南の国の太陽、空の色の獅子

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Category :  自転車
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自分の備忘録として、オフの間に出ていたサクソバンクのトピックスを。


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Category :  F1
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「トヨタのF1」に関して、できれば、いずれ改めて書きたいと思っている。

私は、トヨタのF1参入を、「巨大自動車メーカーは、F1の世界では成功しないのではないか」という「F1ファンの側からの、懐疑的な視線」でもって見始めた。
日本のメーカーだから活躍を期待する、といった感覚はゼロである。同時に、古くからの日本のレースファンの中に存在する強いアンチの感情もなかった。どちらにも振れない、フラットに近い感覚だったといっていいと思う。
その後、05年から、正確にはラルフとヤルノの移籍が決まった04年シーズン半ばから、贔屓のドライバーが在籍するチームとして、高い注意を払った。

すなわち、「親会社の日本の自動車メーカーを、警戒心をもって冷静に見るF1ファンの目」と、「チームの構成員に親しみを抱き、彼等に感情移入し、チームの成功を願うファンの目」という、全く異なる2つの視線を持って、眺めることになった。
この意味で、自分にとって非常に特殊なケースであり、おかげで、それまでにない色々な経験をした。楽しめたといっていいだろう。いや。恐ろしく苦い経験もあったから、ポジティブな言葉でしめるかの結論はまだだ。

いずれにせよ、「トヨタF1」に対しては「2つの視点」を持ち続け、「一面だけから見る」ことをしなかったゆえに、今回の撤退も、いたって冷静に受け止め、「すぐに言いたいこと(感想・意見)は、別に何もない」状態だった。

雑誌記事やメディアの人間たちによる色々な言及に、どこか違和感を感じたのは、「一面だけからの記述は相応しくない」という理由だったのかもしれない。
そして、こういう冷めた思いもあった。

批判・非難は理にかなう。・・でも、「この会社が、こういう会社である」ことは、「最初から」判っていたことだよねえ。
アンチトヨタの人々が、参戦以来絶えず主張し続けた通りの結果になっただけ。
この会社に対して、期待の類を欠片でも抱くことが、根本的な誤り(間違い)だった。
メディアの人間より、世間の一般人の方が、よほど「本質を見抜いていた」んじゃないの?

しかし我々一般人は、チーム関係者にインタビューすることはできず、メディアがその特権を持つ。
グランプリトクシュウ1月号が掲載した木下さんのインタビューを、非常に興味深く読んだ。

私は、トヨタF1の関係者の中で、木下さんの言動に最も注意をしていた。05年に、「この人は」とピンときた人物だった。(山科代表は、注意を払う必要なしと最初から最後までスルーした)
撤退決定までの紆余曲折の説明の中で、木下さんは、MBOはハウエットと自分の2人でやる予定だった、つまり、トヨタを辞めるつもりだった、と述べている。
木下さんがその覚悟をして出したMBO案は、最終的に経営陣に却下された。

私がホンダ3期に関して気付いたことのひとつは、2期撤退のときは、「F1を続けたいがためにホンダを退社した」人が、プロジェクトリーダーを筆頭に複数いたのに、今回はそういう例を耳にしなかったことだった。F1村で生きる意欲のある人は、ホンダ社内にはもはやいないのである。
トヨタ社内にも当然そんな人がいるわけはないと思いきや、そうしようと思った人が、1人はいたのだった。
それが木下さんであったと知って、納得をした。

視点を「どこに」置くか、「どのくらいのスパン」で考えるか、「何と」比較するか、「どの」価値を重視するかによって、評価や解釈は全く異なるものになる。
トヨタF1のマイナスの面だけを取り上げて非難に終始するのも、プラスの面を抽出して情緒的な話を前に押し出すのも、適切とはいえぬと思う。
一旦終了した今ここで、どういった総括をするのか。太平洋戦争を「敗戦」でなく「終戦」という言葉で誤魔化し、「過ぎたことは水に流す」ものとみなし、過去の失敗に真剣に向き合って、失敗の経験を将来に生かすことをしない日本人の習性を繰り返すのか。

一時期にしろトヨタF1チームを応援するファンの一人であった(チーム公式ファンクラブに入会していた)自分にも、考える責はあるのではないだろうか。

*パナソニックのチーム公認応援サイトf1.panasonic.comは、明日12/28(月)正午に閉鎖する。
Category :  フィギュアスケート
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全日本開催中だが、4年前トリノ五輪代表選考の2005年大会を思い出す。

女子SのFPを代々木に見に行った自分の記憶に強く残っているシーンがある。
最終グループの6人が、6分練習に出るためリンクサイドに待機している光景だ。

自分の席は北側2階中央の4列目で、選手たちのリンクへの入口が真正面だった。前のグループの最後の選手の演技の最中に、リンクサイドに6人が姿を現したとき、すぐに気付いた。

待っていたわけではなく、意識していなかったのに、すぐ気付いたのは、ちょうど視界の中央であったことと、選手たちの放つ雰囲気が、ただごとでなかったためである。

まず目にとびこんだのが、背の高い荒川さんの、きっとした顔。荒川さんの手前に立っている中野さんは、荒川さん以上に集中した完全戦闘モード。横に見える村主さんと恩田さんも、負けじとばかりの緊張した表情だ。
この雰囲気に気圧されたように、4人から少し離れた所に美姫ちゃんがいる。美姫ちゃんは、みるからに自信なさげだ。
そしてその隣では、「お姉さんたちの壮絶な戦いにひとりだけ関係のない」真央ちゃんが、にこにこしてうろうろしている。

これから始まる最終決戦前のマックスの緊張感のオーラを発散する集団が気になって、リンク上より思わずこちらを見てしまう。
演技を見たいので、困ったが、あまりに凄いのである。

そう感じたのは自分だけではない。自分の隣席は若いカップルだったが、女の子が呟く声が聞こえた。
「ゆかりちゃんが、ものすごい怖い顔してる・・」

南側の観客は、背後になるので、顔が見えなかったろうが、北側では、少なくない観客が、リンクサイドに目を奪われていただろうと思う。


その後の演技は、改めて紹介するまでもない。
最初の滑走の荒川さんにスタンディングオベーションした後、出てくる選手が誰もかれもベストに近い演技をする。
スタンディングオベーションをしなかったのは、6人のうち安藤さん一人だけで、他は、「この演技に立たないわけがないでしょ」と会場の観客の意思が見事に一致し、盛大な拍手が繰り返された。

あとがない正真正銘のこの土壇場で、みながこれだけやれるとは、日本の女性は強い、と心底感心した。
極度の緊張で自滅しても当たり前の場面なのだ。前の選手がいい演技をすると、後の選手にはプレッシャーがかかる。ところが、みな、ものともしない。(美姫ちゃんひとりを除く)

この頃の村主さんは、「崖っぷちで強い村主」と呼ばれていたが、このときも文字通りの崖っぷちから、起死回生の演技で1位を取り、トリノ行きの切符を手に入れた。

この女子FP最終グループは、歴史に残るだろう、とあの夜、会場で思った。五輪切符のかかった最高度の緊張の中で、最高の演技が繰り広げられた夜として。


自分は当初は、この全日本には行く予定はなかった。前の週に同じく代々木でGPFが開催される。こちらで主だった選手は見られるから、連チャンで行くこともないと思った。
ところが、荒川さんがGPFの出場権を取れず、GPFだけでは荒川さんを見られないことが判った。この頃、私の一番お気に入りの女子選手は荒川さんだったので、「しーちゃんを見るために、全日本にも行くか。チケット代も安いし」と、チケットを買った。A席3000円で2階中央4列目はコストパフォーマンス抜群である。

この2005年全日本が、自分が「ごく普通に」チケットを買って、何も不快なく現地観戦ができた最後の大会になった。
GPFで真央ちゃんが優勝した夜から、様相は一変した。狂乱の時代が始まり、現在に至る。自分は、嵐が通り過ぎて、平穏な日々が戻ってくるのをじっと待っている。
Category :  F1
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ミヒャエルと周辺関係者のコメントを一通り読んだ。内容は、おおよそ予想したものだった。
彼の言葉は、私の心に疑問の欠片も呼び起こさなかった。すべてが、すんなりと自然に入ってきた。

"combination of Ross and Mercedes"
私が、7月にはあれほど厭うた復帰を、今回納得した「2つの要素」が、彼にとっても、決め手だった。
そう述べた箇所を読んだとき、そうであるなら、私はまだ、彼のファンでいられる。もう一度、彼のファンと名乗れる、と思った。

なぜ、彼は復帰したのか。
情熱と信頼。
私の頭には、この2つの言葉が思い浮かぶ。

・情熱
これを、彼ほど強く、かつ長い年月、持ち続けたドライバーを、私は他に知らない。
97年頃、いずれ来る「彼の引退」について思いを巡らしたとき、「この人からレースを取り上げたら何も残らない。引退後、どうやって生きていくのだろうか」とぞっとした。
歳月が経っても、彼のレースに対する情熱の炎が衰えることはなかった。

「情熱」は、「やり残したこと」がなくても、人を突き動かす。
ランスも、ミヒャエルと同じとみなしていいと思う。彼は、7連覇し、最後まで誰にも負けず、王者のまま引退した。彼には、ツールでやり残したことは何もない。それでも、もう一度勝ちたいという欲望を抱き、戻ってきた。

競技をいつまで続けるかを決めるのは、記録ではない。年々衰えていってもまだサドルに乗っているとすれば、それをさせるのは記録や数ではない。幸福感だ。
走るかどうかを決めてきたのは、いつもごく単純な事実だった。つまり、自転車に乗ることが好きだということだ。
好きでもないのに続けるには、この仕事はつらすぎる。いつまで自転車に乗ることが好きでいられるのか。それも世界のトップレベルで。

(「毎秒が生きるチャンス!」(ランス・アームストロング/2004.10)

*ミヒャエルの「情熱」に言及した過去のエントリ・・・・人を動かす力(2009/5/20)

・信頼
改めて考えて、気付く。
私が今回の復帰を受け入れることのできた第一の理由は、「メルセデスの名」ではなく、「ロスとみたび組む」ことだ。

センチメンタルな昔の夢は、もはやさして価値はない。最も重要なのは、「信頼するロスと共にある」こと。
この世界で「信じられる」ことは多くないが、「ロスとミヒャエルの間にある深い信頼」を、私は常に信じてきた。

「トッドとロスのミヒャエルに対する愛情と尊敬は真のものだと私がみなしたのは99年の終りで、その後、この信頼が揺らいだことはない。長い年月の間には様々な出来事があり、心乱されるときもあったが、彼等の間にある深い信頼と尊敬と愛情が、私の支えになった。
トッドとロスがいるから、ミヒャエルは大丈夫。彼等は、私よりもミヒャエルを知っているし、私よりもミヒャエルを愛している。彼等を信じていればいい。何も心配しなくていい。

ロスには、本当に感謝している。貴方がいたから、安心できた。貴方がいなければ、ミヒャエルの成功と幸福はなかった。どんなに感謝しても、し足りない。」
黄金のカルテットの終焉 2006/10/27)

ミヒャエルは、フェラーリを捨てて、ロスを選んだ。
彼に、フェラーリに対する永遠の忠誠を望んだモンテゼモロ、フェラーリの大勢のスタッフたち、ティフォシたちの落胆を知りながら、彼のファミリーであったフェラーリを去り、ロスの元に行った。

ミヒャエルは今も、3年前までと変わらぬ信頼をロスに抱いている。私も、ロスを信頼している。
だから、来季のメルセデスGPの戦闘力がどうであろうとも、もしもロスが何か誤りを犯したとしても、私は許す。

ロスも、今も変わらずにミヒャエルを信頼している。
だから、来季のミヒャエルの戦闘力がどうであろうとも、彼が誤りを犯したとしても、同じように、私は受け入れることができるだろう。

ミヒャエルの引退後、私はF1の世界の中で「信じるもの」を失った。
だが、今ふたたび、「信じるもの」がこの手に戻ってきた。

*ロスへの言及・・・・ロス (2008/9/21)
Category :  F1
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F1情報の集め方を忘れてしまっていて、困る。とりあえず。

bildビデオ
公式サイトのコメント
autosportのQandA

・ランスがTwitterでつぶやく

<基本のリンク>
Michael Schumacher official website
official site of the BrawnGP
rtl.de
bild.de

追加
BBC Sport
autosport
ITV Sport
motorsport.com
Category :  F1
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正式発表があったら、そこかしこがどっと書くだろうから、一足お先に。

「シューマッハが来季メルセデスに乗る」ことは、「20年前の約束が果たされる」ことを意味する。

ミヒャエルは、「メルセデスが、F1復帰したとき、自分のマシンに載せるために育てた」ドライバーである。
「メルセデス・ジュニアチーム」の設立は1990年で、前年1989年の11月、シュツットガルトのメルセデス本社で発表された。
1991年、ジョーダン次いでベネトンと契約したとき、ミヒャエルはメルセデスの契約下にあり、ベネトンは、「メルセデスがこの先3年以内にF1に復帰した場合、シューマッハは、ベネトンとの契約を解除できる」という特約を了解して、彼と契約をした。

メルセデスがこの特約を行使して彼を取り戻すことはなかった。
しかし、ミヒャエルにとってメルセデス・ベンツとは、「いつか乗るマシン」であり、多くの人が、そうと信じた。

「メルセデス・ベンツが本当に強いチームとしてF1に復帰することになったら、そこのファーストドライバーになりたい。あのチームを引っ張れたらすごいよ。万一僕がフリーならの話だけど、あのチームに加わって、彼らとともに目標に向かって真剣に励めたら、ドイツ人としてすごく幸せだ。僕にとってそれ以上のものはないよ。ドイツ人ドライバーが、有名なドイツ・チームのカムバックをリードする・・夢みたいだね」(1993年シーズン前)

「たいていのドライバーは、自分のキャリアの最後に、締めくくりとしてフェラーリで走りたいって言うけど、僕はそういう考え方はしない。僕の場合は、フェラーリに今のうちにいっておいて、最後はマクラーレン・メルセデスでキャリアを締めくくることになると思うんだ。」
「僕は、メルセデスから多くの恩恵を受けてきた。僕はドイツ人だから、心情的にはメルセデスとは非常に近い立場にあるし、彼らがF1に力を注いでいることを高く評価している。結局のところ、いつかはメルセデスの立場となって物をみるときも来るだろう」
(1995年フェラーリ移籍発表後)

マクラーレン・メルセデスへの移籍の噂は、フェラーリ在籍中も絶えず湧き起こった。実現しなかった理由・事情はそのときどきにあるが、最大の障害は、「マクラーレン・メルセデスというチームのボスはロン・デニスであり、メルセデス・ベンツはチーム運営の主導権を持たない」ことだった、と私は思っている。

最初の移籍の機会であった1995年、ロンはハッキネンと先に契約をしており、絶対的NO.1の地位をミヒャエルに保証しなかった。これはミヒャエルにとって決して妥協できない点だった。
彼はベネトンで王様の待遇を受け、チームの力を自分に集中させる環境を、自分を欲するチームに要求した。ロン(マクラーレン)の哲学と相容れない、とは、具体的には、このことを指している。
この解釈の蓋然性は、2007年マクラーレンに移籍して問題を引き起こしたアロンソの例で、証明できると思う。

フェルナンドの犯した選択の過ちを、ミヒャエルは犯さなかった。彼は、絶対的エースの地位を保証しないチームへは決して行かなかった。

現メルセデスGPと彼との交渉過程はいずれ明らかになるだろうが、このチームは、彼から見たとき、マクラーレン・メルセデスとは大きく異なる。
・チーム運営の実質的ボスは、絶対的信頼の置けるロス・ブラウンである
・オーナーがメルセデス自身で、(昔、彼が乗る約束をした)メルセデス・チームと呼べる
・メルセデスのボスのハウグは長年付き合ってきた間柄で、問題が生じる危険は薄い

1995年、私がミヒャエルに関する情報を集めたとき、どこを見ても、「いずれメルセデスに乗る」と書いてあった。
川井君は、カメラの前で、「シューマッハは、来年、マクラーレンに行きます!」と断言した。
ミヒャエルの未来にある名は、彼を育てたドイツの雄メルセデス・ベンツで、フェラーリは影もなかった。

フェラーリ移籍後も、F1ファンの多くが、このことを覚えていたが、ハッキネンがタイトルを取った98年頃から、日本では、徐々に様相が変わっていったような気がする。
98年頃に急速に増えた「シューマッハファン」は、メルセデスとの約束を知らず、マクラーレン・メルセデスは闘う敵という認識を持った。

歳月が流れても、ドイツメディアだけは、夢を諦めなかった。彼がメルセデスに還る夢を書き続けた。執拗としか言えぬほどに。
その執念が、岩をも通したのか。
20年間に渡るドイツメディアの幻想を思い返すとき、そういう言葉が浮かぶ。

「メルセデスとミヒャエル」

<追記>

年の功で、注意してみてきた対象については、憶測報道の真偽を見分ける力がそこそこある。
19日には、99.9%呑み込んでいた。
どうしても釈然としなかった前回の騒動時とは全く違う。
上の文章をアップしたのは昼過ぎで、その後、本日午前中(欧州時間)に発表される、というニュースが出、その通り正式発表された。
Category :  自転車
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・William hillのTdF2010のオッズ

Alberto Contador 4/6
Andy Schleck 4/1
Lance Armstrong 8/1
Bradley Wiggins 14/1
Robert Gesink 16/1
Ivan Basso 20/1
Alejandro Valverde 20/1
Michael Rasmussen 25/1
Cadel Evans 28/1
Vincenzo Nibali 28/1
Denis Menchov 33/1
Andreas Kloden 33/1
Frank Schleck 33/1

1年前に見に行ったとき、2009Tdfのオッズのトップ3は上記と同じだった。
「2番目?なわけないでしょ。買い被りすぎよ」と思ったが、見る目のないのは自分であったことが、7ヵ月後判った。

翻って1年後、2010年予想としては、この3人がこの順番で順当だと思う。
「あら、こんな上位に?確かに自分も注目しているけど」が、ヘーシング。

今年は、期待されるも、第4ステージの落車でリタイアしたわけだが、あのとき、サクソバンクが、彼を見捨てて、横風区間攻撃を続け、「あとで外部からどう言われるか」とJスポ放送で言われて、いやな気分にさせられた。
それ以上に、力を使って攻撃したのに、結局無駄に終わったことに、うんざりした。
「いつの頃からか、自分は『このチームは、戦術がヘタ』というレッテルを貼っているけれど、いまだに訂正できない。昨年もどれだけぶつぶつ言ったやら。・・いや。問題は作戦ではなくて、こうやろうと目論んでも選手の力が足りなくてうまくいかない、と解釈すべきなんだろうか。う~~む」

・勝負所

序盤オランダのステージを、ひとつの勝負所とみる陣営は多い。
レディオシャック、サクソバンク共に、コンタドールを蹴落とすことができるとしたらここ、とみて、攻撃を目論んでいる。これにウィギンスが移籍したスカイが加わり、壮絶な展開になりそう。

サクソバンクは、初戦のTTをカンチェで獲りにいき、プロトンの前に陣取って、パヴェを突破しようという作戦かな。(安直な発想だが、サクソは毎度難しいことはやらない)
「どこも考えることは同じ」で、陣取り合戦になり、総合争い勢から脱落する者が出るとしたら、それは、力だけでなく、「運」を持たない者、ということになるだろう。
自分が落車しなくても、他人の落車に巻き込まれたらアウトだ。文字通り「運も実力のうち」のステージになる。(今からまじで怖い)

・コンタドール

コンタドールのコメントをいくつか見かけたが、彼は一番の競争相手としてアンディの名を挙げている。
これはまず、ランスはもはや「尊敬できない」人間で、自分が競う相手として認めない、という意思表示と解釈すべきのように思うが、アンディに対する警戒も実際にあるのかもしれない。

アンディの持つアドバンテージは「自分より2才半若い」こと、と彼は言う。
「アンディは、2年前の自分のよう」という指摘は、全くの見当違いとはいえぬだろう。2年前のコンタドールは、今ほど強くなかった。
来年、アンディがコンタドールに太刀打ちできるほど力を伸ばすと予想する人はほとんどいないし、コンタドール自身も思っていない。だが侮ってはいけない。多分、そういうことだろうと思う。

ついでにいうと、コンタドールは「ランス×、アンディ◎」という感情を、あからさまに態度で示す。
ツール2010プレゼンの会場で、席に着くとき、ランスにおざなりの握手をした次に、隣にいるアンディに対して、握手でなく、にこやかにハグしたのは笑えた。
Category :  F1
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■蘇った亡霊

ミヒャエルの復帰説は、ドイツメディアの報道に止まっているうち保留にしていたが、モンテゼモロの発言(12/18付フェラーリ公式サイト)によって、蓋然性が急速に高まった。

まず、一言。
「メルセデスとミヒャエル」の増補改訂が必要になる日が来ようとは、予想だにしなかった。

ここに書いた通り、「ミヒャエルはいつかメルセデスに乗る」夢を、私は2000年の終わりに諦めた。
叶わなかった夢として終わらせた。

それが、今になって蘇ろうとしているとは。

7月の復帰騒動のとき、私は復帰を望まなかった。拒否反応を引き起こした最大の要因は、「モンテゼモロに熱心にくどかれて」という「きっかけ」だった。
かねがね公言してきたように、私は、モンテゼモロに信を置かない。なぜなら、彼は、ミヒャエルを真実愛してはいないからだ。彼の愛の対象で最も大切なのは、未来永劫「フェラーリ」である。この尊大なイタリア貴族にいいように利用されるのは御免蒙りたい。

私が変わらぬ信頼と尊敬を置いたのは、ロスとトッドの2人だった。彼等2人は、真実、ミヒャエルを愛し、尊敬していた。そう私は思っていた。

ミヒャエルの現役復帰を私が歓迎するかといえば、今も、NOだ。
しかし、現在流布する復帰説が現実になったとき、私が受け入れることができるとすれば、その理由は、「フェラーリではなくメルセデス」であることと、「みたびロスと再会する」ことだろうと思う。

「メルセデスとミヒャエル」を読み返すと、これを書いたときの私は確かに、銀色の夢を諦めている。
「メルセデスとミヒャエルは、F1で再会することなく終る」と断定している。しかし、同時に、「銀色の夢は、幻となって遠い日の記憶の中に眠っている」という文章がある。

眠りについていた銀色の夢が、目を覚ますのか?

■復帰したがる帝王の皆様方

ワールド・フィギュアスケート40号のロシア大会の競技終了後の記者会見の記事を先日読んだら、ジェーニャの発言の中に、競技を休んで3年過ごしたら、闘いのない日々に飽き飽きした、というセリフがあった。

要するに、「帝王の皆様方は、みな同じ」である。
闘うのが本性で、闘わずにはいられないのだ。

全員、トップに君臨した状態でやめて、「これ以上やれない、己の限界を悟ってやめた」のではない。自分のやってきた競技そのものに対する深い愛情も枯渇していない。
現役の面々を見ると、「これなら、まだまだ自分が通用する」という自信を持てる。
そうすると、生来の猛烈な競争心、これを持つゆえに長きに渡りトップに君臨し続けた、並はずれた闘争本能が、疼いて、抑えきれない。

それで、3人揃って復帰、と相成ったわけである。(ミヒャエルはまだ確定ではないが)

みたところ、さっさと復帰を決めたのはランスで(最近の記事によると、08年ツールのレベルが「冗談」なくらい低すぎたから、という、毎度の傲慢発言をしたそうで)、ミヒャエルは、ランスの復帰から刺激を受けたと思う。
そう発言したという記事は読んでいないが、彼は、ツールの1ステージを走ってみたい、と言ったことがあるくらいだから、ランスの復帰には注目しただろう、という推測に無理はないと思う。
ジェーニャは、この2人とは関係がなく、偶然だろう。

帝王とか皇帝とかいった類の呼称を持った3人が、引退から3年後に復帰するのは、「不思議な一致」と言ってもいいが、3人が3人とも「3年後」というのは、「3年がタイムリミット」という見方もできるかもしれない。
それ以上過ぎると、力も衰えるし、情勢も変わる。3年だと、本人も世間も可能だと判断をして、実現する。

私は、3人全員に対し、復帰を歓迎せず、「困ったもんだ」が正直な心境だ。
しかし、こうなってしまっては、腹を括るしかない。ミヒャエルにもジェーニャにも、延々ぶつぶつ文句を言い続け、「ご自分のやりたいようにして下さい。結果は自分が被るんだから」の境地に辿りついたはずなので、「できれば見たくなかった」シーンを見ることになったとしても受け入れよう。
Category :  F1
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今年のF1は、自分が長年見ていた対象についても大きな変動のあったシーズンだったが、自分の心を揺り動かしたことが起こったとはいえない。
シーズン終了後気にかかっていた件はひとつだけ。
ルノーの去就の結論である。
発表があり、区切りがついたので、久々にF1の話を書く。

来季2010年、F1にエントリーするレーシングチームと自動車メーカーは、「15年前と似た様相」に戻る。
これが、私の頭に浮かんだことだ。

1995年にエントリーしたのは、以下の13チーム。

ベネトン・ルノー
ウィリアムズ・ルノー
フェラーリ
マクラーレン・メルセデス・ベンツ
リジェ・無限ホンダ
ジョーダン・プジョー
ザウバー・フォード
フットワーク・ハート
ティレル・ヤマハ
ミナルディ・フォード
フォルティ・フォード
パシフィック・フォード
シムテック・フォード (財政難でシーズン中に撤退。オーナー、ニック・ワース)

今年「自動車メーカーの撤退が相次いだこと」が話題になったが、撤退したホンダ・BMW・トヨタは、15年前も、F1にいなかったメーカーである。

自動車メーカーたちは、景気がいいとき、続々参入し、悪くなったら去る。
過去に関する知識をひととおり得るならば、このテーゼの蓋然性は高い、という認識に達する。

過去数年間のF1は、自動車メーカーたちと旧体制側との闘争に明け暮れた。コース上での競争とパドックでの闘争とどちらが激しいのか判らなくなるくらい。
紆余曲折があるにせよ、結末は「レースを生業にしない自動車メーカー」の負けになることは、思考力のある人は疑わなかっただろうと思う。
小倉さんの言葉を借りれば、「冷静で、広い視野と、深い洞察力と、豊かなバランス感覚」を持っている人ならば。

自分の応援する相手の勝利をひたすら望み、一つの価値観に凝り固まり、極めて狭い視野しか持たぬファンであった私が「視野を広く持つ」ことを知ったのは、中村良夫氏の著作を知った2003年以降だ。
中村氏のおかげで、その後の「大きなうねりの到来」を見越し、覚悟をもって現実を見つめることができるようになったと思う。

中村良夫氏に関して

しかしながら、同時に、私の心の奥底には、「1995年のミヒャエルに結びつくもの」に対する、理屈のない、素朴な愛着の欠片が、今も残る。
ルノーの名が来季も残ることを喜んでいる自分がいる。
小倉さんからは、モータースポーツに対する愛情を持たない人間と断罪されたフラビオも、否定しきることはできない。彼は、私にとって愛憎が入り混じった対象だ。憎んだけれども見捨て切れない。

過去に私はF1に纏わるいくつかの夢を抱いたが、その源はすべて1995年にある。2010年のF1の参戦体制は、改めてそのことを想起させた。
15年の歳月を超えて、今も存するもの、消えたもの。今もいる人、いない人。
変わったものと変わらないもの。

もはや新しい夢をみることはない私の目に、時折、昔の夢の残像が映る。
残像は、現れては消える。そのとき、少しだけ心が震える。

Mein Lieber Michael

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NHK「日米開戦を語る 海軍はなぜ過ったのか~400時間の証言より~」(12/8放送)を録画して、昨日見た。

見ている途中で、今季撤退したトヨタF1を連想した。更に頭の中では、先日読んだ「貧乏人は医者にかかるな!―医師不足が招く医療崩壊)」(永田宏)、間もなく読み終わる「「甘え」の構造 」(土居健郎)、まで、ずりずりに繋がった。

言わんとする意味は、「日本人は、戦中から現在まで、同じことを繰り返している、ということよね」

8月に放送された「400時間の証言」本編内に、NHKは、旧日本海軍の抱えた問題は、過去の話に止まらず、現在の日本を映し出している、という指摘を盛り込んでいる。自分は、この認識を以前から持っており、目新しい主張ではないから、「今更のこと」と前回はあまり気に止めなかった。
07年に、F1日本GP富士開催をインパール作戦に喩えてトヨタを罵倒したが、前回放送時は、トヨタの連想は浮かばなかった。そんな近視眼的発想を許さない番組だった。
今回繋がったのは、復習的内容なので余裕があったこと、かつたまたまトヨタF1に関してちょっと考えていた後に視聴したためだろう。

「過去の成功体験に固執し、自らの所属する組織・部署を何よりも大事にする」
日本人の持つ精神特性は、たった1世代・2世代で劇的に変化はしない。そうみなすことに妥当性はあると思う。

・・・・・・・

プロローグとエピローグで、NHKのデスクは、海軍反省会が行われた水交会(東郷会館内)にほど近い表参道の街路に立って、ナレーションをした。
あの表参道を、私は、放送の3日前、12/5に歩いた。

GPFが開催された代々木第一体育館の最寄駅は原宿である。11年ぶりに復活して話題になっている表参道のイルミネーションを見てみるか、折角ここまで来たから、と観戦終了後、足を伸ばした。
街路樹だけでなく、各ビルのディスプレイも色々工夫がされており、周囲を見回しながら進んでいくと、終着の表参道駅の近くで、戦災追悼碑に出くわした。

快楽と消費の華やかな場の「はず」の散歩の締めがこれかい、でも自分は「見つけてしまう」んだよな、と読んでみると、昭和20年5月の空襲の犠牲者の追悼、と記載してある。
そう、山の手エリアは、5月に空襲があった。追悼碑があって不思議ではない。

表参道を訪れる人々のうちのどれだけの人が、これに目を止めるだろう?と思った。
Category :  自転車
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移籍市場がほぼ落ちつき、来季の体制やスケジュールの話題をニュースで見かけるようになった。

・リクイガス

ツール後に中野さんが、ニーバリとクロイツィゲルの成長は嬉しいが、この2人に加えてバッソとペッリツォッティという4人を抱えることが、今後のチームの難しい問題になるかもしれない、とブログに記述しているのを読んだとき、ああなるほど、となった。

最近のニュースによると、来季ツールには、バッソ・ニーバリ・クロイツィゲルの3人が出るという。そしてニーバリの発言から察するに、メディアは早速、チーム内リーダー争い勃発の可能性をネタにしているらしい。

外野の身としてまず思いついたことは、「イタリアのチームで、『イタリア人でない』クロイツィゲルは、イタリア人2人に対して分が悪そうだなあ、大丈夫かなあ」

つまるところ、「力が上の選手を、チームがエースとして大事にしないと」、問題を引き起こす、と思う。もし若手がバッソより上位にきたら、チームがどう対応するか。
チームが、誰かを選んで誰かを捨てる選択をせざるをえない局面は、この世界でよくあることかと。

ニーバリのスケジュールは、春のクラシック、カリフォルニア、ツール、の予定だそうで、「アンディと同じ」になりそうな気配。

・ランス

結局、アスタナから、コンタドールを除く今年のツールのメンバー全員をラジオシャックに引き抜いた。選手たちに聞けば、夫々事情はあるのだろうが、ここまでくると、此方も「どっちらけ」る。(目が冷たくなる)

辛辣なことを言おう。
今のランスがやろうとしていることは、単に「7連覇時代そのままの繰り返し」だ。
「『USポスタル時代を再現する』ことに、何の意味があるの?『年寄りでも若い者に負けん』ことを示したいとでも?
私の目には、『昨年、コンタドールに力負けしたのが悔しくて悔しくて、どうにも我慢ならなくて、彼を叩き潰して、うさを晴らしたい、とムキになってる』だけにしか見えないな」

人間は、年齢を重ねることによって成熟していくものだ。若いときは、一途に自分の欲望を満たすことに励んでよいが、ある程度の年齢になれば、自分の勝利・成功という利己的な欲望にしがみつくのはやめるのが、「人間として成熟すること」だと思う。

ランスはまだ40才前なので、競争心・闘争心が枯れておらず、強烈なエゴに取りつかれたままであることは、致し方ない。一般世間であれば、まだ、他者と激しく競争し、競争相手を蹴落とし、成功を追い求めていていい年齢だ。
だが、自転車ロードレースというスポーツの世界では、選手寿命は一般世間より遥かに短い。自転車界においては、ランスの年齢は「老年の世代」であり、そして彼は既に巨大な成功を成し遂げている。

人間の身体能力は、一定の年齢をピークにして、下降していく。それが生物の定めであり、年をとったら、自分より若い者に身体能力で負けるのは必然だ。
この「生物の必然の現象」を受け入れず、逆おうと躍起になることは、誤りを引き起こす元になる、と思う。

加齢による身体能力の衰えは、否定することでも恥じることでもない。
生物は、生まれた瞬間から老いてゆき、やがて死ぬ。どんなに嫌悪し、逆らっても、老いと死からは逃れられない。
老化を否定し、いつまでも若くいたいという欲望(願望)は、いつの世の人々にもある。だが、現実を見据え、老いと死を必定として受け入れる心持ちが、人として行きつく果てではないか、と思っている。

年をとることによって失うものがあっても、人は、代りのものを身につける。年齢を重ねた者は、若者は持たない種類の能力を得る。そうでなくてはいけない。
ランスも、ロードバイクを走らせるスピードではコンタドールに負けても、他の面において、いくらでも優れる。
そのことに気付いて、若者たちと同じ土俵での競争からは卒業しよう、と思えばいいのにね。

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以上、非好意的なことを書いたが、昨年の敗北をバネに、トレーニングして、力を戻し、もしも、コンタドールに勝って8枚目のマイヨ・ジョーヌを獲った日には、「恐れ入りました」と言うしかない。
この人も「化け物」だった、と。

*「化け物」候補その1は、ジェーニャ。4-3を戻し、現役選手たちをビビらせた現時点で「ほぼ化け物」だが、確定は、バンクーバー五輪を制したとき。
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