南の国の太陽、空の色の獅子

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光市母子殺害事件の最高裁の判決文を読んで、出てきた科白。

裁判官の言う「冷酷,残虐にして非人間的な所業」を行った18歳の人間を作ったのは、「大人たち」でしょ。

宮川光治裁判官の反対意見の中には、被告人は「父親の暴力に母親とともにさらされ」「12歳の頃,母親が苦しみ抜いて自殺したことを目撃する」という環境で育った、という文章がある。

そういう環境で育った男なら、若い女性と赤ん坊を虐殺しても何ら不思議はない、と私は思う。

父親から虐待され、母親が自殺したからといって、皆が皆、殺人者にはならない、もっと劣悪な環境で生まれ育っても、まっとうに成長した人間はいくらもいる。人はそう言うのだろう。

でも、もしも彼が、「妻と子を虐待する男」の子として生まれず、親から暴力を受けることなく育っていたなら・・?

子は、親を選べない。
子供を虐待する親たちのニュースを目にするとき、そのことを思い、陰鬱な気分になる。
私は長く、人間の中には「親になる資格のない人間」というものがいる、と考えていた。自分自身も、それに入る。

以前書いたように、私は、自分をいじめる同級生(男)を殺したいと思っていた子供時代を持つ。
いじめを苦に自殺した子供がいたTVニュースを聞いたとき、「いじめたやつは死ぬべきだ」と、本心から思った。
同級生を自殺においやった人間が生き続けることは、許されない。絶対に死ぬべきだ。
この「殺意の正当化」を止めたのは、自分が「子供の時期を終えた」とき、だろうと思う。

残虐性は、人間が生まれ持った本性のうちのひとつで、珍しくもなければ、「非人間的」でもない。
人は、いつの時代も、常に、殺し合いをしてきた。
現代の日本社会では、大多数の人間は、成長する過程で、生来持つ様々な欲望を「制御」することを習い覚え、社会に適応して暮らしていく。
一部の人間が、制御する能力を身につけることに失敗し、社会のルールから外れた行いをする。

私は、大きな問題のない部類の親の子に生まれ、育てられたので、並みのレベルの欲望の制御能力を身に付け、犯罪を犯すことなく暮らしてきた。
虐待されて育っていたら、そうであったかは、わからない。そう思う。


ビデオニュース・ドットコムで、神保氏と宮台氏がこの件を取り上げている。
光市母子殺害事件の最高裁判決をどう評価するか

死刑廃止論議については、またの機会に。

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福島原発でいま起きている本当のこと~元・現場技術者がすべてを語った!福島原発でいま起きている本当のこと~元・現場技術者がすべてを語った!
淺川 凌

宝島社 2011-09-01
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著者は、元・原発製造メーカーの現場の技術者、とあるが、身元のはっきりした記載がなく、まゆつばものと思い、他を優先して、後回しにしていた。
一段落して図書館に予約を入れ、回ってきたので読んでみると、思ったより価値があった。

見出しには、週刊誌のような刺激的な表現が並ぶが、本文には、扇情的な要素はない。
指摘の内容は、これまで「全く聞いたことがなかった」点はなく、それこそ週刊誌やネット上でみかけたものが多い。
事故の数か月後には、ネットや週刊誌では、いわゆる「危険を煽る」情報が氾濫していた。TV・新聞のマスメディアは、大本営発表・大政翼賛会報道だから、あまりの両極端さに、判断に迷い、バランスを取るのに努力を要した時期もあった。

本書の価値は、「これまで目にしたことがあるが疑っていた情報に、いくばくかの信憑性を与える」ことではないか、と思う。
実在するのか、それとも複数人の証言から構成したのか、著者の正体は不明だが、本当に現場にいた人間であるゆえにできる発言にみえる箇所が散見される。

これまで世に出た「現場技術者の証言」としては、菊地洋一氏のものが存在する。
菊地氏の主張は、事故後まもなくネットで知った。だが自分は、氏の経歴にどこか不審を感じた。大学出の専門家ではないようだし、どういう経緯でGEに入り、福島原発建設の現場でどういうポジションにいたのかピンとこず、一歩ひいて読んでいた。
下記の著作が出版され、経緯の詳細な記述を読んで、納得ができた。
原発をつくった私が、原発に反対する理由原発をつくった私が、原発に反対する理由
菊地 洋一

角川書店(角川グループパブリッシング) 2011-07-09
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菊池氏の指摘する観点は、小出氏のような学者とも、後藤氏や田中三彦氏等の設計技術者とも異なっていた。
氏は、福島原発のプラントを施工する現場にいた。学者先生の難解な理論や、高度で特殊な設計は、しったこっちゃない。でも、原発現物の、施工の過程を、自分の身で、知っていた。

本書の著者は、菊池氏と同種の経験を持つゆえに、似た視点を持つ。同じ指摘(配管破断の可能性など)もあるし、同じことを、別の言い方で表している、と思う点もあった。

但し、最も印象に残ったのは、原子力村の性質の説明箇所だった。(GEに在籍した菊池氏とは根本的に異なる要素)
「原子力村」という用語は、今では、意味の説明をしなくても通じるほど広まったが、本書での「実態の説明の仕方」は、私がこれまで読んだどれとも異なっていた。
それは、真実、「自分自身が原子力村の住人だった」人の記述だからではないか。そう思った。

とはいえ、「保留」は残している。
この後、もう一冊、「原子力村の元住人」の著作を読む予定にしている。

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知事抹殺 つくられた福島県汚職事件知事抹殺 つくられた福島県汚職事件
佐藤 栄佐久

平凡社 2009-09-10
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本書は、前半と後半とで、テーマがばっきり分れる。
後半は、2006年に汚職事件で逮捕され、有罪判決を受けるまでの次第、前半は、それを招くことになった知事時代の活動の記述。
もし、出版直後に読んでいたら、関心は、冤罪を主張する後半部分に向き、前半の内容は、おそらくそれほど心に止まらなかったであろう。
3.11が、事情を大きく変えた。

佐藤栄佐久氏は、汚職事件で辞職するまで、原子力政策、地方分権等の問題で、本人曰く「霞ヶ関と闘い続けた」福島県知事であった。
本書の出版は、原発事故が起こる前の2009年9月である。

目次
第1章 知事誕生
第2章 地方に生きる
第3章 原発をめぐる闘い
第4章 原発全基停止
第5章 「三位一体改革」と地方分権の死
第6章 逮捕
第7章 自白と自殺
第8章 裁判


(第4章 原発全基停止から)(太字にしたのは私)

原子力委員会が、今後数十年先を展望し、今後10年程度の国の原子力政策の基本方針をまとめた「原子力政策大綱」案が(2005年)7月に発表された。
8月25日、福島県ではパブリックコメントとして、県のエネルギー政策検討会で討議した政策決定過程、核燃料サイクル、安全確保の3つの視点から13項目の意見をまとめ、「原子力政策大綱(案)に対する意見」として原子力委員会に提出した。
この中では、ヨーロッパ諸国の原子力政策決定過程について触れ、国民投票や国会の議決など、より開かれた議論の必要性について述べるとともに、これまでも一貫して主張している原子力安全・保安院の経産省からの独立についても述べている。(P.105)

10月11日に開かれた国の原子力委員会で「原子力政策大綱」が了承され、14日の閣議で国の原子力政策として決定されることになった。
もちろん、福島県が提出した意見はまったく採用されていない。国民の意見を形式的に聞いてこれまでの路線を強引に推進する。
まさに日本の原子力行政の体質そのものの決定の仕方である。
しかし、この大綱を決めた原子力委員並びに策定会議委員一人ひとりに、この核燃料サイクル計画が本当にうまく行くと思っているのかと問えば、実は誰も高速増殖炉がちゃんと稼働するとは思っていないだろうし、六ヶ所村の再処理施設を稼動して生産されるプルトニウムは、プルサーマル程度では使い切ることができないと思っているであろう。
使用済み核廃棄物の処分方法について具体案を持っている人もいないのである。
しかし、責任者の顔が見えず、誰も責任を取らない日本型社会の中で、お互いの顔を見合せながら、レミングのように破局へ向かって全力で走りきる決意でも固めたように思える。
つい60年ほど前、大義も勝ち目もない戦争に突き進んでいったように。
私が「日本病」と呼ぶゆえんだ。(P106~107)


(第8章 裁判から)

森本検事は、東京拘置所の取調室で祐二にこうも言った。

「佐藤知事は日本にとってよろしくない、抹殺する」

どういう意味なのであろうか。
たしかに、210万福島県民の安全を考えて数々の原発の事故隠しやデータ改ざんなどの問題に対応していたら、日本の原発が止まった。
結果として国を一時的に窮地に追い込んだことは事実だ。
また、全国知事会では、中央省庁出身の知事たちがひるんだり日和見する中、叱咤激励しつつ地方分権の大原則から道州制に反対し、また小泉政権下での「三位一体の改革」が、真の意味で行われるように闘ってきた。
また、まちづくり条例で大型ショッピングモールの出店規制を行い、大手スーパーや経産省とも激しく対立してきた。

もちろん「霞ヶ関」からの反発や圧力は、有形無形を問わず続いていた。しかし、ある日突然、「霞ヶ関」からの別のパンチが繰り出されてきたのである。それが東京地検特捜部の捜査であった。

私が闘ってきた「霞ヶ関」の官僚の行動原理は、基本的に「自己保身」であった。官僚は自らの責任として何かをなすことを嫌い、「顔」がなかった。
対して特捜検察は、その行動が「自己目的化」しているのだ。しかし、公判の最後には、その自己目的化の筋書きが破綻していることが明らかになった。だが、最初の見込みが外れても、無理矢理私や祐二から虚偽の自白をとり、人間を押しつぶしながら進んでいくのである。(P.328~330)


引用終わり。

私は、子供の頃、ずっと、「日本は、なぜ、国力の規模が全く違うアメリカを相手にして、勝ち目のない戦争をしたのか」、理解できなかった。
「どこからどうみたって負けるに決まっているのに、どうして?」
ある日、咎めるニュアンスで、この質問を父親にしたとき、返ってきた言葉を、私は今も、忘れることができない。
「アメリカに石油を止められたから、仕方なかったんだよ」

「仕方なかった」。石油を止められたから。

私の次の、もしくはその次の世代の人間が、いつか、私に聞くだろう。
「核燃料サイクルという、どこからどうみても破綻したシステムの原発を、日本はなぜ維持し続けたの?理解できない」
私は、自嘲を込めて、「日本人は、同じ失敗を、何度も繰り返すの。性質が変わらないんだろうね」と、長々と説明をすることだろう。

でも、「現在、既に事故を忘れ、原発に関心を払うことなく日常を暮らす大多数の日本人」は、そのとききっと、「電気が要るから、仕方なかったんだよ」という返答をするのだろう。
「アメリカに石油を止められたから、仕方なかったんだよ」と答えた私の父親のように。

Category :  自転車
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私は、正規の法学の勉強をしておらず、専門知識を持たない素人だ。ところが素人ながら「法的思考というものをしてみよう、とする」タイプの人間らしく、今回の事件については、判決文の要旨だけを読んで感想を言うのではなく、判決全文を読みたい、と思った。
そして、「これを書いた人間は、どのように考えて、これを書いたのか」、具体的には、「彼は、どの事実を、どのように評価し、どの規定のどの条項を採用して、この理論構成をしたのか」を把握したい、という、判例読解もどき(論理を読み解く、という意味)をやりたがる。

以下、この観点の話を書く。
(こういう見方に興味のない人は、ほって下さい)

「法的思考」の観点からは、CASの結論は、公正なもの、だと自分は思う。
自分は昨年のツールスタート時に、此方に伝わっている情報に依るなら、制裁を取り消すケースに当たらない、と考えた。
「論理的に考えれば、今回のケースを無罪にするのは、理に合わない。現時点までに私が入手した材料から考えると、そう思います」
2011/07/02 : 【コンタドール事件】価値観と愛情

判決文からは、コンタドール側は、私が知りえた以外の、汚染肉説を補強する「重要な証拠」は提出しなかった、と読み取れる。
証拠に対しては互いに反論する機会が与えられていた。議論の記述がないことは、提出がなかった、と推測する。
重要な新証拠がないのであれば、制裁を科すのが「ルールの運用として」正しい、という結論に変わりはない。

私が判決当日まで有罪判決が出る確信を持てなかった理由は以下。

1.私の知らない、無罪の裏付になる証拠が存在する可能性があった。

事件報道当初から再三記してきた通り、私は、メディアが報道した情報しか知らない。
報道された情報ですら、そのごく一部分しか捕捉しなかった。(具体的には、英語情報がメインで、スペイン発信のスペイン語の記事はほとんど読まなかった)
ゆえに、重要な材料を私が知らないという可能性を、排除できない。

2、CASが、外部のどこからも影響を受けない中立・公正な機関という確信がなかった。

過去の事例の十分な知識を持っていなかったので、CASの中立性を信用していなかった。
今回の事例で、「CASは、特定の誰かの影響を受けずに、中立・公正な判断をできる機関らしい」という認識を得た。

3.アンチ・ドーピングルールの「厳格責任」原則が適用されることに確信がなかった。

CASの判断がどのようになされるかの知識の不足が、このことも招いた。
もっとも、本件に厳格責任原則を適用することは、議論の余地のない決定事項ではなかった。
コンタドールは、自分のみに立証責任があることは不適当で、3つの説のうちのどれが最もありそうかを示すべき、と主張し、RFECは、推定無罪の原則を要請した。
仲裁人パネルは、争いのあることを配慮した上で、「妥協した」結論を出している。
(この結論については、後述する)
よって、厳格責任原則が適用されるかどうかを疑った私の思考は、完全な的外れ、ではない。

とはいえ、上記の保留は、総じて、過去のドーピング事件に関する自分の知識が貧弱であることが引き起こしていた。
知識が豊富な方は、もっと自信をもって予想することが可能だった。
(7/3にコメントを下さったmumeiさんは、この時点で、「正しい」見解を記されている。敬服します。)


判決文の理論構成は、次のようなもの。

1、適用する規定・条項と、運用方針を提示する。
本件には、「UCI規則」の中のアンチ・ドーピング・ルール(ADR)を適用する。

・・私はこれまで、WADAコード、と記載してきたが、UCI規則、と書くのが正しい。
UCIライセンスを交付されている選手は、UCIのルールに従う。現代の競技スポーツの世界では、参加する競技者が服務しなければならない規程が必ずある。ない競技はない。
当たり前の話だが、正確に理解しておらず、間違いを書くのが、所詮素人、である。
尚、UCIのアンチ・ドーピングルールは、WADAコ-ドを採用している(この文言は、本件の判決文の中にはないが、ウルリッヒの判決文の中に存在し、確認済)ので、内容は同じである。

適用する条項は上記だが、国際的な法も考慮に入れ、立証責任の運用に変更を加える。
基本は厳格責任の原則だが、アスリートのみに立証責任を負わせることはしない。
提示された3つの説を検討し、「アスリートの主張する説が、最も可能性が高い場合」には、その説を採用する。
可能性が同程度の場合には、立証責任は、アスリートに戻る。

・・WADAコード(UCI・ADR)では、「禁止薬物がアスリートの体内に入ったルートの証明責任」はアスリートにあり、WADA(UCI)に、証明責任は「一切」ない。
今回CASは、それを改変し、3つの説を比較検討する、とした。

2.上記の方針に基づき、まず汚染肉説を検討する。

WADAとアスリート両サイドから提出された証拠と主張を検討した結果、仲裁人パネルは、以下の観点について判断する。
(1)肉のサプライチェーン(供給ルート)
WADA:カスティーリャ・レオンの“Lucio Carabias”農場である可能性が高い、と主張。
アスリート:肉の出所は不確かで、Lucio Carabiasとは限らず、南米である可能性もある、と主張。
パネルの判断:肉の出所は、Carabias農場以外である可能性は低い。

(2)クレンブテロール使用の規制の枠組
WADA:当該エリアでは、クレンブテロールの使用は禁止されている
アスリート:現実には、違法に使用されている
パネルの判断:WADA説を支持

(3)統計
WADA:公式の統計で、当該エリアでのクレンブテロール検出事例は極めて少ない。カスティーリャ・レオンとバスクは、スペイン国内でも特に低い。
アスリート:WADAの示した公式データは、サンプル数が少なすぎ、実態を反映していない。
パネルの判断:WADA説を支持

パネルの結論:肉の汚染の可能性は非常に低い。
よって、他2つの説も検討する。
他2つの説の可能性がゼロもしくは低ければ、汚染肉説に戻る。

3.血液ドーピング説(直訳では「輸血シナリオ」だが、WADAが主張しているのは「血液ドーピング」なので、こちらを使う)

(1)過去の環境
自分は過去、ドーピングに関係しない人々に囲まれた環境にいた、というアスリートの主張に、WADAは同意せず。
有罪となった元チームメート12人、サイス、リース、フエンテスのノートに名前があった等を列挙し、関係する人間に囲まれていたことを示す。

パネルの判断:過去の環境は、証拠として採用しない。
コンタドールが血液ドーピングをするのを見たという証人はいない。
WADAの示したシナリオでは、複数の協力者が必要になるが、その証明もない。

(2)化学的な分析による仮説
WADAは、血液パラメータ、フタル酸エステル(可塑剤)等複数のデータから、血液ドーピングが実施されたシナリオを提示。
アスリート側の証人の専門家は、シナリオの中に、論理的、及び化学的に、不合理な点・矛盾する点・誤りのある点を探し出して指摘し、シナリオを否定。

パネルの結論:血液ドーピング説は、「理論的に可能だが、可能性は、汚染肉説と同じ程度に低い」。

前提として留意する点として、「WADAとUCIは、アスリートに対して、血液ドーピングをしたとする懲戒手続きを開始していない」
最初から、汚染肉説以外の可能性として提示したものに過ぎない。

2つの説の可能性が同程度に低いので、残る3つ目の説へ進む。

4.サプリメント説

WADA:サプリメントの汚染によるドーピング陽性は、近年、複数の事例がある。
著名なメーカーの製品が汚染されていたケースもあったことから、信頼できるメーカーの製品でも汚染の可能性はある。

アスリート:アスタナチームが2010年ツール中に使用したサプリメントのリストを提出。
アスタナは2010及び2011年シーズンに同じサプリメントを使用し続けていたが、チームの誰もドーピング検査でクレンブテロール陽性になっていない。サプリメントが汚染されていたなら、全く出ない可能性は低い。
使用したサプリメントの製造元はすべて、これまで、クレンブテロールに汚染されていた事実はひとつもない。アンチドーピングテストも独立した機関によるテストでもすべてにおいて。
上記の事実は、WADA・UCIも認める。

UCI:アスリートが、チームの他の選手とは異なるサプリメントを摂取しなかった証明はない(各人の主張を要約した章に記載)

パネルの結論:サプリメント説は、汚染肉説と血液ドーピング説よりも可能性が高い。

よって、UCIルールに基づく制裁を科す。

5.制裁の内容

資格停止の開始日については、UCI規則に規定があるが、総合的に判断する。
本件の決着がここまで遅延した原因は、まず、第一審のRFECのCNCDDが、UCIとWADAに対して情報の提供を求めたとき、両者が無視(沈黙)したことであり、CASの手続きが9カ月も遅れたのは、WADAが複雑な血液ドーピング理論を提出し、アスリートはそれに対応する必要があったためで、その事情を考慮する。

・・つまり、遅延した責任は、UCIとWADA側にあり、アスリート側にない、とみなし、考慮した、と記している。


*以上は、「私の理解」であって、客観的な要約ではないことを断っておく。

・仲裁人パネルの結論は、最初から固まっていたのではないか?

判決文とは、書き手が考えたことを時系列に並べたものではなく、結論を決めた後、それを説明するために構成した作文、だと思う。

本件は、「実は」非常に簡単な事件で、「今回のケースでは、原因が肉と証明するのは、本質的に不可能でしょうね。提出したものは、証拠と認めるには足りないですよ」、チョン。
表向き、厳格責任の原則をアレンジし、3つの説を比較検討した、としているが、実質的には、厳格責任の原則を貫いた、ようにみえる。

可能性が「同程度」とか「より多い」という評価には、明確な根拠がなく、実質は、仲裁人パネルの心証にしかみえない。
サプリメントの検証の記述を読むと、「汚染肉と血液ドーピングより可能性が高そう」とする根拠は、弱いどころか、ないに等しい、と自分には思える。

「汚染は過去にあったから、ありうる」という論理は、汚染肉説と血液ドーピング説の章で却下した論理と同じである。
Carabias農場主の兄弟が、クレンブテロールを使用していた過去を持つ件、コンタドールは過去複数回ドーピング疑惑をかけられてきた件。
他2説では「過去の経歴」を証拠として採用しなかったのに、この説だけ採用することには、明らかな矛盾がある。
2説より可能性が高いと結論づけるには、何らかの具体性が必要だと思うが、それを示していない。あまりにも論理性に欠ける。

ここで、ひとつの解釈を思いつく。
仲裁人パネルが、サプリメントが他2説より可能性が高いと結論づけたのは、論理的な検討の帰結ではなく、厳格責任原則から逸脱することなく、制裁を科す結論にもっていく方策に過ぎないのではないか?
これは、血液ドーピング説の検証の中に記されていた、「WADAは、彼等が展開している仮説によって、血液ドーピングが実行されたことを証明したいのではない」という(パネルの)解釈から、連想した。

4000ページの資料を読み、ヒアリングに臨んだ3人は、3つの説のうちのどれの可能性が高そうかについては、それぞれ考えを抱いたであろう。しかし、どれを選んだとしても、「高い確実性」はなかったであろう、と思う。
判決文の回りくどい表現は、そのように解釈するものではないだろうか。

仲裁人パネルは、コンタドールが持ってきた証拠は、汚染肉説の立証には足りないと判断したので、規則を「公平に」適用して、2年の資格停止にした。
しかし、(肉なのかサプリメントなのか不明だが)「全くの不運」であった可能性がかなりの程度存在すると思ったので、実質的にレースできない期間を短縮し、半年で復帰できるようにした。
規則を公平・公正に適用した上で、事情を勘案してのさじ加減、ではなかったか。


言及したい点は他に色々ある。追々書きたい。
・選手・関係者のコメントに対して
・コンタドールの弁護団の作戦に対する疑問・解釈
・判決文には出てこなかった論点・・「超微量であること」から導き出せる論点
・メディアの報道
・WADAの思惑

Category :  自転車
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●Tour of Oman (Feb 14-19)

公式サイト:http://www.tourofoman.om/
http://www.letour.fr/indexTOO_us.html

Startlist
11 SCHLECK Andy
12 CANCELLARA Fabian
13 POSTHUMA Joost
14 FUGLSANG Jakob
15 GALLOPIN Tony
16 POPOVYCH Yaroslav
17 RAST Gregory
18 WAGNER Robert

Directors: Dirk Demol & Alain Gallopin

カタールのメンバーから IrizarとNizzoloが外れ、アンディとフグルサングが入った。
ギャロパンが合流するのは、もしかしたら、ブリュイネールの信任厚い彼が、「アンディに同行する」役をブリュイネールから託されているのかも。

ストリーミングなし。後日ハイライトビデオ有。
ライブで状況を知りたかったら、http://twitter.com/TourOfOman3

Category :  自転車
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コンタドールvsWADA・UCIのCASの判決文(98ページ)を読み終わる。

非常に面白かった。
結論に至るまでの論理の「流れ」が、整然と順序立てて記されているので、分りやすい。
「ふむ、なるほど」と呑み込みながら進み、大詰めの残り10ページでひとつの文章に出会ったとき、思わず笑いだした。
「肉でも血液ドーピングでもなく、サプリメント?なんで、そんな『斜めった』結論になったの?」という疑問が、バシッと解けて、一気にすっきりしたので。

ポイントをいくつか。

「原因はサプリメントである」とCASが認定したのではない。
サプリメント説は、汚染肉説と血液ドーピング説より可能性が高い、とされた原因は、後者2説は、WADA・UCIとコンタドールの両陣営が、躍起になって証拠を集め、理論を構築し、可能性がほとんどない、と徹底的に反論したのに対し、サプリメント説は叩きまくられなかったこと、にある。

各説の検証に費やしたページ数が、汚染肉説13ページ、血液ドーピング説17ページに対して、サプリメント説は、僅か3ページしかない。

なぜそうなったのか。
WADA・UCIは、サプリメントの可能性を認めた。
彼等は、100%血液ドーピングだ、という主張はしなかった。
「サプリメントの汚染は、肉の汚染よりも可能性が高い」が彼等の見解。

コンタドールは、サプリメント説を否定したが、血液ドーピング説に対してしたほど徹底した反論は構築しなかった。
ドーピング検査の行われた7月20・21日にサプリメントは摂取していない、という、客観的な証明が不可能な証言をした。
アスタナチームの使用したサプリメントのリストを提出したが、それが汚染されていないという分析の提出はしなかった。

理由として推測できるのは、「サプリメントの分析・調査をして、万が一、汚染されていた可能性が高いという結論が出てきたら、まずい」
サプリメント汚染の場合、肉の汚染と異なり、100%、制裁から逃れられない。
できる限り反論しておきたいのはやまやまだが、追及すると、自分の首を絞めることになる可能性があるというジレンマがあった。

という理屈をすぐ理解するが、WADAが、同じ指摘をしていて、この箇所で「なんだ、そういうことか」となった。
WADAは、CASの結論が、血液ドーピングでなくサプリメント説でも構わなかった。汚染肉説を潰すことにさえ成功すれば、制裁措置を科すことができる。
WADAは、「汚染肉が原因である」という主張を認めることだけは断固拒否した。おそらくは、過去数多くの自転車選手たちがしてきた「作り話で制裁を逃れようとする」行為を許すことができなかった、のではないか。

では、真の原因は何だったのか?
「真実は分らない」ことは起こりうる。
「分らない」という現実を、そのまま受け入れる。
・・これをできるようになるのは、一種の「悟りの境地」が必要だろうと思う。

私は、判決文の各説の検証の章を読みながら、「汚染肉の可能性はありそう」「血液ドーピング説は無理がありそう」と思った。
CASの判事の判断は、「2つの説は、同じ程度に可能性が低い」。
この判断の論拠として記載された理屈には、一定の妥当性があり、それとして納得できる。ものごとの解釈は複数あり、ひとつとは決まらないのだ。
(一旦ここまで)

Category :  自転車
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CASのプレスリリースの文面を読むと、「WADAコードを遵守した」判決であった、と思う。
純粋に、「法律」が、適用された。「政治」の要素は、介入していない。

詳細は、判決文を読んでからにしたい。といっても、まだファイルを開けないし、98ページの法律用語の並んだ英文の判決文を正しく読解できるのかは疑わしい。
しかし、読まなければならない。一次ソースを読むのは、「鉄則」である。二次以降のソースだけでものをいうのは、誤った事実認識と解釈・評価をする元凶だ。

*自分が過去にこの話題に言及した個所を挙げておく。

2010/10/03 : 世界選手権ロード・エリート男子
2010/10/17 : ドーピング事件に対するスタンス
2011/01/30 : コンタドール事件
2011/02/18 : コンタドール事件
2011/02/21 : 【コンタドール事件】誰も、証明していない。
2011/02/27 : 【コンタドール事件】肉の証明
2011/03/30 : 【コンタドール事件】UCIとWADA異議申し立て
2011/06/19 : 【コンタドール事件】経過と見通し
2011/06/28 : 【コンタドール事件】迷い
2011/07/02 : 【コンタドール事件】価値観と愛情
2011/08/03 : 【コンタドール事件】 「ドーピング関連仲裁判断評釈集」から
2011/09/28 : 【コンタドール事件】クレンブテロール閾値は導入されず
2011/10/13 : 【コンタドール事件】メキシコサッカー代表の件
2011/10/18 : 【コンタドール事件】中南米・中国の相次ぐ食物汚染認定は、欧州(スペイン)へ幅を広げることを招くか?
2011/11/04 : 【コンタドール事件】ヒアリングを前に
2011/11/29 : 科学技術の不確実性に面したとき

Category :  フィギュアスケート
tag : 
「31才で、五輪の男子Sに出場して金メダルを狙う」という、「実現可能とは思えなかった」話が、現実味を帯びてきた。
本人は、バンクーバー五輪が終了したとき、ソチに出たい意志を公言し、その後、覆す意向を表明したことはない。彼自身は、まったくブレがなかった。
しかし、フィギュアスケート観戦を約四半世紀してきた一観客の感覚では、「31才」という数字は、「現実離れ」したものだった。

4回の五輪出場は、「12年間以上トップレベルであり続ける」ことを必要とする。
ジェーニャは、98年長野五輪終了直後にロシア国内の2番手になり、同年世界選手権で3位になった。このとき15才。
それから14年が経つ。

思えば、この人は、これまでいつも、私の予想を裏切ってきた人だった。いい意味でも悪い意味でも。
ヨーロッパ選手権EXの映像を見て、このプログラムを見た2年前を思い起こした。
「2個目の金メダルは獲れなかったけれど、この結果は悪いものではなかったと自分が評価をする日がいずれ来る」というカンを抱いたことも、思い出す。
2010/02/24 : 神の愛でし才

自分は、いい時代に生まれたな。
こんな件で、この科白を吐くのは能天気だが、平凡な人間の人生とは、こういうささやかな喜びの積み重ねでいいのである。



タイトルは、映画「この道は母へとつづく」のもじり。
ロシアで制作されたこの映画を見たとき、私は、ジェーニャを連想してしまった。「彼が生まれて暮らすのはこういう国、こういう場所なんだな」という思いを抱かせたのだ。
厳寒のロシアの風景。養子仲介で稼ぐ、毛皮を纏ったオバサンには、「ロシアのコーチに、これと同じ雰囲気の人がいたな」。
主人公の少年は、大胆で機敏、逞しく、諦めずに頑張り抜き、自分の求めたもの(実母)に辿り着く。
ジェーニャは孤児ではないし、映画の主人公のような辛い境遇でもなかったが、ミーシンコーチの一番手の生徒の座を勝ち取るまで懸命な日々を過ごしたと聞いている。

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●RSNTのラインナップ公式サイト掲載)

Challenge Mallorca (Feb 5-8):

Trofeo Palma criterium:
Daniele Bennati, Jakob Fuglsang, Andreas Klöden, Thomas Rohregger, Andy Schleck, Fränk Schleck, Jesse Sergent, Jens Voigt and Haimar Zubeldia.
Trofeo Migjorn:
Jan Bakelants, Daniele Bennati, Laurent Didier, Jakob Fuglsang, Linus Gerdemann, Ben King, Thomas Rohregger, Jens Voigt and Oliver Zaugg.
Trodeo Deià:
Matthew Busche, Jakob Fuglsang, Linus Gerdemann, Ben King, Andreas Klöden, Tiago Machado, Maxime Monfort, Andy Schleck and Fränk Schleck.
Trofeo Serra de Tramuntana:
Jan Bakelants, Matthew Busche, Laurent Didier, Tiago Machado, Maxime Monfort, Fränk Schleck, Jesse Sergent, Oliver Zaugg and Haimar Zubeldia.

(Directors: Kim Andersen and Alain Gallopin)

Tour of Qatar (Feb 5-10):

Fabian Cancellara, Tony Gallopin, Markel Irizar, Giacomo Nizzolo, Yaroslav Popovych, Joost Posthuma, Grégory Rast, Robert Wagner

(Director: Dirk Demol)

カタール組は、クラシック班、というより「カンチェラーラ班」と呼びたくなりそう。
サポートメンバーを、シーズン初戦から親分の傍につける、という配置。

●ツールメンバー

チームは、ツールの候補14人を選考したことを、公にしている。
この選考スケジュールは、2010・2011年のレディオシャックの方法で、人数も毎年14なので、その踏襲とみなせるが、内容をみると、「レオパードの2011年ツールメンバーからオグレディを除いた8人」+「レディオシャックの2011年メンバーのうち合流した5人」+「2010年に出場したラスト」である。

・2011年レオパード・トレック
アンディ・シュレク
フランク・シュレク
ファビアン・カンチェラーラ
イエンス・フォイクト
スチュワート・オグレディ
マキシム・モンフォール
ヤコブ・フグルサング
リーナス・ゲルデマン
ヨースト・ポストゥーマ

・2011年レディオシャック 
ヤネス・ブライコヴィッチ
クリストファー・ホーナー
マルケル・イリサール
アンドレアス・クレーデン
リーヴァイ・ライプハイマー
デミトリ・ムラフエフ
セルジオ・パウリーニョ
ヤロスラフ・ポポヴィッチ
アイマル・スベルディア

・2010年レディオシャック
ランス・アームストロング
アンドレアス・クレーデン
リーヴァイ・ライプハイマー
クリストファー・ホーナー
ヤネス・ブライコヴィッチ
セルジオ・パウリーニョ
ヤロスラフ・ポポヴィッチ
グレゴリー・ラスト
デミトリ・ムラフエフ

14人の名は、アラン・ギャロパンが喋った。注意を惹くのは「並べた順番」。自分の思うところでは、「可能性の高い人ほど先に挙げた」。
本人は示唆したつもりはないし、実際まだ決めていないが、「無意識的に」そうなったのではないか、と思うのである。
"les Schleck, Klöden, Horner, Cancellara, Voigt, Monfort, Zubeldia, Rast, Posthuma, Popovych, Fuglsang, Irizar et Gerdemann"
フグルサングが外れることと、「5人確定、残りは4席」であることは、共通認識になっている。
確定5人は、シュレク兄弟、ファビアン、クレーデン、モンフォール。

ジロは、フグルサングがリーダー。これは確定。
一次選考は、Zaugg, Rohregger, Bennati, Sergent, Roulston。(ギャロパンの発言)

ギャロパンのインタビュー
A. Gallopin : « Andy est encore jeune » (velochrono 1/30)
フォイクトのインタビュー
Lessons from the Biggest Badass Since Chuck Norris(Men'sHealth 1/25)
Procycling掲載のファビアンのインタビュー記事
Fabian Cancellara: Can Superman recapture the power? (cyclingnews 1/13)

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