南の国の太陽、空の色の獅子

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武田邦彦が、昨夜書いたコラムを書き直している。
原発 緊急情報(41改) 千葉の水道汚染と発表

これを受けて、自分も確認したところ、この件は、「報道機関が悪い」と判った。
私も、武田邦彦同様に、ひっかかった「バカ」の一人であった。
似たことは今後も起こりうるから、以後、厳重に注意する。

【毎日新聞】
東日本大震災:放射性ヨウ素、22日採取分370ベクレル--八千代・水道水 /千葉
 ◇睦浄水場の水道水
 八千代市は29日、市内の睦(むつみ)浄水場で22日に採取した水道水から、1キログラム当たり370ベクレルの放射性ヨウ素が検出されたことを明らかにした。大人も摂取制限の対象となる暫定規制値(300ベクレル)を福島県以外で超えたのは初めて。23日以降は数値が下がっており、22日の水が集合住宅の受水槽に残っている可能性は低いため、「現時点で問題はない」という。

 この水は、北千葉広域水道企業団の北千葉浄水場(流山市)から給水されている。北千葉浄水場で保管していた22日採取分のサンプルを調べたところ、336ベクレルが検出された。県水政課によると、28日に採取した水からは検出されなかった。

 県内各地で28日に採取された水道水は、いずれも乳児の暫定規制値(100ベクレル)を下回った。数値は次の通り。光浄水場(横芝光町)33ベクレル▽東金浄水場(東金市)28ベクレル▽長柄浄水場(長柄町)9・6ベクレル▽笹川浄水場(東庄町)58ベクレル▽大寺浄水場(木更津市)不検出▽十日市場浄水場(木更津市)7・6ベクレル▽大多喜浄水場(大多喜町)6ベクレル。【早川健人、駒木智一】

毎日新聞 2011年3月30日 地方版

【時事通信】
千葉県八千代市の睦浄水場の入り口手前で22日に採取した飲用水から、大人の飲用基準(1キログラム当たり300ベクレル)を超える放射性ヨウ素131が検出されていたことが30日、分かった。
 市と県によると、この水から370ベクレルの放射性ヨウ素が検出された。また、同浄水場に給水している北千葉浄水場で22日採取されたサンプルを調べたところ、336ベクレルが確認された。
 北千葉浄水場は、八千代市や松戸市など7市に水を供給している。28日に採取した水から放射性ヨウ素は検出されておらず、県は現在、飲用を控える呼び掛けはしていない。

2011/03/30-13:53

この文面を読むと、「一時にせよ、大人の基準を超える数値が出ていたという話が今頃出てくるのはおかしいんじゃないか」と不審感を抱いても不思議はないと思う。
しかし、関係する市の水道局、機関のHPを読みに行くと、経緯・事情・対応が明確に記載されており、「『事実の隠蔽』呼ばわりは、事実誤認」であることが、簡単に確認できた。
(武田邦彦の書き直した文章は、彼が「そんな簡単な一次ソースの確認もしていない」ことを示している)

北千葉浄水場は、千葉県、松戸市、野田市他1県7市が共同で維持管理する北千葉広域水道企業団の浄水場で、企業団は、原発事故後、水中の放射能物質の分析を、毎日実施してはいなかった。
これは、水中の放射性物質濃度を測定するためには、専用の分析機器が必要だが、企業団はそれを保有しておらず、外部に依頼しないと測定できない、という事情による。
(大きな組織は、分析機器と技術者を持っているが、地方にいくとそうはいかない、ということだろう)

企業団の構成団体のひとつの八千代市の水道局は、原発事故後、放射性物質の水道水への影響に注意を払い、しっかりと監視し、市民の安全に留意する意思を表明していた。
しかし、八千代市も、自前では測定ができず、検査機関に依頼する必要があり、結果が判るまでに日数を要した。

東京都が、水道水の乳児の摂取を控えるよう呼びかけた23日、八千代市は、検査機関に22日分の検査を依頼したが、結果が出るまでには1週間かかるといわれた。
(依頼先の日本分析センターは千葉県にある環境放射能・放射線に関する分析専門機関だが、依頼が殺到して、処理能力を超えてしまっているため、現在新規の受付を一時中止している状態)

そのため、「北千葉広域水道企業団は、東京都と同じ江戸川を水源としている」という理由で、「安全性が確認できるまで(検査結果が判明するまで)、乳児の水道水の飲用を控えるよう」告知をした。
原発事故による放射性物質の水道水への影響について
乳児の水道水の摂取を控えて下さい
そして、対策として、井戸水の給水の実施の案内を行っている。

29日に、検査結果が検査機関から回答され、直ちに北千葉広域水道企業団へも通知をした。
八千代市水道局の出している一連の通知を読むと、睦浄水場や北千葉浄水場で300ベクレル超えの数値が出たことが29日に判明した経緯と、300ベクレル超えが出ていたことが市民の安全に支障なかったとみなせること、そして、市当局が、市民の安全を守るための最善の対応の努力をしていることが、理解できる。

30日の毎日と時事通信の記事は、読者の誤解を招く「たちの悪い」記事である。
こういう報道をして、地方自治体の足をひっぱってはいけない。

その後、「北千葉広域水道企業団の表流水が,取水地点の降雨によって放射能濃度が上がる危険性が生じたため,取水を停止し八千代市を含む構成各市への送水をストップした」という事情で、水源が地下水のみになった八千代市は、水不足になり、市民に節水を呼びかけている。

八千代市民も大変だが、乳児の摂取制限数値を超える放射能入りの水道水を、乳児の摂取を控えて下さい、でも、「代替となる飲用水が確保できない場合には、摂取しても差し支えありません」とあっさり書いてよこす東京都と比べて、果たしてどちらがいいのだろうか、と考えてしまう。



・補足

武田邦彦は、環境問題(地球温暖化問題)で、一般世間とは異なる言説を書きまくったことで有名で、客観性に欠ける「オカシ」なことも色々書いている人だが、マスメディアや一般世間が、地球温暖化を防ぎましょう!と、どーーーっと一方向に流れていくときに、「それってちょっと違うんでないのぉ?自分の頭で一度考えてみたらぁ?」とチャチャを入れる人がいてもいいと思っていた。

私は、以前からエアコンはなるべく使わない主義だし、数年前からは、電源抜きまくり・冷蔵庫にカーテン設置等の節電に努めているが、近年の「エコ」ブームに、生理的に、どこか気持ちの悪さを感じていた。
原子力発電は地球温暖化対策に有効、という説がまかり通っていたことも、胡散臭さの増幅に寄与していたのかもしれない、と今になると思う。

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Category :  自転車
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久々に自転車の話題。
地震後もTV中継・ストリーミングでレースは見ていたが、以前のように記事を色々読んで文章を書きたい意欲が起こらなかった。(自転車の記事を読むより原発の記事)
原発の基礎の情報集めが一段落したので(読むべきものはまだまだ膨大にあるが)、たまっていた自転車の記事をちょっと読みに行った。

コンタドールの件が進展したので、メモを。
UCIとWADAがCASへの異議申し立てを決めた。

McQuaid states that plasticizers do not form part of UCI's Contador appeal to CAS(velonation 3/29)
これを読むと、どうやら、UCIは、「原因が肉とは証明されていない。よって免責されるケースに当たらない」の一点攻めでいくらしい。
「UCIとWADAが、コンタドールを免責するつもりがない」なら、論点をこれに集中させるのが、法廷戦術として正しい、と思っていた。
「規則上」、禁止薬物がどこから来たかの証明義務は、選手側にある。
WADA・UCI側に、血液ドーピングの証明をする義務はない。「禁止薬物は、すでに、検出されていて、その事実を争う余地はない」からだ。

逆からいえば、これで、「彼等は、免責するつもりがない」ことがはっきりした。
彼等がどういう考えなのか、自分は疑念を抱いていたが、「オフチャロフのケースとは違う」と宣言したと解釈してよかろう。

2011/02/21 : 【コンタドール事件】誰も、証明していない。
2011/02/27 : 【コンタドール事件】肉の証明

2月に上記を書いた後、自分は、バイオロジカルパスポートによる処分のCASでの争い(ペリゾッティたちの件)の決着に注目していた。
今月初め、UCIが勝訴し、バイオロジカルパスポートの有効性にCASのお墨付きがついたが、これがコンタドール事件にどう影響するのか、には自信がなかった。

見通しとして、真逆のものふたつがありえた。
・「疑わしきは罰する」。UCIの主張が通る。→コンタドールも処分
・コンタドールのバイオロジカルパスポートには疑わしいデータがないので、ドーピングをしていない証明になりうる。→処分なし

自分は、コンタドールの弁護グループの戦略は、肉の汚染の証明の完璧さより、「血液ドーピングの可能性がない」証明度を高めることではなかったか、と推測していた。
「彼のバイオロジカルパスポートには、疑わしいデータがない」→「バイオロジカルパスポートの信頼性は証明されている」→「よって、血液ドーピングの可能性はゼロであるとみなせる」と主張する専門家の証言を数多く積み上げることによって、「ドーピングをしていない」と信じさせる。
「コンタドールを罰したくない」スペイン国内では、この理屈が通った、と思われる。

しかし、UCIとWADAが、論点を「原因が肉である証明がない」一点に集中し、血液ドーピングの有無は論点としない法廷戦術をとるならば、コンタドール側に「十分な証明」はできないのではないか、と現時点では想像する。

可能にするとしたら、スペイン政府が、バスクのどこかの農場を生贄にすること。スペイン人たちが、どうしてもコンタドールを守りたいなら、できなくはないかもしれない。
カスティーリャでなく「バスク」というのが、ミソである。

バイオロジカルパスポートは、「異常値がある場合、ドーピングを実施したとみなす」ツールであって、「『異常値がないこと』が、ドーピングしていない証明にはならない」という理屈は十分通用する。
なぜなら、「バイオロジカルパスポートを、疑われないように操作する手法が存在する」ことが、すでに情報として流布している。
ドーピングの検出技術のレベルは低く、逃れる者が常に存在する。その事実が大前提だから、「ドーピングをやっていないという証明を選手がすることは本質的に不可能」なのである。



残念なことだが、今後、コンタドールがドーピングをしたかしないかの事実解明がなされることはなく、うやむやになるだろう。
CASが処分なしの決定をしたとしても、彼に対する疑惑は残るだろう。
「UCIとWADAは、処分が妥当という審判をすでに下している」から。

こういう言い方をしよう。
コンタドールは、「なにがあろうとも、検査で陽性を出してはいけなかった」。
それが不運な事故であっても。

かつてのランスと同じように、最高レベルの疑いをかけられている立場なのだから、最高度の注意を払わなければいけなかった。
ランスは、現役中、ついに一度も、陽性を出さなかった。陽性を出しさえしなければ、裏で何をしようと押し通せる。

検査で陽性を出さないことは、「絶対に守らなければならない一線」ではなかったか。
ランスは、最高度の周到さで、守り抜いた。その尋常ならざる周到さの上に、彼の名声がある。

そんなふうに思う。



次の日曜は、いよいよロンド・ファン・フラーンデレン。わくわくして迎えよう。

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私は、「不安だ、とこぼす」のは、嫌いだ。
原発事故の先行きが気がかりなのであれば、起こりうる最悪のケースを調べ、想定して、その場合自分がどうするかの心構えと準備をする。
政府や東電に対する批判や不満を言うのは結構だが、そもそも、国や大企業は、一般市民を守ってはくれない。
大昔から、そうと決まっているのである。
(私は選挙でいまだかつて自民党に入れたことはない)

今回も、これまでの経緯を見れば、火を見るより明らかだ。
関東軍は、一般住民を見捨てて、逃げた。今の政府も、やっていることは同じである。

原発 緊急情報(41) 驚くべき千葉県(武田邦彦)
私も、ニュースを読んで、同じことを思った。

実は自分は、23日に東京の金町浄水場の件が報じられたとき、「東京がダメなら、千葉・埼玉もダメなはず。さては、一斉に発表すると、首都圏が大騒動になるから、発表日をずらしたな」とすぐ思った。
あの時点で、発表を頭から信用はしていなかったのだが、ずらした程度ではなかったことが発覚したわけである。

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私は、原発が安全だと思ったことは一度もない人間だが、今回の事故が起こるまで、原発に反対する運動に参加することもなく、東電の電気を使って生活してきた。
東電が原発を運用するのを放置し、国の原子力政策に反対する行動をしないことで、「実質的に」原発を容認してきた国民の1人だ。
その意味において、自分にも責任がある。宮台真司の発言に同意する。

だから、福島第一や浜岡が爆発して、放射能雲が頭上に到来し、雨が降って、強烈に汚染されるリスクを負っている現状を、甘んじて受け入れるのが筋だと思っている。
第一、大量の放射性物質が流出する事態になったとき、壊滅的な被害を確実に受けるのは、東京ではなく、原発の近隣地域だ。私が不安や愚痴を言うのは、厚かましい恥知らずというものだろう。

放射性物質は、生物の身体だけでなく、土を汚染する。
大量の放射性物質が降り注いだ土地には、人が住むことができなくなる。
我々日本人は、誰より、知っているはずだったのだ。放射能が、なぜ、恐ろしいのかを。
敗戦から復興し、年月を経たことによって、忘れ去られてしまったのか?

現在の私は、原発について知識を何も持っていない。今まで、関心を持たなかった。
これから勉強したい。・・「遅い」けれど、しないよりはましだろう。

下のURLは、特定の人に向けて、「自分はこういうソースで、情報・知識を得ています」というお知らせの意味で記す。

ビデオニュース・ドットコム
このサイトの個別の記事を22日にリンクしたが、サイトそのものが、「TV報道(特にNHK)が気持ち悪くて」どうしようもなくなっていた自分にストライクのメディアだった。
金曜放送の「マル激トーク・オン・ディマンド」は、時間がえらい長いので、尻込みするが、音声だけでOKなので、手を動かしながら聞ける。
3月18日分、昨日3月25日分、共にお勧め。

「敗戦のときと同じことを繰り返している」とは、自分が事故後に思ったことだが、宮台真司、飯田哲也氏ふたりともがそう言っている。(3月18日)
「想像力と知性とリアル感覚に欠け、最後の最後、破局にぶつかるまで、行政官僚制のシステムが暴走する。マスコミと知識人は、彼等にこびへつらい、知性のブレーキがかからない」(飯田哲也氏)

私は、先の戦争について学んだとき、ミッドウェー後、最後は負けるに決まっている戦争を、膨大な国民の犠牲を出しながら、なぜ延々やめなかったのか、ずっと不審に思っていた。
もっと早く止めていれば、沖縄の犠牲も広島・長崎の原爆投下も避けられたのに。特攻なんてものの存在を許した、この国、この国民は、一体なんなんだ?

後に判った。「この戦争は負ける」と認識できたのは、ごく一部の人々だけだった。一般庶民の多くは、最後まで、「日本が負けることはない。最後まで戦い抜くのだ」と思っていたのだった。そのように、飼いならされていた。

当時の統治者たちは、負けたときのことを考えていなかった。
破局を、ただ「先延ばし」して、どうにもならなくなるまで、だらだらと国民の犠牲を増やし続けた。

現在の政府・東電の福島原発事故の対処は、敗戦のときと呆れるほど同じだ。旧日本軍そのまま。
1人でそう思って鬱鬱とした気分になっていたら、ビデオニュースで同じことを言っているのを聞いて、少し気が楽になった。

御用学者以外の学者の数はさほど多くないので、辿っていくと、けっこう簡単にみつかる。
武田邦彦は、系列が違う感じだ。

http://www.youtube.com/watch?v=gW8pfbLzbas(関東エリア未放送、だそうだ)
http://takedanet.com/

東京都水道局作成の水道水の放射能の影響等についてのページ
【浄水場の浄水(水道水)の放射能測定結果】

【都内の水道水中の放射能測定結果】(東京都健康安全研究センター)

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・元東芝・原子炉格納容器設計者の後藤政志氏の解説(3/17)
http://www.videonews.com/press-club/0804/001758.php
3月17日、参議院議員会館・院内集会で、元東芝・原子炉格納容器設計者の後藤政志氏が、現状と今後について解説。
資料

・予言されていた“原発震災”広瀬隆氏インタビュー(3/19)
http://www.videonews.com/interviews/001999/001771.php
3月17日に出演したCS朝日ニュースターの番組「ニュースの深層」もネット上にあるが、内容はほぼ同じ。
上記のインタビューの方が日付が後なので、両方ともまだ見ていない場合は、上を。
「ニュースの深層」
1/3 http://www.youtube.com/watch?v=veFYCa9nbMY&feature=related
2/3 http://www.youtube.com/watch?v=tlgADWX50es&feature=related
3/3 http://www.youtube.com/watch?v=hVy0ePmKUJU&feature=related

・京都大学原子炉実験所助教・小出裕章氏電話インタビュー(3/17)
http://www.videonews.com/interviews/001999/001761.php
文章に起こしたもの
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20110318-01-0901.html

・デア・シュピーゲル誌サイト「福島原発の放射能雲の動き」シミュレーション画像(3/16)
http://www.es-inc.jp/lib/archives/110316_123228.html

・「私の考え 2011年東北地方太平洋沖地震による「原発震災」について」石橋克彦
http://historical.seismology.jp/ishibashi/opinion/2011touhoku.html
地震学者石橋克彦氏の主張

・「放射線による内部被ばくについて」岡山大学大学院 環境学研究科津田敏秀氏(3/21)
リスクコミュニケーションの前提議論
http://smc-japan.sakura.ne.jp/?p=1382
放射線による内部被ばくについて
http://smc-japan.sakura.ne.jp/?p=1310
放射線や健康被害等について「ただちに影響は無い」という政府発表・報道の表現をどう考えれば良いか。

・【福島原発】放射能による内部被ばくへ警告〜緊急現地報告(3/19)
http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/912
3月13日、福島原発そばまで取材に入った日本ビジュアルジャーナリスト協会((JVJA)のメンバーによる報告

・都道府県別環境放射能水準調査結果
http://eq.sakura.ne.jp/

・アメダス関東地方・風向風速
http://tenki.jp/amedas/area-3.html?amedas_type=wind

・原子力資料情報室
http://www.cnic.jp/

・緊急報告 広瀬隆/広河隆一「福島原発で何が起こっているか?-現地報告と『原発震災』の真実」
3月23日(水)19~21時
Ustreamでネット中継する予定
DAYSから視る日々

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地震の起こる前日の3月10日にあの文章を書きあげてアップしたというのは、自分には予知能力が少々あるのかもしれない。

はた、と気づいた。間もなく桜の季節だ。

願わくは花の下にて春死なん その如月の望月のころ(西行)

自分も西行と同じく桜の季節に死ぬのが望みだが、今年は桜を見ることは叶うまい。
もう一度、桜を見ることができるだろうか。

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地震から3晩経ちました。
ネット上のお付き合いでは、居住地が判らないことが多いです。
このブログをご覧になっていた方で、被災なさった方がいらっしゃらなかった保証はありませんので、気にかかります。
ここ数年やりとりしてはしていない方で、当時仙台にお住まいだった方がいらっしゃいました。
茨城も、大きな影響を受けたと伝わっています。

皆さまのご無事を願っております。

自分は、節電に一層努めることにします。
(微々たるものであるにせよ)

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同じ時刻に行われているパリ・ニースとティレーノ・アドリアティコの両方の生中継を見られるのは、恵まれているとは思う。
TVでパリ・ニース、手前のテーブルの上に置いたPCのストリーミングでティレーノ。
その気になれば平行して見られないことはないが、パリ・ニースは終了時間が遅すぎるので録画対応で、ティレーノに集中。

●Tirreno - Adriatico stage1

チームTT。
あらららら。ブチブチに切れてしまった。
リクイガスもタイムはそれほどよくなかったが、まとまってゴールしたのに比べると、バラバラぶりがひどい。

メンバー間の力の差が思ったよりあった、と受け取っておこう。このメンバーでやるのは初めてなのだし。
カンチェに最後までついてこられたのは、アンディ・ベンナーティ・オグレディの3人だけ。
切れるところが画面に最初に映ったのはウェーグマンで、随分早くに切れた、と思ったら、ヴィガノとポストゥーマはその前に切れていて、あの後5人で走らざるをえなかったのだった。

お陰で、5人目のスタムスナイデルがゴール前で力尽きてしまい、離れてゴールして、数秒を失った。
(チームTTで切れるときは先に切れた方が楽で、貧乏くじを引いてしまい、お疲れ様)
オグレディが、スタムスナイデルが離れていることに気づいて振り返るが、カンチェは前を見っぱなしで、千切っていってしまった。

ウェーグマンをちぎってしまったのは事前の予定ではないと思うのだが、コンディションが悪かったとか理由があるのか、それとも予想外の出来事だったのか。この点は後日に判明するかと。

●Paris-Nice

面白いレース展開が続いている。
風景も、萌える木々が春を感じさせて、目に嬉しい。

第2ステージのクラッシュでかなり怪我をしたというヤコブを心配していたが、第4ステージまで頑張って走っている。
(この世界で怪我は日常茶飯で、いちいち苦にしていたら身がもたないので、意識してうろたえないようにしているが、免疫が完全についたとは言い難い)

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スターダスト・レビューの「「木蘭の涙」を聞くと、私はいつも、2006年に亡くなった同い年の友人を思い出す。
http://leonazul.blog87.fc2.com/blog-entry-237.html
今年も、木蓮の蕾が開く季節が来る。

2005年10月、F1日本GPが開催される鈴鹿へ出発する前日、彼女からのメールが届いた。
今年一緒に行かない理由を今まで言わなかったが、実は、大腸癌と判った、即刻入院しろといわれ、昨日まで入院していて、帰宅したところです、驚かせてごめんなさい、と。
彼女が逝ったのは、翌年の6月だった。

彼女について、私はふたつの思いを背負っている。
一つは、自分は、彼女のために、何かをすべきではなかったか、という悔恨だ。
当時の私は、彼女が死ぬ(彼女を失う)ことを考えると、怖くてたまらなかった。既に複数箇所に転移していて、手術はできない、という病状を聞いたとき、がんについて多少の知識を持っていたために、楽観をしなかった。予後の予想をすることができた。
その「自分自身の抱えた恐怖」で手いっぱいになり、彼女自身の立場になって考えることができなかった。

彼女のために、私は、何かできることがあったのではないか。
彼女は、自分の生が終わる日がさほど遠くないことを知っていたと思う。
後日にご家族からお話を聞いたとき、自分たち家族は、最初の時点で、医師から、長くて1年と告知されたが、本人には教えなかったので、知らなかったと思いますよ、と仰った。
けれども、残された携帯電話を見たら、履歴がすべて消されていた、と聞き、判っていたのだ、と思った。

死に行く彼女が何を思っていたのか、何を考えていたのか、私には判らない。
永遠に判らない。

この後悔を、私はずっと抱えていくだろう。

そして、もう片方の肩の上にあるのは、彼女の身に起こったことが、私自身にも起こりうるのだ、という思いだ。

私の母も、病院で検査して癌と判明したときは手遅れで、やはり1年後に亡くなった。
なんの問題もなく暮らしていて、ある日突然、余命1年の身になることは、珍しいことでもなんでもない。
母はある程度の年齢になっていたから兎も角、彼女は私と同じ年齢だった。このことは堪えた。


「がんと闘った科学者の記録」(戸塚洋二/文藝春秋/2009)

この本を読もうと思ったのは、立花隆の言及に興味を惹かれたからだった。
物理学者である著者がブログに綴ったものを書籍化してもので、ブログは今もネット上にある。
http://fewmonths.exblog.jp/

感想は様々にある。
いくつか書く。

・「千の風になって」が好きでない理由

大ヒット曲の「千の風になって」についての記述。
死について、千の風になって、 岡本喜八がん闘病記、個人的感想 (2007-08-14)

大変申し訳ないと思いますが、私はこの歌が好きではありません。
 この詩は、生者が想像し、生者に送っている詩に過ぎず、本当に死者のことを痛切に感じているのかどうか、疑問に思ってしまうのです。死期を宣告された身になってみると、完全に断絶された死後このような激励の言葉を家族、友人に送ることはまったく不可能だと、確信しているからです。
 むろん、このような言葉を死んでから送れたらこんなにすばらしいことはないのですが。

 話は変わります。だいぶ前になりますが、5月14日にNHKで放映された「岡本喜八がん闘病記」も見て、DVDに保存してあります。このドキュメンタリーの最後に、奥様が、喜八監督がタバコをうまそうに吸ったあと奥様の腕の中で眠るように亡くなった、と語っていました。このシーンも生者から見たものですね。喜八監督は、妻の腕での中で最後に何を見、何を考えたのか、ぜひ知りたい、なぜそのような記録を死者は残せないのだろうか、と痛切に思いました。

 実際に死にいく者の視点で物事を見てみたい少数の人々もいることを理解してください。あるいは私一人だけかな。


私も、この歌を、いいと思ったことがない。
理由を考えたことがなかったが、この記述を読んで、判った。
著者と同じように、「自分を、死に行く者の立場に置いている」からだ。

近い人を喪う経験を経たことによって、「愛する者を失う喪失感に悲しみ苦しむ」のではなく、「死に行く人間」の側に立つようになった。だからだと思う。

私も、「実際に死にいく者の視点で物事を見てみたい」。

・自分の死に対する恐怖感

期限を切られた人生の中で何を糧に生きればよいのか(2008-02-10)

われわれは日常の生活を送る際、自分の人生に限りがある、などということを考えることはめったにありません。稀にですが、布団の中に入って眠りに着く前、突如、

・自分の命が消滅した後でも世界は何事もなく進んでいく、
・自分が存在したことは、この時間とともに進む世界で何の痕跡も残さずに消えていく、
・自分が消滅した後の世界を垣間見ることは絶対に出来ない、

ということに気づき、慄然とすることがあります。

 個体の死が恐ろしいのは、生物学的な生存本能があるからである、といくら割り切っても、死が恐ろしいことに変わりがありません。

 お前の命は、誤差は大きいが平均値をとると後1.5年くらいか、と言われたとき、最初はそんなもんかとあまり実感が湧きません。しかし、布団の中に入って眠りに着く前、突如その恐ろしさが身にしみてきて、思わず起き上がることがあります。上に挙げたことが大きな理由です。

 上の理由を卑近な言葉で置き換えると「俺の葬式を見ることは絶対出来ないんだ」ということになりますか。こんなバカなことを皆さんお考えにならないでしょう。しかし、残りの人生が1,2年になると、このような変な思いがよく浮かんできます。


私は、中学に上がる前から、度々、著者の記した通りのことを思い、「夜中に、布団から起き上がる」ことをしていた。
子供の頃から、自分の死に対する恐怖とずっと付き合って、生きてきた。

そのため、「著者は、60を過ぎて、余命1・2年と宣告されるまで知らずにいたのか。そういう人もいるのか」という感想を持ったら、巻末の立花隆との対談で、立花隆がこの箇所を取り上げた。

そして、哲学者・倫理学者に自分が死ぬことについてどう考えるのかインタビューしたことがあるが、死ぬのが怖いという強迫観念にとらわれて、自分は哲学や倫理学を始めたということを率直にしゃべる人が多かったのが面白かった、と記述している。

ここから判ったのは、「立花隆も、この『強迫観念』を持っていない部類であったこと」と、「自分は別に珍しい部類ではなく、哲学・倫理学に関心を持つ素養があった」という納得だった。

・悟り

ステージ4大腸癌患者さんへの通信―2、正岡子規のコトバ(2008-05-27)

悟りといふ事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思つて居たのは間違ひで、
悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きている事であつた。


正岡子規の「病牀六尺」からの引用を記している。

これを読んだ後、私の頭に、子供の頃に読んで、深く心に刻まれた、ある短編が、ふいに浮かんだ。
星新一の「処刑」。

読んだのがあまりに大昔で、本が手元になく、原典そのままではないと思うが、自分は、こういう話として記憶している。

主人公は、罪を犯し、地球から遠く離れた異星の砂漠の流刑地に送られる。罪人は各人ひとつずつ、水と食べ物を生みだす道具である銀の玉を渡される。
銀の玉は、スイッチを押すと、空気中の水分を抽出して水を出すが、何回目かに爆発して、押した者が死ぬ仕掛けになっている。
何回押すと爆発するかは、玉によってランダムで、いつなのかは判らない。

スイッチを押せば、爆発して、死ぬかも知れない。しかし、生きるには、押さなければならない。
乾きと飢えに耐えかねると、押さざるをえない。
押すことが怖い。次の瞬間死ぬかもしれない、と毎回、覚悟をして押さなければならない。

主人公は、死の恐怖に苛まれながら、スイッチを押し、やがて恐怖に気が狂いそうになる。
けれども、苦しみ抜いた果てに、ある日突然、気づく。

スイッチを押すことに、恐怖を感じる必要は何もないのだ。
地球上で普通に生きているときと、何も変わりはない。
「そうよ。やっと気づいたの?」
銀の玉が、きらきら輝いて、こう言っているようにみえる。
そして、晴れ晴れとした気分でスイッチを押し続け、シャワーのように水を浴びた。

星新一がこれを書いたとき、自分の死に対する恐怖を持っていたのか、「如何なる場合にも平気で生きている」悟りを得ていたのか、それとも、得たいと思っていたのか、もしくは、私のまったくの見当違いか、それは判らぬ。



Category :  自転車
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地元ルクスでの記者会見で、ニガードとシュレク兄弟が、チーム未勝利についてメディアに向かってあれこれ言葉を作らねばならなかったその翌日、初勝利はやってきた。

3月2日。場所は、ベルギーで行われたGP Samyn。選手は、ドミニク・クレンメ。

このチームらしくて、よかったんじゃないか。と最初に思った。
世間は、スター選手が揃ったスーパーチームといったレッテルを張っていたけれど、自分の持つイメージは違っていた。
昨年までサクソバンクの中にいた「仲間たち」が、リースと別れて、作ったチーム。
確かに、シュレク兄弟が、中心にいる。でも、「シュレク兄弟のチーム」ではなく、選手一人ひとりにとって、「僕のチーム」であり、「我々のチーム」、そうであってほしいと思っていた。

クレンメは、サクソバンクで、フランドルのレースなどでカンチェのアシストとして走っていた。
キャリアをはっきりと覚えてはいなかったが、サクソバンクに在籍したのは2年間で、まだ24才。勝つチャンスを持っていた立場ではない。「今まで勝ったことがあったのかな?」と確認すると、やはり、なかった。

LEOPARD TREKの初勝利が、サクソバンクから一緒にやってきた仲間の一人である若いクレンメの初勝利であったのは、あたたかく微笑ましい出来事だ。そう感じた。

http://www.youtube.com/watch?v=hEXoShiR7XQ(ラスト7km、11分)

・3月1日プレカンの写真(11ページ)
http://pressphoto.rtl.lu/browse/search?q=01.03.2011

・Strade Bianche
明日(3/5)はStrade Bianche。ウェーグマンでいく。(チーム公式サイト

Category :  自転車
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思いついたことがあったので、追加します。

今回の書き込みが、昨年8~9月の書きこみと「ノリが同じ」なので、同一人物の可能性もある、と思っていましたが、違う、と気づきました。

今回の主が、書き込みをしたきっかけは、
2011/02/09 : カンチェラーラの選択(2)オグレディの中の、

(デンマークのリース信者が言いそう、という、被害妄想に近いこの発想が自分の頭に浮かんだのは、勿論、「彼のルクス移籍反対派」から、ぎゃあぴい噛みつかれた経験のせいである)

この箇所です。
多分。

これにつけられた1回目のコメントには、私に対する明確なケチは記さず、2回目で書いたので、すぐには気づかなかったのでした。
1回目の文章の中にあった「一文字」に、非難の調子は感じたのですが、こちらの読解の誤りかもしれないので、臭いと思いつつ、そのときはスルーしたのです。
こんなことまで、前回(12月17日)のパターンと同じとは。あはは。
(このことは、自分には、「非難を非難だとすぐに感じ取らない鈍感さ」があることも意味しますね)

本題。12月17日の相手も、カチンときたのは、「この話題」なんですよ。
それで、合点しました。ははあ、なるほどね、そういうことか、と。

では、今まで公開していなかった、8~9月に受け取ったコメントの一部を公開します。



「貴方はカンチェを何故移籍させたいのですか?
ルクセンブルクへ行ってまたアンディのお世話というのも私は解せないのですが。
つまりリースが嫌いなのですか?」(通りすがり)

「アンディのことは仕方ないとして、もうカンチェのこと書かないでもらえませんか?
貴方何様なんですか?
なんでそんなにカンチェをチームから離したいのかきちんと話してもらえませんか?
日記も、もう見ないで欲しいくらいなんですが」(通りすがり)

*これは、非公開コメントの受付を不可の設定に変更した後の、公開されることが前提の、私が承認しないでいたコメントです。
非公開コメントとして受け付けたものは、引用を控えます。
非公開を受け付ける設定にしていたのは此方の責任です。約束事として、公開しないのが筋でしょう。



「貴方何様なんですか?」と言われる筋合いはない、そっちこそどこのどいつだ、と怒鳴られても、文句はいえないと思います。
此方が、大人の態度で無視していたら、つけあがりました。

「カンチェのルクス移籍反対派から文句を言われた」経験を書くと、カチンときて、苦情を寄せてくる人々は、私が「不愉快な思いを我慢した」ことを、認識していないと思います。

私だけが、貴方から、不愉快な思いをさせられた」と思いこんでいるのでしょう。



KUMIさん、ないじぇるさん、hanahanaさん、コメントどうも有難うございました。

くだんのコメントの書き手からの返答は、今のところありません。

今回、ほっておくと、また、せっせと通ってきて、エスカレートしていくかもなあ、と思ったため、対応しました。
仏の顔も三度、という言葉もあります。

ファン心理というのは、自己中心的で、自己愛の権化みたいな面があります。
KUMIさんやないじぇるさんやhanahanaさんは、「自己愛が強くない」タイプでらっしゃるとお見受けします。「自分と違う見方・解釈」に接したとき、拒否反応を起こさず、存在を認めることができる、「成熟した」人ですね。

ところが、世の中には、「自分が、こう、と思っていること」を否定した言葉を読むと、「自分が否定された」と受け取って、不愉快になり、相手が存在することを許せない、というタイプがいるんですね。
何を隠そう、自分がこのタイプの人間です。
12月17日に書いた通り、昔は、頭から湯気立てていました。

自分がそうだから、この種類の人間の心理が判るんですよ。
自分と同類の「心の狭い」人間たちは、F1ファンの世界の掲示板やサイトに、大勢いました。

ただ、当時の人々は、「のべつまくなし個人のサイトに出かけて、相手を攻撃することはしなかった」んだと思います。
「毒を吐きだす場所」は、心得ていました。
「相手を抹殺しよう」という、一線を越える直接的行動には、一定の歯止めがあった。

私が、直接ケチをつけられたことがなかった事実には、そういう解釈しか思いつきません。
私は、シューマッハ、フェラーリ、ホンダといった、狂信的タイプの多数のファンを持つ対象に関して、自説をガンガンに書きまくっていましたから、読んでカチンときた人は当然いたはずなんです。

今回の相手の正体・本心は判りません。
ごく短い文章だけでは、書き手はそんなつもりはないのに、読み手に全く別の受け取られ方をする、ということはありえます。

でも、そういうものだからこそ、悪意がないのであれば、悪意があると相手に誤解されないよう、最大限注意をして作文しないといけないと思います。
間違っても、相手を挑発する文章を書いたらいけません。

挑発しているんですよね、今回の文章も。
それで、挑発にのせられて、ご希望通り、「むきになって、冷たく」書いてみました。
どう反応するか、みてみよう、ということで。



KUMIさん

最初にコメントを拝見して、ほっとした気持ちになりました。
肩が少し楽になったみたいな。

ええ、スープル、ですよ!
私自身は、まだまだで、だんだんと近づいていければなあ、と思っています。
彼の領域には、全然辿りつかないでしょうけれどね。(感心します、ほんと)

ないじぇるさん

自転車RRファンがどう、ではなく、「時代の違い」という解釈が正しいのかもしれません。
自分は今、F1の話題を前と同じ調子で書いていませんから、書いたら、やっぱり、どこからかケチが来るのかも?

>自分、きついこと言ってるかな?
あら、どこが?
きついこと書いてるのは、私かと・・

hanahanaさん

毎回、ご心配いただいて、申し訳ないです。

>誰のファンであっても、嫌だったら見なきゃいいのにねぇ…
私も、そう思うんですよ・・
延々と書いてますが、言いたいことは、実は、たったこれ「だけ」なんです。
(皆さん、判ってらっしゃると思います)

この上なく単純なことなんですが、全然、通じないんですねえ。はああ。

Category :  自転車
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昨日(3/1)21時に、、2月21日分の拍手ボタンを押して、非公開コメントで、ケチをつけてきた人に聞きたいんですけど、「昨年12月17日」に私の書いた文章を読んでますか?

あの文章を読んだ上で、今回のコメントを書いたんですか?

それとも、検索で辿りついて、2月21日とその近辺だけしか読んでませんか?

・・・・・・・・・・・

ケチのパターンが、12月17日の相手とまるっきり同じなんですよねえ。

「あなたは、私とは、応援している対象が違って、私とは、見方が違う
「私は、不愉快になった」
「私に配慮をして、文章を書いて欲しい」

別の人なんですよね?
昨年、「カンチェがルクスに行くはずがない。気分が悪い」と書いて寄こしてきた人たちとも、別なんですよね?

あなたのような人に対する私の主張は、すでに12月17日に書いてますので、そちらを読んで下さい。

・・・・・・・・・・・

要旨を簡潔にこちらにも書きますと、

スポーツのファンなんてもんは、どこのジャンルにいこうが、「趣味が違う」人がどっさりいます。
ファンの感じ方や好みというものは、ものすごく幅があって、自分と一致しない人なんて、ゴマンといます。

世の中の人のみながみな、同じわけがありません。
「自分とは異なる他者の存在を認めること」が、社会で正常なコミュニケーションを成立させる基本です。

最近の日本の社会では、これのできない排他的な意識が広がっている、といわれてますが(一億総ガキ社会)、他人が「趣味で」書いてるブログに、「気に入らん。私の気に入るものを書け」と要求する行為も、コレに該当します。

応援する対象の異なる、赤の他人の一ファンのブログを読んで、ムッときて、スルーすることができず、ケチをつけるのは、「未熟」な人間のすることです。

あなたが中学生か高校生で、そういうことを大人から教えられたことのない人であれば、私がここではっきり伝えますから、覚えておきなさい。

20才以上だと、ちょっと困りますね。
「自転車RR観戦のファンは、F1ファンと違って、『精神的に幼稚』な人が多い」という、あり難くない解釈になっちゃいますから。

F1の話題を書いてるとき、こういうケチをつけられたことは、一度もありませんでした。
昨年来、カンチェとか旧サクソバンクの人の話題を書くと、次から次に、同じパターンのケチをつけてくる人が湧いて出てきます。
なんなんでしょ、という気にもなりますわね。

それとも、「実は」、1人か2人の人が、飽きずに、延々攻撃してきているんですかね?
「匿名」の陰に隠れているので、こちらには特定ができませんが、可能性はありますよね。

・・・・・・・・・・・

返答する場合は、12月17日分を読んだ上で、これ(3月2日分)にコメントをつけて下さい。

非公開を望むなら、此方から返信したい場合に可能であるよう、メルアドを明記の上、メールを送信して下さい。
私のメルアドは、以下です。
targa_florio_55@yahoo.co.jp

Category :  自転車
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●3月1日記者会見の模様

Selbstvertrauen pur(Tageblatt 3/1)・・写真付き
Optimismus beim Team Leopard-Trek(Luxemburger Wort 3/1)
Nygaard not worried about lack of Leopard Trek victories (cyclingnews 3/2)
Schleck believes Contador is taking a big risk by riding Giro (velonation 3/2)

Frank Schleck: «Le top 10 à Nice, ça m'ira bien...» (Le Quotidien3/2)
Andy Schleck : «On attend un premier succès, il va venir...»(Le Quotidien 3/2)

Leopard-Trek: "Prett fir déi éischt grouss Victoire"(RTL 3/1)
Enovosの負担は予算の20%、といったような数字が見受けられるが、公式発表なのかどうか判然とせず。(読解できない)

話題のひとつは、いまだ未勝利であること。
世界ランク1位の鳴り物入りでデビューしたチームなのに、とメディアはプレッシャーをかけ始めているから、そうなる。
こういうとき「平然」として、対応ができるのがアンディ。2008年のサクソバンクも同じ状態で、ミラノ・サンレモでファビアンが勝った(チームが違うのだが、平気で引きあいに出す)、ファビアンが一緒のTirreno-AdriaticoのチームTTで可能性があると喋っている。

●スープル

「ファンの心理」として、期待をするのは当たり前だし、期待をしないでいるのもむしろ変だと思う。
ただ、「スープル」、これは、加賀乙彦が用いた表現で、「しなやかな、柔軟な」という意味のフランス語だが、ああ、アンディは、「スープル」そのままだな、と思った。

ミヒャエルのファンをやっていた頃は、「目標とは、達成しなければならない」ものと思っていた。
自分自身がそういう人間だったから、彼に投影し、彼が目標を達成することを願っていた。
けれども、アンディは、「願望を達成することが人生の幸福」とは考えず、「目標を達成できなかったから絶望する」ことはない人だ、と思う。

ファンになる相手は、自分自身の投影で、自分の理想を表している人だ。
今の自分は、「スープルな生き方」を肯定するようになった。自分自身が変わった。だから、彼でいいのだ。
だから、彼を選んだのだ。そう気がついた。