南の国の太陽、空の色の獅子

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Category :  展覧会
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喩えるなら、「メインは可もなく不可もなし、スープに感動し、デザートを楽しんだコース料理」。

●「落葉」菱田春草

第一会場入口に置いてある出品目録を手に取って展示場所を探し、第二会場の出口から入って、一直線に向かった。
屏風全体が目に入ったとき、「目の覚めるような美しさ」に、息を呑んだ。

華やかさとは縁遠い絵だ。けれども、「目の覚める」という表現そのままの感覚だった。
一目で、この1枚あればいい、と思わせるほどの絵に展覧会場で出会ったのは、前はいつだったろう。

●細川護煕氏の講演会「細川家 美と戦いの700年」

1回目の講演会が大人気で、アンコール講演が追加企画されたことをHPで知り、応募したら当選したので、行ってきた。

話が上手い。当たり前ではあるが。
凄いと思ったのは、此方は「歴史上の話」として聞いてきた様々な件を、「うちの家の話」として、ごく自然に、何の嫌味もなく、すらすらと話せる点。
我々日本人は幸せなことに、生まれの差というものを日常は感じることなく暮らしているが、「こういう人種もいるのねえ」と思わせる実例である。

今日の聴衆は、展覧会チケットを所持する客限定で、多少専門的な話をしてもついてこられるとみなしていいはずだが、「大概の日本人は知っている」歴史上の人物に絡めたネタを次々と並べた。
信長・秀吉・家康、ガラシャ、春日局、宮本武蔵、赤穂浪士。

忠臣蔵の話までしたところで、腕時計を見て、「5代までで、これだけかかってしまいました。700年あるのですが」(聴衆笑)
1時間半の予定で、1時間13分が経過していた。

●「細川家の700年 永青文庫の至宝 (とんぼの本)(細川護煕・竹内順一/新潮社/2008)

今回の展覧会の予習に最適。
自分は、かなり前に東博のショップでみかけ、この特別展前に読む心積もりでいた。
日曜美術館の放送より、こちらの方が、時系列で知識がきちんと頭に入り、判りやすかった。

「あらま」となった話をひとつ。
東近美が所蔵する大観の「生々流転」は、元々は細川のコレクションだった。財団にするとき、基金を作るため売却しようとしたら、文化庁が、民間に売るのはいかんと口を出し、結局1億くらいで国が買ってしまった。民間に売れば10倍になったのに、これだから国のやることは信用できない。(細川さんの言い分)
おやおや。そういう事情があったとは。

■関連エントリ:2010/04/21 悩ましき展示替
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Category :  自転車
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中野マッサーのJスポの解説での話が非常に面白く、注意深く聞いているが、あるとき、ディルーカについて、「素晴らしい印象しかない」、「人格者だと思います」。

・・でも、陽性出たんだよねえ。1年前のジロで。
これって、ミヒャエルは、ジャックに体当たりするわ、ラスカスで止めてアロンソからPPを奪おうとするわ、悪行数知れずだけれど、浜島さんに語らせたら、「マイケルは素晴らしいです」と断言するのと同種かなあ。

中野さんや浜島さんが言うことが「誤っている」わけじゃない。
「素晴らしい」選手でも、「アンフェア」なことをする。
「アンフェアなことをする選手であっても、素晴らしい」でシャン。(・・違うかな?)

ドーピングは、一時期はそれこそ「みんな」やっていた。だから、罪悪感が薄い、んじゃないのかなあ。
F1でも、セナプロの時代は、ぶつけてタイトルを取りに行っても、ペナルティはくわなかったし、予選で妨害することも、まかり通った。だからミヒャエルは、「やってもいい」と思っていて、罪悪感は欠片もない。
今は、「ルールが変わって」、やったらペナルティをくう。だからやめておく。「やってはいけないこと」という倫理観は持っていない。
(97年ヘレスを延々悶々引き摺り続けたファンの身が最後に辿り着いた解釈)

セナやミヒャエルの備えていた「何をしてでも勝ちたい」という執念を、F1の世界は肯定し、高く評価した。ベストドライバーのアンケートをとれば、この2人が上位にくる。
内部の人間たちも、観客たちも、「英雄たち」のルール違反を、容認する。つまるところは、そこではないか。

ドーピングをやる選手たちの考えは一律ではなく、色々あるんだと思う。少し前まで、チームぐるみが普通にあったから、すべてが選手個人に帰するわけでもない。
「弱い心」からやるケースもあるが、まったく逆に「誇大な自我」ゆえにみえるケースもある。

でも、ざっくりと言えば、「歴史的に、延々と、みんなやってた」という事実が底にあって、そこから抜けられない、ような気がする。
「総合ディレクター ツールを語る」を読んだとき、ルブランの、ドーピングの蔓延の認識に、ちょっと驚いた。
ドーピングをやる選手が全体の「10%」まで減らせればいい、というのは、今は何%やっていると思っているのか?

■関連エントリ:2008/10/21 : ドーピングはなぜなくならないのか
Category :  展覧会
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ようやく、国立科学博物館に行ってきた。

行きたい、と最初に思ってから随分経つ。上野には度々行き、近くを通るのだが、どうしても期間限定の特別展が優先になる。東博に行けば東博だけで一日使うし、科博も、最初の訪問では一日必要だろう、とずるずる先送りになっていた。

予想通り、4時間半を要した。(余裕なしフルスピードで)

・忘れてしまっていた色々なことを思い出す

自分は理系オンチ完全文系脳だが、子供の頃は、理系(科学の分野)の知識にも、そこそこ興味を持っていた。
「世界を理解したい」という欲望を持っていたから、宇宙の始まりとか地震のメカニズムとか生物の進化といった話は面白かった。年をとるにつれ、世俗のものに囚われて、いつしか「昔は知っていた色々なこと」を忘れていった。

何万年という単位の時間と、巨大な変遷の知識を前にすると、自分はこの世界の中の一部分であることと、自分が死する必然を悟る。
最近、空を見て、何より美しい、と感じるようになった。地上にある、ひとの手による何ものも、空の美しさに勝らない。
幼い頃は、多分そうだった。人工のものに惹かれる年代を過ぎると、人は再び自然に帰っていくのではないだろうか。

・世代別展示?

日本館→地球館の順で回ったが、展示の内容・方法ともに、日本館が、地球館より自分の感覚に合っていた。
日本館(旧本館)が古い建造物(重文。近代建築好きは見逃せない)、地球館が新館というだけでなく、ディスプレイの感覚が根本的に違う。
自分のような世代は旧式の日本館が馴染み、地球館は若い世代向きなのだろう、と思った。

剥製・標本の展示物が(当然ながら)そこら中にあるわけだが、日本館で少量見るには気にならず、ものによってはじっと眺めたのに、地球館3Fの剥製の大群を前にしたとき、「ドン引き」し、「ご遠慮します」と横をさっさと通り抜けた。
少量はOKだが、大量の剥製には、生理的な拒絶反応を起こしたらしい。

地球館には他に、虫や古生物等の大量の標本が、視覚的に非常に「美しく」ディスプレイされており、見て楽しめる人がいるであろうことは理解できるが、自分は「違うでしょ」になってしまう。これだと、アミューズメント施設の感覚に近く、自分には合わない。

・零戦

地球館2Fのテーマは日本の科学技術の発展で、江戸時代の工作機械の類を眺めていたら、いきなり零戦が登場したので、ちょっと驚いた。
零戦は、靖国神社の遊就館に一機ある。ここにもあったのか。

近寄ると、天井から吊るされた零戦の下には、「YS-11」の小さな模型がある。
説明を読むと、YS-11の設計に使用した「風洞模型」で、更に、本博物館はYS-11の1号機を所蔵し保管している、との記載があった。
先日の事業仕分けで、やり玉に挙がった件で、思わず苦笑い。

零戦の展示には、いつも意図していないときに出会う。遊就館は、数年前に友人たちと千鳥が淵へ花見に行ったとき、カフェを探して、どういう施設か知らずにゾロゾロと入ると、入場料のかからない1階玄関ホールに、零戦や大砲が展示してあり、「うわ、こういう施設だったのか」となった。
他ではどこにあるのか?と興味を持ち、帰宅後ネット検索すると、都内はこの2ヶ所で、国内に数か所あった。
零戦wiki

同じ零戦でも、遊就館に展示しているのと、科博に展示しているのとでは、「意味」が異なる。
露骨な事例、といっていいのではないか。
尚、遊就館も、科博と同じく「一度展示を見に行きたいと思ってきた」施設だが、「他に行きたい所があるのを差し置いて、積極的に、是非行きたい」所ではないから、延々後回しになっている。
怒りや嫌悪感を催すことが予想できる場所に、わざわざ乗り込もうというのだから、なかなか実現しないのは道理。

・屋上から東京スカイツリー

地球館の屋上の一角で、観客たちが記念写真を撮っていて、「撮るべき」何があるのだろう?と見れば、遠景に東京スカイツリーが。
地球館は、上野公園エリアの東端に位置し、細い道の向こうはJRの線路で、東方面を遮蔽物なく遠くまで見通せる。ちょうど正面に、スカイツリーが見えるので、それを背景にしていたのであった。

国立科学博物館HP
Category :  フィギュアスケート
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フィギュアスケート本の話題。

苦笑い、退屈、「ふむ、なるほど」、「どうでもいい話題」、黙って思索、くすくす。

■目次■

フィギュアスケートに恋をして
1  男子シングルの戦い
 ウィアーとライサチェック よきライバルたち
 バトル、ジュベール、チャンの4回転論争
 戻ってきたエース、高橋大輔
 織田信成の挑戦
 新世代のスケーター、小塚崇彦
 エフゲニー・プルシェンコ 帝王の復活
 ステファン・ランビエル 闘う氷上のアーティスト
2  取材現場のインサイド・ストーリー
 大会取材の舞台裏
 英語と選手と
 スケーターを取り囲む偏見と現実
3  心に残った特別な思い出
 マキシム・スタヴィスキーのこと
 ミシェル・クワンが教えてくれたこと
 国境を越えて イーゴリ・シュピルバンド
 イリヤ・クーリックと卓球


・男子Sの選手たち
本書のコンセプトは、バンクーバー五輪に臨む男子Sの有力選手たちに関する記述、だろう。タイトルと表紙の写真が示す通りに。
自分には、そのメインの部分があまり面白くなく、「読むのを先送りにして正解だった」と思いながら読み進み、メインではない部分に、興味をひかれる記述をいくつか見つけた。

男子Sの選手たちの記述は、「著者は、本心では、誰を気に入っているのかな?」というクイズの答を探しながら読むと楽しめるかもしれない。
著者は、特定の誰かへの思い入れは、隠す努力をしている。個人的な嗜好を出すのは、記者として支障があるからだ。

隠しているものを、読み取れるか。
自分の思うに、夫々の選手の熱心なファンには、「勘」で判る、ような気がする。
ジェーニャについて、自分が判断できるように、だ。ジェーニャ以外は、自分には判らないので、夫々のファンが集まってわいのわいの会話すると、正解がみつかるかもしれない。

・ペトレンコ
本書は、「氷上の光と影」の続編のような感じを想像した自分の予想に反して、著者の「自分自身の体験」を前に押し出した記述が目立つ。
冒頭の、フィギュアスケートの取材を始めるきっかけの記述には、文字通り「苦笑い」した。

1992年アルベールビル五輪のペトレンコ、なのだそうだ。
「ええ?そうなの?」である。

私は、その4年前のカルガリー五輪の彼に魅せられて、3年間、世界選手権で「今年も負けた」とがっかりし、アルベールビル五輪では、「4年目でようやくかなった。これで、心おきなく引退できる」と安堵の気分でいっぱいだった。

は~、知ったばかりのペトレンコに、「これだ!」となって、インタビューですか・・
え~、22才で五輪で金メダル取ったら引退するのが普通だったんですけど・・前回五輪では銅を取ってるし。
別に、ペトレンコにインタビューしたいとか近づきたいと思ったことはないから、羨ましいというのではなく、「そんな遅くに気づいたの??毎年タイトル争いをしていたのよ?」

・社会背景
アメリカ在住であるゆえに可能な、北米社会や北米メディアのフィギュアスケートに対するスタンス・事情の記述は、非常に参考になる。

そして、シュピルバンドについての章は、僅か8ページだが、個人的に、最もインパクトがあった。
これを読むまで、私は、ロカ&スールのスールが、ソ連からの亡命者であったことを知らなかった。
シュピルバンドが、スールと一緒に亡命したこと、亡命はタラソワがプロデューサーだったアイスショー「トーヴィル&ディーンとロシアン・オールスターズ」の公演中のことだった、ということも。
このショーの名称には、記憶がある。当時、私は、トーヴィル&ディーンの動向の情報に注意を払っていたから。

本書を読みながら、ナタリア・デュボワの自伝「氷の扉―祖国を失くしたメダリスト達」をもう一度読み直そう、と改めて思った。
あの本には、ソ連時代のフィギュアスケートの選手の養成体制の具体的な描写と、ソ連崩壊による影響の真摯な記述がされていた。「フィギュアスケート王国ロシア」を読んだ後、再読しよう、と思っていたら、本書の中に、書名を挙げて引用している箇所があった。
1993年の出版時に読んだが、今読むと、得るものが多大にあることが期待できる。

漠然と思いついたことがある。私が旧ソ連の選手たちに思い入れを感じてきたのは、彼等の演技に、彼等の背負ったものの重さの影を感じていたからかもしれない。
フィギュアスケートの演技は、選手の人格の反映だ。本書の中の男子Sの選手たちの記述に、関心をひくものがほとんどなかったのは、北米や日本の選手たちには、同様の種類の「重さ」はないからではなかったか?


Category :  F1
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これはこれとしていい。
しかし、トヨタF1チームを間近で見て、取材をできたのであれば、「トヨタF1はなぜ失敗したのか」というテーマに対する見識を、示して戴きたい、と思う。今すぐでなくてもいいが。

川喜田氏が、「さらば、ホンダF1」で記したホンダF1についての総括のように。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分が目を止めた「枝葉」(本筋と無関係)のエピソード。

アロンソとの交渉(P131)

ミハエル・シューマッハーには振り向かなかったトヨタが、スター軍団をそろえるのではなく、自分たちが勝てるクルマを準備して、「勝てる」ドライバーとともに頂点を目指そうとした時期がある。2007年の秋のことだ。
相手は、皇帝ミハエル・シューマッハーに引導を渡した、2005年と06年のチャンピオン、フェルナンド・アロンソだ。当時のアロンソは移籍したマクラーレンでチームメートやオーナーと反りが合わず、チームからの離脱を考えていた。
山科とハウエットがアロンソのマネージャーに会って用件を話すと、マネージャーは「わかった。ちょっと待ってくれ」というなり携帯電話を手にしてアロンソに電話を掛け、ハウエットに直接話すよう促した。
アロンソは、「あなたのチームのクルマは、本当に勝てるだけのスピードはあるのか?」と問い、「どうやって、勝てるクルマを開発するつもりなのか?」と続けた。
山科もハウエットも実際にクルマを開発しているわけではないので、アロンソの要求に満足できるほどの答は用意していなかった。
するとアロンソは、「トヨタのテクニカルディレクターはだれだ?」と。
「パスカル・バセロンだ」とハウエットが返答すると、「パスカルと会って話がしたい」とアロンソは会談に応じた。
会談は、トヨタ側がアロンソの指定する場所に出向いて行われた。トヨタからは山科とバセロンが同席した。初めてアロンソと個別に交渉する山科は、世間話から始めようとしたが、アロンソは「どういうふうにして勝つクルマを作るつもりか、説明してくれ」と切り出した。
その後もアロンソは余計な会話などまったくしなかった。


(・・続きにご興味ある方は、書籍を参照下さい)

2007年秋、フェルナンドが複数のチームと交渉をしていたことは認識していたが、「具体的なシーン」の記述を読むのは初めてで、興味深い。
通常は表に出てくる話ではない。たまたま片方の当事者が撤退したという事情から、表に出た。

尾張氏は、山科代表(と同席した広報担当者)から聞いた話で記述を構成したと思われる。山科代表が、アロンソはこれこれで、欲しいと思いましたね、と喋った姿を想像してみる。



■関連エントリ:2010/04/19 「トヨタF1 最後の一年」尾張正博
Category :  フィギュアスケート
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その通りだと思う、と共感した記述。

フィギュアスケートの採点とは?(P68~)

世間は、特に米国社会は「正義」という言葉が大好きだ。「スポーツは公正に採点がなされるべき」というのは、まったく文句のつけようがない理屈である。
だが人間が判断する採点スポーツで、何をもって、「公正な採点」とするのかは、一般の人々が思っているほど明確な基準があるわけではない。どちらが上になってもおかしくない、という接戦の場合はなおさらそうである。
(中略)
果たして消毒液の匂いのするような、「公明正大な採点」というものがありうるのか。
(中略)
92年五輪金メダリストのヴィクトール・ペトレンコは、こう語った。
「選手なら誰でも、納得のいかない採点を何度も経験している。だが次は絶対に誰にも文句を言わせないほどの演技をしてやろうと、さらに努力を重ねてきた。それがスケーターというものだ」
いつも納得できるような判定ばかりではない。損をすることもあれば、得をすることもある。それも含めて勝負は時の運。
これはそれまでスケート界での暗黙の了解であった。だがソルトレイクシティ五輪では「正義」という名のもとに、これまで危ういながらもそれなりにバランスを保ってきた世界が崩された。


自分は、80~90年代のフィギュアスケートを見てきて、ソ連の選手と西側の選手が1位を争って接戦のとき、東側諸国がソ連の選手、西側諸国が西側の選手を上の順位に付けるのは「通例」であり、「国籍で判断するのは、公正な採点ではなく、おかしい」と思ったことはない。

フィギュアスケート競技においては、「何をよしと評価するか」の価値観を、万人が合意して共有することはない。
ジャッジによって評価が分かれるのは当然であり、全員が一致する必要はない。そのために、「複数人数」の審判を設定するのである。

優勝者が、審判の「全員一致」で決まるケースもあったが、そうでないときの方が多かった、ように記憶している。(裏はとっていない。否定するデータをお持ちの方がいらしたら、訂正するので、お知らせ下さい)
接戦で甲乙つけがたいケースだけでなく、大方は一致していても、多数とは違う順位をつけるへそ曲がりのジャッジとか、頑として自国の選手を上につけるジャッジなどがいた。
今の感覚をもっていくと、「ジャッジとしておかしい」という批判を浴びそうだが、旧採点法下では、「そういうもの」と容認されていた。
「おかしい」採点をするジャッジが1人2人いようと、最終的に「最も多くのジャッジが同意する結果」を提示すれば、それでいいのである。

審判の構成や、滑走順や、そのときの事情によって、採点は変動する。
誰が見ても、「公明正大」で、「唯一絶対」な採点はありえない。
「振れ幅」が存在する。
「採点競技」とは、「本質的に」そういうものだ。

ソルトレイク五輪まで、選手もコーチも連盟もISUも、ファン(継続して観戦する観客を指す。五輪、自国選手活躍時等の期間限定観戦の観客は含まない)も、このことを了解して、過ごしてきた、と思う。
田村氏の記した通り、「納得できない採点」の存在を認めて受け入れる「暗黙の了解」が存在した。
「不完全さ」を受け入れる度量を、誰もが共有していた、のである。

ソルトレイク五輪で北米メディアが「正義」「公正」を掲げて煽りまくった後、社会(一般世間)から、「採点が公正でないのはいけない。公正な採点をしろ」と要求されたと思い込んだISUが、仕方なく(やむにやまれず、いやいや)、作って、出してきたのが、現在の新採点法である。

「完璧な採点方式というものは、おそらく存在しないでしょう」
テッド・バートンは、そう語る。彼は真摯にエネルギーを傾けて、この新採点方式を開発した。
「フィギュアスケートの判定が世間から非難を浴びて、社会からどうにかしろと言われた。だから誠意をもって対応し、どうにかしたのです。したらしたで、こうしてまた批判されている。でも正しいと思う方向に信念を持って進んでいくしかない。もう後戻りはできないんです」
(P203)

近年ネットでみかける、採点に対する人々の批判や不満を読んで、こう思うときがある。

これらの批判・不満は、「新採点法は、公明正大な採点を実現する」という幻想が生み出したものではないだろうか?

新採点法は、旧採点法下では不明瞭で、規定した文章のなかった「採点の基準」を明文化し、審判の主観的意見をなるべく排せるシステムを目指した。

明文化された採点基準とプロトコルの公表は、採点を世間に納得させるツールになるはずだった。
しかし、「本質的に、万人を納得させる採点はありえない」のだから、プロトコルの、ここがおかしい、あそこがおかしい、納得できない、とケチをつけまくる人々を、当然に生み出した。

本来、理屈で説明しきれないものに、「下手に」理屈を作って、説明しようとしたため、「理屈抜きで、反論の方法を与えず押し切った」旧採点法時代より、かえって「煩い」批判を受けやすくしたのではないか?

旧採点法の思考を持っている自分は、プロトコルの細部が「おかし」くても、あげつらう発想があまり湧かない。
キム・ヨナの点数が高すぎておかしい、という世間の意見に対する自分の見解は、「『旧採点法の思考が適用された事例』にみえる。『彼女が現在の1番』という評価(格付け)が確立したので、彼女が総合で最多得点になるよう、いわば逆算で、点数を割り振るから、単体では不適当にみえるGOEやPCSの箇所が出現するのでは?」

現在のジャッジングには、「新採点法の思考」でなされたものと、「旧採点法の思考」でなされたものが、混在するようにみえる。
この解釈が正しいかどうかはまだ自信がない。しかし、同じ人間がジャッジをしているのだから、あり得ないことではないのではないか。

SP後の会見で、スルツカヤは意味深な発言をしている。新採点方式についてこうコメントしたのだ。
「採点方式は変わっても、座っているのは同じ人たち。同じジャッジがボタンを押すのでしょう。それがどう変わったのだか、私にはわからない」
(P22)

上はトリノ五輪の話で、このときスルツカヤが言いたかったのは、裏に込めた別の趣旨、と田村氏は記しているが、表面の文章そのものも、真実ではないだろうか。(・・続く)
Category :  フィギュアスケート
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興奮しながら、最後の1行を読み終えた。

私がこの本を読むのは、初めてではない。出版された3年前(2007年)に、一度読んだ。
ところが、恥を承知で白状すると、内容をほとんど覚えていない。ソルトレイク五輪事件と、新採点法導入についての記述があったことは記憶しているが、肝心の内容がどうだったか、と聞かれたら、何も返答できない。
これはいかん、と、もう一度読むことにした。

面白いのなんの。
どうして、すっからかんに忘れていたのだろう?
原因のひとつは、おそらく、当時の自分の心理状態だ。
前年トリノでジェーニャが金メダルをとり、「8年越し」の夢が叶い、彼のいなくなった06-07シーズンは、いってみれば、「気が抜けて」いた。点数を気にし、成功を願う相手は、誰もいなかった。

更に、このシーズンは、「まだ」、新採点法による「4回転殺し」が、あからさまには実施されていなかった。
07年世界選手権では、4回転を跳んだジュベールが「ちゃんと」優勝した。
(これが「最後の4回転ジャンパーの世界チャンピオン」になったことを、当時は、知らなかった。それはそうである。そういうことは、後になって、初めて判る)

そして、この頃の私は、基本的に、氷の上で披露される演技「だけ」を見て楽しむ、というスタンスだった。オフアイスの様々なこと、裏で誰がどうのこうのという、田村氏いうところの「影」の部分に、目を向ける意欲はあまりなかった。
そのため、本書の記述にいまひとつ関心を引かれなかったのかもしれない。

3年後の今、再読して、「あちこちの記述にいちいち反応して興奮する」のは、現在の自分はフィギュアスケートの「影の部分」に関心を持っており(望んだことではなく、否応なく)、その理解に非常に役立つからである。

■目次■

プロローグ 五輪金メダルという魔物
第一章 フィギュアスケートが揺らいだとき
 ケリガン襲撃事件と賞金制度
 判定スキャンダルと新採点方式
第二章 美の競演の内側
 氷の上での闘い
 世界一のジャンパー
 強さと、美しさと
第三章 スケーターを支える人々
 コーチたちの闘い
 コリオグラファーの世界
 ジャッジと採点
エピローグ 新採点方式とフィギュアの未来
あとがき


新採点法への言及は、第一章 判定スキャンダルと新採点方式、第三章 ジャッジと採点、エピローグ、でされている。
先日、「パーフェクトプログラム」を読了して、採点法に関する記述が物足りないと批判したが、田村氏は、こちらで既に記述済みなので、新著での重複を避けたのかもしれない、と思った。

「まだ施行されて数年の新採点方式だが、すでに選手たちの演技には大きな影響を与えた。高いレベルと定めたことが、このスポーツの将来進む道を決めることになるのだ」

田村氏は、じゅうじゅう承知している。「パーフェクトプログラム」での文章は、高橋君を目の前にして抱いた「感情」として了解するもので、センチメンタルすぎで見識がない、と切り捨てるのは、冷酷・薄情な批判だろう。

私が現在抱いている疑問(設問)の1番は、「現在の採点法の方向性は、『誰の』意向の反映なのか?」だ。
別の言葉で言い替えれば、「なぜ、この方向性になったのか?」

規定の廃止という過去のルール変更は、「TV放映に向かない」という商業的理由、と理解している。それで合っていると思う。では、今回の変更も、同じく商業的理由だろうか。

アメリカにスターがいなくなって、人気が低下し、視聴率を稼げなくなったので、アメリカのTV放送局がISUから高額で放映権を購入してくれなくなったことは、事実としてある。
バンクーバー五輪で、アメリカ人選手が金メダリストになることが、アメリカメディアに好都合で、ひいてはISUの「資金繰り」の面で望ましい、という理屈も合っている。
ソルトレイク五輪事件を身をもって知っているプルシェンコは、上記の旨を、バンクーバー五輪後に指摘した。
保留付きながら、バンクーバー五輪の結果は、商業的要素、及び国家間対立という要素の影響を受けたもの、という見方は成り立つと思う。この要素が全く影響しなかった、と言い切るのは無理がある。

しかし、このことと、新採点法の方向性とは、別ではないだろうか?
同時進行で起こり、被さって、ひとつの結果を作り上げているので、判別が難しくなっているが、私には、別のもの、にみえる。そして、この方向性をもたらしたものの「正体」が、いまだに判らない。4回転を殺した「魔物」の姿は、暗がりの中にぼんやりとした形でしかみえず、何者なのか判然としない。

本書の中のところどころに、私の疑問を解くヒントになるかのようにみえる文章が点在する。しかし、それが本当にヒントなのかどうか、自信はない。(・・続く)


Category :  フィギュアスケート
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「フィギュアスケート王国ロシア」の著者を囲む茶話会の案内を戴いていたので、ご紹介を。

●ユーラシアブックレットの著者を囲む茶話会
「フィギュアスケート王国ロシア」

浅田真央、高橋大輔選手をはじめとして、近年の日本フィギュアスケート界の躍進は、「フィギュアスケート王国」日本の到来を告げています。けれども、かつてこの呼称は、ソ連、およびソ連を引き継いだロシアのものでした。
「フィギュアスケート王国ロシア」の栄光と混迷、そして、ソチ五輪に向けての展望を、フィギュアスケートを巡る闇の部分にもスポットを当てながら、語っていただきます。
審判買収疑惑の激震が走ったソルトレークシティー五輪を、現地でつぶさに取材した村田氏は、フィギュアスケートを取り巻く国家間の政治的思惑を認めつつ、しかし、「記録よりも記憶に残るスポーツ-それがフィギュアスケートの持つ魅力である」と述べています。
ヤグディン、プルシェンコ、スルツカヤ、また浅田真央のコーチであるタチアナ・タラソワなど、フィギュアスケート史に燦然と輝くスターにまつわるお話なども伺いながら、氷上の芸術の尽きせぬ魅力に迫ります。

講師:村田隆和氏(毎日新聞記者)

講師プロフィール:
1996年アトランタ夏季五輪、2002年ソルトレークシティー冬季五輪、2004年アテネ夏季五輪を取材。このほか、サッカー2002年ワールドカップ(W杯)日韓大会や2009年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)など国際競技大会を多岐にわたり取材。2009年4月より毎日新聞大阪本社運動部副部長。

■日時:2010年5月15日(土)午後2:00~4:00
■会場:昭和女子大学 1号館 4階 4L31号教室
     (東急田園都市線(半蔵門線直通)「三軒茶屋」駅下車 徒歩7分)
■参加費
 ユーラシア研究所会員・学生:1000円、一般:1500円
(お茶とお菓子、ブックレット『フィギュアスケート王国ロシア』付)
*ブックレットをすでにお持ちの方は、ご持参下さい。参加費よりブックレット代金を引かせていただきます)

■お申込方法
必ず事前にお申し込みください。先着順。ユーラシア研究所ホームページ掲載の申し込み書にご記入の上、添付ファイルにてメール、またはファックスでユーラシア研究所までお送り下さい。

昭和女子大学現代教養学科ユーラシア・サロン運営委員会、ユーラシア研究所共催

ユーラシア研究所HP

■関連エントリ:04/29 「フィギュアスケート王国ロシア」(村田隆和)
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