グループの最終滑走だった。彼女の演技中、リンクサイドに現れて待機している最終グループの面々に目を奪われ、澤田さんから目を外してしまい、両方見たい、目が二組ほしい、と思ったものだ。

トリノ五輪代表を賭けた緊迫の最終グループ、スタオベの連続の最後が、村主さんだった。

今、現役を続ける村主さんに対しては、否定的な見方もあるだろう。日本女子のトップであった名声に傷をつけることになる、力の衰えた姿を見たくないという意見もきっとあるだろうが、私は、今回、彼女を見ることができてよかった。

何を目指すかは、人それぞれあってよい。
金メダルがすべてでもなければ、ジャッジの出す点数がすべてでもない。

澤田さんは、とても楽しそうに滑っていた。
滑ることを心から楽しんでいるように見えた。

・代々木の空に満月

競技終了後、いつもと違って空いた駅への道を、すたすた歩いた。
陸橋の上から、正面に、満月が見えた。
代々木の空に満月。

空気は冷たいが、不快なほどではない。
今ここを歩いていることそのものを幸せに感じた。

競技結果
競技日程
Category :  自転車
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ALADの決定後、アンディは無言だが、父ジョニーと長兄スティーヴがメディアに対してコメントしている。

ジョニーが些か感情的なことを喋り、その後、スティーヴが、それをフォローするかのごとく冷静な態度を示す「シュレク家の恒例のパターン」。

アンディに関して、彼の受ける打撃が心配、とジョニーが口に出した後、スティーヴは、2010年TdFでフランクなしでやれることを証明しているよ、とフォロー。

スティーヴは、UCIが控訴する可能性と、フランク側も可能性がゼロでない旨を発言している。
実際のところは、シュレク家は、ALADの決定を受け入れる腹だが、すぐにそう口に出すと、「何言ってるんだ、本来は2年のくせに」と攻撃されるから、表向きは不満の思を表わしている、のではないかと思う。
(「原因のルートを証明できない身の上が1年ですんだら御の字、と判らないほどバカじゃないわよね」という、自分の「好意的な」憶測だから、当たっている自信はないが)

Cyclisme: Un an de suspension, six mois à tirer... (VIDEO) (Le Quotidien 1/31)
Steve Schleck: „Für seinen Bruder hofft man nur das Beste“ (Luxemburger Wort 1/31)

コンタドールは、もし、スペイン車連が最初に提示した出場停止1年を受け入れていたら、少なくとも、UCIは「1年じゃなく2年」と控訴はしなかっただろう、と想像する。
UCIは、2010年のツール優勝が取り消され、翌年1回出られない、という罰で十分と判断したであろう。

WADAについては、なんともいえない。
彼等も、何らかの汚染の可能性を十分認識し、血液ドーピングの確証はなかった。
(CASの仲裁判断の文面からは、そのことが読み取れる)
だから、無罪放免は許さなかったが、1年を許さず2年に固執したかどうか。

もし、WADAが2年に固執したとしたら、それは、彼等が、「コンタドールはクロの選手である」と認定する根拠を、「他の事案」で入手していたことを示すのではないか。

WADAや各国アンチドーピング機関、捜査機関は、これまでの複数のドーピング事件の自白や、オペラシオン・プエルト等の捜査資料で、「我々外野は知らない」膨大なデータを保有している。
(一種の)司法取引で、公表されないが、彼等の手にある証拠・証言によって、WADAが「クロ」と認定している選手たちがいる、と想像するのは、それほど突飛な発想ではあるまい。
このリストに載っている選手は、泳がされているが、検査で陽性を出したら、容赦はされない。

WADAが、コンタドールの追及に熱心だったのは、もしかしたら2010年TdFに関してはシロかもしれぬが、「彼はクロの選手」と認定していたから、という解釈が成り立つように思う。

ここから出る推測は、「フランクがWADAの『クロ認定選手リスト』に入っていたら、容赦してはもらえない」
首を洗って待つしかあるまい。

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