南の国の太陽、空の色の獅子

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サクソバンクは、今年のブエルタに、ツールに出た一線級のメンバーを出したが、チームの優先順位1位は、デンマーク人の新鋭フグルサングの戦績だそうだ。
シュレク兄弟とカンチェの目下の狙いは世界選。アンディは、「世界選の準備でブエルタに出る」とツール終了直後から公言していた。

この世界では、選手たちはそれぞれ本命レースが違う。本命に合わせてコンディション調整をするから、ツールではエースでも、狙わないレースではアシストに回る。それで、ふと思いついた。
ツール・ド・スイス第5ステージでアンディがちぎれたことにブチブチ言ったが、今頃になって、「もしかしたら、あれは、遅れるつもりがないのに遅れたんじゃなく、遅れるつもりで遅れたの?彼の本命はTdFだから、総合争いから降りて、調子のいいカンチェに引き継ごう、と・・リアルタイムでは、そういう風には見えなかったけど・・でも、ツールが万全だったところをみると、調整でも不思議ないわけで。う~ん・・真実はどっちだったんだろ・・」

当時、調整だと判断しなかったのは、ドーフィネでコンタがやったような「判りやすい」やり方でなかったこともあると思う。
あとから考えると、あの日のサクソの作戦は、「ファビアンが行けるなら、行け。××地点で彼が行ける状況だったら、アンディは下がっていい」だったのか。
6月の他のレース、ツール・ド・ルクセンブルクはフランク、ルクセンブルク国内選手権はアンディ、と兄弟の間でも割り振りをしている。スイスは当然、カンチェが勝つのが一番いい、のだ。

こういう「見る力」(読解力)は、Jスポの放送を見ているだけだと、さっぱり向上しない。今年のツールの実況に自分がつっこみを入れたのは、ネットでの情報収集量が過去に比べて多かったから、できたことだ。TVしか見ないと、TVで言うことを真に受ける。
今思うと、昨年まで、かなりの「間違い」に気づかず、うのみにしていたのだろう。

(F1で、情報源が、地上波放送とAS+F・F速だった時代、「相当間違った認識をした」のと同じ)



1年前を思い出すと、世界選の頃からフランクがOP問題に巻きこまれ、シーズン終盤は、兄弟揃ってレースに出なかった。
ツール期間中から、フランクは標的にされていて、それが延々くすぶり、此方も相当ひやひやした。当事者はフランクだけなのだが、フランクの謹慎中、アンディも出場予定レースを全部キャンセルした。

そういう昨年に比べると、いたって平和だ。今年、ツールに関しては、ドーピング問題はもう出てこない、という。でも、この問題は、「政治」の面が強く、各国の組織間のゴタゴタで、いつ誰が挙げられるかわかったものではない。油断は禁物、安心したら、あとが恐い。

*何度考えても、フランクが「フエンテスに金を送った」のは申し開きのできない行動だった、と思う。これがお咎めなしなら、バッソだって大差あるまいに、と思ってしまう。
似たようなことをしながら、罰を受けた選手と受けなかった選手がいることが明らかだと、ほじくりかえして、足をひっぱる輩があとを断たないのは、しかたあるまい。
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自転車界のストーブリーグ報道のノリも、F1界とあまり変わらないらしい。

コンタドールの移籍先候補として名の挙がったチームは、具体的な検討を進めてはいなかったようだ。関係者から情報を得てではなく、「メディアの人間が頭の中で巡らせた話」が先行していた模様。

移籍報道にうんざりしたアスタナ側が「離脱は認めません」と公に表明したことで、昨年同様、揉めた末に結局残留になりそうな雰囲気がある。今のところは。

アンディのラジオシャック移籍の記事も、「メディアの人間の頭の中の想像」に過ぎなかった、とみなしていいように思う。
そもそもこちらは、コンタドールより「現実性に欠ける」話なのだ。
コンタドールは、アスタナを出ていきたい事情も意志も明らかになっていたが、アンディがサクソバンクを厭う事情は伝わっていない。
彼も、コンタと同じく来年まで契約がある。契約解除の違約金を負担してまでランスが彼を欲しがる理由は見当たらない。

ツール期間中にランスとアンディが会話している光景が目立った(第12ステージでの並走は、最初にTV画面に映ってから「30分後」も続いていた)ので、「すわ、ランスが誘っているのでは」と思いつき、それにアンディの少し前の発言(フランクと同じチームでしか走らない宣言)を足して、記事を創作した、ような感じがする。レキップの自転車記事のレベルを知らないので、断定はしないけれど。

ランスが、アンディを値踏みしていたことには理由が十分ある。昨年ツールに登場したばかりのアンディを、ランスは知らないからだ。
ランスは、「接する人をひきつける人間的魅力を持つ」キャラで、狙った相手をからめとるのはお手のものだが、片やアンディはといえば、一種の「ボケキャラ」らしい。互いに相手をどう見たのか、ちょっと興味をそそる。

アンディの移籍報道は、サクソバンクとの3年契約が終了する来年本格化する。
チームの居心地が今のままよければ、移籍するメリットは彼にはない。仮に、桁の違うギャラの提示がどこかからあったとしても、「金とチーム環境のどちらを選ぶか、コンタドールの例を見て考えてみて。君の選手人生は君のものだから、決めるのは君だけど」と周りがアドバイスすることを祈っておこう。

思うに、「リースとうまくいかなくなった」り、チーム状態が変わって、「チームの将来に不安が生じた」ときは、サクソを離れる可能性はある。(後者は、喩えると、05年にフェルナンドがルノー離脱を決めたケース)
「OVERCOMING」を見て判ったが、リースとうまくいかなくなったときはサクソバンクにはいられないし、チームの経営は決して楽なものではない。
自転車ロードレースのチームの基盤はかなり脆弱だ、とは最近認識したこと。

・ランスとアンディのツーショット

第12ステージのシーンは、なかなかの見ものだった。
TV画面に映った最初、並走して笑いながら会話する2人の前後に、それぞれのアシストがいる。互いにエースだからそうなる。アスタナとサクソが縦に3人ずつ並び、2列で進む。
あとの方になると、集団が固まった状態の中で、すぐ近くで護衛するアシストは後方だけで、アスタナとサクソの位置が入れ替わっていたりする。2人の大将が延々離れないので、どっちでもいいや、用は済む、ということのようで。
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■アスタナ対サクソバンク

ツール期間中、自分はどういうわけか、ブリュイネールが表彰台独占を目論んでいる、という話を、とりあわなかった。
そんな望み持つの?外野が勝手に言ってる話では?と真に受けなかった、のだが、第17ステージの録画を見直して、「この日、クレーデンが遅れるときまで、その野心を持っても不思議ないわね」と思った。

第17ステージ終了後、クレーデンを置いていったコンタドールに、ブリュイネールが文句を言った。確かに、もし4人の集団でゴールしていれば、あの日が終わった時点で、まだ、表彰台独占の皮算用はできたのだった。

全日程が終わった今言わせてもらうと、「あのときコンタドールがアタックしなかったとしても、独占はなかったわね。現実の結果が『実力相応』でしょ」

今回のツールでのライダーたちの登坂力の順列は、トータルでみると、
コンタドール>アンディ>ランス=フランク>ウィギンス=クレーデン
だったのではないか、と思う。

これにTTを足して、総合順位になる。TTが極端に弱いフランクの位置が下がり、あとはそのまま。
登坂力でアンディを上回ったのは、コンタドール1人だけだから、アスタナが表彰台を独占するのは「実力からして」無理だったのである。
仮に、第17ステージでコンタドールがアタックせず、アンディが第19ステージ終了時にクレーデンより遅れていたとしても、その後にモン・ヴァントゥーという登坂力の差が出るステージが残っている。アンディは、クレーデンをちぎって、総合順位を逆転することができただろう、という予想は妥当と思う。
(表彰台目指して、エンジン全開で登るアンディを見られただろうから、それでもよかったかも)

といっても、クレーデンが遅れたのは、第17ステージ以降で、それまではちゃんと仕事できていたので、ブリュイネールが読めなかったのは仕方なかったのかもしれない。
サクソバンク(シュレク兄弟)は、第16ステージまでアスタナに「やられっぱなし」だった。彼等が、アルプス最終日を決戦日と決め、「覚悟の大反攻」を試み、余裕ぶっこいていたブリュイネールが足元をすくわれた、といったところか。

結果は各人の実力相応、と書いたが、ふと気づいたことがある。
アスタナの3人は、チームTTで、シュレク兄弟から40秒のリードを得ている。
ランスは、それに加えて、第3ステージで、40秒取った。
ウィギンスは、チームTTで、兄弟から22秒。

最終の総合のフランクとランスの差は40秒、フランクとウィギンスの差は3秒である。

「チームTTで、こんなに負けていなかったら」、フランクは表彰台に上がれていたかもしれない?

勿論、この理屈は、成り立たない。日々の作戦は、「現実のタイム差を前提にして」立てる。タイム差が少なかったら、少ないなりの作戦でいくから、単純な引き算にはならない。

そうであるとしても、サクソバンクの視点からみたとき、チームTTで負った40秒のハンデは大きかった、と思う。
来季、この対策は、しっかり考えないといけない。

昨年、2009ツールのプレゼンテーションの頃の記述を振り返ると、サクソ側は、チームTTはうちに有利、という発言をしているが、とんだ誤算だった。
08年ツールで、チーム力最強を誇ったので、奢りがあったのではないか、といいたくなる。

当時の自分は、09年はアスタナが戻ってきて、他方、サクソバンク自身の戦力には、08年より向上する要素がないことを懸念していた。
マイヨ・ジョーヌを取ったサストレが抜けた穴はそのままだ。つまり、山岳での戦力が1人減って、アシストとして働けるのが1人だけになることを意味する。ツール要員として目立った補強がみられないのは、スポンサー(CSC)撤退で、予算上の余裕がない事情もあるのでは?総合力で08年より落ちない布陣を組めるのか、はなはだ覚束なかった。

自分は昨年来、シュレク兄弟が束になってかかっても、コンタドールには勝てる気がしない、と書いてきた。この見立ては当たっていた。
但し、別の見方をすれば、「昨年同様に、コンタドールがいなかったなら」、アンディは、今年マイヨ・ジョーヌを取れていた、のだった。
彼は、ランスより強かった。彼が負けた相手は、コンタドールだけだった。

リースと、チームのスタッフそして選手たちが、本心では、今年どの程度の戦績を挙げられると見こんでいたのかは定かでない。アンディにどれくらいの期待をしていたのかも。
アンディ自身は、結果に十分満足している風情だ。最終日のチームバスの中はジョークと笑い声で、ディナーも同様だったらしい。(アルヴェセンがTwitterに書いた「アンディのスピーチ」はなんだったのやら。大ウケした、という解釈でいいのかな?素晴らしいジョークをかましたとか・・)

マイヨ・ジョーヌを手に入れたが、チーム全員でそれを心から祝うことをしなかったアスタナのディナーの光景と比べて、どちらが幸せといえるのかねぇ?というセリフがふと浮かぶ。

09年ツールの主役はアスタナで、このチームがツールを支配したことは間違いない。但し、チームの構成員たちの幸福の度合は、それとはまた別の話だろう。
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■下りの技能

cycle sports9月号のツール特集の中に、レキップが、ツール期間中に、参加チームの監督たちに、「ダウンヒルが得意な選手・不得意な選手」の投票をやってもらった、という記事があった。
誰だろうと読み進むと、不得意な選手の2位が、フランクだった。

フランクは下りが不得手、という評価は、昨年ツール・ド・スイスで崖下に転落したイメージの影響が大きい?とも思っていたが、今年のTdF第17ステージで、イメージだけではない、と判った。
ロメ峠の下りで、アンディが引くと、フランクが離れてしまう。アンディが後ろを見、そのあと、隊列が元に戻る。兄がついてこられないから緩めたとしかみえない。

コロンビエールの下りもアンディが全部引いたのは、フランクに任せるとタイムを稼げないので、自分が引き倒そうと決めた、という推測が正しいように思える。
Jスポ実況で言っていたように、普通に考えれば、エースのアンディの体力温存のため、アシスト役の兄さんが引いていい場面だ。だがアンディが下りの前に「僕が引く」とフランクに言い、兄が従ったのは、2人の間では意志がしっかり通じて納得の上のことだったのだろう。

第17ステージで、下りの速さを見せたのは、ニバリだった。ランスにおいついてしまう速さには恐れ入った。
ランスの下りは決して遅くない。ジロで、ライプハイマーのアシストに回ったランスが、彼を引いて下ったら、ライプハイマーがついてこられなくなるシーンがあった。
あのとき、「ライプハイマーは下りが下手」と判り、グランツールを闘う上の弱点になるな、と思った。

尚、下りが速いという技能は、なかなか魅力的にみえるもので、実は、ルイスレオンは、私の隠れ気に入りである。

■リクイガスの若手2人

自分が注意を払ったリクイガスの若い2人のうち、ニバリは、登りで上位陣によくついてきた。
最終盤には振り切られるとはいえ。

クルイジガーは、今回いまいちだった。ツール・ド・スイスは悪くなかったのに、コンディションを本命レースにきっちり合わせることの重要性を改めて思う。

愛嬌がないのは、表彰台だけでなく、記者に対してもそうらしい。そういう彼の笑顔を、ツール後のクラシカ・サン・セバスチャンの表彰式で見て、ちょっとほっとした。笑うとやっぱり若い。

この2人は、同じ世代にアンディがいるおかげで、マイヨ・ブランが手に入らない。ニバリは、第16ステージ終了時に25秒差の2位だったので、取る希望を持っていたが、翌日、シュレク兄弟のアスタナに対する全力攻撃の影であえなく潰えた。
2人とも、TTはアンディに優るはずなのに(第1ステージで勝っている)、第18ステージで2人揃ってアンディに遅れたのは、能力よりモチベーション(体調含む)の問題だろうと思った。
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ときどき会う友人たちのグループがあって、中心はランチとおしゃべりだが、何かのイベントを作るようにしている。今度はどこに行く?となったとき、国会議事堂の見学、というプランが出た。
東京育ちの自分ともう1人は、子供の頃、学校の社会科見学で行っているが、関西出身の2人は、機会がなかったというので、それでは、となった。

自分が見学の方法を調べ、先導したのだが、行ってみると、一番、吃驚・興奮したのは、自分であった。

こんなに豪華な近代建築が、日本にあったのか。
近代建築(明治~昭和戦前の洋風建築)に少し興味があるので、都内の有名なものには機会をみつけて出掛けているが、今までここを見落としていたのは、迂闊だった。盲点というか、灯台下暗しというか。

設計・施工は大正時代で、外観のデザインは魅力に欠けるが(見落としたのは、このせいもある)、内部は、当時の国力を結集して作ったことを十分伺わせる。
案内によると、材料はすべて国産で、全国から集めた、という。そりゃそうだよな、と納得する。

議場にしろ廊下にしろ、TVのニュース番組でよく見るので、ことさらのものと思っていなかったが、実物の中を歩くと、TVで見る印象とは違う。
ヨーロッパに行けば、この程度の宮殿・公共施設はゴロゴロあるが、日本には存在しない、と今まで思っていた。ここにあったんだなあ。

また、自分が興奮する歴史的建造物が、日常的に使用され、多数の人々が勤務しているさまを、面白く感じた。
ずらりと並んだ高い扉の横には各党の名が記してある。我々が廊下を歩いている間に、扉がときどき開いて、部屋の中がちらりと見える。
インフルエンザ対策室、という臨時の看板を出した部屋の扉は開いたままで、多数の人が詰めていた。

見学コースは、参観ロビー→本会議場傍聴席→御休所→皇族室→中央広間→前庭で、永田町駅側の参観入口とは反対側の正門から退出する。所要約1時間。

社会科見学で行った子供の頃と、大人になってからでは、見え方が全然違うので、十分楽しめる。行ったことのない人は、一度行って損はない、とお薦めできる見学だと思った。

ちなみに、お勧めできる「都内の近代建築見学」は、、他に、「日本銀行」と「国際こども図書館」。
見学ツアーで、建造物と、現在の業務の説明をしてくれる。
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シュレク兄弟の話が「物語」(連載小説)になるのは、「2人の関係が、時と共に変化」してゆき、その経緯が興味をひくから、である。

この兄弟は、弟が、兄より、ステージレーサーとして優れた才能を授かった。5才の年齢差があるため、最初のうちは、兄の方が力がある。でも、時が経つと共に、弟が強くなり、兄に追いつき、やがて追い越す定めにあった。

08年、2人は初めて揃ってツールに出場した。兄が3回目、弟が初参戦のこの年は、まだ、兄は弟に負けていなかった。
経験不足から、ハンガーノックというミスを犯した弟は、総合争いから脱落し、以後、アシスト役に回った。
けれども、アルプスの登りで、最も強いのは彼ではないか?とさえ思わせる脚をみせたのは弟だった。
弟の強力なアシストに支えられ、マイヨ・ジョーヌを2日間着た兄は、「いつかお前がツールで勝つ。そのときは俺がアシストする」と弟に言った、と伝えられた。
最終の総合順位は、兄6位、弟12位。

2年目。リースは、弟に、エースナンバーを与えた。
ツール直前の国内選手権で、兄は、弟をアシストして、勝たせた。前年、弟のアシストを得て勝った兄は、今年エースとしてツールに出る弟に、ナショナルチャンピオンジャージを着せて走らせてやりたかったのだろう。

但し、おそらく、リースは、昨年と同様の体制でいく、つまり、誰でトップを狙うかは状況次第だ、という方針を伝えていたのだろうと思う。昨年の序盤にリースは、「うちにはカードが3枚ある」という発言をし、サストレと限定しなかった。
だから、兄は、弟を支えて走る心積もりを持ちつつ、自分の総合順位を犠牲にするアシストは、しなかった。「2人ともに順位を上げる」ことを目指したのだ。

全日程が終了したとき、弟が兄を完全に追い越したことが、誰の目にも判った。
弟は、ミスを犯さず、全日を通して安定した強さをみせつけた。第17ステージは、2人で力を合わせ、一緒にゴールまで行かれたが、兄が弟のスピードについていかれたのは、あのステージだけだった。
2人の抱いた「一緒にパリの表彰台に立つ」夢は、モン・ヴァントゥーでの弟の懸命なアシストの甲斐なく、叶わなかった。
最終の総合順位は、兄5位、弟2位。



■この先の物語がどうなるか?

モン・ヴァントゥーで、アンディが、勝利を目指さず、兄を表彰台に引き上げるためのレースをしたことに対して、一部に、批判意見があったらしい。(海外のファンのブログの記載によれば)
ガゼッタの記者も、アンディに向って、「フランクのためのレースをしなかったら、勝てたよね。後悔はない?」という質問をしている。

確かに、あの日、アンディが、フランクのアシストを諦め、ステージ優勝狙いに切り替えていたら、勝てた可能性が高かったと思う。
ガラテたちに追いつく力は十分あったようにみえたし、コンタドールは、ステージ優勝を狙わなかっただろう。
コンタは、総合リーダーの定石通り、総合2位のアンディの後ろにべったりはりついて登った。最後にアンディを抜く力を持っていても、全く引かないで登った以上、総合王者として、ステージはアンディに譲ったのではないか。

「フランクがいなかったら、僕はここにいない」で始まるアンディの返答は、彼が精神的に兄に依存している印象を、読み手の多数に与えたかもしれない。
兄の側は、弟を支配しているつもりはないのだが、弟は影響下にいる。いわゆるマザコンの兄弟ヴァージョンだ。
この解釈は、多分間違っていないが、モン・ヴァントゥーについては、少し「付け足し」をしたい。

チームは必ず、あらかじめ、その日の作戦を立てて、レースに臨む。モン・ヴァントゥーで、アンディがフランクの総合順位引き上げのために働いたのは、リースが指示した作戦であり、アンディが個人の判断で行なったものではなかった、とみなすものと思う。
アンディは、ステージ優勝を捨てたかもしれぬが、総合順位を、兄のために犠牲にしたわけではない。「アンディ総合2位キープ+フランク3位目標」は、「チームの方針として」十分ありなのだ。

だから、まず「チームオーダーありき」で、それが兄弟の個人的願望と一致していたため、あたかもアンディの兄への執着ゆえの自己犠牲に見えた、というのが、あの日の解釈の正解だろうと思う。
もしも、リースが、「ステージを取るんだ!行け!」と指示を出していたら、アンディがそれに従わず、フランクから離れなかったとは考え難い。
(オーダー無視だったら、けっこうな問題になる)


アンディのブラザー・コンプレックスは、彼の選手としての成長の妨げになるだろうか。

現時点では、悪い方向を考えなくてもいいと思う。
上に書いたように、彼は、兄に囚われて自分の戦績を損ねることはしていない。リースはそうさせてはいないし、なにより、フランクが望まない。

世界のトップレベルのスポーツでは、心の支えになる人に傍にいてもらうことが、選手のメンタル面にプラスに働くことが、ジャンルを超えて共通して見られる。
厳しい競争の世界で、1人で戦っていくのは、強い人間でも辛くなるときがある。そういうとき支えになるのは、信頼と愛情で結ばれた家族であるケースが多い。
そのことを思い出せば、兄が同じチームにいて、「一緒に暮して、一緒にレースをして、一緒にトレーニングする」ことは、プラスになりこそすれ、マイナスではあるまい。

今の彼はおそらく、自分が兄を超えて、大きくなっていくのを自覚していく途上だ。
見分けがつかないほどうりふたつといわれた外見は、少し違ってきた。足は、自分の方が大きくなって、兄のシューズは履けなくなった。ファンから兄と間違えられ、兄のサインを覚えて、兄になりすまして兄の名を書いていた頃のままではないことに、少しずつ気づいている。

この先、兄との力の差は開いてゆき、否応なしに、兄を置いて、先に行かねばならなくなる。そのとき、1人で先に行くことが、兄の望みであることを、彼も知っていると思う。
今年のモン・ヴァントゥーでしたように、何度も振り返って兄を待つことは、多分二度とない。
そうなることが、彼と彼の一家にとっての幸せだろうと思う。彼がいつかパリでマイヨ・ジョーヌを着ることが、シュレク家の人々の夢なのだから。
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■2009年ツールとは

世間一般からみれば、今年のツールの最大の話題は、ランスの復帰であり、対決構造は、コンタドール対ランスだった。

が、見方というのは色々あるもの。

・「シュレク兄弟ストーリー 第2章」

私個人にとっては、今年のツールは、100%、「シュレク兄弟ストーリー」だった。

昨年(1年目)から続いている物語だから、「シュレク兄弟ストーリー 第2章」と呼ぶのが正確だろう。
来季以降も続いていくわけで、どういう展開になるか、待ち遠しい。
喩えれば、連載小説の次回の掲載を待っているようなもの。楽しいことこの上ない。

私の目からみれば、ランスもコンタも脇役のひとりで、主役は、アンディ・シュレクである。

・未来を担う者

別の観点。

「表彰台に子供を連れて来る選手をあまり見なかったな。一時期、ゾロゾロ見た記憶があるが」
理由のひとつに思い当たった。
若い選手が多くなった、のである。

05年にランスが引退した後、ツールには、一言でいって、「スター」がいなくなった。
06年、ランス後の主役になると思われたウルリッヒ、バッソ、ヴィノクロフが全員まとめてドーピング問題で出場できなくなった。ドーピング問題の嵐は07年も続き、08年の総合優勝争いの顔ぶれには、華やかさが全くなかった。
期待されたスペインのスター、バルベルデは、グラン・ツールで成功する資質を欠くことを露呈したし、イタリアの期待のクネゴも同様だった。

そして、ヴィランクも、ジャラベールも、もういない。彼等に代わる選手も出てこない。「そして誰もいなくなった」と言う人がいたとしても、異は唱えない。

昨年までのツールは、F1の状態とどこか似ている。F1もまた、時代を支配した絶対王者が去った後の群雄割拠で、昨年は、チャンピオン候補者たちが自滅を連発したため、低レベルのタイトル争いと評された。

今年のツールは、低迷に終止符を打つ転換点になるかもしれない。
確かに話題の中心はランスだった。彼の復帰が、世間とメディアの注目を集め、活気と集客増をもたらしたのは間違いない。
しかし、王者の座についたのは、コンタドールだった。

もしかしたら、ランスは、06~08年のツールを見て、自分が怖れるに足る相手は存在しない、と思ったのかもしれない。自分が復帰すれば、また勝てる。そう考えたとしても、不思議ではない。
ランスの野望を打ち砕いたコンタドールが、ランスの座を継ぐ者になる可能性を否定する理由はない。ランスは、コンタドールの資質を、見誤ったのか。

同時に、ランスの誤算が、ツールの復活と新しい王を生むとしたら、やはり彼は偉大だった、という見方も成立しよう。
彼は、7連覇時代に王者のまま引退し、後継者を残さなかった。今再び舞台に戻り、次の世代と闘って、彼等に負けて、主役の座を譲って去るなら、それもまた、王として相応しい。

彼が再び王座を取り返したら?・・それができたなら、改めて、彼を賞賛しよう。これまで幾度となくしてきたように、言葉を尽くして。

けれども、今年の表彰台が、ツールの未来を示していることを、今は願う。
26才のコンタドールの次の段に立ったのは、24才のアンディだった。

コンタドールが競う相手が、ランスではなく、アンディになる時代の到来を待とう。
未来は常に、若者の手にあるのだから。
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自分の贔屓は、ほとんどが、一等強い人(チャンピオンクラス)で、「対象の選択そのものは、実にありきたり」だが、「見方」が、マジョリティーと大きくズレる場面が少なくない。

今回のミヒャエルの復帰を巡る一連の騒ぎには、「ドン引き」した。

全く想定しなかった事態に拒絶反応を起こしたのか、「カン」がまだ残っていて、キャンセルになる予感があったのか(7月初めに珍しくも彼を夢にみて、なんだろうと気になった)、世間の歓迎一色ぶりに気持ち悪さを感じたのか、どれが一番強かったのかは判らない。

そして、このことを記す。
復帰断念の記者会見の記事を読んだとき、99年の記憶が、頭の中でフラッシュバックした。

あの年の事故の後、復帰のための1回目のムジェロでのテストでは、調子は良好で、見通しは楽観的だった。だが、イタリアGPでの復帰の期待が高まった中での2度目のテスト(GP前恒例のモンツァ合同テスト)で、「痛くて走れない」と断念を発表した。

力のない瞳と、右足を引き摺って歩く姿を見たときの、身を切られるような思いは、10年の歳月が流れた今も、昨日のことのように蘇る。

その2ヵ月後、彼はマレーシアGPに復帰した。モンテゼモロからの、チームに対する義務の遂行の要求に、抗えなかったからだ。

7年後、06年の引退について、「本人は引退したくなかった。モンテゼモロに引退に追い込まれた」という解釈が、現在世間で広まりつつあるらしい。
当時から、この説はあったが、支配的とはいえなかった。
フェラーリ(モンテゼモロ)とミヒャエルの利害が反して対立する構図は、両方を支持する世間のマジョリティーには、「都合が」悪い。
不都合な事実を認めることを拒否し、「美しい話」として終わらせたがった人が多かった。

私は、イタリアGPのレース終了後、ミヒャエルが記者会見で喋る前に、彼の名のない来季のドライバーラインナップを記したプレスリリースを大急ぎで配布したフェラーリを、許さなかった。
95年にフェラーリへの移籍が決まったときから消え去ることはなかった自分の不信は、杞憂ではなかった。11年後、私が怖れたシーンは現実になった。

ヴァレンシアでの復帰消滅後、将来の復帰の可能性を述べるモンテゼモロの発言は、99年の地獄を、私に思い起こさせる。
私にとっては、「すべて終わった」から、この先に、再び地獄はないことが判っていても、傷跡に触れられると、身がすくみそうになる。
忘れ去ることができるならそうしたい、「地獄の季節」の記憶だ。
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■「OVERCOMING」

Jスポで放映。
今まで敢えて見なかったのは、「自転車に手を広げるのはマズい」と思っていたため。
F1を見ている間はダメ。TV放送がバッティングする日があるし、録画を始めた日には、収拾がつかなくなる。フィギュアスケートを20年、F1を17年分録画していると、ジャンルを増やしたくない。熱を上げるのは一時期だけで、そのうち飽きるだろう、とも思った。

・・が、やばい。
嵌りそう。こんなの見ちゃうと。

リースに対する興味が一気に増大。
チームの運営についても。
そして勿論、諸々の人間像、人間関係。

いかん。
なにせ、フェルナンドがまだ現役なのだ。
コンタドールと組む話には、現役やめてるのかと勘違いしそうになったが、まだ走っているのであった。(我ながら、この言い方も凄い)

いま彼がどのチームに行きたいかは知っているし、そのチームに関する自分の積年の思念の一筋縄ではいかないネガティブさが、ことを面倒にしている。
彼さえいなくなれば、F1見るのをすっぱりやめられそうな気がするが、彼がいる限りは多分できないだろう。

■表彰台の風景

「OVERCOMING」の、04年ツールの総合の表彰台でのランスとバッソが親しげにしているシーンに、「ああそうだった。和やかだったなあ。それにひきかえ、今年の表彰台の寒々しかったこと」。

見直して、「・・これはひどい。」
コンタドールとランスがえらくそっけなく握手した記憶があったが、ランスは、なんと、「サングラスをかけて」、1位と2位の2人に挨拶にいっている。
おいおい。サングラスして行くか?ないでしょ、それは。
「コンタを真正面から祝福したくなかった」・・という解釈しか出てこないぞ。

コンタドールも、ランスをほとんど見ず、すぐ目線をよそにそらす。互いに「顔も見たくない」ということか。アンディには、腕を回し、笑顔で親しげに挨拶したのに。
グラサンのランスに挨拶されたアンディはといえば、平然とランスに「にっこり」を返す。

こうしてみると、ランス、おとなげない、なんてもんじゃない。
この後、チームの夕食会に出ず、ラジオシャックの集まりに出ていた話といい、「伝説の帝王と言われたスーパースターがやることじゃないわね。若い子を相手にしてさぁ」

06年モナコの予選で、ラスカスに止めて、フェルナンドからPPを横取りしようとした王様の「せこさ」に通じるような。やはり似たものを感じる、この2人からは。

どれほどの実績を積み重ね、輝かしい名声を得ても、生来の「傲慢なエゴ」は消えない、といえばいいか。

ランスの表彰台の映像が、もうひとつ手元に残っていた。05年、7連覇目、最後と決めた年だ。
彼は、バッソとウルリッヒの2人と親しげに称え合っている。

私は、今年のような、「満足していないランスの顔」をシャンゼリゼの表彰台で見たことが、過去になかったのだろう。

それゆえに、そこに、7連覇時代と同じモチベーションを、彼が再び抱いていることを見出して、改めて、この人が特別であることを知る。

・付記
国歌演奏の間違いの件。
コンタドールは、スペイン国歌をかけてもらえなくて、当惑した顔をしている。
そして、スピーチのマイクを手渡しにきたイノーに、なにやら話をする。このとき、「今の、スペイン国歌じゃないよ」と話したと思われる。
次のチーム表彰のときに、かけ直してもらい、顔がぱっと明るくなった。「うん、そう、これ!」
彼には災難だった。
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■「伊勢神宮と神々の美術」 (東京国立博物館)

「伊勢神宮は、正殿を、20年ごとに建て替える」と知ったときの驚きを、今も覚えている。

目から鱗も鱗、であった。
自分の頭の中では、お寺さんとお宮さん(この呼び方は、京都で身についた)はいっしょくただった。両方とも、古い。そして、いにしえのものを大事に保存して今に伝える存在。そう理解していた。
社寺仏閣、という言葉もある。仏像や庭園など見所の多いお寺に比べ、神社は、見る所があまりないが、拝観料をとらないし、そういうもんなんでしょ、と深く考えることなく能天気にずっと過ごしていた。

伊勢神宮って、ものすごく由緒のある神社よね。古い建物を保存せず、たったの20年で壊して、新しいものに建て替える?なにそれ?
カルチャーショックに近い。

伊勢神宮には、名古屋に住んでいた中学か高校の頃、母親に連れられて一度行った。覚えているのは、川があったことぐらいだ。建物については記憶がない。素晴らしいといった印象がなかったのだろう。
母は、式年遷宮を知っていたはずだが、とりたてて説明はしてくれなかったらしい。
おかげで自分は、その後、数10年、式年遷宮を知らずにいた。

東博の特別展の年間予定を眺めたとき、2013年に行なわれる第62回式年遷宮を記念する展覧会が開かれることを知った。
ちょうどいい機会だから、知識を少し仕入れた上で展覧会へ行くか、と思った。

 

「なぜ20年で造り替えるのか?」という疑問に対する答は、単に伊勢神道の解釈に留まらず、日本人の持つ世界観、宗教・思想という観点に広がっていく。
これからぼちぼち手をつけていきたい分野である。



展覧会では、古文書や出土品等のパートは流し見で、昭和に造られた神宝の数々に、目を奪われた。

遷宮では、正殿のみならず、神宝・装束すべてを造り替える。以前は、前の神宝は、埋めたり焼却して残さなかったが、昭和以降は、保存しているのだそうだ。

煌びやかで豪華な御太刀から始まって、装束、木工の箱に入れた様々な調度品、弓矢や琴、鞍、どれもなんと美しいこと。

精緻で優美な工芸の品々を見たとき、「20年ごとに新しくして、常に若々しく、美しいまま保つ」ことの意義が判った気がした。

博物館の展示品を見るとき、此方の頭の隅には、「古いものほど価値がある」という先入観がある。
古くなればなるだけ今に残るのが稀少だし、歴史的知識を伝える資料になるからだ。
しかし、「モノ」ではなく、「技術」を後世に伝えていく、というのは理に叶っている。
モノは、どれほど堅固に造ろうとも、経年によって劣化し、いつか滅ぶ。同じモノを造る技術を、人から人へと受け継いでいけば、いつまでも生み出すことができる。神道の考え方で言えば、「生まれ変わり、永遠の命を引き継ぐ」ことができる。

最後のパートは、神像彫刻で、伊勢神宮以外の神社が所蔵する、名高いものが並んでいた。
伊勢神宮の展覧会で、これらが出品されるのは少々意外だ。これだけのレベルが東京に揃うのも珍しいのでは?と思った。
(個人的趣味をいえば、神像に興味はなく、今回のダントツは、昭和の神宝であった)

■狂言公演

本館の特集陳列の狂言の面・装束に関連して、狂言の公演があり、申し込んでおいたら当選したので行った。
狂言を見るのは久々である。かつて国立能楽堂に数回行ったが、その頃は歌舞伎を、能・狂言より面白く感じて、歌舞伎座に通った。黙阿弥が好き、という趣味で、一言でいうと、若かった。
ただ当時から、謡の「声」に、魅せられた。自分が男だったら、謡を習ってみたい、女の声が恨めしい、と思ったものだ。

最初に登場した山本東次郎さんの声に、「あ、そうだ。これだ」と思い出した。
その他の若い出演者たちとは別格の声質である。なので、解説で、一転して「きゃらきゃらきゃら」とお話されたのに、「ほえ?」。
最後に一曲舞って下さったときには、声も顔つきも変わり、舞い終わった途端、また、きゃらきゃらとご挨拶。
その落差の強烈さが、今回最も印象的だった。
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■犠牲

何を今更と自分で思うが、今年のツールを見ていたあるとき、ふいに、アシストの仕事に、胸が痛くなりそうになった。

サクソバンクは、アルプスステージで、高速レースにして、ライバルたちを疲弊させ、振い落すことを狙った。
昨年やったのと同じ作戦だが、今年、昨年と違ったのは、アシストの要であるアルヴェセンとフォイクトの2人を決戦前に失ったことだった。2人を欠いたことで、残ったアシストたちの負担は重くなった。

カンチェは、非常に力のある選手で、自分が取る(勝つ)ステージは取り、あとのステージでは、チームのための仕事を、自分の能力に見合う分請負う、と割りきっていることが判っている。だから、彼が自分の担当区間を引きおえて、ガクンとスピードを落として下がっていくのは、いかにも「今日のお仕事終わり」で、悲愴感はない。
どうも、ダブルソレンセンが、「苦しいです」という顔をして引き続けるのが、自分の神経にいけなかったらしい。

アルヴェセンとフォイクトが抜けた穴を埋めるのは容易でない。ソレンセンは、今年のツールで彼がやる予定だった仕事以上の仕事を担わされた。でも、自分がやらにゃ誰がやる、の気力で頑張りぬいた、ようにみえた。

スプリンターのエースを持つチームが、ゴール前でトレインを組み、一人ずつ切り離していくのは、「技術的」なチームワークを感じさせ、アシストが「犠牲になる」感じは、あまり受けない。
アシストたちも、エースが勝利すると、まもなくゴールして、手を挙げて喜ぶシーンを度々見るせいもあろう。

でも、ゴール前の短い距離でなく、レース全体を支配することを目的にアシストを使う作戦の場合、アシストは、ゴールから遥か前に、力を使い果たして切れる。

「彼方のゴール目指してチームのエースを運んでいき、自分は半ばで落ちる」アシストに、自分は、「八甲田山 死の彷徨」(新田次郎)の中の描写を連想した。
遭難した青森歩兵第5聯隊の兵卒たちは、隊の一番上の上官である山田少佐を死なせたら、この隊が終わり、という認識を持っていたがため、歩けなくなった少佐を背負って進み、背負った兵が力尽きて倒れると、別の兵が代って少佐を背負い、前へ進んだ。そのようにして少佐は部下に運ばれて生還したが、少佐を運んで雪原に倒れた兵たちは、そのまま二度と立ち上がることはなく、凍死した。・・という箇所だ。

ツールでは、アシストたちは、死ぬわけでもなければ、切れた後、翌日に備えて、マイペースでゴールに辿りつく。だから悲愴に感じる必要はない、のだが、自転車ロードレースは、「100%純粋なチーム戦」ではなく、「別の面から見ると、個人戦」という、奇妙な競技だ。

レースで勝者として名を呼ばれるのは、選手個人であり、チームではないのだ。エースが勝っても、アシストには、勝者の名は与えられない。欠片も。
アシストの働きをカウントする公式の評価があるわけでもない。

この面をみるならば、間違いなく、アシストは、エースの犠牲になる。
「それが当り前」の世界なのだ。

自転車ロードレースという世界を知るにつれ、この世界の独特さに気づき、感じ入るときがある。これまで、いくつかの競技に興味を持ち、見てきたが、他では全く見たことのない性質が、この世界にはある。
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■予想と結果

ツール直前と期間中に自分が書いた文章を読み返し、アンディに対する期待のあまりの低さに、大笑い。

だけど、本当に、こう思ってたんだよなあ。
本人も、周りはマイヨ・ジョーヌを期待するけれど、自分にはまだ早い、今年の目標は総合5位以内、なんて謙虚な発言していたし、2位なんて、全然考えなかった。

そういう事前予想だったから、リアルタイムでは、お腹一杯の満足をした。
第17ステージは、「このステージひとつあれば、このあとどういう展開になって、最終順位がどうであろうと、私はいい」くらい満たされた。

ところが、終了してまださして日が経たないうちに、「今後、コンタドールに対抗できるのやら」と愚痴をぶつぶつ。
おいおい、「コンタド-ルに対抗できるなんて思っていない」と書いたのは誰。

ツール期間中はそうだったが、2位になっちゃったから、目指すものはもう1位しか残っていないのである。2位になったら、次は1位を期待するのは自然な心理。
となると、高い壁があることにう~~むとなる、と。

頭を整理して、原点に立ち帰れば、昨年、「いつかマイヨ・ジョーヌ」だったのだから、腰を据えて待つのが、適切なスタンスかと。
来年は、まだ、マイヨ・ブランを着られる(来年が最後)。年若くして1位を取ると、騒がれてヒーローになるけど、その先に困難を背負うケースもあるし、気を長くもった方がよい。
待つのは慣れているし。(・・そういえば、自分は、「4年待つ」のが恒例だったが、まさか今回、そのパターンということはない、よな・・)
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■幸せな弟

コンタドールの境遇から、「アンディちゃん」の境遇へ目を移すと、その落差に、一瞬唖然としそうになる。

これだけ幸せだと、逆境で此畜生と頑張ってるコンタドールにかなうわけないよなあ。闘争心のレベルが違うわ。
でも、兄と一緒に走るという環境は、彼自身が積極的に選んだわけじゃなく、自然の流れの結果。そういう星の下に生まれたということで、兄弟仲良く一緒に走るのが彼の幸せなら、ツールで万年2位で終わっても、それはそれでいいのかなあ。

話が飛躍していると自分でも思うが、競技の世界で大きな成功を得る得ないは、選手のパーソナリティにかかるところが大きい。
技術の才能のレベルだけで将来の見こみを測ると、外れるケースがある。

F1でいうと、ライコネンがその例で、彼は「生まれ持った運転の才能」はピカ一であっても、パーソナリティの面で、F1のトップに君臨するに必要な資質には欠けていた、と思う。
彼を、ミヒャエルのNEXT、次世代のトップになるドライバー、と評価した人々は、その点を見落とした。私から言わせると、「節穴」というわけだ。

アンディは、才能は兄より上、と早くからいわれたのだそうだ。CSCに入るまで苦労した兄と違って、あっさりリースに見こまれて契約し、兄とチームの保護の下でトントン拍子でここまできた。

今年のツール総合2位という成績は、「彼の上には、もはや1人しかいない」ことを指している。これは掛け値なしとみていい。
ただ問題は、その1人が、かつてのランスみたいに山岳・TTともにべらぼうに強く、まだ若く、野心を持ち、この先何連覇もするんじゃない?といいたくなりそうな選手であること。

二皮か三皮剥ける、どころか、「化けない」と、とてもじゃないが、コンタド-ルに対抗できそうにみえない。
登坂力はどうにかなるかもしれぬが、問題はTTだ。あの長身痩躯じゃ、鍛えても限界ありそうだし、TT鍛えたら今度は山登れなくなった、では困る。
でも、コンタドールも、もともとクライマーで、なぜにあんなにTTが速くなれたのか、理解不能だ。根性と努力でなんとかなるものなんだろうか。(う~む)

気を取り直せば、コンタドールも、2年前は、こんなに強くなるとは予想しなかったので、アンディも伸び代があると思って、悲観的にならないようにしよう。
とりあえずは、自分もマイヨ・ジョーヌが欲しい、強くなってコンタドールに勝ちたい、という強い意欲を持つかどうか。
今の彼は、脚力だけでなく、「絶対に勝ちたい」という意志で、コンタドールに負けている、と思うので。

自分は、昨年の北京五輪での彼の悔しがりぶりを見て、見込みがあるのでは、と感じた。あの負けん気が本物で、持ち続けることができたら、希望を持ってもいい。

といっても、「天然」「のほほん」「お兄ちゃん大好きっ子」で終わるなら、それはそれ。
「ガツガツ」していない人は、いつまでたってもガツガツしないケースは多い。「才能だけじゃ一番上までは行かれない」のは、いずこも同じ。



■TTの出来

TTの出来を昨年と比べてみた。

2008年
第4ステージ (29.5km)  20位 1位との差 1:29
第20ステージ (53km)  30位         4:02

2009年
第1ステージ (15.5km)  18位        1:00
第18ステージ (40.5km)  21位        1:44

順位をみると、あまり変わり映えしないが、今年の第18ステージの出来はよかった。
第1ステージの2.6倍の距離だから、同じ比率で計算すると、トップから、2:36遅れでもよかった。

比較対象を昨年の第20ステ-ジにすると、断然よい。

今年の数値を、ランスと比べてみる。
ランスは第1ステージで10位、アンディより20秒速かった。
第18ステ-ジを同じ比率で計算すると、アンディから52秒奪える。
第17ステージ終了時、2人の差は1:29。ランス側からみれば、キャッチして、最終的に逆転する可能性が残っているかいないか、微妙な数字だったのではないかと思う。アンディ側からみれば、此方の出来が少し悪ければ危ない。

ランスの第18ステージの結果は、16位、1位との差は1:29。
第1ステージを基準にした同率計算では1:44になるから、「ものすごく出来が悪かった」ことにはならない。

2人の差が15秒しか縮まらなかったのは、ランスの出来が悪かったというより、アンディの出来がよかったのである。

昨年の第20ステージを振り返ってみるに、昨年の彼は、チームがマイヨ・ジョーヌを取るためのアシストをすることが自分の仕事と思い、自分の総合順位は基本的に気にしていなかった。
2度目のTTで彼が目標にしたのは、(折角着ている)マイヨ・ブランを守ることで、具体的には、2位にいるクルイジガーに対するリードを守ることだった。

中間計測の数値を見ると、彼は「このペースでいけば、ぎりぎりなんとかセーフ」で通過し、多すぎるリードも残さず、でもマイヨブランを守るには足りるタイムで、ゴールしている。
だから、余力を全く残さない全力だったとは限らない、という推測は可能だ。

TTは、モチベーションが、けっこうものをいう、と聞いたことがある。
昨年のサストレは、第4ステージは、28位、トップから1:43遅れで、なんとアンディより遅い。
そのため、2回目のTTで、エヴァンスに逆転されるのではないか、という予想も多かった。他方、目標がないときのサストレのTTは遅いが、あるときはそこそこいけるし、尻上がりに調子が上がるタイプだから、いけるのでは、という予想もあって、結果は後者が当たった。

アンディの今年も、「総合2位を守る」という目標に向って、力を振り絞ったので、それを達成できるレベルのスピードは出せたのかもしれない。
過去の例を思い出すと、TTで逆転の可能性がある、という場面では、守りきるケースが思い浮かぶ。攻めるより、守る方が強いのか。
といっても、守りたいという意志があっても、ダメな人はダメで、勝負どころで速く走れる人は、それだけの力を持っている、ということなのだろうけれど。

彼がTTを改善できる「かも」しれない、いい要素は、「当代随一のTTスペシャリスト」というお手本がチームにいることで、頭使って、欠点直して、なんとかしようという強い意志があれば・・(結局は、この点に行き着く)
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■コンタドールの不遇

「実はこうだった、とあとになって話が出てくる」典型。
cycling time
nacoさんも紹介

自分は、ツール期間中、アスタナ内の抗争を書きたてる記事をせっせと読むことはなく、メディアの煽りにのせられたのではない。
ブリュイネールは、できることならランスに勝ってほしいと思っている、そうでないことは考え難い、と思っていただけだ。
ブリュイネールとランスとの深い関係からすれば、それが当然。結果として、コンタドールがチームの中で孤立するかもしれない、と。

他チームのスペイン人選手(ルイス・レオンとか友人関係にある選手たち)が、そんな彼に同情して助けてくれる場面があるかも、というのは勝手に膨らませたおまけの想像だったが、なんとまあ当たっていた。

第7ステージでアタックしたコンタドールに、チームオーダー無視というケチをつけるのは、ブリュイネールとランスの自由だが、コンタドールの側からすれば、第3ステージはなんだよと言いたくなる。
あの日、ブリュイネールは、コンタドールから40秒を奪って、ランスに与えるオーダーを出した。
オーダーに従っていたら、自分は勝てなくなる、とコンタドールを追い詰めて、オーダー無視をさせたのはブリュイネールだと思う。

終わってみれば、今年のツールで、最も強い選手はコンタド-ルであったこと、それも、他に大きな差をつけての圧倒的な強さであったことは明らかだ。
それだけの力を持つ彼をエース待遇しなかったのがアスタナというチームだ。

昨秋、ランスの加入が決まったとき、ツールのエースの座を失うことを危惧したコンタドールは移籍を希望したが、ブリュイネールは、契約を盾に、離脱を認めなかった、という報道が流れた。
コンタドールのストレスは、あのときから始まっていた。

かえすがえす、フェルナンドを連想する。何の因果やら。
スペイン人の間では同じ発想があったのではないか、と思う。

そして、この発想に戻るとき、「フェルナンドは負けたけれど、コンタドールは勝った」事実を改めて思う。

彼は、ツール期間中、チームに対する不満や愚痴を表で言うことはしなかった。愚痴を零さず、不遇に潰されず、逆にそれを力に変えたようにみえる。
第18ステージでの、移動の車をランス側に取られた話が本当だとしたら、「それで、『どちらが強いのかはっきりみせてやる!』とコンタドールの闘争心に火をつけて、あんなにバカっ速かったんじゃないの。ダメ押しもダメ押し、ライバルの息の根を止める、異常なまでの速さだったから。スタート前にそういうことがあって、あそこまでムキになったのだとしたら、ランス側も愚かなことしたわねえ。本気で怒らせたらマズい相手を怒らせたってこと」

私は今までランスを賞賛してきた。戻ってきた彼のマイヨ・ジョーヌ姿を見られたらよかったかな、という思いはあった。
でも、今年のツールでは、ランスよりコンタドールが、より賞賛に値する、と思う。

(念の為の記載。「陽性が出ない」という停止条件付の賞賛。これは全員に共通する)
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■ドーピング

一件もでてこないのはおかしい、と思っていたら、さっそく出てきた。アスタルロサ。

検出能力が低い以上、撲滅するのは難しい。2年程度の出場停止でなく、永久追放くらいの厳しい罰則にしないと、なくならないよねえ、と思う。(ゲーム理論に納得している)

■チーム・アロンソの噂の件

フェルナンドとコンタドールのスペイン人スター2人が手を組むのは、「ちょっとワクワクする話」だとは思うが、「F1ドライバー・アロンソ」を応援する立場からすると、素直に歓迎する話ではない。

理由は、「本業以外のことを楽しみ始めたら、F1ドライバーとしては終わり(先がみえた)」と思っているので。
事例は複数ある。敢えて名を挙げる必要もあるまい。

話を読んだ当初、「貴方自身、まだ現役で、来年どこのチームで走るのか決まってない身でしょ。ひとのためにチーム作ってやれる立場?」
そのあと、「フェラーリとの契約が固いのか?だから、悠然としてられるとか。自転車チームのスポンサーがサンタンデール、という説は、サンタンデールが来年フェラーリにつき、フェルナンドもフェラーリにいって、サンタンデールと合流することが前提だ。・・もっとも、スペインのF1メディアは、彼のフェラーリ入りを既製事実化しているから、自転車担当記者が、それに巻き込まれてるだけか・・」

コンタド-ルの行き先がはっきりするまで、不本意ながらひっぱられる噂かも。

■NHKのTdF総集編で興味深かった点

・「え、そうなの?」となる目新しいチーム戦略の解釈をいくつかの箇所で述べていた。合っているのか?
昨年からそうだが、チームの戦略・各自の思惑が、気になって仕方ない。自分がレースを見るときの一番の興味は、「技術」でなく、「戦略・戦術」にあるのかもしれない。

・第3ステージの横風区間突入直前の動きが判る映像。
ランスが、アシストに囲まれて、カーッとあがっていく他方、カンチェラーラは、単騎で、集団の外側をつっぱしり、中央分離帯をのり超え、大外刈りで右カーブへ突進していく。
無線で連絡がきたので、慌てて前へあがったら、ぎりぎり間に合った、という当時の彼のコメントの実態がよくわかる。

アンディたちも同じ情報をチームから貰ってるはずなのに、「甘っちょろい」わ、とブチブチ思ったもの。
最終的に総合2位になったから、「あの40秒があれば・・」とならずにすんだが、今後マイヨ・ジョーヌを狙おうというなら、こういう「取りこぼし」はしちゃいけない。

・サイン台で、「Andy and Fank Schleck」と兄弟セットでアナウンスされる映像。
昨年も同様の映像を見たが、別のときもあるのか、毎回一緒なのか。いつまで「セット扱い」されるのか。

・最終日、ランスとフランクが談笑しているシーン
当日の国際映像には、これはなく、アンディに話しかけるランスを、フランクが、「うちの子に手を出す野郎」とばかりに睨めているシーンしかなかったので、諸々の憶測が派手に出回ったのであろう。

・記者会見のコンタドールの顔が、ちょっとフェルナンドに似ている。
人によっては、濃いスペイン人の顔、とひとくくりにするかもしれぬが、私から見ると、顔立ちは、全く似ていない。
「表情」に通じるものがある、と今回、初めて思った。
「フェルナンドがこういう顔をするのを見たことがある」と。多分、内面に、通じるものを見出したのだろう。